【一一一《愛を得ても尚、更なる愛を欲す》】:二

 八戸家に行くと、ダイニングから優愛ちゃんが駆けて来て俺にニコッと笑って手を振る。


「凡人さん! いらっしゃい!」

「こんばんは優愛ちゃん。今日からお世話になります」

「凡人さんなら大歓迎! さあさあ、上がって上がって!」


 そう言っていた優愛ちゃんがふと俺から凛恋に視線を向けると、小さく首を傾げて凛恋が持っているケーキ箱を見る。


「お姉ちゃん、それ何?」

「これ? これは萌夏が私と凡人にくれた手作りケーキよ」

「切山先輩のケーキ!?」


 ケーキと聞いた優愛ちゃんが、目を輝かせて凛恋の顔を見た。


「私も食――」

「私と凡人が貰ったんだからダメよ」

「ええェッー! 良いじゃん!」


 いつも通りの姉妹のじゃれ合いを見ていると、優愛ちゃんの後ろからニコニコと笑顔を浮かべたお母さんが歩いて来た。


「凡人くん、いらっしゃい」

「お母さんこんばんは。すみません、年末の忙しい時にお世話になってしまって」

「凡人くんなら大歓迎よ。さ、上がって」

「お邪魔します」


 八戸家に上がりダイニングに行くと、テーブルの上に沢山の料理が並べられていた。

 有名なファストフードのフライドチキンが中央に置かれ、ビーフシチュー、サラダ、一口サイズのサンドイッチ、どれも美味しそうだ。


「お父さん、こんばんは。お世話になります」

「凡人くん、いらっしゃい。さあ座って座って」

「失礼します」


 お父さんに椅子を勧められて腰掛けると、冷蔵庫にケーキを仕舞った凛恋がニコニコ笑って俺の隣に座る。


「凛恋、優愛ちゃんに意地悪するなよ?」

「だってー」

「じゃあ、凛恋にはクリスマスプレゼント無しな」

「えっ!?」


 俺は鞄の中から包装された小箱を取り出して凛恋の前に置く。


「メリークリスマス」

「凡人! ありがとう! 開けて良い!?」

「どうぞ」


 包装を解いて箱を開ける凛恋の姿を眺める。凛恋は箱を開けた瞬間に固まっていて、自分が開けた箱の中身をボーッと見詰める。


「……凛恋?」


 あまりにも凛恋が反応しなさ過ぎて不安になり、俺は凛恋の名前を呼んでみる。すると、凛恋はわっと俺を抱きしめた。


「凡人! どうしたのこれ!? チョー欲しかったリリフのクリスマス限定ブレスじゃん! 超人気であっという間に売り切れたってネットに書いてたのに!」

「並んで買ったんだ」

「えっ? 並んだの!? 凡人が!?」


 その凛恋の意外そうな言葉に釈然としなかった俺は、唇を尖らせながら凛恋に言う。


「並んだに決まってるだろ。めちゃくちゃ人が並ぶって言ってたし」


 凛恋にプレゼントしたのは、金色のチェーンブレスレットで、凛恋の好きなアクセサリーブランドのクリスマス限定商品。

 そのブランドは高級ブランドというわけではなく、可愛いアクセサリーを安価で手に入れられることもあり、若い女性に人気があるブランドらしい。


 そのクリスマス限定ブレスレットは、発売が発表されてからも話題で、凛恋はその情報をネットで見付けて羨ましがっていた。

 そんな姿を見たら、絶対に手に入れてプレゼントしたくなるに決まっている。


「凡人……凄く並んだんじゃない?」

「四時間並んだな」

「四時間……凡人、辛かったんじゃ……」

「凛恋が喜ぶ顔が見たかったんだ」

「凡人……凡人大好きッ! 付けていい?」

「そのために買ったんだから、凛恋が付けてるところを見たいな」


 凛恋がブレスレットを手首に巻くと、凛恋が満面の笑みで腕を持ち上げて手首に巻いたブレスレットを眺める。


「チョー可愛い!」


 俺からすれば、満面の笑みで目を輝かせながらブレスレットを見ている凛恋の方が可愛い。

 その姿が見られたなら、四時間並んだ甲斐があった。


「凛恋、ご飯にするわよ」

「付けたまま食べる!」

「はいはい」


 返事はしたものの、緩んだ表情でブレスレットを眺め続ける凛恋に、お母さんがニコニコと温かい笑顔を向けた。




 夕食の間、凛恋は終始浮かれっぱなしで、俺がプレゼントしたブレスレットをずっと眺めていた。

 それだけ喜んでくれてプレゼントした方としては凄く嬉しかった。そして、俺は今、ベッドに横になっている。


「…………」


 ボーッと壁を見つめて、俺は目を閉じる。

 自分がプレゼントをしたから相手からもプレゼントを貰えるなんて傲慢な考えは持っていない。

 それに、本当に凛恋が喜んでくれたことも素直に嬉しかった。しかし……。


「キスさえもなかった……」


 ブレスレットを渡した時に、喜びを表現してハグしてくれた。

 それに、お父さんお母さん優愛ちゃんの前でキスし辛いのも分かる。

 俺も三人の前でキスするのは困る。でも、その後はいくらでもキスのチャンスはあった。

 俺が部屋のベッドに寝転ぶまでも、凛恋の部屋に二人切りだった時間もあった。


 心の中で若干期待してしまっていたのだ。だから、残念な気持ちが湧いてしまった。

 本当に最低だと思う。気持ちに見返りを求めるなんて。しかも相手は凛恋だ。

 凛恋には俺のことを好きで居てくれれば良いのだ。それなのに…………。


「俺は凛恋の彼氏に相応しくない……」

「ちょっ! どういうこと!?」

「えっ? ………………」


 俺は後ろから凛恋の声が聞こえ驚いて振り向いた。そして……俺は更に驚いて、驚き過ぎて、言葉を失った。

 ミニスカートのサンタコスプレをした凛恋が、焦った表情でベッドに手をついていた。


「ちょっと……私に相応しくないってどういうことよ! 凡人は私にもったいないくらい最高の素敵な彼氏じゃん! どうして……そんな……」

「……凛恋にブレスレットをプレゼントしたけど、キスが無くて残ね――」

「んっ……んんっ……」


 凛恋がベッドに倒れ込みながら俺に覆い被さり、上からキスをしてくれる。優しく重ねられた唇とほどよくいやらしく絡む舌に、俺はドキドキと胸が高鳴る。


「…………凛恋」

「……サプライズ失敗ね。ちょっとお預けさせ過ぎちゃった」


 凛恋は唇を離すが、俺の上に覆い被さったまま俺を見下ろす。


「凛恋……その格好は――」

「その前にまずはこれ。メリークリスマス」


 凛恋が両手で差し出した物を見て、俺は固まる。

 ブルーのシンプルな包装紙に包まれたその箱を見つめていると、凛恋が俺にその箱を握らせる。


「開けてくれないの?」

「良いのか?」

「凡人にあげるんだから凡人が開けないと、その箱一生開かないわよ?」

「あ、開けますっ!」

「フッ……何で敬語?」


 凛恋が小さく微笑みながら、俺の鼻先を指でちょんちょんと突く。

 俺は、包装紙を止めているセロハンテープに包装紙の表面が張り付いて破いてしまわないように、慎重に箱の包装紙を解いた。

 時間を掛けて包装紙を取り、包まれていた小箱をゆっくり開けると、中からダークブラウンのレザーブレスレットが出てきた。


「世界一格好良くて大切で大好きな彼氏に、私が何もしないって思った?」

「凛恋……」

「ほんと、凡人からブレスレット貰った時チョーびっくりした。だって私と同じこと考えてたんだもん」


 俺はチェーンブレスレットで、凛恋はレザーブレスレット。

 それはチェーンとレザーの違いはあるものの、お互いにブレスレットをクリスマスにプレゼントし合ったのだ。


「同じこと考えてたなんて、チョー嬉しかった。ほんとヤバかった。何も相談してないのに、同じこと出来るなんて」


 凛恋が俺の頭を何度も何度も撫でてくれて、俺が凛恋の頬に手を触れる。すると、凛恋が俺に微笑む。


「凡人、私もだから……私も凡人にプレゼン――」


 凛恋を抱き寄せ、激しく唇を重ねる。怪我が完治していないことなんて忘れて凛恋の唇を奪い、凛恋の体を必死に自分に引き寄せる。


「改めてプレゼントされなくたって、凛恋は俺の凛恋だ」

「……うん、そうね。凡人は?」

「俺は凛恋の俺だ。これから先もずっと」

「うん。私は凡人の私。凡人は私の凡人」


 俺は抱き返す凛恋のスカートに手を伸ばして捲る。チラッと淡いピンクの大小様々な花柄の刺繍があるパンツが見えた。凛恋のいわゆる勝負下――。


「アイタ!」

「自然にスカート捲らないの!」


 凛恋にデコピンをされて痛みに顔をしかめると、目の前に頬を膨らませながら笑う凛恋が見えた。

 俺の隣に寝た凛恋は、俺の体をギュッと抱き締めて頬にキスをする。


「怪我、ちゃんと治してからね」

「……凛恋」


 普通なら「そんな蛇の生殺しみたいなことは」なんて冗談で言うところだ。でも、そんなこと言えなかった。

 凛恋が泣いていたから。


「凡人は知らないけど、本当に……危なかったんだから……。病院に運ばれて、ずっと手術室から出て来なくて……」

「凛恋……心配させてごめん」

「凡人は悪くないの。凡人は全然悪くない……」


 凛恋は涙を流しながら、震える唇で何度も頬にキスをする。そして、優しく俺の体を包み込む。

 俺の怪我は重傷だった。その怪我は下手をすれば、日常生活に支障が出るレベルの後遺症がでる可能性もあったほど重傷だったのだ。

 だから、俺は凛恋に大きく強い心配をさせてしまった。


「私が怪我すれば良かったって――」

「凛恋が怪我をしたいと思っても、絶対に俺がそんなことさせない」

「……でも、私は無傷で体だって少しも冷えてなくて」

「俺はそのために――……そのために頑張ったんだ。だから、俺は凛恋に何も怪我がなくて本当に良かったと思ってる」


 俺は、凛恋に言おうとした言葉を途中で変えながら、凛恋の頭を何度も撫でる。

 俺は命を懸けた。その結果、俺も凛恋もこうして生きている。

 生きて、互いの存在と温もりを確かめながら抱き合えている。でも、俺が命を懸けたことは凛恋にとって許容出来ないことだった。

 だけど……もしまた凛恋が危険に晒されることがあるなら、俺は迷わず命を懸けてしまうだろう。


 だって……こんなにも愛おしくて、こんなにも愛しているのだから。


 凛恋の体を精一杯抱き締め、せめてもと凛恋の唇をすくい上げるように奪う。

 涙で濡れた綺麗な瞳を見て、その瞳に自分しか映っていないことを確認し、俺は目を閉じた。


「んんっ……」


 重ねた唇の隙間から吐息を漏らす凛恋の唇を塞ぎ続けながら、凛恋の着ているミニスカサンタのコスプレ衣装の背中に右手を回し、後ろにあるボタンを外す。

 左手は丈の短いスカートの裾から中に滑り込ませる。


 俺は何のために命を懸けたのか。

 それは単純に凛恋を生かすためだ。でも、何故凛恋を生かすために命を懸けられたのか。

 それは……凛恋の愛があったからだ。

 凛恋から向けられる温かく真っ直ぐな愛があったからこそ、命を懸ける恐怖に打ち勝って凛恋を生かすために命を懸けられた。

 だったら、今だって命を懸けても良いじゃないか。


「かず……とぉ……」


 甘く可愛らしい凛恋の声を聞いて、俺の決意が固まっていく。

 人は……俺は欲張りな生き物だ。欲しいものを得ても満足しない。欲しいものを得たら、更に欲しいものを欲する。

 俺は命を懸けて凛恋の愛を得てもまだ、凛恋の愛を欲した。

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