【一一七《残虐的利益至上主義者》】:二

 街を歩きながら、隣で俺と手を繋いで歩く凛恋に視線を向ける。


「ふんっ、ふっふ、ふふぅ~ん。ふんふん、ふふふんっ」


 凛恋は鼻歌を歌いながら、軽く体を弾ませるように歩く。しかし、俺はその凛恋の行動にドキドキとしていた。


 今日凛恋は、下はフレアのミニスカートとニーソックス、上は白いニット生地の可愛らしいトップスという破壊力抜群の格好をしている。

 そして、ミニスカートで体をはず混ぜるものだから、スカートの裾も弾んで凛恋の太腿がチラチラと見え隠れする。

 絶対領域を晒しているだけでも危険なのに、更にそれは不味い。


「凛恋、あまり飛び跳ねるな。スカート捲れるだろ?」

「危ない危ない。世界一格好良い彼氏以外にパンツ見られるところだった」


 ニヤッと笑いながら、凛恋が俺の腕に自分の腕を絡めて覗き込む。

 俺は学校から直接八戸家に行って、すぐに凛恋を抱きしめた。

 そして、凛恋のことを離さないようにしっかり凛恋のことを捕まえながら、特別旺峰進学科について話した。

 ただ、長久保の思惑やそのために長久保が人を脅す人間であることは言わなかった。


 凛恋には、学科で旺峰に進学することを強いられていることを話した。そしたら凛恋は前向きに、俺が塔成を目指せるように考えてくれると言ってくれた。

 だが、俺も凛恋も俺達二人だけで、そんな妙案が浮かぶとは思っていない。だから、後日みんなで集まって話し合おうという結論に至った。

 そして、俺達は暗い気分を変えるためにデートに出た。


「とりあえずゲーセン行こ!」


 凛恋は俺の腕を抱いたままグイグイと引っ張る。

 今日は、俺が凛恋にどこか外に出ようと言った。

 どこに行くかは相変わらずノープランだったが、凛恋が「歩きながら決めよ!」と頼りになることを言って、一緒に何も決めず出てきた。


「凡人にクレーンゲームでぬいぐるみ取ってもらおうかな~」

「凛恋のために頑張る」

「ありがと!」


 腕にむぎゅむぎゅと凛恋の胸が当たり、何度も経験している感触でも胸が高鳴る。

 凛恋と一緒にゲームセンターに入ると、色んなゲーム筐体から流れる音楽や効果音が無秩序な音の空間と化している。


「まずは、凡人と対戦ゲームね! あのレースのやつやろ!」


 ゲームセンターの中に入った途端、凛恋がレースゲームの筐体に近付いて指さす。


「凛恋ってレースゲーム出来たっけ?」

「よく分かんないけど、凡人とやったら絶対に楽しいし!」


 凛恋がニコニコ笑ってレースゲームの筐体に座る。車の運転席を模した筐体に座る凛恋は、何だかゴーカートに乗ってはしゃぐ子供のように見える。三方向……いや、四方向くらいからは写真を撮っておきたい可愛さだ。

 凛恋の座った筐体の隣にあった筐体に座ると、凛恋が俺の方に顔を向ける。


「負けた方は、ジュース奢りね!」

「分かった。凛恋、俺は缶コーヒーでいいぞ」

「まだ勝負始まってないし!」


 ぷくぅっと頬を膨らませるものの、凛恋はニッコリ笑って画面を見つめてハンドルを握る。

 ゲームが開始して、自分の筐体のモニターを見ながら、俺は視線を凛恋の顔へチラチラと向ける。

 凛恋の笑顔が見られるだけで安心する。


 凛恋はカーブを曲がる時に体まで横に傾いて、壁にぶつかりそうになったら明るく笑いながら楽しそうに声を上げている。

 俺は、凛恋の楽しい日々を凛恋の一番近くで守れる権利がある。

 他の誰にも付与されていない俺だけの権利。

 その権利があることが幸せだし、何があっても絶対に凛恋を守るという決意を持てている。だから、長久保の思惑から絶対に凛恋を守らなきゃいけない。


「負けたッ!」


 凛恋が悔しそうに、筐体のシートの背もたれに体を預ける。すると、凛恋が筐体から立ち上がって腕を伸ばす。


「凡人上手過ぎ! どうやったらコースアウトしない? カーブが上手く曲がれなかったんだけど」

「え? 曲がる時にスピード落としてハンドルを切ってるだけだぞ?」

「えっ? 曲がる時ってスピードを落とさないといけないの?」


 凛恋の言葉にゾッとする、これがゲームで本当に良かったと。


「今度は俺が横に付いて教えるから、凛恋が一人でやってみろよ」

「分かった」


 俺は筐体から下りて、凛恋の座る筐体の脇に立つ。すると、凛恋のスカートが少し捲れ上がっているのが見えて、俺はスカートの裾を直してやる。


「ありがとー」

「気を付けろよ」


 ニヤニヤ笑いながら見上げる凛恋の顔から、筐体のモニターに視線を逸らして言う。

 モニターを見ながら、凛恋にブレーキやハンドルを切るタイミングを教えながら一緒にゲームを楽しむ。

 わざと凛恋の顔のすぐ横に自分の顔を持っていって、頬が付くくらいの距離でモニターを見る。そして、コースの最後の直線に入った時、凛恋の頬がペタッと俺の頬に当たる。


「やったー! 完走した!」


 凛恋がゴールして喜びの声を上げる。そして、脇に立っている俺の首を抱き締めて引き寄せた。


「凡人に教えてもらったら、上手く出来た!」

「良かったな」

「うん! 次はあっち行こっ!」


 凛恋が立ち上がって次のゲーム筐体まで俺の手を引いて歩いて行く。その凛恋の後ろを付いて歩きながら、次の筐体に向かって歩いて行く。

 凛恋と一緒に歩いて行くと、目立つように『カップル、家族以外の男性の入場は禁止されています』という看板が設置されている横を通る。


 ここから先は、プリントシール機のエリアで、表示通り恋人同士や家族以外の男性は入ることが許されない。

 最近、ゲームセンターのプリントシール機エリアの男性入場禁止が、男女差別だという話が話題になった。しかし、俺は男女差別だとは思わない。


 元々、男性入場禁止なんてルールはなかった。でも、女性が多いプリントシール機エリアでナンパがあったり、痴漢や盗撮と言った犯罪が起こったりした。

 それで辛い思いをしたり怖い思いをしたりした女性が居たのだ。


 全ての男性が、ナンパしたり犯罪をしたりする人達ではない。

 でも、そうではない人達の数が看過出来ないくらい増えてしまったら、対応しないわけにはいかない。


 それに凛恋にとっては、男性が少ないこのエリアは安心して遊べる良いエリアだ。だから、そういう女性に対して優しいエリアは必要だと思う。

 このエリアは、男性を排除しているわけではなく、男性の悪意に晒される女性を保護しているのだ。差別ではなく、防犯上必要な対応でしかない。


 世の中に圧倒的な数の良い人が居るからと言って、世の中に存在する悪意ある人間が居なくなるわけではない。

 俺は女性が男の悪意に晒されて傷付くのを何度も見た。だから、そういうことが起こらないように、出来る限り対応はするべきだと思う。

 たとえ、それで遊べないと一時的に悲しむ人が居ても、一生心の傷として辛さや悲しさを抱える人を出さない方が優先だ。


 凛恋が俺を引っ張ってプリントシール機の中に入り、凛恋が手慣れた様子で操作する。

 凛恋は俺と付き合う前から、プリントシール機を友達同士で使っていたようだ。

 凛恋は女の子だし、友達も多いから使っていて当然だ。しかし、俺は凛恋と付き合うまでプリントシール機なんて使ったこともなかった。


 プリントシール機のエリアが男性の入場禁止ということを考えると、凛恋と付き合わなかったら一生プリントシール機を使うことはなかったかもしれない。


 正直に言うと、自分の写真を撮ってデコレーションしても俺は特に楽しさは感じない。

 ただ、凛恋と一緒にやれば楽しい。まあ、凛恋と一緒だったら何でも楽しくなってしまうから、やることはあまり関係ない。


 筐体から音声で撮影の指示をされながら、大きな画面に映る俺と凛恋を見ながら、お互いにポーズを取る。

 凛恋は相変わらずやり慣れているからか、全く硬くならずにポーズを取ることが出来る。しかし、俺はやっぱり慣れないせいかポーズも表情も硬い。


「いつまでも慣れないね」

「からかうなよ」

「でも、そういう凡人の可愛いところ大好きっ!」


 凛恋が腕を抱いて写真を撮りながら微笑む。

 俺は、その凛恋を前に回して後ろから抱き締める。すると、凛恋が前に回した俺の腕を抱いて手を重ねて握る。


『最後は二人でチューしてみよう!』


 その音声が流れて、俺と凛恋は互いに見つめ合い、ゆっくりと唇を重ねる。

 後ろから俺が抱き締めるという姿勢から、自然と向かい合って抱き合う姿勢になる。そして、互いにゆっくり唇を近付けて重ねた。


「んっ……んんっ……」


 凛恋の腰を引き寄せて、上から覆い被せるように唇を重ね、凛恋を強く求めるようにキスをする。


「凛恋……凛恋っ……」


 唇を重ねた瞬間、俺の耳に筐体の音声なんて聞こえなくなって、俺は必死に凛恋の体を引き寄せ、締め付けるくらい強く抱き締め、深く強く唇を重ねる。

 絶対に、長久保なんかに凛恋を傷付けさせない。俺が凛恋を守る。そして、絶対に、俺は塔成に行って凛恋の一番近くに居る。


「凛恋!?」


 凛恋から唇を離すと、凛恋の体からスッと力が抜けて下に落ちかける。俺は凛恋の体を支えながら引き上げる。


「こ、腰抜けた……」

「ご、ごめん」


 真っ赤な顔で見上げる凛恋の体を支えながら凛恋に謝る。すると、凛恋がジーッと俺の目を見詰めて首を傾げる。


「もー、急に本気チューするから腰抜けちゃったじゃん!」

「ごめん、つい……」

「ううん、チョー幸せだから大丈夫」




 ゲームセンターを出て、ファストフード店で遅めの昼食を食べた俺達は、また当てもなく手を繋いで街を歩く。

 いつの間にか俺達は、中心街を外れて河川敷まで来ていた。

 河川敷には強い風が吹いていて、隣で凛恋がニコニコ笑いながらスカートを押さえていた。


「キャー捲れる~」

「凛恋、やっぱり河川敷は止めておいた方が……」

「いいの。私達の思い出の河川敷じゃん」


 凛恋が河川敷を上から見下ろす。


「ペアリング落として泣いてる私を凡人が見付けてくれて、ペアリングも見付けてくれた」

「あの時は本当に心配したんだぞ」

「ごめん。でも、チョー嬉しい思い出なの。あの時、凄く凡人と心が近くなれたから。凡人のこともっともっと好きになれたし、凡人にもっともっと好きになってもらえた。それに、二人で居る時にもっともっと無理しなくなった」


 髪を手で耳に掛けながら、凛恋は小さく微笑む。


「あの時、本当に必死だった。ちゃんと凡人に謝って仲直りしようって思ってて、それでペアリングに勇気もらおうってしたら落としちゃって。ほんと泣きそうだった」

「泣いてたぞ」


 凛恋の腰に手を回して引き寄せると、凛恋が体を俺に預けてくる。


「だって、ほんとやばくて……」

「ちょっ! 凛恋!?」


 当時のことを思い出した凛恋が、急に顔を歪めて手の甲で目を拭う。それに、俺は焦って凛恋の顔を覗き込んだ。


「寒いし、どこか寒さを凌げるところに行くぞ」


 凛恋が悲しい気持ちにならないように歩いて行く。すると、凛恋の視線が河川敷の先に向いて固まる。

 俺がその視線を辿るとベージュの建物が見えて、その建物の屋上に『HOTEL』という看板が見えた。


「凛恋、休憩出来るけどあそこはダメだぞ」

「わ、分かってるし! 凡人の家に行こ!」


 凛恋が真っ赤な顔で俺の手を引っ張って歩き出す。しかし、凛恋は立ち止まって俺を振り返り、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「大学生になってからのお楽しみね」

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