【一八三《怪異》】:一

【怪異】


 大学に新入生が入れば、会社にも新入社員が入る。それは、俺のインターン先である月ノ輪出版も同じだった。

 月ノ輪出版では、入社式の後に新入社員向けの研修が行われてからそれぞれの部署に配属になるらしい。そして、今日はその新人研修を終えた新入社員がそれぞれの部署に配属される日だった。


 今まで、レディーナリー編集部には女性ばかりで、男は俺くらいのものだった。しかし、新入社員として入ってきた中の一人に男性社員が居た。

 名前は御堂龍太郎(みどうりゅうたろう)と言うらしい。名前はもの凄くガタイの良い強そうな男の人のイメージだが、見た目はそこまで強そうには見えない。


「へぇー。立国大学出身なんだ。凄い!」

「大したことないよ」


 今は休憩中で、レディーナリー編集部へ配属された新入社員同士でそんな談笑をしているのが聞こえてくる。出身大を褒められているのは御堂さんだが、褒めている方の女性の名前は分からない。

 俺は古跡さんに頼まれた差し入れのハンバーガーを配り終え、いつも使っているスツールに座って自分の分のハンバーガーにかじり付く。


「多野くんのポテトもーらい」

「帆仮さんのポテトまだあるで――もう無くなってる……」


 俺のポテトを食べた帆仮さんに目を細めながら帆仮さんのデスクの上を見ると、帆仮さんの分のポテトが空になっていた。


「仕事終わりだからお腹減っちゃって」

「まあ、そんなに食べたいんだったらどうぞ」

「ありがとう!」


 俺の分のフライドポテトを帆仮さんにあげると、帆仮さんは嬉しそうにお礼を言ってフライドポテトをパクパクと食べ始める。よく見れば帆仮さんは既にハンバーガーも食べ終えていた。


「帆仮。後輩のご飯を横取りするなんてパワハラじゃないの?」

「ちょっ、変なこと言わないでくださいよ! 多野くん、私パワハラなんてしてないよね?」

「その発言も若干パワハラっぽいわよ?」

「やっ、やめてくださいよぉ~」


 俺にとって帆仮さんは先輩でも、他の先輩編集者からすれば後輩には変わらない。だからか、帆仮さんはよく先輩編集者達にからかわれている。でも、それは帆仮さんが先輩編集者達に気に入られている証拠でもある。

 先輩編集者達にからかわれる帆仮さんを見ていると、少し離れた場所にある新入社員の集まりから視線を感じた。すると、スツールに座って居る俺の側に古跡さんが歩いてくる。


「多野、新入社員に紹介するから来なさい」

「はい」


 古跡さんに声を掛けられて、俺はスツールから立ち上がり古跡さんと一緒に新入社員の集まりに近付く。

 俺に物珍しそうというか、変わった人を見る目を向けている新入社員三人に、俺は頭を下げて挨拶をした。


「レディーナリー編集部でインターンをさせてもらってる多野凡人です」

「田畠美優(たばたみゆ)です。よろしくお願いします」

「平池絵里香(ひらいけえりか)です。若いねー、歳はいくつ?」

「今年で二〇歳になります」

「二〇ってことは大学二年か! 多野くんって身長高くてスタイル良いね!」

「あ、ありがとうございます」


 田畠さんの方は落ち着いた感じで無難に挨拶が出来たが、平池さんの方はなんだかグイグイ来る感じの人で戸惑う。


「多野くんはどこ大に通ってるの?」

「塔成大に」

「「塔成大!?」」


 大学名を答えただけで田畠さんと平池さんに驚かれる。まあ、この反応は通っている大学を初対面の人に言う時には恒例になった。だから、もう慣れてしまった。


「将来有望のすっごいエリートじゃん! ねえねえ、多野くんは彼女居るの? 彼女いないんだったら私とかどう?」


 明らかに俺をからかう笑みを浮かべながら、グイグイ顔を近付けてくる平池さんに困り笑顔を返すと、隣から古跡さんが俺の肩に手を置いた。


「多野には可愛い彼女が居るわよ。残念だったわね」

「なーんだ。もう売れてる物件だったか~」


 古跡さんの言葉に平池さんがニコニコ笑いながらそんなことを言う。そんな平池さんを見ていて、これから編集部が更に賑やかになりそうだと思った。


「俺は御堂龍太郎。よろしく」

「よろしくお願いします」


 田畠さんと平池さんの後から挨拶した御堂さんに挨拶を返す。


「多野はインターンシップで来てもらってるけど、給与も出してるしやってることも新人社員の仕事と同じ。分からないことがあったら多野にも聞きなさい」

「「「はい」」」


 古跡さんに揃って返事をする三人を見て、俺は年下ながら若々しいとかフレッシュだとか、そんな感想を抱いた。

 俺も大学に進学した時はあんな感じでやる気に満ち溢れていたかもしれない。いや、そこまで俺は変わらなかっただろう。ただ、新生活に明るい気持ちを持っていたというのは目の前の三人と変わらないのかもしれない。


 初めて実家を離れ、初めて凛恋と同棲をする。ずっとずっと凛恋と一緒に居られることに喜びを溢れさせていた。今思えば、俺は自分でも笑ってしまうくらい凛恋中心な人間らしい。でも、それが俺の幸せだ。


「差し入れを食べたら三人は帰りなさい。多野は少し残れる?」

「もしかして明日の会議の資料ですか?」

「えっ? そうだけど、もしかしてもうやってるの?」

「はい。壁の予定表に会議が入ってて、担当さんに確認したら急ぎだって言ってたので。もう資料は担当さんに渡してあります」

「助かるわ。色々と仕事が立て込んでて指示が後回しになってて。ごめんなさい」

「いえ、まあ俺は残業代が減って残念ですけどね」


 申し訳なさそうにする古跡さんに、俺は少しおどけて言う。

 飛び込みの会議が入ることは今までなかったわけじゃない。ただ、それは毎回古跡さんか会議の担当編集者さんから急ぎだと指示がある。今回はたまたま、俺の方が指示される前に会議の存在に気付いて、担当さんに確認して準備しただけだ。


「考えてやらないと仕事じゃなくて作業になりますからね」

「会議資料が出来てるとなると、後の仕事に余裕が出るわ。多野、いつもありがとう」

「いえ。じゃあ、俺も定時で帰りますね」

「ええ、もちろんよ。お疲れ様」

「お疲れ様です」


 俺は古跡さん達に挨拶をして帆仮さん達にも挨拶をしようと帆仮さんの席に戻ると、一人になった帆仮さんがうるうると潤んだ瞳を俺に向けていた。


「多野くん……助けて……」

「はい?」

「……私、今年の新人歓迎会の幹事に今さっき決まって」

「ああ。まあ、この編集部では帆仮さんが最年少ですしね」


 若手がやらないといけないわけではないが、食事会の幹事は若手社員がやるイメージがある。だからきっと、帆仮さんにも白羽の矢が立てられたのだろう。


「たまには帆仮もやってみなさいって言われちゃって」

「いつもは帆仮さんじゃなかったんですか?」

「うん。そういうの家基(いえもと)さんが得意でいつもやってくれてたんだ」

「家基さんが? 家基さんって結構うちの編集部は長いんですよね?」


 家基さんは編集部でベテランとは言わなくても中堅と呼ばれるくらいの人だ。だから、帆仮さんのように若手ではない。


「うちは行事でも発案者が全て仕切るの。大体は家基さんが仕切ってくれて、それをみんなが協力する感じなんだけど」

「まあ、なんでも経験してみろってことなんですかね」

「でも、昔っから幹事みたいな仕切り役って苦手なんだ~」


 デスクに突っ伏して嘆く帆仮さんは、視線をチラチラ俺に向けてまた大きなため息を吐いた。


「はぁ~……こんな時に一緒に幹事やってくれる可愛い後輩が居てくれたらな~」

「可愛い後輩じゃないですけど、手伝いましょうか?」

「本当に!? 流石、多野くん! 頼りになる~」


 これ見よがしに俺へアピールをしていた帆仮さんはニコニコ笑って俺の頭を荒く撫でる。すると、帆仮さんの後ろに人の影が差した。


「帆仮。多野を巻き込まないの」


 帆仮さんの頼みを受けた直後、古跡さんが帆仮さんの後ろから両肩を掴んで見下ろす。その古跡さんを振り返った帆仮さんは、ギョッとした目を古跡さんに向けた。


「ひっ! で、でも多野くんはインターン生ですし、色々な経験を――」

「はぁ~……仕方ないわね。多野、学業とプライベートに支障が出ない範囲で協力してあげてくれる?」

「分かりました。知り合いにこの手のことが大得意なやつが居るので、そいつに色々聞いてみます」

「ありがとう。帆仮もあまり多野ばっかりに頼り切らないようにね」

「はい! 多野くんと一緒に頑張ります」


 さっきまでの元気の無さが嘘のように、すっかり元気の良くなった帆仮さんは古跡さんにガッツポーズを向ける。そして、俺に視線を向けて、ガッツポーズをしたままニコニコとした明るい笑顔を向けた。




 淡い照明の落ち着いた店内に、帆仮さんを先頭にしてレディーナリー編集部の面々が入っていく。

 今日は、新入社員三人の新人歓迎会で、いつもより就業時間を繰り上げて全員で食事会に来た。まあ、食事会と言っても、俺以外の人達は飲み会になるだろうが。


「こんなお店あったんだ~。やるじゃない」

「それが、ここ多野くんのチョイスなんです」

「へ~、未成年がこんな飲み屋を知ってるなんて。隠れて飲んでないでしょうね~」


 帆仮さんと話していた家基さんが俺に寄って来て、ニヤニヤ笑いながらからかう。


「そんなわけないですよ。それに、ここは俺じゃなくて俺の知り合いから教えてもらったところで。団体用の個室があるしご飯も美味しいんです」

「へ~」

「はーい。みなさ~ん、こっちですよ~」 


 帆仮さんの誘導に従って、店の最奥にある個室に向かう。その個室の前には、月ノ輪出版レディーナリー編集部様という看板が掛かっていた。

 先に編集部の人達を入れてから俺が入り口に近い席に座ろうとすると、帆仮さんに腕を掴んで止められる。


「下座は幹事の席だから私が座るから。多野くんは私の隣ね」

「いや、俺は端の方が落ち着――」

「多野、下座には帆仮を座らせなさい。帆仮の顔もあるのよ?」

「そうですね。すみませんでした」


 古跡さんにたしなめられて、俺は入り口から二番目に近い席に座る。何も考えずにとりあえず手前で端の席、なんて思っていたが、確かに幹事である帆仮さんを下座に座らせなければ帆仮さんの顔を潰してしまうことになる。

 今回の主役である新入社員の三人が上座に座り、その隣に古跡さんと副編集長が座る。そして、勤続年数の長い社員から順番に帆仮さんが指示を出して席を決めていった。


「皆さん、飲み物は何にしますか?」


 俺も手伝いとは言っても幹事をしている身、帆仮さんが席の案内をしている間に座った人にとりあえず飲み物を聞いて回る。そして、全員の分を聞き終えるとすぐに店員さんへ飲み物の注文を伝えた。


 みんなが座って少し落ち着いた頃、個室に注文した飲み物が運ばれてくる。そして、飲み物の入ったグラスが全員に行き渡ると、少し緊張した面持ちの帆仮さんが立ち上がた。


「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます。これより、御堂龍太郎さん、田畠美優さん、平池絵里香さんの歓迎会を始めさせて頂きます。では始めに、古跡編集長からご挨拶を頂きます。古跡編集長、よろしくお願いします」


 ネットで調べて練習したという帆仮さんの進行を見て、古跡さん始めレディーナリー編集部のみんながクスクスと笑う。

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