【一二〇《反旗の旗手》】:二
俺は頭を下げ、みんなと一緒に部屋から出る。すると、凛恋達が笑顔で手を合わせて歓声を上げた。
「「「ヤッター!!」」」
俺はホッとして、廊下の壁に背中を付けて息を吐く。
行く前から結果は決まっていた。決まっていた上で、勝利を確信した上で長久保に対峙したが、最後の最後まで完全に安心出来なかった。
「多野くん、よく頑張ったね」
「露木先生のお陰です。保護者と先生達に話すのは露木先生に全部頼ってしまって」
「ううん! 保護者の方はみんなが生徒に話を通してくれたお陰ですんなり話は出来たから」
露木先生が俺の手を握って力強く握手する。
「一番頑張ったのは多野くんだよ。理事長に直談判なんて」
「前に一度話したことがあって、その時に聞いていた連絡先に連絡して思ったことを言っただけですから。分校設立のための手続きとか必要なことは理事長に任せっきりでしたし」
俺は最初に、刻雨高校の理事長が母親である前理事長から理事長職を引き継いだことを思い出した。
それで、職を引き継いだだけなら土地や建物の所有権はまだ前理事長にあるのではないかと思った。
更に、前理事長は刻雨高校を退学させられそうになった時、俺に自分が理事長を務めている離島の高校への転学を勧めて来た。
俺が、刻雨高校の土地と建物を使って分校を作り、そこに生徒と教師を転学転職させると考えた材料は、そのたったの二つだった。
誰がどう見たって実現出来るようなことじゃなかった。
しかも考えた俺には実現するための力は何もない。全部、誰かの力を借りなきゃいけなかった。それでも、一学期末に間に合った。
奇跡としか言いようがない。
言い出した俺も、何で実現出来たのか分からない。でも現実に実現したのだ。
「凡人」
「凛恋」
「お疲れ様」
「ありがとう」
「凡人はチョー頑張った!」
「みんなのお陰だ」
「凡人はチョー格好良い!」
「照れるな」
「…………凡人大好き!」
「どわっ!」
凛恋が力いっぱい抱きつき、俺は凛恋の背中に手を回して抱き返す。
「ほらーそこのバカップル~。いちゃいちゃしてないで行くよ~。今から祝勝会と一学期お疲れ様会やるんだから!」
萌夏さんのからかう言葉に、俺と凛恋は顔を合わせて笑い合い手を繋いで走り出す。
「誰がバカップルよ!」
「学校でチューし始める凛恋と凡人くんに決まってるでしょ~」
「今はしてなかったでしょ!」
「へぇ~、ということは学校でチューはしてるんだ~」
「凛恋ってやっぱりエ――」
「萌夏! 里奈!」
相変わらずからかう萌夏さんと溝辺さんに怒鳴る凛恋の声を聞きながら、俺は心からホッとして夏休みに入った。
まだ明るさは残っている空の下、俺は凛恋と一緒に手を繋いで歩く。
目的地は凛恋の家だ。
当初の計画通り、夏休みを半分ずつ互いの家で過ごすことになっている。そして前半は、凛恋の家だ。
昼間の蒸し暑さが残る道を歩きながら凛恋の横顔を見て、俺はサッと視線を正面に向ける。絶対に顔が緩んでいるからだ。
一ヶ月ではあるが、毎日凛恋と一緒に居られる。
今年は受験生だから遊び呆けるわけにもいかないが、それでも凛恋と一緒に生活するというのはデカい。
凛恋が居るだけで、全てのことにやる気五割増で取り組むことが出来る。
本当に夏休みが来るのが待ち遠しくて、その夏休みに入ったことが嬉しい。でも浮かれた情けない顔を凛恋に見せるわけにはいかない。
「えへへ~凡人と一緒~」
チラッと視線を凛恋にまた向けると、デレ~と緩んだ笑顔を俺に向ける凛恋がいた。俺が向けたらただの情けない顔なのに、凛恋が向けると可愛いなんてズルい。
「かぁーずとっ!」
「何だ?」
「チョー格好良い!」
ギュウっと腕を抱きしめる凛恋は、まだ緩んだ顔で俺を見る。
「凛――」
「頑張った凡人に花丸三つ進呈してあげる!」
「おお、花丸とは珍しいな。しかも三つも」
「三つだけ私に出来ること何でもやってあげる!」
「な、何でもか~」
「凡人のエッチ~」
「まだ何も言ってないだろ!」
動揺した俺にすかさず突っ込む凛恋に反論する。反論はしたが、討論になれば確実に負ける妄想はした。
「でも、本当に私に出来ることなら何でもするからね! 凡人は本当に頑張ったし、本当に凄いことしちゃったんだから」
「みんなが協力してくれたからだって」
発案者の俺は、発案者ということで色んな人から褒められたが、結局は案を出しただけなのだから褒められる立場ではない。それでも、凛恋から褒められるのは嬉しかった。
「二学期からこの制服ともお別れか~」
「別に制服で行っても良いって言ってただろ?」
俺達が二学期から通うセンシビリタ高校刻雨分校は、校則のほとんどをセンシビリタ高校の校則を元に作られている。
その校則の中に、私服登校があるのだ。
本校であるセンシビリタ高校には制服がないらしい。だから、全員私服で学校に通っているそうだ。
もちろんあまり露出が激しい服はダメだし、露出が激しくなくても派手過ぎる服もダメだ。でも、センシビリタ高校刻雨分校の目玉として、私服登校はみんな楽しみにしている。
ただ俺は、おしゃれなんて全然分からないから、制服の方があれこれ悩む必要もないし気楽で良いとは思う。
「凛恋、花丸を一個使う。短いスカートは学校では穿かないでくれ」
「凡人はミニスカ好きなのに?」
「凛恋のミニスカートは視線を集めるんだよ」
「なるほど~、私のミニスカート姿を独り占めしたいんだ~」
「そうだ」
凛恋に変な男の視線を向けさせたくないという俺の思いは、凛恋を独り占めしたいという意味に捉えても間違いではない。実際、凛恋を他の誰かに渡す気なんてサラサラない。
「大好きな凡人の言い付けだから守ります。でも、元々学校でミニスカート穿くつもりは無いわよ。膝が見えるスカートはダメだって言ってたし」
「そうか。あっ……」
ということは、俺はせっかくの花丸を無駄遣いしたらしい。何でも言うことを聞いてくれる魅惑の権利を無駄に使ってしまうとはもったいない。
「ほっぺにチューしてくれたら今の無しに――」
車通りと人通りの少ない蒸し暑い道の端で、俺は凛恋を引き寄せて、凛恋の唇を奪う。
「んんっ……」
少し汗ばんだ凛恋の頬に触れると、凛恋は俺の腕をそっと掴んでキスを受け入れる。
ゆっくりと唇を離すと、のぼせたように顔を真っ赤にする凛恋が立っていた。
「これで、さっきの花丸は無しにしてくれるか?」
「す、するに決まってるじゃん! チョーびっくりした」
「別に不意打ちでするのは今に始まったことじゃないだろ?」
「でも、強引に引き寄せながらすることはあまりないじゃん?」
「ごめん。どこか痛かったか?」
「全然。引っ張るのは強引だったけど、抱きとめ方が優しかったから」
凛恋がチュッと音を鳴らして頬にキスをし、俺の手を引っ張る。
「早く帰ってご飯食べてお風呂入って宿題やろ!」
凛恋と一緒に走って八戸家の玄関を抜けて中に入ると、奥から優愛ちゃんが飛び出してきた。
「凡人さん、おかえり!」
「優愛ちゃんこんばんは。今日からお世話になります」
「もう凡人さんの家みたいなものなんだから遠慮しなくても良いのに」
「ありがとう。ただいま、優愛ちゃん」
ニコニコと明るい笑顔で出迎えてくれた優愛ちゃんと話していると、奥からお母さんが出てきた。
「凡人くん、おかえりなさい」
「お母さん、ただいま」
照れ笑いを浮かべながら挨拶をすると、お母さんはニコッと笑って脇に移動して道を空ける。
「さ、お腹空いたでしょう? 夕飯にしましょう」
「はい。お邪魔します」
「凡人さん、自分の家なんだからお邪魔しますは言わなくて良いのに」
優愛ちゃんの言葉に、凛恋とお母さんがクスッと笑う。その笑い声を聞いて俺も苦笑いを浮かべながらダイニングに歩いていった。
お父さんは今日は遅くなるようで、俺達は先に夕食とお風呂を済ませた。そして、宿題の消化を始めた。
今年は俺も凛恋も受験生。だから、お盆休み以外は勉強漬けになるだろう。
俺も凛恋も大学合格が難しいラインに居るわけではない。でも、お互いにあまり遊んでばかりも居られないのだ。だが、他の時間は凛恋と一緒なのだから我慢出来る。
一息吐いて凛恋の机に視線を向けると、すっかり元通りに直ったテディベアが見えた。
「凡人と勉強するとはかどる! 分かんないところすぐに教えてもらえるし!」
「俺も凛恋と勉強するといつもよりやる気が五割増で出るからはかどる」
テーブルの上で今日の分の宿題をやり終えると、塔成の入試過去問題集を出す。すると、凛恋は俺が貸した参考書を取り出して勉強を始める。
凛恋はまだ少し基礎が弱い部分がある。だから、過去問題を解かせる前に基礎をしっかり固めた方が良い。
塔成合格は今のところ問題ない。そう言われてはいるが油断は出来ない。
油断して俺だけ塔成に落ちて凛恋だけ成華女子に受かったら目も当てられない。
宿題を終えてから二時間。俺は手に持ったペンを置いて背伸びをする。
「んぁ~、疲れたぁ~」
俺がそう声を出すと、隣でゴトンと軽い音が響く。背伸びをしたまま俺が視線を向けると、凛恋がテーブルの上におでこを付けて倒れ込んでいた。
「あぁ~頭がパンクするぅ~……」
弱々しい声を発する凛恋の頬を横から人さし指で突いてみる。すると、勢い良く起き上がった凛恋が抱きついてきた。
「あぁ~癒やされる~」
俺を床に押し倒して俺の胸に顔を埋めた凛恋が、クンクンと俺の匂いを嗅ぐ。俺もそれに便乗して凛恋の匂いを嗅いだ。
「凡人、花丸の使い道は決めた?」
「まだだな~、安易に使うともったいないし」
凛恋を抱きしめながら答えると、凛恋がもぞもぞと上に這い上がって来て、俺の上に馬乗りになる。
「凛恋?」
「チョー堪らない」
「なんか男の言う台詞みたいだな」
「え~酷い~」
凛恋が前屈みになり、上から俺を見下ろす。そして、ニヤ~っと笑って俺の耳元に口を近付け……。
「ヒッ!」
俺は予想外のことに悲鳴を上げる。凛恋が俺の耳をパクッと唇で挟んだのだ。
「凡人可愛い」
「凛恋に耳を食べられるかと思った……」
「凡人は食べちゃいたいくらい可愛いけど~……あれ?」
覆い被さるように俺に抱き付いていた凛恋が、顔を横に向けてその抜けた声を出す。そして凛恋が俺が床に置いた鞄に手を伸ばす。
「凛恋?」
「凡人……これ何?」
体を起こした凛恋が俺の顔を見下ろして尋ねる。その凛恋の顔は険しい顔をしていて、手にはハート柄をしたピンク色の洋形封筒が握られていた。
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