【一七五《優しさ達》】:一

【優しさ達】


 朝、テレビのニュース番組で、お笑い芸人の人が真剣な表情で言っていた。


『自分に血縁関係がないって言うなら、DNA鑑定をやればいいと思うんですよね。それで白黒ハッキリするな――』


 そのお笑い芸人のコメントが終わる前に、テレビの画面は真っ黒になる。凛恋がリモコンでテレビの電源を落としたからだ。


「何が白黒ハッキリするよ。凡人が関係ないって言ってるんだから関係ないのよ。何も知らないくせに、話題作りで尖ったこと言えば人気が出るって思ってるだけでしょ。本業のお笑いも対して面白くなくて売れないから必死なのよ」

「凛恋、気にしてないから大丈夫だって」

「私が気にするの! 凡人のことを悪く言うやつが出てるテレビなんか二度と見てやんないし!」


 プリプリ怒った凛恋は、ハムッハムッと音を立てながらご飯を口へ運ぶ。

 外からは昨日の夕方ほどではないにしても、多少のざわめきが聞こえる。このままだと、また外へ出る時に面倒なことになる。


「凡人、今日はインターン休んだら? 事情を説明したら古跡さんも分かってくれるんじゃない?」

「編集部に迷惑を掛けるのはな~……」


 凛恋の言う通り、この出るに出られない状況だとインターンを休まなければいけない。ただ、休むのは編集部に迷惑が掛かる。

 俺がやっている仕事が雑用程度だとしても、その雑用をする俺が居なければ他の人がやらなければいけなくなる。


「でも、あいつらまた好き勝手に凡人に無神経なこと言ってくる。それで凡人が傷付くのを私は見たくない」

「……分かった。一応、古跡さんに話してみる」


 俺は座ったままスマートフォンを取り出し、時計を見て電話をするのを迷った。今の時間帯は、朝の忙しい時間だ。そんな時に電話をするのは迷惑なんじゃないかと思う。しかも、電話の内容が個人的な理由で休むという内容なのも気が引けた。

 一瞬迷って固まっていると、俺のスマートフォンが震えて古跡さんから電話が掛かってきた。


「もしもし、おはようございます」

『多野。家の前までマスコミが押し掛けてるみたいだけど大丈夫?』

「まあ、夜は寝られましたし飯も材料はあったので何とか。ただ、外に出るに出られなくて」

『そう。八戸さんは大丈夫?』


 凛恋の様子を聞かれ、俺はスマートフォンを耳に付けたまま凛恋に視線を向ける。

 マスコミに対して不満を見せている以外は、いつも通りの凛恋に見える。しかし、内面までは分からない。


「凛恋は、元気そうに見えます」

『まあ多野が一緒なら八戸さんは大丈夫かしら。多野、今日は休みなさい』

「でも……」

『無理は駄目よ。自分は大丈夫だと思っていても心は疲れるものよ。だから、休める時に心も体も休ませなさい』

「ありがとうございます」


 古跡さんとの電話を終えると、凛恋が台所にあった塩を持って玄関に向かって歩いていく。


「凛恋?」

「塩撒いてくる」

「塩がもったいないだろ」

「だって、あいつらいつまで経っても帰らないし!」

「あの人達はあれが仕事なんだろ。それに、俺は昨日話すことは話したし聞かれたことにも答えたからな。まあ、向こうが求めてた答えかどうかは分からないけど」


 凛恋の手から塩を取って台所の元の場所に戻すと、俺は小窓から見える外の様子を確認し、相変わらずアパートの敷地外で張り込んでいるマスコミ達を見る。ただ、昨日のように家の玄関前までは押し掛けてこない。


 昨日、俺はマスコミがかなり騒がしくしたせいで隣の住人に怒鳴られたが、マスコミ自体にも苦情が行ったのかもしれない。

 今は落ち着いてはいるが、音的にうるさくないだけで存在としてはこの上なくうるさい。


 どうやったらマスコミは消えるのだろう。そう考えて、やっぱり他にマスコミの興味があるような事件でも起きないと無理だろうと思う。ただ、世の中の関心事なんて目まぐるしく入れ替わっていくから、もう少しの辛抱だろう。


「さて、何するかな」


 透かせた小窓を閉じて、俺はテーブルの前に腰を下ろす。


「凡人、ネット見よ!」

「そうだな」


 外に出ることは出来ないし凛恋の提案に乗って、俺はテーブルの上にノートパソコンを置いた凛恋の隣に座る。


「エッチなサイトはダメだからね」

「見ないって」


 ニヤッと笑ってからかう凛恋の腰に手を回すと、凛恋はタッチパッドを操作してウェブページを表示する。


「せっかく凡人が運転出来るんだし、二人きりで旅行とか行きたいな~」


 凛恋は検索エンジンに『お泊まりデート』と『おすすめ』というキーワードで検索し、表示されたサイトを見ていく。


「やっぱり、お泊まりって言ったら温泉だよね! こことか景色がチョー綺麗」


 お泊まりデート用のプランを売りにしている旅館のページを見て、凛恋はニコニコ笑いながら表示されている画像を指さす。

 表示されている画像を撮った時期が秋なのか、露天風呂のバックに写る山々が紅葉で赤や黄色に染まっている。この綺麗な景色の露天風呂に凛恋が入っていたら、かなり絵になると思う。いや、露天風呂に入ってる凛恋を絵になんてしたらダメだ。そんなあられもない姿の凛恋を他の男に見せるわけにはいかない。


「凡人は温泉はどう?」

「部屋に露天風呂が付いてるタイプの部屋が良いな。ゆっくり出来るし」


 凛恋の質問に俺はそう答える。しかし、凛恋の裸を誰にも見せないためというのは口にしなかった。


「それチョー良い! 二人でゆっくり入る温泉絶対に気持ち良いし! あっ! でも、海も良いなぁ~。海なら、新しい水着も買ってさ!」

「新しい水着か~」


 凛恋の水着を想像していると、凛恋が検索エンジンに水着と検索して、大量の画像を表示する。しかし、すぐにその画像一覧を消した。


「凛恋?」

「水着姿の女の人の画像があった」


 凛恋に首を傾げながら尋ねると、ノートパソコンの操作を続けながら、凛恋は唇を尖らせて俺には視線を向けずに言う。


「別に見ても何とも思わないって」

「凡人が何とも思わなくても私が嫌なの。ほら、この水着とか可愛くない?」


 凛恋が改めて表示した水着の通販サイトを指さす。そこには、かなり露出の高い青いビキニが映っている。


「ダメだ。露出が高い」

「えぇ~」

「海に行ったら他の男が居るだろ。もっと露出の少ない水着にしなさい」


 俺が凛恋にそう言い聞かせると、凛恋はツンと唇を尖らせる。


「凡人が好きそうだと思ったのに~」

「確かにこの水着を着た凛恋はめちゃくちゃ可愛いと思うし、めちゃくちゃ魅力的になると思う。でも、海には良からぬ男も居る。そういうやつの興味を引かせたくない」

「変な男が来ても、凡人が守ってくれるから安心じゃん」


 凛恋がそう言って俺の腕を抱きながら微笑む。


「もちろん、そんな男は絶対に凛恋へ近付けない。でも、人目を引かないに越したことはない」

「じゃあ、室内で着る用にするとかは? 水着で入る温泉とかもあるし」

「水着で入る温泉か」


 凛恋の意見を聞いて、部屋に露天風呂のある旅館に泊まって、そこで凛恋に水着を着てもらえれば、どんな刺激的な水着を着ても見ることが出来るのは俺しか居ない。新しい水着を買うのはもったいないという考えも浮かぶが、水着は俺のバイト代で買えば良い。そうすれば俺の好みの水着を着た凛恋と二人っきりで――。


「凡人、チョーニヤけてるけど水着姿の私を押し倒す想像でもした?」

「流石に押し倒す想像まではしてないって」

「てことは、私の水着姿は想像してくれたんだ。ありがと!」


 凛恋がクスッと笑いながら近付き、耳元で囁く。


「凡人が見たいなら、どんな水着でも着てあげる」

「だ、誰にも見られる心配がないなら露出が多くても良いかな~」


 凛恋にからかわれて動揺しながら、俺が凛恋に代わってパソコンの操作をし始めると、隣で凛恋がクスクス笑う。


「凡人って水着まで白が好きなの?」

「凛恋に似合うからだよ」

「まあ、昔と違って髪の色が黒になって眼鏡掛けてるしね。服装はあまり変わってないけど」


 凛恋が自分の髪をいじりながらはにかむ。


「凛恋と初めて会った時は、なんか派手なギャルってイメージしかなかったんだよなー」

「前に言ってたね、それ。まあ、凡人の言う通り昔の私は派手だった」


 ニカッと笑った凛恋が自分のスマートフォンを取り出して、俺と付き合い初めの頃の画像を表示させる。俺は、その画像に写る今より幼く見える凛恋の顔を眺めた。


「顔が幼いな」

「そりゃ高一だしね。凡人も子供っぽいじゃん。でも昔からチョー格好良かった。今の凡人は昔の凡人に男らしさをもっと足した感じ」

「そう言われてもよく分からないな」

「私には分かるのよ。凡人と出会ってからずっと見てきたんだから。ほら、凡人は水着選んでよ」

「そうだな――」


 俺は凛恋に言われてページをスクロールさせ、その手を止める。

 ページの丁度中央に表示させた水着の説明文に『シェルピンク』という単語を見て、俺の頭に、高一の頃、凛恋の家に初めて行った時のことが蘇った。

 凛恋の家で階段の下からふと上を見上げた時に見えた、シェルピンク色のパ――。


「凡人? その水着が気に入――……ふ~ん、あの時のパンツ見たこと思い出してただけか」


 横から見ていた凛恋が『シェルピンク』という文字を見てから、俺を細めた目で見て口元を小さく笑わせる。その笑みから、凛恋が俺をからかいに来るのが予想出来た。


「もうすぐ四年経っちゃうからね~。流石にあのパンツはないわよ?」

「俺は凛恋のパンツだったらどんなパンツでも良いぞ」


 からかう凛恋に俺は胸を張って言う。しかし、凛恋は細めていた目をジトッとした目に変えた。


「凡人、それは堂々と言うこと?」

「だって変に動揺したら凛恋の思う壺だからな」

「ほんと、凡人って変なところだけムキになるわよね。普通の人がムキになるようなことは涼しく受け流すのに」

「だって、俺は凛恋をパンツで判断してるわけじゃないからな。俺は穿いてる人でパンツを判断してるんだ」

「プッ! ありがと。どう聞いてもただの変態にしか聞こえないけど、凡人は私のこと見てくれてるってことで脳内変換しとく」

「……いや、その通りのことを言ったつもりなんだけど」


 笑う凛恋に苦笑いを返すと、凛恋は更に明るく笑う。

 凛恋の自然な笑顔は、明るくて華やかで目を奪われる。そして、目を奪われてその笑顔に魅了されると心が温かくなる。

 古跡さんに、心と体を休ませろと言われた。その言い付けを凛恋の笑顔を見ていたら、凛恋のお陰で守れそうだと思った。




 凛恋と一緒にネットを見て回って、凛恋の服を見たり、動画サイトで面白動画を観たりして時間を潰した。そのうち、凛恋に眠気が来て、気が付けば凛恋は俺の肩にもたれ掛かって寝息を立て始めた。

 俺は凛恋を布団に寝かせて、枕元で凛恋の顔を覗き込む。


 いつも凛恋の寝顔は見ている。でも、何度見ても、この無防備な可愛さのある寝顔は見飽きない。そして、この無邪気な可愛さを持っている凛恋をちゃんと守らなければいけないと思う。

 俺は和室の戸を閉めて、ダイニングにあるテレビを点ける。丁度、お昼のワイドショーをやっている時間だった。


『いくら一般人って言っても世間を騒がせているわけじゃないですか。それに、お金を受け取ったって疑惑も出てますし、やはり身の潔白を証明するためにも必要なことだと思うんですよね。DNA鑑定は』


 お昼のワイドショーでも、俺に関する話題が出され、俺はテレビもそれ以外にやることがないのかと思いながらため息を吐く。


『あの。その話題になってる大学生なんですけど、本当にお金なんて受け取ってるんですかね? それに、モラルハラスメントなんてしてると思えないんですけど?』


 何人か居る出演者の中で、若い男性がそう口を出す。テロップには『本日のゲスト 真井義孝(さないよしたか)』と書かれていた。俺は全く名前も聞いたことがない人だが、見た目はビックリするくらいのイケメンだ。栄次には悪いが、栄次よりも数倍顔が整っている。その上、雰囲気からしてイケメン感が漂っていた。まあ、画面越しではあるが。


『真井くん。この大学生に会ったことがあるの?』


 俺に批判的な意見を言っていた男性が、パネルにされた俺の顔写真を指さしながら首を傾げる。そもそも、俺の写真はどこから手に入れたのか聞きたい。しかも、モザイクもされていない。


『先日、ショッピングモールで別番組のロケをしてたんですけど、この大学生を見掛けたんですよ。凄く仲良さそうに彼女さんと手を繋いで歩いてて、全然モラルハラスメントなんてする人には見えなくて』

『有名大学の首席が人前でボロを出すわけないでしょ』

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