【六八《ずっと側に》】:三
「そういえば、お姉ちゃんと凡人さんが付き合う前の話って聞いたことない!」
その声が聞こえて意識が覚醒する。でもまだ目蓋は重くて開くことは出来ない。
「優愛、声が大きい」
「でも、もうすぐご飯だから凡人さんを起こさないと」
優愛ちゃんの言葉を聞いて無理矢理目蓋を開けようとした俺の額に、ふわりと温かさを感じる。凛恋が優しく撫でてくれてるのだ。
「もう少しだけ寝かせときたいの。凡人は私が起きるまで、ずっと起きててくれたんだから」
その凛恋の気遣いに俺は甘えて、もう少しだけ体を休ませてもらおうと思った。
「それでさっきの話だけど、お姉ちゃんと凡人さんって付き合う前はどんな感じだったの?」
「どんな感じ? うーん、仲の良い友達だったわよ。毎日凡人の家に行って、毎日一緒に遊んでた」
「あの頃はママと話してたんだよ。お姉ちゃんに彼氏が出来たかもねって」
「彼氏は出来てなかったわよ」
「でも、その頃には凡人さんのこと、好きだったんだよね?」
「その頃どころか、初めて会った時から凡人のことが好きだったわよ」
「一目惚れか~、アイテッ!」
目を閉じていて光景は見えないが、優愛ちゃんのからかうような声の後に、軽く痛がる声が聞こえる。
多分、凛恋にデコピンでもされたんだろう。
「ホント、ビックリするくらい格好良かったのよ。刻季の男がみんな私達見てテンション上げてる中、凡人は何してたと思う?」
「うーん、凡人さんって結構恥ずかしがりだし、スマホを弄ってたとか?」
優愛ちゃんからは俺はそういう風に見えていたと初めて知った。
でも、無愛想とか冷たいとか、そういう嫌なイメージではなくて良かった。
「違うのよ。男共が女子見てる間、凡人は女子が自転車に轢かれないように見張ってたの」
「へぇー! 凡人さん、そんなことしてたんだ。でも、そういうの格好良い!」
「そうよ~、ホントにチョー格好良かったんだから」
「それで、お姉ちゃんは凡人さんに一目惚れしたんだね。でも、私は凡人さんからそんな感じはしなかったな~。確かに凄く優しいお兄ちゃんではあるんだけど」
「こら! 私の凡人に勝手に触らないの!」
「いいじゃん、ほっぺくらい」
頬にツンツンと突かれる感触を受けた後、凛恋と優愛ちゃんがじゃれ合う声が聞こえる。
凛恋と初めて会った時の話は懐かしい。でもその懐かしいと思えるほど、凛恋と時を重ねたのだという実感が湧く。
「でも、凡人は私のこと全然見てなかったんだって」
「え? じゃあ、どうやって凡人さんと付き合ったの?」
「そりゃあ、私が頑張ったのよ。まあ、私だけじゃなくて、希とか他の友達にも協力してもらったけど」
「お姉ちゃんを全然見てないって、凡人さんって意外と鈍感?」
「意外とどころかチョー鈍感よ。付き合う直前なんか、結構凡人に好きってアピールしてんのに、私は違う誰かのことを好きだと思い込んでたし」
凛恋がクスクス笑いながら言うと、優愛ちゃんからはアハハと乾いた笑いが漏れる。
「でも、頑張って告白したら、凡人も私のことを好きで居てくれて、付き合えて、凄く嬉しかった。色々あったけど、今も凡人が私の彼氏で居てくれて本当に良かった」
「お姉ちゃん、凡人さんと別れた時、ヤバかったもんね」
優愛ちゃんの言葉を聞いて、肺がせり上がり、胸が締め付けられる苦しさを感じた。
「それ、凡人に言っちゃダメよ。凡人は優し過ぎるから、全部自分のせいにしちゃうんだから」
「分かった。でも……本当に良かった。お姉ちゃんと凡人さんが仲直りして。お姉ちゃんが泣いて帰って来て、私に凡人さんと別れたって話してくれた時、頭が真っ白になった。お姉ちゃんと凡人さんが別れるなんて考えられなかったから」
「凡人は俺のせいだって言って済ませようとするけど、私が悪かったのよ。彼氏を試そうとするなんてホント、最低のことしたし。自分がされたら傷付くに決まってる」
「私、お姉ちゃんと凡人さんが別れてる時、学校で凡人さんを探して、お姉ちゃんと仲直りしてってお願いしたの」
「えっ?」
凛恋は純粋に驚いた声を出す。俺もその時のことは話してないし、優愛ちゃんも今話すのが初めてだったんだろう。
「凡人さん、凄く優しかったんだ。私を突き放そうとするんだけど、優しくしてくれて、最後の方なんか、私を心配して辛そうな顔してくれたの。でも、仲直りしてくれるとは言ってくれなかったけど」
「それは仕方ないわよ。…………それだけ酷いことを私は凡人にしちゃったんだし」
凛恋の手が頬に触れて、優しく俺の頬を撫でる。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「絶対に凡人さんと結婚してね」
「えっ? ちょっ、いきなり何言い出すのよ!」
焦る凛恋と同じように、俺も焦って飛び起きそうになる。でもそれをグッと堪えた。
つい最近、二人ではプロポーズの予行練習だとふざけたことはあったが、第三者から、しかも真剣な言葉で言われるとドキリとするものがある。
「私、凡人さん以外をお兄ちゃんって呼ぶ気なんて絶対にないからね。他の男の人を連れて来たって、私が絶対に反対して、絶対に凡人さん以外の人と結婚させないから。絶対に凡人さんと結婚して」
「安心していいわよ。私には凡人以外あり得ないから。もし、考えたくもないけど凡人にまた振られても、絶対にまた仲直りしてみせるし。それでどんなに頑張っても仲直り出来なかったら……その時は一生独身ね」
「だーかーら! お姉ちゃんは絶対に凡人さんと結婚するの! 一生独身とかも無いの! お姉ちゃんが凡人さんと結婚するためなら、私も何でも協力するから! だから、ピンチの時はちゃんと私にも話してね!」
「優愛、ありがと」
その言葉の後、人が立ち上がる音が聞こえる。そして、少し遠くなった優愛ちゃんの声が聞こえた。
「ママにもう少しだけ凡人さんを寝かせておくって話してくるね。お姉ちゃんは、凡人さんが誰かに取られないようにずーっと見張ってて!」
部屋のドアが開いて閉じる音が聞こえ、優愛ちゃんが廊下を歩いて行く音が聞こえた。
俺は大分軽くなった目蓋を開く。
これ以上寝ていて、凛恋のお父さんやお母さんに迷惑を掛けるわけにはいかない。
「凡人、おはよう」
「凛恋、おはよう」
随分前から起きていたが、俺は何も聞いていなかった風を装って体を起こす。
凛恋はジーッと俺の顔を見た後に、顔をカッと赤くして俺の側に座る。そして、俺の腕を抱いて頬にキスをした。
軽いキスをした後、凛恋の唇が俺の唇に近付いてくる。俺も凛恋の唇に自分の唇を寄せようと、ゆっくり顔を近付け――。
「お姉ちゃん、凡人さん起きた?」
ドアの向こう側から、ノックの音と一緒に優愛ちゃんの声が聞こえる。その声に、俺はドアの方に声を掛ける。
「ありがとう優愛ちゃん。すぐに下まで行くから」
「はーい! ママに伝えてきますね!」
廊下を歩いて階段を下りる音を聞きながら、視線の先にある凛恋の顔を見る。
その凛恋の顔が離れようとした瞬間、俺は凛恋の頭を後ろから抱いて唇を重ねた。
自分の唇を押し付けて、舌で凛恋の唇をこじ開ける。
凛恋の家族に秘密で交わしているキス。それがドキドキ感を増して、胸が激しく鼓動する。
「んっ……んんっ……」
すぐ目の前から聞こえる凛恋の吐息が興奮を掻き立て、俺は凛恋の後頭部に回した手で凛恋の頭を撫で、空いた手で凛恋の手を握り指を絡める。
息継ぎも忘れてがっつくように唇を重ね舌を絡めていると、凛恋に思いっ切り両肩を押された。
「バババ、バカっ! ヤバイって!」
凛恋がゆでだこのような顔を片手で扇ぎながら、空いている手で胸を押さえて呼吸を整えようとする。
「ごめん」
「あ、謝らないでよ! その、嬉しいのは嬉しいからっ!」
凛恋が慌てたように俺に近付き、腕を抱いて体を密着させる。
凛恋の温かさを近くに感じて安心しながら、俺はまた唇を近付ける。しかし、唇に凛恋の人差し指を当てられて、俺の唇は止められた。
「だからダメだって」
凛恋に制されて唇を離すと、凛恋が指を絡めた手を組んで握りニコッと笑う。
「我慢してくれてありがと。凡人は優しい」
我慢したと言うよりも我慢させられたと言うのが正しいが、凛恋のお母さんに呼ばれている今の状況では仕方ない。
「ほら、ママが怒る前に行くよ。ママ、怒ったらチョー怖いんだから」
手を引っ張られて部屋を出る俺は、心に残ったモヤモヤを掻き消すように首を横に振った。
凛恋のお父さんに「一番風呂は凡人くんだ」と言われて、遠慮はしたが半ば強引に風呂に押し込められた。そして、風呂から上がった後は、優愛ちゃんに手を引かれ、優愛ちゃんの部屋でファンフューセカンドを凛恋と三人でやっている。
「あっという間に凡人さんに追い抜かれちゃったねー」
「凡人はゲームに対する集中力が凄いからすぐ抜かれるに決まってるのよ」
「二人共、ボスの範囲攻撃が来るぞ」
「ギャッ!」「マズッ!」
優愛ちゃんと凛恋がそれぞれ声を上げるのを聞きながら、二人に回復魔法を使う。
ファンフューセカンドでは、パーティープレイの充実のために、前作では作れなかった回復重視のキャラクターを作れるようになった。
まあ、回復という性質上、ファンタジー側のキャラでしか作れないし、回復重視のキャラクターのソロではクリアが困難という問題はある。でも、俺達のように複数人で協力プレイする時は重宝する。
「えっ? 死ななかった?」
凛恋が戸惑った声を上げて、優愛ちゃんがピョンと体を跳ねさせる。
「凡人さんが全体攻撃に回復を合わせてくれたんだよ! 流石凡人さん!」
「回復キャラの大事な仕事だしね。二人は頑張って倒してくれよー」
俺はキャラを空に飛ばせてボスの攻撃を避けながら、チラリと凛恋に視線を向ける。
凛恋は、半袖短パンのピンクと白のボーダー柄をした可愛らしいルームウェアを着ている。
トップスの袖からは細くて綺麗な腕が二の腕まで出て、首元からはくっきり浮き出た鎖骨が見えるし、短パンの裾からも細い凛恋の足がさらけ出されて、嫌でも視線を向けてしまう。
そして、凛恋の背中に視線を向けてしまい、俺はゲーム機を握る手に力が籠もる。
凛恋の着ているルームウェアのトップスは薄手だからか、背中を少し曲げると凛恋が着けているブラの形が浮き出る。それを見てしまい、体に熱が籠もる。
「そろそろお開きね」
「えー、もう少しだけやろうよー」
「凡人は明日も居るんだから明日もやればいいでしょ」
「そうだよね!」
優愛ちゃんがゲームの電源を切ってうーんと背伸びをする。
それを見ながら俺もゲーム機の電源を切り、さりげなく凛恋の方にまた視線を向ける。
凛恋は優愛ちゃんのベッドにもたれ掛かり、優愛ちゃんと同じようにうーんと背伸びをする。しかし、凛恋の方はトップスの胸元が膨らむ。
その膨らみを作っている凛恋の胸のことを考えてしまい、俺は思考を別のことに置き換えようとする。
「じゃあ、俺は部屋に戻るよ」
「はーい! おやすみなさい。凡人さん、お姉ちゃん」
「おやすみ優愛ちゃん」
「おやすみ、優愛」
優愛ちゃんの部屋を出ると、凛恋が俺の手を握ってクイクイっと俺の手を引っ張る。露出の多いルームウェア姿の凛恋は、俺のすぐ側に立って下から俺の顔を見上げる。
その凛恋の手を引っ張り、俺が使わせてもらっている客室に入る。そして、凛恋がゆっくりドアを閉めるのを見て、凛恋の体を一気に引き寄せた。
「凡人、強引」
「夕方からずっとやばかった」
「……私も」
クスッと笑った凛恋が真っ赤な顔をして、その顔を隠すためか俺に抱き付いて胸に顔を埋める。
「凡人があんなチューするから、ずっとドキドキしっぱなしだったんだから」
「もしかして、その格好……」
「凡人がドキドキするかな~って思って」
「めちゃくちゃドキドキしてた、露出多いし、それに背中は下着の形が浮いてるし」
「えっ? マジで?」
「マジでマジで、くっきりここが浮いてる」
凛恋の背中に浮いたブラ紐の縁を指先でなぞると、凛恋が小さく声を漏らして背中を反らす。
「ひゃっ……ちょっ、凡人……」
凛恋の腰に手を添えて抱き寄せ、空いている手の指先で凛恋の太腿をなぞるように触れる。
「かっ、凡人っ……くすぐったい……」
「凛恋が悪いんだからな。誘惑するからこうなるんだ」
「キャッ! ンンッ…………んっ……」
凛恋と一緒にベッドへ座り、すぐに唇を重ねて深く絡み付くようなキスを交わす。
凛恋はビクビク体を震わせながら俺のキスに必死で応えようとしてくれる。
ゆっくり唇を離すと、薄暗い部屋の中で分かるくらい、凛恋の顔が赤く上気していた。
凛恋は自分からルームウェアのトップスを捲り上げて脱ぐ。
「凛恋……そのブラ……」
「凡人も覚えてくれてたんだ。チョー嬉しい」
凛恋がそうはにかむ。凛恋が身に着けているブラは、淡い水色の可愛いリボン装飾が施された物。その下着は、俺と凛恋が初めてエッチした日に凛恋が身に着けていた下着だった。
「下も見たい?」
「見たい」
凛恋が首を傾げて言う言葉にすぐに返答する。それに凛恋はクスクス笑って、ジーッと下から俺を見上げる。
「エッチ」
「仕方ないだろ、目の前に上半身ブラだけの凛恋が居るんだから」
「…………見たかったら、凡人が脱がしてくれないと」
俺は凛恋の言葉を聞いて、短パンに手を掛けてゆっくり引き下ろす。凛恋の足から短パンを引き抜くと、ブラと揃いの可愛いパンツが露わになる。
「私と凡人が初めてエッチした時に着けてた下着。だから、今日はこれ着けようって思って……」
「どうしよう凛恋……」
「えっ?」
「ゴム……バッグに入れてない」
俺は下着姿の凛恋を前にして、力なくそう言う。今日、家から荷物を持ってくる時にそこまで気が回らなかった。
いくら寝てなかったからと言っても、大失態としか言いようがない。
目の前にこんなに魅力的な姿の凛恋が居るのに、俺は指を咥えて見てることしか出来ない。
俺は凛恋からゆっくり体を離して、凛恋の両肩に手を置く。
「凛恋、ごめん! 明日買ってくるから! ……凛恋?」
俺がそう言うと、凛恋は俺のボストンバッグに体を伸ばして腕を突っ込む。そして、バッグから引き抜いた凛恋の手には小さな紙箱が握られていた。
「凡人の彼女がちゃんと入れたから大丈夫」
「凛恋……」
「凡人と一緒に住めるのに、これ無かったらチョー困るし。だから……真っ先に入れちゃった」
ペロッと舌を出す凛恋は箱をベッドの枕元に置き、俺にキスをする。俺はその凛恋のキスに応えながら、ゆっくり凛恋の背中に手を回して、ブラのホックをプツリと外した。
薄暗い部屋のベッドの上で、俺は凛恋を強く抱き締める。
凛恋にメールを送り付けてきたやつから凛恋を隠すために、必死に抱き締めて覆い被さる。
「はぁっはぁっ……凡人? どうしたの?」
下で息を荒くした凛恋に尋ねられる。俺は凛恋の額に滲む汗をタオルで拭ってやりながら、優しく頭を撫でた。
「凛恋は俺のだからな。絶対に誰にも渡さないから」
メールのことを思い出して、なんて言ったら凛恋を不安にさせる。だから、そう言い換えて凛恋に言った。
「当たり前じゃん。私は凡人のよ。凡人だけのもの、凡人専用。……だから、私の全部、凡人の好きにしていいんだよ?」
俺は凛恋を再び抱き締める。凛恋は優愛ちゃんや凛恋のお父さんお母さんを起こさないように声を殺して、その殺した声の隙間から可愛い声を漏らす。
「凡人っ……好きっ……大好き、凡人っ……」
凛恋が俺の体にしがみつきながら、何度も好きと言ってくれる。その幸せを感じながら、俺はもっと凛恋を感じるために、凛恋の体を引き寄せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます