【七一《誓い》】:三

 臨時休校になっても八戸家の朝は平常運転。

 ただ、学校に行く必要がない分、俺と凛恋と優愛ちゃんのだらけ具合は三割増しくらいだ。


 凛恋のお父さんが仕事に行き、俺達三人はお母さんが家事をしている間、三人揃ってファンフューをプレイしていた。

 しかし今日は協力プレイではなく、ファンフューセカンドから追加された対戦プレイだ。


「優愛、作戦通り行くわよ」

「ラジャー、お姉ちゃん!」


 凛恋と優愛ちゃんが二人並んで話すのをチラリと見ながら、自分のゲーム機に視線を落とす。

 最初はチーム分け無しで戦っていたが、ずーっと俺が一位になり続けたことに凛恋が怒り出し、優愛ちゃんとチームを組んで俺と戦うことになった。


「なるほど、近付かずに遠くから戦う作戦か」


 凛恋達の作戦を分析しながら俺は手っ取り早く凛恋のキャラクターに近付いて戦闘不能にする。


「うわっ! 速っ! てか、なんで瞬殺!?」

「ろくに遠距離型の装備強化してないだろ。だから防具が貧弱過ぎるんだよ」

「うがー! こんなことなら遠距離型の装備も強化しとくんだった!」


 ソファーの背もたれに倒れ込む凛恋は悔しそうに俺を睨む。


「ペケ、一」

「なんでだよ」

「彼女を悲しませたから」

「……そう言われると何とも言えないな」


 凛恋にペケを一つ付けられながら、俺は優愛ちゃんのキャラクターを戦闘不能にして対戦に勝利する。

 すると、優愛ちゃんがサッと立ち上がり俺の隣に座る。


「お兄ちゃん、一緒にチーム組もう?」

「いいよ、組もう組もう」


 優愛ちゃんが甘えるように隣に座って来てそう言い、俺は可愛くて堪らず、優愛ちゃんの頭を撫でながら承諾した。


「こら! 優愛、裏切る気?」

「だって、お兄ちゃんと組んだ方が勝てるし!」

「そりゃ凡人と組んだら勝てるに決まってるでしょ! 凡人! 優愛とじゃなくて私と一緒のチームね! まさか、彼女より彼女の妹を選ぶなんて言わないでしょうね?」

「あ! それズルい!」


 テーブルを挟んで言い合う凛恋と優愛ちゃんを眺めていると、隣に凛恋のお母さんが座る。


「凡人くんは人気者ね」

「ゲームの勝敗のためですけどね」


 クスクスと笑った凛恋のお母さんは、俺に耳打ちをした。


「うちの人には知られないように気を付けてね。二人がそういう仲だと分かっていても、具体的なことを知ると男親は寂しいものだから」


 ニコニコ笑ってソファーを立ってダイニングを出て行った凛恋のお母さんを見送り、俺は背筋にゾゾゾッという寒気が走った。


「凛恋」

「ん? どうしたの?」

「緊急事態だ。少し上で話がある」


 俺がゲーム機を置いて上を指さすと、凛恋は不思議そうに首を傾げた。

 二人で二階に上がって俺の部屋に入ると、俺は凛恋の両肩に手を置く。


「凛恋、落ち着いて聞いてくれ」

「どうしたのよ、改まって」

「……お母さんにバレてた」

「ママに? 何が?」

「さっき言われたんだ。俺達がそういう仲だって分かってるけど、お父さんには知られないようにしろって。具体的に知ると男親は寂しいものだからって」


 キョトンとしていた凛恋の顔色がどんどん青くなる。そして、両手で頭を抱えてベッドに腰を下ろした。


「うわー、気まず。ママの顔を見たら絶対に思い出す」

「凛恋、ちょっと控え――」

「それは無いわ」

「どうしてだよ!」


 凛恋の返答に困惑していると、凛恋は腕を組んで自分の隣をポンポンと叩く。

 俺は凛恋に無言で促された通りに凛恋の隣へ座って凛恋の言葉を待った。すると、凛恋は人差し指を立てて俺を見た。


「まず第一に、パパにバレないようにしろってことで、エッチするなって言われたわけじゃないんでしょ?」

「…………いや、遠回しに止めろって言われたに決まってるだろ」


 随分、俺達に都合の良い解釈をする凛恋に反論すると、凛恋は人差し指に続いて中指を立てる。


「第二に、凡人が我慢出来ない」

「うぐっ……」


 かなり痛い点を突かれて反論出来ずに居ると、凛恋がニコニコ笑って三本目の薬指を立てた。


「第三に私も我慢出来ない!」

「それは誇らしげに言うことなのか?」

「だって……凡人とするの気持ち良いし」

「凛恋……嬉しいけど面と向かって言われると恥ずかしい……」

「とにかく、バレないように気を付け――」


 凛恋がそう言いかけた時、部屋のドアが開いて凛恋のお母さんがニッコリと笑って手招きをする。そのお母さんの行動に一瞬で体を強張らせた凛恋は、素早い動きで廊下へ出た。


 しばらく俺がドアを見続けていると、部屋の中に凛恋が戻って来て俺のベッドに腰を下ろした。その凛恋の顔は大分真っ赤になっている。


「何だって?」

「えっと……まず、凡人と同じこと言われた」


 俺が尋ねると、凛恋は随分歯切れの悪い調子で答える。

 その様子を不審に思うものの、俺は続きを促す。


「それで?」

「ちゃんと、避妊はしなさいって。だからゴムはちゃんと付けてるって言った」

「そこは、ちゃんとしてるって言うだけで良かったんじゃないか?」

「ま、まあ、そう言う話」


 凛恋はそう言ったが、俺にはまだ何かあるのが分かった。それを尋ねると、凛恋がボソッと言う。


「…………すのねって……た……」

「えっ?」


 あまりにも小さい声で全く聞き取れずに聞き返すと、凛恋は真っ赤な顔を俺に向けてヤケクソのように言った。


「凛恋は可愛らしくて色っぽい声出すのねって、クスクス笑われながら言われたのッ!」

「…………それは、気まずいな」

「どーしてくれんのよ~、凡人のバカぁ~」

「それ、俺が悪いのか?」

「だって、ママが凄く嬉しそうに言うんだもん。凛恋ももう大人ねって」


 それを聞いて首を傾げる。確か、凛恋のお母さんは怒ると怖いと聞いた。

 それに、俺が家に泊まり始める時も、凛恋が俺を自分の部屋に住まわせようとするのを、きっちりたしなめた。

 だから、普通は俺が想像した通り釘を刺してくるはずだ。でも、凛恋の話だと、ちゃんとやることをやれというだけで、止めさせようという意思は感じられない。


「ママは怒ると怖いけど、恋愛には結構協力的なの。凡人と付き合うことをパパに言う時も凡人は良い子だって一緒に話してくれたし、それに……凡人と私を二人きりにするために出掛けてくれるし……」

「確かにそう言われれば、大体、俺が来る時はお母さん買い物に出てたな」


 思い返して見ると凛恋の言う通りだった。


「あっ」

「ん?」


 凛恋はパッと思い出したように両手を合わせた。パチンという音を聞きながら首を傾げると、凛恋はニヤーっと笑って俺に言った。


「凡人くんは、凛恋にいっぱい好きって言ってくれる人で良かったわねって」

「…………それは黙ってくれてても良かったんだぞ」


 とんでもない攻撃を食らって、俺は自分の頭を両手で抱える。

 次からどんな顔してお母さんと接すれば良いんだ……。


「とにかく、パパにさえバレなきゃ良いから」


 そう言った凛恋はすっと顔を近付けておれにキスをしようとする。しかし、廊下から優愛ちゃんが呼ぶ声が聞こえて、ムッとした表情をしながらドアを見詰める。


「いいところを邪魔して、一体何なのよ」


 プリプリ怒る凛恋が廊下に出るのを見送って、俺も後から部屋を出る。そして、階段を中程まで下りると、凛恋が玄関で固まってるのが見えた。


「凛恋! みんなで遊びに行こう!」


 希さんがニコニコ笑いながら凛恋に手を振る。


「私が彼氏と別れて傷心してるんだから、もちろん付き合ってくれるわよね? 色々、話聞いてよ」


 溝辺さんが凛恋にそう言うのが聞こえて、俺は段の上に腰を下ろしてその様子を眺める。すると、萌夏さんがニヤーっと笑って凛恋に言った。


「もちろん、凛恋が家に連れ込んでる彼氏もね~」


 その萌夏さんの悪魔のような言葉に、俺は背中に冷や汗を掻いた。




 俺は昨日、希さんに頼み事をした。それは、女子の友達で凛恋を遊びに連れ出してほしいという頼みだった。

 だったのだが……何故か俺もそれに混ぜられている。


 俺は女子だけのつもりだったから、もちろん一緒に行くつもりはなかった。

 第一、俺は人が多い集まりが苦手だ。でも、萌夏さんの放った一言で俺は参加を拒否出来なくなった。


 俺はカラオケを楽しむ女子の皆様方の邪魔にならない端っこに陣取った。


「ほらほら! おかわりの注文してないで、凡人くんは凛恋とチューして」

「ちょちょちょ! ちょっと待ってよ!」

「いーじゃん、別に減るもんでもないしさ。彼氏居ない組にも幸せのお・す・そ・わ・け!」


 俺が注文を終えて受話器を元に戻した直後にこの会話。当然だが、未成年の俺達はアルコールは飲んでいない。全てソフトドリンクだ。

 それで、このテンションである。女子のテンションは恐ろしい……。


 騒ぐならカラオケだということになって、俺達はカラオケ店のパーティールームで飲んで食べて歌ってと大騒ぎをしている。いや、俺は騒いでないけど。

 溝辺さんや萌夏さんにからかわれる凛恋を見ると、困った表情はするが明るく笑って楽しそうだった。


「凡人くんはやっぱり凛恋想いの良い彼氏だね」

「希さん、ありがとう。凛恋想いの希さんが居なかったら、凛恋はあんなに楽しそうに笑えなかった」


 希さんにからかわれて、俺は希さんをからかい返す。すると、希さんは嬉しそうに笑った。


「あー! ほらほら凛恋! 凡人くんにチューしないと希に凡人くん取られるよー!」


 後ろから萌夏さんの声が聞こえて振り返ると、萌夏さんに背中を押された凛恋が俺の隣に座らされる。


「凡人くんのこと、取っちゃおうかなー」


 後ろから、希さんの思ってもないような言葉が聞こえる。

 希さんまで煽り始めるとは、女子会テンションやっぱり恐ろしい……。


「ほっぺに軽くとかダメだからねー。ちゃんとしっかり――」


 更に煽った萌夏さんの声はそこまでしか聞こえなかった。

 目の前で、俺の首に手を回してキスをしている凛恋のことしか見えてなかった。


 ただ唇を合わせたキスじゃなかった。凛恋から『凡人は私のもの! 絶対誰にも渡さない』そういう感情が直に流れてくるような、深く熱く濃厚なキスだった。


「はぁ……はぁ……」


 ゆっくり唇を離した凛恋の荒くなった息遣いが聞こえると、パーティールームの音が割れた。


「「「キャーッ!!」」」


 黄色い歓声なんて生温い話じゃなかった。甲高い女子の歓声はまるで耳が引きちぎれるかと思うくらい空気を震わせた。


「ヤバ! 凛恋ってそんなキスするんだ!」

「めっちゃエロかった~!」

「もう一回もう一回!」

「もう無しよ! 次はお金取るから!」


 凛恋は女子陣を振り返ってそう言うと、髪を整えて俺の隣に座り直す。そして、チラッと俺を見て「ごめんね」と謝って微笑んだ。


「ちょっ、希!? 大丈夫?」


 萌夏さんが焦った様子で希さんに駆け寄り、両肩を掴んで揺する。

 ボーッと呆けてた希さんは、俺と凛恋を見た後に真っ赤な顔をして俯いた。しかし、希さんには悪いが、希さんも煽ったのだから自業自得だ。


 それからまたカラオケが再開され、俺は息抜きのためにトイレへ行くついでに部屋を出た。

 トイレを済ませて廊下で休憩していると、俺の目の前に人影が立ち止まった。


「……あの、多野くん……少し、いい?」

「ああ」


 俺の目の前に立つ溝辺さんは、恐る恐るという感じで俺に話し掛ける。

 その後ろには萌夏さんが腕を組んで立っていた。


「萌夏から聞いた。今日の女子会、多野くんから提案したって」

「凛恋の友達なら、凛恋を元気付けられると思ったからだ。こういうみんなで楽しく騒ぐのは、俺には出来ないことだから」


 俺は何も考えずに思った通りのことを答えると、溝辺さんは唇を噛んで声を絞り出すように発した。


「希が言ってた。多野くんが、絶対に私も誘ってって言ってたって」

「凛恋の友達にはみんな参加してほしかったからだ。溝辺さんに断られたら意味がない」


 希さんに、女子で遊びを計画してほしいと頼んだ時、俺は確かに溝辺さんを絶対に誘ってほしいと言った。

 それは、溝辺さんが遠慮して断るかもしれなかったからだ。


 きっと、希さんは萌夏さんに俺からの提案だと言うと思った。そして、俺の提案だと聞けば、溝辺さんは俺に遠慮して断るかもしれなかった。それで溝辺さんが参加しなかったんじゃ意味がない。

 溝辺さんは凛恋の大切な友達だからだ。


「どうして……私は、凛恋と多野くんに酷いことをしたのに。……二人を別れさせようなんて――」

「確かに酷いな。でも、それでも凛恋は溝辺さんと仲直りしてちゃんと友達に戻った。それは凛恋にとって溝辺さんがそれだけ大切な友達だってことだ。そんな大切な友達が一人だけ居なかったら、凛恋は絶対に気にする。絶対に悲しい気持ちや辛い気持ちになる。そんな気持ちに凛恋をさせたら意味がない。だから、溝辺さんも誘ってもらった。俺は本当は参加するつもりはなかった。気を遣わせてしまって申し訳ない」


 俺が頭を下げると、前から萌夏さんの声が聞こえた。


「言った通りでしょ。本当に凡人くんは凛恋が大好き過ぎるくらい大好きなのよ。それで、凛恋以外の人にもちゃんと気が遣える。その辺の男子で、彼女と自分を別れさせた奴に気を遣う男なんて早々居ないと思わない? てか、凡人くんちょっと良い人過ぎ」


 頭を上げると、萌夏さんが呆れた顔をして手を振っていた。


「ホント、出会って付き合ってるのが凛恋で良かったわよ。悪い女に引っ掛かったら、絶対にその優しさ利用されるに決まってるし」

「俺は萌夏さんから褒められてたと思ってたんだが?」

「あれ? そうだっけ?」


 ニコッと笑った萌夏さんが、溝辺さんの肩に手を置く。


「ほら、まだ言いたいこと言ってないでしょ」


 そう言われた溝辺さんは、俺に深々と頭を下げた。


「本当にごめんなさい。酷いことして、本当に……本当にごめんなさいっ!」

「分かった。許す」

「えっ?」


 バッと勢い良く頭を上げた溝辺さんが目を丸くして俺を見る。すると、萌夏さんがクスクス笑いながら俺に視線を向けた。


「あっさり許し過ぎじゃない?」

「俺が意地張って許さないって言い続けたら、凛恋が溝辺さんと付き合い辛いだろ」

「まーた凛恋かー。羨ましー」


 萌夏さんが通路の奥の方に視線を向ける。するとそこには希さんと一緒に立つ凛恋が居た。


「凡人……」

「凛恋、俺も溝辺さんと仲直りしたから。だから、もう俺に気を遣う必要はない」


 凛恋が溝辺さんのところに歩いて来て、泣いている溝辺さんの背中を擦る。


「里奈……大丈夫?」

「うん、ありがとう凛恋。……凛恋の彼氏はやっぱり良い人だった」


 そう言われた凛恋は俺の方に視線を向けた後、満面の笑みで言った。


「うん。私の彼氏はチョーイケメンの優しい人だよ」

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