【一〇九《晴れぬ吹雪》】:一

【晴れぬ吹雪】


 スキー場は雪が降らないと営業が出来ない。しかし、雪が降り過ぎてもスキー場は営業出来ない。

 今朝から外は吹雪いていて、スキーをやれる状況ではない。

 せっかくの修学旅行ではあるが、天候だけは誰にもどうしようもない。


「小鳥」

「何?」

「いつまで二人でトランプを続ける気だ?」

「でも、他に暇潰しなんてないし……」


 ホテルで待機しろと言われた俺達は、ベッドの上でトランプをひたすらやり続けている。


「凡人……」

「ん?」

「あのね……」

「何だよ」

「溝辺さんに告白されちゃった」

「そうか。…………――ッ!? なんだってッ!?」


 突然、小鳥の口から発せられた衝撃的な事実に、俺は思わず手に持った手札を落としてしまう。しかし、いつの間にそんな展開になっていたんだろう。

 溝辺さんは見た目が派手で、見た目通り性格も明るい。

 若干軽いというか適当な面もあるが、その溝辺さんが小鳥と付き合うというのは想像出来ない。


「小鳥はどうなんだ?」

「え?」

「小鳥は溝辺さんと付き合いたいのか?」

「うーん…………」


 小鳥は言葉を濁す。

 小鳥は鷹島さんが好きで、デートに誘い、そして振られている。

 それがつい最近なのか、それとも随分前なのかは分からない。しかし、小鳥がそれを気にしているというのは何となく分かった。


「不誠実かな?」

「俺はそれについて何も言わないぞ。結局は本人次第だからな」

「凡人だったらどうする?」

「俺は断る。俺は凛恋以外とは付き合わない」


 小鳥は困って視線を手札に落とす。

 俺の答えが小鳥の参考にならないのは分かっている。

 ただ、小鳥の性格上、俺の意見は参考ではなくその通りにやる可能性がある。だから、参考にならない答えを言って自分の答えを出させるのが小鳥のためでもあるし、溝辺さんのためでもある。


「ん?」


 部屋のドアをノックする音がする。

 俺はベッドから下りてドアまで歩き、内鍵を開けてドアを開いた。すると、ムッとした顔の凛恋が立っていた。


「簡単に開けた」

「凛恋、どうして」

「それよりも、私が全然知らない女の人で、無理矢理中に入ってきたらどうするのよ」

「ごめん……」


 プリプリ怒る凛恋に謝っていると、後ろから萌夏さんが凛恋の肩を掴む。


「凡人くん、とりあえず中に入れてくれない? 男子のフロアで立ってるの見られたらヤバイ」

「あ、ああ」


 凛恋と萌夏さんが入ってきて、希さんがニコッと笑いながら入って来た。そして、溝辺さんが手を振りながら入っていく。


「小鳥くん、お邪魔しまーす」

「えっ、あっ、うん。どうぞ」


 自然な挨拶の溝辺さんと対象的に、小鳥は明らかに「溝辺さんのことを意識しています」と言わんばかりの反応をする。

 それを見て、凛恋、希さん、萌夏さんは微笑ましく、面白そうにクスクス笑う。どうやらこの三人は、当然のごとく溝辺さんが小鳥に告白したという話を聞いているんだろう。


「あっ! トランプやってるんだ! 私達も混ぜて!」

「う、うん。みんなでやろう」


 小鳥が自分のベッドに座ると、当然のように溝辺さんが小鳥の隣に座る。随分積極的だ。


「凛恋、ちょっといいか?」

「うん」


 一旦凛恋を連れ出して、廊下に出るわけにはいかないため、風呂場に入ってドアを閉める。そして、凛恋に尋ねた。


「いったい、いつから溝辺さんが小鳥のことを好きなんて状況になってたんだよ」

「知らないわよ。私だって事後報告だったんだから。昨日小鳥くんに告白したーって今朝聞いて私もビックリした」

「小鳥のどこが好きとか言ってたのか?」

「可愛いし、なんか守ってあげたい感じなんだって」

「そうか。まあ、あとは二人の問題だからな」

「凡人はそう言うと思った」


 凛恋がニコニコ笑う。

 どうやら、凛恋達は、溝辺さんの恋を成就させるために協力するのだろう。まあ、それも凛恋達本人の考えだから、自由にさせておこう。


「凛恋」

「なーに?」


 凛恋が俺の腰に手を回して首を傾げる。


「んっ……」


 凛恋に軽くキスをしてから俺は風呂場を出て部屋に戻る。すると、萌夏さんが手札を持ちながら俺と凛恋に視線を向けた。


「ほらほら、やるよー。王様ゲーム」

「………………何でトランプで王様ゲームなんだ?」

「ん? だって、凡人くんと小鳥くん、散々トランプやったんでしょ?」

「いや、二人でやらないゲームすれば良いんじゃないか?」


 ベッドに座りながら尋ねると、小鳥のベッドに座る溝辺さんがニヤッと笑う。


「王様ゲームの方が面白そうじゃない?」

「まあ、みんなが良いなら何でも良いけど」


 王様ゲームは、王様になった人の命令に従えば良いゲームだ。面白いかどうかはよく分からないが。


「六人居るから、エースから五とキングの六枚をシャッフルして引いて、キングを引いた人が王様ねー。命令する王様は名前じゃなくて番号で命令。王様が番号を言って命令の内容を言ったあとに、誰が命令の番号か発表ね」


 溝辺さんが六枚のカードをシャッフルしながらルールを説明する。個人の名前ではなく番号としているのは、命令の際の面白味を強くするためだろう。


「早い者勝ちよー」

「あ、里奈ズルい!」


 女子陣がわっと群がるようにカードを引き、小鳥が一歩遅れてカードを引く。俺は、余り物の一枚を手に取った。

 俺の引いたカードはエース。

 エースと言うと、凄そうだが、キングではないから他の四枚と大して変わらない。


「「「「王様だーれだ」」」」

「ぼ、僕」


 ノリのいい女子陣が声を揃えて言うと、小鳥がおずおずと自分の持ったカードの絵柄を見せる。


「じゃあ小鳥くん命令ね。まだ最初だから、軽めにね」

「えっと……エースの人が腕立て伏せ三回?」

「はーい、エースの人誰~?」

「俺だ」


 まあ、最初の命令としては無難だが、腕立て伏せ三回も、運動を日頃していない俺がやると辛いものがある。


「ほら、彼女。カウントカウント」


 溝辺さんが凛恋に回数を数えるように言い、俺は凛恋に視線を向けた後に腕立て伏せをする。


「いち、にい、さん! はい終わり!」


 腕立て伏せをして凛恋の隣に座り直すと、カードをシャッフルした溝辺さんが絵柄を裏にしてまたベッドに広げる。

 この単純な繰り返しだが、溝辺さんは積極的な人らしく、小鳥にほとんど密着して座り、ひっきりなしに小鳥へ話し掛けている。


 小鳥は悩んでいる。しかし、小鳥が溝辺さんの告白を受けても断っても、俺が小鳥の友達なのは変わらない。


 小鳥は失恋している。

 俺にそれを話したのはつい昨日のことだが、失恋をした直後だから他の人と付き合うのが悪いということではない。

 俺はそういう人を軽いとは思うが、切り替えが早くて羨ましいと思える。


 俺はそんなに切り替えが早い方ではない。

 頭では切り替えようとしても、心の奥ではネチネチクドクドと考えてしまうものだ。でも、そのお陰で俺は凛恋とまた付き合うことが出来た。

 切り替えられず凛恋に未練が残っていたから、切り替えようとする頭に心が抗い続けた。


 もし俺がすっぱり切り替えられていたら、一人の寂しさに耐え切れずステラと付き合っていたかもしれない。


 好きな人に振られて軽いと思う俺でも、あの失恋の異常な辛さは分かる。

 もし凛恋への気持ちがなかったら、目の前にあった安心にすがっていたのは間違いない。


 小鳥はどうなんだろう。

 そう考えて、俺はすぐに考えるのを止めた。

 小鳥がどっちを選んでも変わらないなら、考えても仕方がない。


 数回のゲームが終わって場も温まって来た頃、溝辺さんが王様になって命令を考え始める。


「凛恋が多野くんにキス!」

「ちょ! 里奈っ! 番号で命令するはずでしょ?」

「じゃあ、四番が二番にキスで!」


 俺は二番のカードを見ながら眉をひそめる。そして、みんなを見渡すと萌夏さんが四番のカードをみんなに見せる。

 俺は少し躊躇ったが、布団の上に絵柄を表に向けて二番のカードを置いた。

 俺と萌夏さんのカードを見たみんなが顔をしかめる。特に、命令を出した溝辺さんは「やってしまった」という顔をしていた。


「下のコンビニで飲み物とお菓子を買ってくる。王様、それで勘弁してくれ」

「そ、そうね。丁度飲み物もお菓子も欲しいと思ってたし」


 溝辺さんはそう言った後、俺の申し出に両手を合わせて謝りながら申し訳なさそうに頭を下げた。


「萌夏さんも手伝いに来てくれ」

「う、うん」

「みんな、飲みたい飲み物を教えてくれ」


 みんなの希望を聞いて、俺は萌夏さんと一緒に部屋を出る。

 本当は一人で買って来ようとは思った。でも、罰ゲームで指名されている以上、萌夏さんも部屋でジッとしているのは居心地が悪いだろう。


「面倒くさいことに付き合わせてごめん」

「ううん。里奈も結構はっちゃけ過ぎだったし、休憩入れた方が良かった」


 萌夏さんはニコッと笑って後ろで両手を組みながら歩き、エレベーターのスイッチを押す。


「小鳥くんから里奈のこと聞いた?」

「ああ。昨日、告白されたって」

「ちょっと前に女子会したでしょ? あの時に、小鳥くんのこと気になるって言ってたの。優しいし大人しいし、それに可愛いし放っておけない感じがするって」


 到着したエレベーターに乗りながら、俺は苦笑いを萌夏さんに向けた。


「なんか、男に対する印象には聞こえないな」

「里奈。里奈の元彼の有馬くんみたいなタイプの人とは違う人が好きなタイプになったの。引っ張ってくれる人じゃなくて、自分のペースを見てくれる人が」


 溝辺さんは、元付き合っていた有馬との間に色々とあった。

 それは、有馬が少し……いや、大分子供だったせいでもある。しかし、子供だったのは有馬だけではなく溝辺さんもだった。

 それを、溝辺さんの方は気が付いて大人になった。でも、その気が付いたことが、心に相当のトラウマを遺したのだろう。


「小鳥は合わせる方というより、付いていこうとする方だと思うけど?」


 小鳥は自己主張が強くない。それに、ブレのない自分というものも薄い。

 状況に応じて周りに合わせるタイプだ。だから、溝辺さんの変わった好きなタイプとは合わない気がする。


「確かに、凡人くんの言う通り、小鳥くんはペースを見てくれるわけじゃなくて、ペースに合わせようとするタイプ。でも、里奈が自分のペースで何でも出来るのは同じ。里奈が無理しなくて良いっていう点では同じでしょ?」

「まあ、溝辺さんと付き合えば、溝辺さんが色々と引っ張ってくれるだろうし、小鳥にも合ってるかもな」

「上手く行くと良いなー」


 萌夏さんは友達である溝辺さんの恋を応援している。でも、俺は少し心に暗い影が差す。

 溝辺さんはタイプではないが、タイプに近い人と付き合おうとしている。でも、それはどうなんだろう。

 本当に好きで、この人だと言える人とではなければ、付き合うのは良くないのではないだろうか?


「溝辺さんはそれで良いのか?」

「里奈は小鳥くんのことを好きだよ。でも、今までで一番ではないと思う」

「今までで一番じゃない好き、か」

「今までで一番好きじゃないからって、里奈の好きが偽物なわけじゃない。里奈は本当に小鳥くんのことを好き。それに、里奈は小鳥くんを大切にする。一度嫌な思いをしてるから、里奈は恋にずっと慎重だった。それでも、勇気を出して告白したし、好かれようと頑張ってる。私は、そういうの、間違ってないと思うから」


 エレベーターが到着すると、萌夏さんが振り返って微笑む。


「それに、前に踏み出す勇気と過去を振り返らない強さがないと、私みたいになっちゃうからね」




 部屋に戻ると、凛恋が部屋の出入り口まで駆けてきて荷物を持ってくれる。


「凡人、萌夏、ありがとう」

「どういたしまして」


 ベッドのところまで戻ると、溝辺さんと希さんが楽しそうに話をしていて、小鳥はトランプを片付けていた。


「そういえば、筑摩の話聞いた?」

「筑摩さんがどうしたんだ?」


 思い出したように口にした溝辺さんが、げんなりした表情で両手を持ち上げた。


「一晩で五人に告られたんだって。それで、多野くんのことが好きだからごめんなさい。って全員振ったらしいわ」


 溝辺さんの話を聞いて、凛恋が俺の腕を抱きしめる。


「筑摩さん、相変わらずモテるなー」


 特に感じることもないが、何か答えなければいけないと思いそう答える。

 すると、溝辺さんはげんなりした表情から、何気ない表情に変わりながら話を続けた。


「見掛けもいいし、男受けする方法知ってるからねー、筑摩は。でも、散々気を持たせておいてその気がないんだから、男側としては小悪魔ってレベルじゃないかもね」

「筑摩、結構男をもて遊んで楽しんでる感じするしね」


 溝辺さんの話に萌夏さんが苦笑いを浮かべながら答える。

 前までは、筑摩さんに嫌悪感を抱いていた二人も、俺の謹慎以降は筑摩さんに対する態度が軟化している。

 ただまあ、今の表情は呆れ切った顔をしているが。


「どうせ多野くんが凛恋以外を好きにならないって分かってるから、ストレス解消なのかもね」

「でも、その告った男子達がさー」


 ジュースとお菓子を得た溝辺さんは、今度は筑摩さんに告白した男子についての話を始める。

 その話を思い思いの表情で聞いているみんなを眺めていると、ドアがノックされてみんなが静まる。

 俺が立ち上がりドアの方に歩いていく。これは何とか誤魔化して、部屋に誰も入れないようにしなければいけない。


「はい、今開けます」


 ノックの音が再び聞こえてドアを開けると、ジーッと俺を見ている露木先生と目が合った。


「多野くん、八戸さんと赤城さん、それから切山さんと溝辺さんが居るでしょ?」

「…………はい」


 誤魔化すのは不可能だった。全員の名前を挙げた時点で、露木先生は四人がここに居ると確信を持っている。


「外の天気が回復しそうになくて、午後もホテル待機になりそうなんだけど、話しておいてもらえる?」


 凛恋達を部屋に入れていることを注意されると思っていた俺は、露木先生の言葉が意外だった。

 しかし、すぐに気を取り直して頷く。

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