【九六《認識の懸隔(けんかく)》】:一
【認識の懸隔(けんかく)】
自販機で買った缶コーヒーを開けながら、目の前に立っている三人に視線を向ける。
「あの、相談って言うのは――」
「まず、君達は誰だ。俺には下級生の男子に知り合いは居ない」
自分の用件を話し始めようとする男子に、俺は言葉を遮るように言葉を返す。
せっかく丸く収まったと思っていたところに、この三人の登場。どうやら、まだあっち側はことを丸く収める状況ではないようだ。
「すんません。俺は吉原(よしはら)って言います」
「俺は中園(なかぞの)です」
「村方(むらかた)です」
「それで、話って言うのはなんだ?」
三人が名乗ったところで、俺はとりあえず話を聞いてみる。話の内容を聞かないことには、行動しようがない。
「多野先輩って、筑摩先輩と仲良いんですよね? 筑摩先輩の連絡先って知ってます?」
「知ってるが、筑摩さんの許可なしには教えない」
「じゃあ、筑摩先輩に教えていいか聞いてもらえますか?」
終始ニコニコ笑いながら言う吉原に、俺は組んだ腕の中で拳を握る。
俺に筑摩さんの連絡先を聞き出そうとした吉原は、筑摩さんが「告白されて断った男子」だと言っていた。だから、吉原は告白して振られた相手の連絡先を本人以外から聞きだそうとしている。
まだ、吉原が筑摩さんのことを諦めきれずに、筑摩さん本人にアプローチを続けるのなら分かる。でも、吉原はそうじゃない。
自分が告白を断った相手が自分の連絡先を自分の知らないところで知ろうとしている。それを筑摩さんが知ったらどう思うだろう。
……それは、気味が悪く思うに決まっている。
「直接話し掛けて聞けば良いだろ」
「いやー、それが出来たら多野先輩に頼んでないですよ。筑摩先輩ってめちゃくちゃ可愛いじゃないですか。俺がいきなり呼び止めて話し掛けるとか、ただのバカでしょ」
「だったら諦めた方が良い。それに、俺は見ず知らずのやつに友達の連絡先を教えはしない」
「えぇー、多野先輩って器ちっさくないですか?」
「器の大きさは関係ない。まあ、赤の他人には器の小さい人間だと思われても別に構わないが」
目の前の吉原は、見るからに不機嫌そうな顔をする。ここまで露骨に不機嫌さを表されるとむしろ清々しい。が、全く好意的な感情は持てない。
「じゃあ、俺が良いやつだって筑摩先輩に話して――」
「筑摩さん、お前らが跡をつけてるの気付いてるぞ」
これ以上話す必要はなかった。
面識のない赤の他人を呼び出し、一方的に頼み事をしてきて、それを断ったら不機嫌な態度を取る。そして、終いには筑摩さんに自分を褒めてくれと言う。
もうそれだけあれば、こいつの話をまともに聞く必要がないのは明白だ。
「吉原、どうすんだよ。作戦と違うだろ?」
「作戦?」
「バカッ! も、もういいっすわ。二人とも行くぞ!」
村方と名乗った男子が『作戦』と言った瞬間、吉原が慌てて他の二人を連れて走り去る。
俺はその二人を追い掛けることはせずに、走り去った三人が消えた曲がり角を見つめる。
「凡人くんの紹介なら、私、メールくらいはしてあげたよ?」
「知らない相手に友達の連絡先は教えない」
「そっか。ありがとう」
後ろから歩いて来た筑摩さんは、三人の消えた曲がり角を見つめてため息を吐いた。
「なんか、変な子に目を付けられちゃったな~」
「いつから、聞いてたんだ?」
「吉原くんが、凡人くんに私の連絡先を聞いたところから。たまたま、三人と凡人くんが歩くのを見掛けて、珍しい組み合わせだなって思って」
「筑摩さん、しばらくは注意した方が良いと思う」
「うん。ありがとう。でも、作戦って話がちょっと引っ掛かるかな」
筑摩さんが目を細めてそう言う。
作戦ということは、あいつらは何かしら企んでいるということだ。
企みに良いことなんてないし、そもそもあの吉原が関わっていることに良いことがあるとは思えない。
「凡人くん、何か分かったら教えるね」
「えっ?」
「だって、あの三人、溝辺さんと切山さんの跡も付けてたから」
「溝辺さんと萌夏さんも!?」
筑摩さんの言葉に俺は唖然とする。でも確かに、筑摩さんの連絡先を聞いてきたのは吉原だけだった。
だから、他の二人が溝辺さんと萌夏さんを好きだったら、筑摩さんをつけたように二人をつける可能性もある。
「そのことを二人は?」
「気付いてると思うよ。男子のそう言う視線とか行動とか、結構女子の方は気付いてるから。じゃあ、私は行くね」
「あ、ああ」
手を振って歩いていく筑摩さんは、そう言って男子達の消えていった曲がり角の方に歩いていく。
筑摩さんはああ言っていたが、一応、溝辺さんと萌夏さんに自己防衛のために話しておいた方が良い。
「作戦が引っ掛かるな」
「「ああ、あの一年達ね」」
放課後、萌夏さんの実家である純喫茶キリヤマで、並んで座る溝辺さんと萌夏さんが同時に同じ言葉を発した。
俺は、昼休みに筑摩さんから聞いた、吉原達が二人の跡をつけているという話をした。
それに対する反応が、二人とも全く同じだったのだ。
「跡をつけられ始めたのは、体育大会が終わった後から。大抵は四人でゾロゾロついてくるからバレバレ。時々三人の時もあるけど、バレバレなのは変わらないし」
ケーキを食べながら、溝辺さんが呆れた表情で言う。
「聞こえる声で、パンツの色とか柄とかの話をしてるし。周りの女子からも、変なのに好かれちゃったねって言われてる」
萌夏さんもコーヒーを飲みながら、困り笑顔を浮かべてそう話した。やはり、二人とも吉原達の存在に気付いていたようだ。
「凡人、優愛が来た」
隣で凛恋がそう言うと、店内の入り口近くに立っている優愛ちゃんの姿が見えた。
「優愛、こっちよ」
「あ、あの、こんにちは」
「こんにちは、優愛ちゃん」
「優愛ちゃん、久しぶり。座って座って」
萌夏さんと溝辺さんが、優愛ちゃんにそう挨拶すると、少し緊張気味の優愛ちゃんは凛恋の隣に座る。
「お姉ちゃん、私、なんで呼ばれたの?」
「優愛ちゃんにちょっと聞きたいことがあったんだ。一年の男子で、吉原、中園、村方、上西って知ってる? 上西は下の名前は透って言うらしいんだけど」
俺が四人の名前を出すと、急に緊張気味だった優愛ちゃんの表情が呆れた顔になる。そして、大きなため息を吐いた。
「ああ、あの四人組ですか。知ってますよ、上西くん以外は、一年でもうるさい男子で有名です。女子に聞こえる声で下ネタの話をするから、女子には気持ち悪がられてますけど」
「そうか。上西の評判は悪くないの?」
「上西くんは、真面目で大人しい性格なんで、無害なんです。正直、なんであの三人と一緒に居るのか不思議ですね。中等部の頃は、よく一人で居る人でしたよ」
「他の三人は中等部の時もうるさかった?」
「いや、残りの三人は高校になって他の中学から受験して入ってきたので、高校からのことしか分からないです」
「そっか、ありがとう優愛ちゃん」
俺が優愛ちゃんから話を聞き終えると、優愛ちゃんの前に美味しそうなケーキが置かれる。
「はい、どうぞ」
「えっと、私お金は……」
「親友の妹からお金は取らないよ。私からのサービス」
萌夏さんがニコッと笑ってそう言うと、優愛ちゃんは探るように隣の凛恋に視線を向ける。
「萌夏がせっかく出してくれたんだから、残しちゃダメよ」
凛恋の許可を得た瞬間、優愛ちゃんの表情がパッと明るくなる。
「やった! 切山先輩、ありがとうございます!」
「遠慮しないで食べて」
「はい! いただきます! んーっ! 美味しいっ!」
ケーキを美味しそうに食べる優愛ちゃんを、凛恋、希さん、萌夏さん、溝辺さんが微笑ましそうに見つめる。
優愛ちゃんから得られた情報は少ない。でも、優愛ちゃんの話から、上西と上西の友人達とではタイプが違うことは分かった。
名前を出せば眉をひそめられる三人と、無害だと言われる上西。その四人が一緒に居ることに違和感がある。
最初に思い付くのはいじめ。しかし、筑摩さんの跡をつけてる時、跡をつける三人に対して止めようと意見をしていた。
それを考えれば、対等とは言えなくても、三人に対して意見出来るくらいの関係ではあるということだ。
だったら、本当はあの三人と同じような性格なのか、それとも単に気があっているのか。
「ん? ごめん、ちょっと電話だ」
ポケットに入れたスマートフォンが震え、俺は席を立って一度外に出る。そして、スマートフォンを耳に当てて電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし、凡人くん? 吉原くん達の作戦。案外簡単に分かったよ』
「本当に?」
電話の相手は筑摩さんで、筑摩さんの言葉に俺は思わず声のトーンを上げた。
『うん。でも、作戦は二つあったみたい』
「二つ?」
『一つ目は、上西くんを赤城さんとくっ付ける作戦。それで、溝辺さんと切山さんに近付こうって魂胆だったみたい』
「なるほど」
上西が希さんと付き合えば、筑摩さんを好きな吉原以外の二人は、自分の好きな相手に自然な形で交流を持てる。
『でも、上西くんが赤城さんのことは諦めるって言って、その作戦は失敗したみたい』
「上西が?」
『うん。上西くんの方は、赤城さんが高嶺の花だからって最初から諦めてたみたいなの。それを、結構強引に吉原くん達が手紙を書かせてアタックさせたって話』
「その話は誰から?」
『私、結構顔が広いから。女子にも男子にも。上級生にも下級生にもね』
どうやら、情報源は明かせないらしい、明かせないということは、誰から漏れたなんて話がもし知れ渡ったら、その人の立場は悪くなるということだ。
ということは、それなりに吉原達に近しい存在の人物だろう。
『それで二つ目が、凡人くんに取り入ろうっていう作戦』
「取り入る、か」
吉原の態度を見ていると、取り入るという気は全く感じられない。俺の方からしたら、吉原に命令されたようなものだった。
『凡人くんは、吉原くん達がつけてた女子全員と仲が良いから、そこから自分達をお目当ての女子とくっ付けてもらおうって話だったみたい』
「ありがとう、筑摩さん」
『ううん。吉原くんの方には明日にでも釘を刺すつもりだから。いくら慣れてるって言っても、嫌なものは嫌だからね』
「直接言って大丈夫なのか?」
『大丈夫だよ。直接私に何かしようって度胸があったら、コソコソ遠回りに作戦なんてやらないだろうし』
「生徒会室に呼び出して、側には生徒指導の先生に付いてもらった方がいい。追い詰められたら、人は何をしでかすか分からない」
『…………分かった。ちゃんと先生に付いてもらうようにする』
「なら、大丈夫そうだな」
『凡人くん』
「何?」
『凡人くん、恋愛経験が少ないみたいだけど、振った女の子には優しくしない方が良いよ。勘違いしちゃう女の子も居るから』
「俺は、友達を心配しただけだから」
『…………そっか。じゃあ、私の方で分かったことはこれだけだから』
「ありがとう」
電話を切ってスマートフォンをポケットに仕舞うと、両腕を組んで唇を噛む。
筑摩さんの話や、優愛ちゃんの話、それから実際に見た吉原達の印象からして、純粋に筑摩さん、溝辺さん、萌夏さんを好きとは思えない。
男子高校生は大抵の男が女子に興味がある。もちろん、性的な意味でだ。
しかし、大抵の男子高校生は興味は持っても理性でそれを表に出さないようにする。だが、吉原達はその理性が若干弱いようだ。
そして、褒められることではないが、下心が知られて印象が悪くなるという恐怖心が薄い。だから、あんなに露骨に女子の跡をつけることが出来る。
「でも、上西はそういう人物ではないんだよな……」
上西は吉原達を止めようとしたし、手紙の返事がないことで希さんを諦めている。吉原達の好意を不純な好意とするなら、上西の好意は純粋な好意だ。
そうなると、より一層、吉原達と上西の関わりが不自然に見えてくる。
その不自然さについて考えながら、俺は純喫茶キリヤマの中に戻って行った。
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