【一七八《守護者》】:一
【守護者】
『俺と勝負しようか。君の彼女がどっちを選ぶか』
馬鹿げてる。勝負する必要さえない。そもそも勝負にならない。
凛恋は俺以外を絶対に選ばない。選ぶはずがない。
俺は凛恋を信じてる。一度、凛恋のことを信じられなくて、人生で最も辛い経験をした。だから、もう俺は間違いはしない。
何があっても凛恋の俺に対する気持ちを信じ抜く。
「か……と……かず……と……――凡人ッ!」
「ハッ!?」
俺は目を見開いて、隣で体を起こして俺の体を揺する凛恋を見る。その凛恋の目にはいっぱい涙が溜まっていた。
「良かった……凡人がうなされてたから……」
「うなされてた……のか……」
全身に掻いた汗がべと付くのを感じながら、俺は布団の上に体を投げ出す。
「今日、帰ってくる時も焦ってたじゃん。どうしたの? 何かあったんでしょ?」
凛恋が訪ねてきて、俺は答えを避けられないと思った。傷付けないために黙っていたら余計に凛恋を心配させて悲しませてしまう。
俺は汗をびっしょり掻いた体のまま、凛恋の腰に手を回す。すると、凛恋は俺の腕を掴んで深く腰を抱かせ、自ら俺の体に自分の体を近付けて抱き付いた。
「良いよ。話して」
「……スーパーに来てた男が、月ノ輪出版の別部署の編集者だったんだ。それで……」
「何か言われた?」
「…………凛恋が俺とその編集者のどっちを選ぶか勝負を――」
「私は凡人以外選ばない。はい、あの気持ち悪い男の負け!」
抱き付いた凛恋はそう言って笑う。
「なーにが凡人と勝負よ。頭おかしいんじゃないの? 世の中の男で凡人に勝てる男とか居るわけないじゃん。身の程知らずも良いところじゃん。ホント、バッカみたい。…………凡人の完璧勝利なんだから、もうそんな心配そうな顔しないで」
「俺は凛恋が俺以外と付き合うなんて思ってない!」
凛恋の気持ちを疑ってない。そう言いたくて、俺はつい言葉を強めて言ってしまう。でも、凛恋は俺の頬を優しく撫でながら微笑んでくれた。
「分かってるわよ。凡人は、そのことを私に話したら私が傷付くんじゃないかって心配して黙ってたの。そんなこと、凡人自身よりも私が分かってるし」
「絶対に凛恋のこと守るから」
「そんなに気負わなくても凡人が居れば大丈夫」
凛恋は優しく微笑み、俺の頬にキスをする。そして、耳元で甘く囁いた。
「でも、凡人がギュッてしてくれたら、もっと安心出来るな~」
クスクス笑いながらそう言う凛恋を抱きしめると、凛恋は俺の背中に回した手で強く俺の体を引き寄せる。
「チューしてくれると、もっともっと安心出来――んっ……」
そっと凛恋の唇を塞ぐと、凛恋は自ら顔を突き出して唇を押し付ける。
「私は凡人のだから……凡人以外とは絶対に付き合わない……んんっ……」
凛恋はそう口にして再び唇を押し付けた。
凛恋の言葉とキスから、凛恋が俺にがっついてくれているのが分かった。それが、堪らなく嬉しい。
凛恋にがっつかれるほど好かれている幸せは、体を震わせるほどの感動と、脳を溶かすかのような濃密な愛を俺に感じさせた。
次の日、凛恋と希さんが楽しく買い物をするすぐ後ろで、俺は二人の荷物持ちをしながら買い物をする二人を眺めていた。
凛恋は羽村さんのことを気にした様子はない。でも、気にしていないわけはない。
俺はそう考えて自分の唇に指を触れ、昨晩の凛恋のがっつくキスの感触を蘇らせる。あのキスには凛恋の恐れがあった。その恐れは間違いなく羽村さんに対してのものだ。
また、俺は俺のせいで凛恋を怖がらせている。そう思うのは何度目だろう。そう思っても凛恋がただ悲しむだけだと分かっているのに、どうしてもそう考えてしまう。
俺が栄次だったら、きっと凛恋が怖がるようなことにならなかった。そう思うのも何度目か分からない。
羽村さんはかなり自信家のようだった。仕事に関しては結果を出しているのだから自信家であっても当然だと思う。だから、その自信がプライベートにまで現れても仕方がないのだろう。でも、それで俺と凛恋の幸せを脅かして来るのは許せない。
もしかしたら、羽村さんは相手が栄次でも同じように宣戦布告をしてきたのかもしれない。それでも、俺に対するほど強気ではなかったはずだ。
俺はそこまで考えて深く息を吐く。考えたって仕方ないと。
俺は今まで通り凛恋を愛して凛恋を守れば良い。それで、凛恋は俺を愛してくれる。
俺と凛恋は自分で言うのもなんだが、普通の恋人とは違う。超えてきた困難も段違いだし、その困難で強くなった絆も並の恋人達の比じゃない。
「凡人くん、どっちが良いと思う?」
「えっ? うーん……」
考え事をしていたら希さんに尋ねられ、俺は希さんが右手に持ってるタイトめなミニスカートを見てから、左手に持ってるロングのフレアスカートに視線を向ける。
希さんは足も細くて綺麗だからミニでも似合うと思うが、それを俺が勧めると栄次に怒られそうだ。それに、ロングのフレアスカートも希さんの清楚さを強くして似合うに決まっている。
「希さんにはロングの方が良いんじゃないか? 希さんは落ち着いた雰囲気してるし」
希さんの横から俺にジトっと湿っぽい視線を向けてきた凛恋を見て、俺は希さんにロングのフレアスカートを勧める。ここでミニスカートなんて勧めたら凛恋に何を言われるか分からない。
「凛恋にはどっちが良いと思う? って質問だったんだけど、やっぱり私ってこっちのイメージなんだ」
クスクス笑った希さんは、ミニスカートの方を見て少し首を傾げた。
「今度、栄次に会う時はミニスカート穿いてみようかな~」
「それは栄次も喜ぶと思う」
栄次も爽やかな顔はしているが男だ。彼女のミニスカート姿を見て喜ばないわけがない。むしろ、俺より栄次の方がエロいし喜ぶに決まっている。
「多野くん?」
「はい?」
希さんの持っているミニスカートに視線を向けていると、後ろから聞き覚えのある声で話し掛けられた。その声に俺が後ろを振り返ると、視線の先に紙袋を持った帆仮さんが立っていた。
「帆仮さん? どうしてこんなところに?」
俺がついそう言ってしまうと、帆仮さんはクスッと笑って肩をすくめた。
「それはこっちの台詞。女性物の服を扱ってる店で何して――…………ッ!?」
「どわっ!」
言葉を言い掛けで途切れさせた帆仮さんは、一瞬目を見開いた後、俺の腕を引っ張って睨む。なんだか、いつになく真剣な目で、若干怖い。
「多野くん、あの美少女二人は誰?」
「彼女と親友です」
俺の言葉を聞いた帆仮さんは凛恋と希さんに笑顔を向けた後、俺をまた睨む。
「どっちが彼女?」
「左の黒髪で眼鏡を掛けてる方です」
俺が凛恋の方を見ながら言うと、帆仮さんは何かうんうん頷いてから希さんに視線を向ける。
「親友って言ってた子も大人しい雰囲気してるけど、彼女さんに負けず劣らず可愛いね」
「高校一年からの付き合いなんです。元々は彼女と親友で、そこから仲良くなったんで――」
帆仮さんは俺の説明を聞き終わらずに、戸惑う希さんと疑いの目を向ける凛恋の前に立って言った。
「一緒に服を見ない!?」
「えっ? あの……どちら様ですか?」
目をキラキラと輝かせた帆仮さんは、凛恋と希さんに言う。それを聞いて、凛恋は首を傾げながら俺の方をチラリと見た。
「凛恋、この人は帆仮木ノ実さん。レディーナリーの編集さんだ」
「初めまして。八戸凛恋です」
俺の言葉を聞いた凛恋は簡単な自己紹介をする。その凛恋から改めて帆仮さんに視線を戻すが、帆仮さんは相変わらず目をキラキラとさせていて、しかも編集部ではほとんど見ないほどテンションが高くなっているようだ。
「多野くん! これ持ってて」
「は、はい?」
「ほら! 二人とも行こう! 親友さんは名前は?」
俺は帆仮さんが押し付けて来た紙袋を見下ろし、中に入っていた淡い色の布製品を見てしまって慌てて視線を帆仮さんに戻す。全く、なんて物を俺に……。
「あ、赤城希です」
凛恋と希さんの腕を掴んで女性物の服屋に向かって歩いて行く帆仮さんは、俺のことなんか忘れてしまったのか、ラックに掛けてあった洋服を凛恋と希さんに合わせて服を選んでいる。
俺はそんな帆仮さんと戸惑う凛恋と希さんを見ながら小さくため息を吐いた。
「帆仮さんってあんな人だったっけ?」
「古跡さん! 女子大生のファッション特集をやらせてください!」
とある日のレディーナリー編集部に、その気合いの入った帆仮さんの声が響く。その帆仮さんの言葉を受けた古跡さんは、帆仮さんが差し出す企画書を見る。
「女子大生のファッション特集ね。確かにうちの雑誌は女子大生の読者も居るけど、基本的には社会人の女性向けよ?」
企画書を捲る古跡さんの雰囲気からは、乗り気なのか乗り気でないのかは分からない。ただ、口元が小さく笑っていた。
「企画を練り直しなさい」
「はい……」
企画書を返された帆仮さんは、シュンとして返された企画書を古跡さんから受け取ると、自分の席に向かって歩き出そうとする。
「帆仮。待ちなさい」
「はい?」
呼び止められた帆仮さんは、古跡さんの方を振り返って首を傾げる。
「多野」
「はい」
俺は古跡さんに呼ばれ、帆仮さんの隣まで歩いていく。
「仕事は終わったでしょ?」
「はい。今頼まれてる仕事は全部終わりましたけ」
「じゃあ、その企画を帆仮と作って」
「俺がですか?」「多野くんとですか?」
俺と帆仮さんが同時にそう言うと、古跡さんは帆仮さんに視線を向ける。
「多野じゃ不服?」
「い、いえ! そんなことはありません!」
「多野はただの雑用係じゃないの。もう雑務は完璧以上に出来てるんだから、インターンシップらしいこともさせないと。二人で一つの企画を立てて、企画書を完成させて持って来なさい。ただし、当然通常通り仕事は振るから」
「分かりました! 絶対に古跡さんが認める企画を作ってみせます! 多野くん! 早速始めよう! ほら! 会議室行くよ!」
「ちょっ!? 帆仮さん?」
腕を引っ張られ、編集部内にある会議室に連れ込まれる。日頃、編集会議で使うその会議室は、俺はあまり立ち入る場所じゃない。
誰も使っていない会議室には、広く長いテーブルがあり、そのテーブルに添えられた椅子を帆仮さんが二脚引く。
「この前、凛恋ちゃんと希ちゃんに会ってビビって来たの! これだっ! って!」
「は、はぁ……」
「うちは働く女性に向けた雑誌だけど、最近は女子大生とか女子高生も見てくれてる人が居るの。だから、そういう人達向けに記事を作りたくて! 二人をモデルに女子大生の大人コーデの記事を作ろうと思って!」
「凛恋と希さんをモデルに……」
帆仮さんの話を聞いて、俺は両腕を組んで考える。
凛恋は言わずもがな、希さんも可愛い。だから、二人ならその辺の女の人を連れてくるより、遥かに写真映えするだろうし、モデルとして十二分だろう。特に凛恋は可愛いしスタイルも良いし、何より可愛い。
もしこれが男性向け雑誌にありがちな、グラビア的な何かだったら大反対だが、レディーナリーは男性よりも圧倒的に女性読者の多い雑誌だ。だったら、男のいやらしい目で凛恋が見られることもないかもしれない。
「とりあえず企画書を見て、古跡さんに返された理由を考えないと。そこが改善出来ないと記事に出来ない」
真剣に企画書を睨む帆仮さんの隣で、俺はチラリと帆仮さんの持っている企画書を見る。
企画書の企画はどうやら、帆仮さんが言っていたように女子大生向けに作られているらしい。それに、これから女子大生になる優愛ちゃん達のような高校三年生にも合うように、キャンパスファッションについて特集しようということらしい。
現役女子大生も新女子大生も参考に出来るから、記事としては需要はあると思う。しかし、やっぱり働く女性向けの雑誌で学生だけに絞った記事というのはどうなんだろう?
「あの」
「なに? 気になることでもあった?」
「今の時期って新大学生だけじゃなくて新社会人も居るじゃないですか。だから、キャンパスファッションだけじゃなくて、オフィスファッションもやれば良いんじゃないですか? 新女子大生と新社会人オススメのキャンパス、オフィスファッション特集、みたいな?」
ファッションのファの字も分からん俺が言う意見なんて全く参考にならない。それを承知で口を挟むと、帆仮さんは目を見開いて俺の両手を掴んだ。
「どうしてそれに気付かなかったんだろ! それなら、学生だけじゃなくて社会人読者の興味も引けるし、読者層の幅を広げられる! 新大学生とか新社会人になると、新しい環境にどんな服装で行けば良いかとかも分からないだろうし。そういう人達の参考になるように、あまり悪目立ちしないように落ち着いたコーディネートをテーマにしよう!」
企画書にメモを書き込む帆仮さんは、顔を綻ばせていた。
「やっぱり、一人で考えてると見落とすことって多いな~」
「そういえば、何で凛恋と希さんを見てこの企画を思い付いたんですか?」
「私、洋服が好きで、あんなに何着ても似合いそうな二人を見たらうずうずしちゃって」
帆仮さんは会議室の出入り口の方を見てから、少し声の大きさを落としながらはにかんだ。
「私、子供の頃は洋服のデザイナーかスタイリストになりたかったの。だから、洋服関連の記事とか書きたくて。ちょっと公私混同しちゃったかな」
「なるほど。でも、好きこそ物の上手なれって言葉もありますし、それが仕事に活かされてるんだから良いと思いますよ?」
「ありがとう。じゃあ、今度は先輩として企画書の書き方を教えるね」
「はい。よろしくお願いします」
帆仮さんは、帆仮さんが作った企画書をテーブルに置き、俺に見えるようにして説明を始めてくれた。
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