【一七五《優しさ達》】:二
真井というイケメンに、俺を批判する男性が笑い混じりに反論する。しかし、真井というイケメンは眉をひそめてまた首を傾げた。
『それだけじゃなくて。彼、迷子の女の子を迷子センターに送り届けてて。丁度、私は迷子センターのお仕事を体験するってロケだったんですけど、丁度彼が女の子を送り届けるところを見たんです。私は、困っている人を助けられるような人が、世間で悪く言われているような人に見えなくて。それに、前々から思ってたんですけど、みんなちょっと行き過ぎだなって思うんですよ』
ショッピングモールで迷子の女の子を迷子センターに送った。それは間違いなく、古跡さんの娘さんの亜弓奈ちゃんを迷子センターに送った時のことだ。あの時に、テレビのロケがあったなんて気が付かなかった。
『今回の問題って、文部科学大臣の問題じゃないですか。過去に文部科学大臣が女性との間に出来た子供を認知せずに養育もしなかったって話が出たことが発端ですよね? それで、その大学生はその認知されなかった子供かもしれないだけじゃないですか。それを、周りが面白がって話題にして。今も大学生の家までマスコミが押し掛けてるんですよね? それって、もし自分だったら堪ったものじゃないですよ』
真井という男性は、真剣な表情で身振り手振りを交えてその意見を言う。
『取材をすべきなのは、大学生の彼じゃなくて文部科学大臣の方でしょう』
『いや、そもそもDNA鑑定して無関係だって証明すれば、彼は取材の対象から外れるわけだから、自分を守る意味でも――』
真井さんの反論に、更に批判的な男性が反論を被せようとした。しかし、それを遮って真井さんは表情を曇らせて落ち着いた声で口にした。
『私は両親が居ますし、幼い頃からずっと両親と生活してきました。だから、彼の気持ちは分かりません。でも、幼い頃に両親が居ないって、凄く寂しかったと思います。きっとそのことでずっと辛い思いをして来たと思うんです。でも、彼はそれを乗り越えて、良い大学に入って好きな人が出来て、楽しい学生生活を送ってたんです。それを、大人が興味本位で壊して良いとは思えません。彼が文部科学大臣のことを関係ないと言い続けてるのも、早く問題を終わらせて普通に生活させてほしいと思ってるからだと思うんです』
真井さんの考えは間違っている。俺は、両親が居ないことで寂しい思いはしていない。辛い思いは、いじめに慣れていなかった小さい頃はしていた。でも、受け流したり気持ちを割り切ったり出来るようになってからは辛さは感じてない。だから、真井さんの想像は間違っている。
でも、真井さんの言葉は嬉しかった。
真井さんは芸能人で、俺と直接話したことはない。だから、俺がどんな人間か知るわけがない。でも、真井さんは俺を擁護してくれた。たった一度、ショッピングモールで俺を見掛けただけで。
ワイドショーでも俺の悪名をピックアップして話題にしていたし、批判的な意見を披露していた男性に限らず、他の人も大小の差はあってもみんな俺に批判的な意見を発していた。それは、世論を含めて批判的な意見が多かったからだ。
そんな中、真井さんは俺を擁護してくれた。それは、真井さんにとっては全く利益のないことだ。むしろ、俺を擁護したことを批判される可能性だってあった。だから、真井さんにとっては不利益になるかもしれないことだった。でも、それでも真井さんは擁護してくれた。
ワイドショーは司会がコーナーを締めて、別の話題について話し始める。俺はそれを見届けてテレビの電源を消す。そして、和室に眠る凛恋の隣に戻った。
凛恋は相変わらず可愛い顔で寝ていて、小さく寝息を立てている。
畳の上に寝転び、凛恋の寝顔を眺めてからゆっくりと目を閉じる。
「んっ……ううんっ……凡人!? ちょっ、なんで布団に入ってないの!?」
目を閉じた瞬間、凛恋の声が聞こえて目を開く。すると、焦った表情の凛恋が体を浮かせて俺の肩を掴んで揺すっていた。
「寝てないよ。ただ、凛恋の側でリラックスしてただけだ」
「じゃあ布団に入ってれば良いじゃん。まだ寒いんだから風邪引くわよ」
凛恋に腕を掴まれて引っ張られ、俺は凛恋の横になっている布団に引っ張り込まれる。
凛恋に掛け布団を掛けられ、布団の中でギュッと強く抱き締められた。
「私が温めてあげる」
「ありがとう」
布団の中で凛恋の体温で温められ、鼻に凛恋の甘い香りを嗅ぎながらゆっくりと目を閉じる。それで、俺の体と心からは余計な力が一切無くなる。
「凡人……」
凛恋の艶っぽい声が聞こえて、唇に柔らかく弾力のある凛恋の唇が触れる。その感触に、自然と俺の手は凛恋の背中に回して凛恋を引き寄せていた。
本当に、凛恋には敵わない。ただ名前を呼ばれて唇を重ねられただけで、一瞬で凛恋の魅力に当てられる。
カーテンを閉めた和室には、カーテンを透かして薄く太陽の光が射し込む。しかし、光が入ってきても薄暗い。その薄暗さに甘えて、俺は凛恋から触れさせただけのキスを受けながら、凛恋に押し付けるようにキスを返す。
凛恋の手が俺の首に回り、俺の首の後ろで組まれる。そして、ゆっくり目を開いた凛恋が唇を離してニッコリ微笑んだ。
「も~、このバカップルは昼間からイチャイチャして~」
「良いだろ? 誰にも見られてないんだし」
「当たり前よ。誰にも見せてやらないし」
ニコニコ笑う凛恋は俺の首に手を回したまま、俺の目を見る。
「寝てる時にね、夢を見たの」
「どんな夢だった?」
「凡人が、温泉でおっぱいが大きな女の人に囲まれてるのを、見えない壁越しに見させられる夢」
「…………何だよ、その夢」
何だか凛恋の言葉からは全く良い夢には聞こえない。しかし、凛恋は嬉しそうにはにかむ。
「凡人がおっぱい大きくてめちゃくちゃ可愛い女の人にいっぱい囲まれて、私は焦ってるの。凡人が盗られちゃうって。でも、壁の向こうで凡人が女の人達に言ってるの。俺の好きな人は凛恋だけだ。凛恋以外には興味ないって」
「そりゃ、俺が好きなのは凛恋だけだからな。当たり前だろ」
「それにさ。私が透明な壁を叩いて凡人の名前を呼んだら、凡人がパンチでその壁を壊してくれてギュって抱きしめてくれたの。それで目が覚めた」
「俺が起こしちゃったのかと思った」
「凡人が風邪引く前に起きられて良かったわよ。それに、凡人に添い寝してもらえるし」
「毎日一緒に寝てるだろ?」
「そうだけど、お昼寝は久しぶりじゃん」
首を抱きながらしがみつく凛恋は、嬉しそうに笑って俺の頬にピッタリと自分の頬を付ける。
「凡人大好きっ!」
「俺は凛恋のことを世界で一番愛してる」
「じゃあ私は宇宙一凡人のこと愛してる!」
おでこを付けて、凛恋と笑い合いながらそんな話をする。
知らない人に擁護されるのは嬉しい。でも、やっぱり好きな人に抱き締められて甘い言葉を囁いてもらうことには敵わない。
ふんわりとした温もりに包まれる布団の中で、俺は凛恋の背中に手を回しながらそっと目を閉じる。すると、俺の首に回された凛恋の手が俺の後頭部を優しく撫でる。
「私が付いてるから。ずっと私が凡人の側に付いてる。凡人の側で、凡人のことを支えられるように頑張る。だから安心して」
「ありがとう、凛恋」
外の騒がしさも気にならなくなり、俺は凛恋の隣でゆっくりと、世界一贅沢な昼寝に落ちる。
次の日、インターネット上で、とある人物が話題になった。その人物は、男性アイドルグループ、epic gloryのメンバーである真井義孝さんが言った昼のワイドショーでの発言だ。
その発言は俺が昨日見た、俺を擁護してくれた意見で、その意見に共感する意見がインターネットを中心に盛り上がった。そして、俺に対して張り付いていたマスコミの過剰な報道が原因の騒音問題や、俺への私生活が困難になったことが報道被害に当たるという意見も出た。
俺はそれに対して、やっぱりイケメンの言うことはみんな聞くんだなと冷めたことを思った。それは、今まで俺に批判的だった世論が、イケメンが擁護してくれた途端に変わったからだ。
家の周りからマスコミも消えたし、俺の話題を最初に報道した週刊SOCIALも俺に関する報道から手を引いた。俺を擁護してくれた真井さんには感謝しているが、それよりも俺は世間の自分が楽しければ良いという利己的な考えを吐き気がするほど感じて不快だった。
ただ、終わり方が呆気ないという気はない。一刻も早く鎮まってほしかったから、どんな終わり方でも終わったこと自体は嬉しかった。
大学でも他の学生から俺への興味が無くなって、元の静かな大学生活が戻ってきた。
久しぶりにゆっくりと食堂の椅子に座ってホットコーヒーを飲む。そして、正面に座る飾磨が俺を見て身を乗り出した。
「みんなで飯を――」
「俺はパス」
「なんでだ!」
飾磨の誘いを、飾磨が言葉を言い終える前に断ると、飾磨がテーブルに両手をついて腰を浮かせながら声を上げた。
いくら鎮まったと言っても、まだ文部科学大臣の問題が世間的に鎮火したわけじゃない。ただ問題の矛先が、露骨に俺へ向けられない世の中になっただけだ。きっかけさえあれば、俺を叩けることさえあれば、またいつでも俺に矛先を向けて叩き出す。そんな時に大勢で飯を食う気にはならなかった。
人によれば、大勢で集まって騒ぐことがストレス解消になるのかもしれない。しかし、俺は基本的に人が多い場が苦手だ。それに飾磨の場合は、俺が全く話したことがない人まで連れてくるのが厄介だ。
「飾磨が毎回人を集め過ぎるからでしょ? 四、五人の食事会って聞いてたのに倍になってることとかよくあるし。しかも、全然知らない大学の人とか居るし」
「千紗ちゃんまで酷い……」
空条さんが目を細めながら飾磨に言うと、飾磨がテーブルに体を置きながら俺に非難の目を向ける。いや……俺のせいではないだろ。
「この前呼ばれた食事会に居た男、結構しつこくて困ってるんだけど?」
「…………ごめん。それとなく釘を刺しとくよ」
空条さんがスマートフォンを片手で振って示しながら言うと、飾磨が申し訳なさそうに謝る。どうやら、飾磨の交友の広さで被害を受けていたのは俺だけではなかったようだ。
「多野くんは少ない人数ならどう?」
「少ない人数か」
少ない人数をどの程度の人数と捉えるかによるが、少なくとも飾磨が企画する一〇数人規模の食事会まではいかないのは確かだ。
「飾磨と多野くんと、私と奈央の四人なら少ないでしょ?」
「まあ、四人なら多くないし良いけど」
「じゃあ、今度四人でご飯に行こう。今度は、私がお店決めて良い?」
ニコニコと楽しそうに笑った空条さんは、俺と飾磨を見て尋ねる。
「俺は助かる。たまには、女の子の決めた店にも行ってみたいし。多野は?」
「俺は店とかよく分からないし、俺も空条さんに決めてもらった方が良いと思う」
この手の集まりで一番面倒なのは幹事だ。それを空条さんがやってくれると言うのだから、俺に異論はない。
「それじゃ、俺は今から専門学校の子達とお茶だから」
「相変わらずだな、飾磨は」
立ち上がった飾磨を見上げながら俺が言うと、飾磨は俺を見下ろしてニヤッと笑った。
「俺が沢山の女の子と仲良くなりたいっていうのは今更だろ? もちろん、凛恋ちゃんと仲良くなるのも諦めてないからな。じゃあな」
手を振って飾磨は食堂から出て行く。すると、空条さんが小さくため息を吐いた。
「多野くんごめんね」
「なんで空条さんが謝るんだ?」
「飾磨、空気読めるくせして気を使わないから。今はまだ、多野くんもゆっくりしたいはずなのに」
「飾磨の代わりに空条さんが気を使ってくれたから大丈夫」
「それなら良かった。……私は何も出来なかったから、凄く後悔してたんだ」
「空条さんが気にするようなことじゃない」
「ううん。そんなことない」
空条さんが首を横に振って否定する。そして、自分の飲み物が入った紙コップに視線を落とした。
「多分、お父さんに言えば報道も止められたし、そもそもの雑誌の販売だって止められた」
「そんなこと、空条さんがわざわざお父さんに頼んですることじゃない」
空条さんの家が裕福だという話は、空条さんの口から薄っすらと聞いた。だけど、もし空条さんの実家がそれほど裕福で社会的な地位があったとしても、それを赤の他人の俺のために使う必要はない。それに、空条さんの話では、今空条さんは空条さんのお父さんとは微妙な関係のようだった。
「頼んだら、多分お見合いするならって交換条件を出されるのが分かってたのもあるけど、私が下手に手を出して良いのか分からなかったから……でも、今思うと何かを――」
「何もしない無慈悲さもあると思うけど、俺は何もしない優しさもあると思う」
「何もしない優しさ?」
「大抵の人は、困っているとか悲しんでるって分かってても、面倒くさいって理由で何もしない。でも、空条さんは何かをしたことで俺に悪いことが起こるかもしれないって思ってくれた。それで、そうならないように何もしないで居てくれた。それは無慈悲じゃなくて優しさだよ」
実際、世間で騒がれている時に、どこかから報道規制や雑誌の出版差し止めなんて話が出たら問題が加熱していたのは間違いない。そして、その手のことに絡めて俺の悪事が一つか二つ作られることもあっただろう。そうならなかったのは、空条さんが何もしないで居てくれたからだ。
真井さんの言葉がきっかけで問題が落ち着いたのも、真井さんが俺とは全く無関係の人だったからと言うのも大きい。もし、真井さんが俺と知り合いだったら、問題を鎮火させるためにアイドルを使ったなんて言われたかもしれない。
「多野くんは凄いよね。私だったら毎日マスコミに追い回されたら気がおかしくなるよ。でも、多野くんはずっと毅然としてた」
「まあ、人から責められるのは慣れてるから」
俺はコーヒーを飲みながら笑って言う。すると、空条さんは俺の自虐ネタを聞いて困ったような表情を浮かべた。
「慣れちゃダメだよ。そんな悲しいこと」
「えっ?」
「慣れちゃダメ。絶対に」
空条さんは紙コップの飲み物に口を付けながら、俺を見ずにそう小さく呟いた。
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