【一一一《愛を得ても尚、更なる愛を欲す》】:一
【愛を得ても尚、更なる愛を欲す】
「あぁ~……」
学校の机に突っ伏し、俺は疲れの籠もった声を漏らす。
病院から退院してから、朝は他の生徒の誰よりも早く学校に来て、夜は他の生徒の誰よりも遅く帰り、ひたすら補習授業をし続けていた。
それもようやく終わりを告げた。終業式の放課後に……。
「多野くんお疲れ様」
補習用のプリントを机の上に軽く落として整える露木先生が笑顔で言う。その隣には、希さんと筑摩さんが居た。
補習授業に加え、定期試験の対策に二人も協力してくれて、そのお陰で俺は今回も学年順位二位を取ることが出来た。
「冬休み前までに終わって良かったね」
「ありがとうございます、露木先生。希さんも筑摩さんもありがとう。本当に助かった」
体を起こして三人に頭を下げると、教室のドアが開いて凛恋が入ってくる。
「凡人! お疲れ様! さっ! クリスマスパーティーに行くわよっ!」
「凛恋……俺は疲れたよ……」
「だから、その疲れをパーッと盛り上がって吹き飛ばしに行くのよ!」
元気な凛恋の後ろから、萌夏さん、溝辺さん、それから小鳥が顔を出す。すると、溝辺さんが小鳥の背中を俺に向かって押しながら言った。
「”瀬名”。多野くんの説得」
「う、うん」
トコトコ歩いてきた小鳥は、俺の前にしゃがんで顔を覗き込む。
「凡人、みんなでクリスマスパ――」
「小鳥は彼女と二人っきりが良いんじゃないのか?」
ジトっと小鳥に視線を向けて言うと、顔を真っ赤にした小鳥が俯く。
「里奈さんとは、カラオケ終わった後で二人になるから」
「瀬名? 呼び捨てで呼んでって言ってるじゃん」
「えっ? あ、うん……里奈?」
「なーに?」
小鳥に近寄って来た溝辺さんがニコニコ笑って返事をする。
溝辺さんを呼び捨てで呼んだ小鳥は真っ赤な顔をしていた。その小鳥を見ていた周りは、クスッと笑い微笑ましげな視線を向ける。
俺が入院して退院してきたら、小鳥と溝辺さんが付き合っていた。まあ、修学旅行の時の感じを見て、付き合うだろうと思っていたから大して驚きはしなかったが。
「ほらー、そこのバカップルー。いちゃいちゃしてないで行くわよー」
萌夏さんがニヤッと笑いながら急かすと、溝辺さんがニコニコ笑いながら小鳥の手を掴んで廊下に歩いて行く。
「私達も負けてらんない!」
そう言った凛恋が、俺の手を掴んでニコッと笑い掛ける。
「そこの万年バカップルも行くわよー」
「萌夏! 万年ってどういうことよ!」
「凛恋、引っ張るなって!」
俺は凛恋に引っ張られながら、露木先生の方を振り向いて頭を下げた。
「露木先生さようなら! 良いお年を!」
「はい。さようなら。良いお年を」
ニコニコ笑って手を振る露木先生が見えなくなると、正面で小鳥の腕を抱きしめる溝辺さんが見えた。
「とりあえず、名前にさん付けまで進歩したから、今度は呼び捨てで呼んでもらうのが目標なんだって」
「小鳥にはハードルが高いかもなー」
溝辺さんの積極的なスキンシップに小鳥はドギマギしているようだが、嫌がっている様子はない。
そのうち、小鳥も慣れて自然に接することが出来るようになるだろう。
みんなで校舎を出て校門に向かうと、爽やかな笑みを浮かべる栄次が校門の外に居た。
「カズ、お疲れ」
「今からまた疲れるぞ~」
俺の言葉にニヤッと笑った栄次が、俺の肩に手を置く。まあ、諦めろということなんだろうが。
「カラオケ行ってパーッと盛り上がろー!」
凛恋の楽しそうな声が聞こえ、女子陣が四人固まって歩き出す。その後ろを歩き始めると、隣を歩く小鳥がホッと息を吐くのが聞こえた。
「小鳥、今から疲れてたんじゃカラオケで倒れるぞ。覚悟しといた方が良い」
「うん」
小鳥は溝辺さんの後ろ姿に視線を向け、また小さく息を吐いた。
「小鳥くん、頑張って」
「えっ!? あ、ありがとう喜川くん」
ニコッと笑って小鳥を励ます栄次と、顔を赤くしながら微笑む小鳥。
その間に挟まれている俺は首を傾げた。いったい、何を頑張るつもりなんだろう。
「カズは相変わらず鈍感だな。クリスマスイブにデートって言ったら、期待するだろ?」
「…………なるほど。小鳥も男だったんだな」
「か、凡人はいったい僕を何だと思ってたの!?」
隣からワンキャンと甲高い小鳥の抗議を聞きながら、俺は凛恋の後ろ姿を見る。
俺を突き落とした石川は、三日間の停学処分だったらしい。その処分が重いのか軽いのかは、俺には判断出来ない。しかし、その処分の後から、石川は一切凛恋に近付かなくなったらしい。
俺が退院した後も、校舎ですれ違う以外は石川の姿を見ない。
そうなった理由は何だったかは分からない。でも、理由はどうであれ、石川が凛恋を諦めたのは良かったことだ。
これで凛恋も俺も安心して学校生活が送れる。
「カズはカラオケの後、どうするんだ?」
「凛恋の家。今日から泊まりなんだ」
「彼女の家に泊まりなんて羨ましいよなー。小鳥くんは、そう思わない?」
「凄く羨ましい」
「羨め羨め」
凛恋のお父さんお母さんも泊まってくれって言ってくれるし、栞姉ちゃんの受験も近いから、気を散らさなくて済んでありがたい。もちろん、凛恋と一緒だっていうのが一番嬉しい。
女子陣の先導で着いたカラオケ店のパーティールームに入ると、凛恋が隣に座って手を繋ぐ。
「今日からずっと凡人が泊まりに来るなんて最高」
「しばらくお世話になる」
「私が来てって言ったんだから、凡人は何にも気にしなくて良いの」
凛恋が嬉しそうに笑ってくれて、俺は視線を凛恋に向ける。
「凛恋、みんなに飲み物とか注文するものを聞いてくれ」
「分かった。ほらー! 凡人が飲み物と食べ物注文してくれるから、みんな教えてー!」
凛恋がスマートフォンを片手にみんなに声を掛ける。
やっぱり、凛恋の笑っている顔は可愛い。凛恋の笑っている顔をずっと見ていたって飽きない。
「やっぱりクリスマス限定のケーキある」
凛恋はメニューのデザート欄を眺めながら、萌夏さんと話している。
「凡人ー」
「ん?」
凛恋が俺の隣に戻って来て、探るように俺を見る。
「クリスマスフォンダンショコラと、クリスマスチーズタルト、どっちが美味しいと思う?」
「どっちも食べれば良いんじゃないか?」
「でも、二つは食べ過ぎだし……」
「いつもそういう時は、俺と半分ずつ食べてるだろ?」
「やった! ありがと!」
「凛恋が多野くんに甘える時の声は、一段と高いわねー」
溝辺さんがニヤニヤ笑って凛恋をからかうが、凛恋はニコッと笑って俺の腕に腕を絡める。
「里奈も甘えればー?」
「言われなくても甘えるわよ。瀬名ー」
「は、はいぃっ!?」
溝辺さんにべったり密着された小鳥は真っ赤な顔をして体を強張らせている。
俺も凛恋と付き合い始めの頃は、今の小鳥のように腕を抱かれただけで緊張していたんだろうか?
凛恋が集めた注文をインターホンで伝えてソファーに座ると、溝辺さんがリモコンを使って曲を入れて歌い始める。
凛恋が溝辺さんの歌を聴きながら、俺の手を手繰り寄せて指を組む。俺がその凛恋の手をギュッと握り返すと、凛恋も俺より強い力で手を握った。
「次、凛恋ね」
溝辺さんがマイクを凛恋に渡すと、凛恋が俺の手を握ったままモニターに表示されている歌詞に視線を向け歌い始めた。
「世界でたった一人、私だけの王子様」
凛恋は歌い慣れたその歌を歌いながら、チラッと視線を俺に向ける。
「一目見た瞬間に、私の瞳は貴方だけしか映らなくなった。貴方をただ眺めているだけで幸せだった。でも、すぐにそんな幸せじゃ物足りなくなる」
女子に人気の女性歌手の歌で、よく凛恋が口ずさんでいる歌。
俺はラブソングは全然聴かないが、凛恋が歌うとめちゃくちゃ可愛い曲だと思う。
「わざとらしく貴方の側を通って挨拶から始めた。その次は貴方の好きな音楽を聴いて、私もその音楽を聴いた。そして私は勇気を出して、ドキドキしながら一緒に帰ろうと誘った」
凛恋はいつしか俺に顔を向けて、頬を赤くしながら歌い続ける。
「横から見える貴方の横顔に胸を高鳴らせ、貴方と並んで歩く私を自分でからかった。貴方の隣で、私はスカートの裾でさり気なく震える手の平を撫でる。そして私は、鼻歌を歌いながら貴方の手に手を伸ばす」
歌い終える直前、凛恋は俺にパチっとウインクをして、流れるメロディーに耳を傾けていた。
カラオケが終わると、栄次と希さん、溝辺さんと小鳥はそれぞれ別行動になった。
俺と凛恋は凛恋の家に行く用事があったが、その前に萌夏さんに「二人に渡したい物がある」と言われて、萌夏さんの家に向かっている。
「大丈夫かなー、小鳥くん。緊張してガチガチだったけど」
「別に嫌がってるわけでもないし大丈夫じゃない?」
「里奈が、瀬名は私がしっかりリードしないと! ってニコニコしながら言ってたから色々心配なんだよね」
萌夏さんが凛恋と話しながらニコニコと笑う。
スキー場で凛恋と一緒に滑落した俺は、気が付いたら雪面に倒れていたから記憶がないが、落ちる際に凛恋を庇っていたらしい。
その際、俺はマスコミの報道で『重傷』と表現されるくらいの怪我を負ったらしい。今は退院はしているが、その重傷は完治したわけではない。
重傷という言葉は、俺自身よりも俺の周りの人達に強い衝撃を与えた。そして、萌夏さんにも大きな心配を懸けてしまった。
「さ、中に入って!」
「お邪魔します!」
「お邪魔します」
萌夏さんの後ろから凛恋が純喫茶キリヤマの店内に入っていく。
純喫茶キリヤマの店内は、今日がクリスマスイブということもあり、クリスマスに合わせた装飾が施されている。
小さめのクリスマスツリーの他に、店内の壁にはモールが張られクリスマスリースも飾られている。
いつもは雰囲気の良いジャズが流れる店内BGMもクリスマスソングに変わっている。
「こんにちは」
「二人ともいらっしゃい」
萌夏さんのお父さんが笑顔で出迎えてくれて、店の奥に行った萌夏さんが両手で箱を持ってくる。
よく、ホールケーキを買った時にケーキが入れられる手提げ出来るケーキ箱だ。
「メリークリスマスイブ! 凛恋と凡人くんに、私からクリスマスプレゼント」
「萌夏、これって……」
「手作りのケーキ。スポンジから全部手作りよ」
パチッとウインクをした萌夏さんは、俺の方を見てニコッと笑う。
「萌夏さん、ありがとう」
「素人が作ったケーキだからあまり期待しないでね」
謙遜してはにかむ萌夏さんは、凛恋にケーキ箱を渡して凛恋に耳打ちする。すると凛恋が真っ赤な顔をして俺を見た後に俯いた。
「凡人くん」
「ん?」
「またね」
手を振る萌夏さんに手を振り返し、俺は凛恋と一緒に純喫茶キリヤマを出る。
凛恋が持っているケーキ箱を持とうとすると、凛恋が俺に顔を向ける。
「私が持ってて良い?」
「凛恋が良いなら良いけど」
「ありがと!」
凛恋がニコッと笑って嬉しそうにケーキ箱を見る。
気が付けば、もうクリスマスイブ。今年も長いようであっという間にここまで来た。今年も、凛恋と一緒に。
ここまで凛恋と一緒に居られたことが、本当に良かった。凛恋が俺の側に居てくれる今に居られて、本当に良かった。
「凡人?」
「今年も凛恋とクリスマスが出来て嬉しいなって思ってさ」
「今年だけじゃなくて、これから先も毎年一緒」
「そうだな。来年も凛恋と一緒に居たいな」
「もー、居たいじゃなくて居るの!」
「ごめんごめん」
凛恋がケーキ箱を手で持ち、片方の手を俺と手を繋ぐ。その凛恋の温かく柔らかい手を握り返した。
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