【五七《コンフリクト》】:二
午後の体育の時間、俺は午後の眠気を我慢しながら、体育館に作られた、二面のバレーボールコートの片方に突っ立つ。
ネット際に立ち、向こう側の端でボールを持っている男子に視線を向ける。
男子は、壁ギリギリまで下がり、ボールを高く前方に投げ、助走をつけて走り出して思いっ切り飛び上がる。
その男子がジャンプの最高到達点まで達した時、右手を大きく振りかぶった。
全身のバネを使って男子が前へ振り下ろした右手は、丁度上から落ちてきたバレーボールにジャストミートし、弾丸のようなボールを放つ。
「うわっ!」
飛んで来たボールにビビって、小鳥が悲鳴を上げながら避けた。
ネットの向こう側では「ナイスサーブ!」とか「現役バレー部すげー!」という声が聞こえ、サーブを放った男子を囲んでいるのが見える。
それを見ながら、俺は小さく息を吐いて呟く。
「大人げない」
どの競技でも、体育で『張り切っちゃう男子』は少なからず居る。
今回で言えば、サーブを打った男子バレー部員が、その張り切っちゃう男子だ。
男子からサーブを打たれたのは帰宅部員の小鳥。
いくら小鳥が毎日ジョギングをしていると言っても、バレーボールでバレー部に敵うわけがない。しかし、それは裏を返せば、バレー部員にとって小鳥は絶対に負けない相手になる。
張り切っちゃう男子は、大抵女子にモテたい欲求のある奴だ。
それで良いところを女子に見せようとして張り切る。
俺から見れば、ど素人相手に本気を出している大人げない男子、にしか見えない。しかし、あの男子にとって今自分は『スポーツの出来る最高に格好いい男子』なのだ。何とも面倒くさい。
バレー部員のアピールに使われた小鳥には同情するが、このままやらせておけばいい。
「あいつ、大人げなさすぎ」
隣に立つ女子が、ネットの向こうに呆れた目を向けていた。名前は忘れたが、確かこの人はバレー部だった気がする。
「多野くん、協力して」
「…………はい?」
右隣からいきなり協力要請を受ける。が、何に協力しろというのか分からない。
「次、あいつはきっとスパイク打つつもり。だから、あいつのスパイクをブロックして」
「……いや、なんで俺が――」
「大丈夫。あいつスパイク下手くそだから、あいつが打つときに真正面に立って、両手を上に挙げてジャンプすればいいから。あいつ、ただ真正面に力任せに打つことしか出来ないから、多野くんの身長ならまず上は越さないだろうし」
「何で俺――」
「じゃあ、よろしく」
その女子は、相手のサーブを受けるためかポジションをズレて後ろへ下がっていく。
俺には全く協力する理由はない。しかし、あの女子は既に俺に協力を取り付けたものと思っている。
これで女子の言う通りにしなかったら……また後々面倒なことになりそうだ。
「クソー、なんかムカつくなーあいつ」
左隣に居る男子が、苦々しい声を上げてネットの向こう側を睨み付ける。
それは大人げない行動にムカついているのか、一瞬でも女子にキャーキャー言われているのがムカつくのか、どっちなのだろう。
そんなことを考えていると、向こう側からサーブが入って来て、バレー部の女子がレシーブで上に上げる。
丁度俺の方にレシーブされたボールが来て、俺は中央に向かってトスした。
「うぉりゃっ!」
気合い十分の声で、男子がボールをネットの向こう側へ返す。しかし、難なく拾われた。
「トスッ!」
ネットの向こう側でバレー部男子がその声を出す。
丁度、その男子は俺の真正面に居て、男子の上にボールが飛んで来たのを見計らい、俺は両手を挙げてジャンプした。
バシンッ! という激しい音が響いた後、バンッとボールが音を立てて体育館の床を打つ音が聞こえた。
「多野くん! ナイスブロック!」
「凡人凄い!」
後ろからバレー部女子と小鳥の声が聞こえたが、俺はそれどころじゃなかった。
「いってぇー、本当に力任せだな」
現役バレー部男子が力任せに打ったボールを、現役帰宅部の俺が手でブロックしたのだ。
めちゃくちゃ痛いに決まっている。ボールを受けた部分がボールの形に赤くなっている。
「おいおい。帰宅部に止められてんぞー」
「しっかりしろよー」
外野で見ていた男子が、ケラケラ笑いながらからかう声が聞こえる。
まああの男子達は茶化しているだけで悪気はないのだろうが、バレー部男子としては笑い者にされて良い気分はしていないだろう。
うちのチームの人間は、俺以外明るい表情をしている。
まあ、俺のようにボールを受けた腕がヒリヒリする、という実害を受けていないのだから気楽なのだろう。
俺は手を擦りながら、次は絶対に受けないと心に誓う。
今度はこちら側からバレー部女子が軽く下からボールを打つようにサーブをする。本来はこれが正しい。
「にゃろう。次はぜってー決めてやる」
ネットの向こうでは、気合い十分のバレー部男子が見える。
スパイクを止められたことに対して変に腐ってない分、あの男子はスポーツマンらしいスポーツマンだ。
「ヘイ! トスッ」
ヘイって外人かよ。と思いながら、またボールを要求する男子バレー部の姿を見る。
次に標的になるのは誰だろうと視線を横に向けると、そこには凛恋が立っていた。
しかも、ボールは見ておらずボーッと立っている。
「凛恋ッ! 危ないッ!」
希さんの叫び声が体育館に響いた直後、またバシンッ! という激しい音が響く。そして、俺はまた腕に激痛を受けていた。
「何度も何度もいってぇなっ!」
痛みに耐えるために俺は思いっきり声を出す。
さっきボールを受けたのは腕の表。そして今度は同じ腕の裏にボールを受ける。さっきはヒリヒリとした痛みだったが、今度はジンジンとした痛みが腕全体に響く。
「八戸さんごめん! 大丈夫!?」
向かいのコートからバレー部男子が走って来て、尻餅をついている凛恋に駆け寄る。
それにしても、二度もお前が力任せに打ったボールを受けた俺の心配はしないのかよ。
「大丈夫、凡人が庇ってくれたから」
「ちょっとあんた! 少しは加減しなさいよ! 多野くんが庇わなかったら八戸さんの顔に当たってたのよ!」
「本当にごめん」
痛みに耐えながら腕を振っている俺をよそに、バレー部女子にバレー部男子が怒られてシュンとしている。
いや、だから、そのボールを受けた俺には何もないのか。
「ちょっとうちら休憩するから何処か代わって」
バレー部女子が手を挙げてそう言うのを聞いて、俺はそそくさとコートの外に出る。
運動をしなくていいなら好都合でしかない。それに早くこの場から離れたかった。
体育館の端に座り込んで、ヒリヒリジンジンと痛む腕を見詰めて唇を噛む。
悪いことはやってない。
あの時、俺が走って凛恋とボールの間に割って入らなければ、確実に凛恋の顔にボールが当たっていた。だから、俺が手を出したのは間違ったことじゃない。でも、素直に自分を褒められない自分が居た。
凛恋を助けなければ良かったなんてことは思わない。でも、凛恋を助けたことに俺は過剰に反応している。
その過剰反応している自分にも苛立ちを感じた。
「凡人」
「……なんだ」
座っている俺の隣に凛恋が座って膝を抱える。
「凡人、庇ってくれてありがとう」
庇ったつもりはない、という言い訳は通じない。
誰がどう見ても、俺から考えても、庇った以外の何ものでもなかったからだ。
「チョー嬉しかった」
その声と表情で、本当に凛恋が喜んでいるのが分かる。
昔はそれを見て自分も喜んだりホッとしていたりしたのに、今は胃が締め付けられる思いがした。
帰りのホームルームが終わって、俺が教室を出ようとすると、俺は呼び止められた。
「凡人!」
後ろから凛恋に声を掛けられて俺は振り返る。
振り返った先に居る凛恋は、体の前で両手を握って、下から俺に視線を向けている。
「ごめん、急いでるから」
「今度の休み、買い物に付き合ってくれないっ?!」
教室に残っているのは俺と凛恋、そして自分の席に座っている希さん。
その三人しか居ないからか、凛恋は目をギュッと瞑ってそう言う。
「ごめん」
「ゆ、優愛がうちに入学してきたでしょ? それで、入学祝いを買ってなくて! その優愛の入学祝いを選ぶのを手伝ってほしくて!」
一年近くも一緒に居たんだ。凛恋の言っていることが嘘だということはすぐに分かった。
俺を買い物に誘うために、優愛ちゃんを口実に出した。それが手に取るように分かった。
きっと、俺が体育の時間に凛恋を庇ったことで、凛恋が俺と仲直り出来るかもしれないと思ったのかもしれない。
それで、仲直りのきっかけにするために俺を休日に遊びに誘ったのかもしれない。
でも、俺にその気はない。
だから、凛恋に変に仲直り出来るかもしれないという期待を持たせるわけにもいかない。
目の前で、凛恋が俺の顔色を窺うような視線を向ける。
ここで凛恋にちゃんと拒否の意思を伝えれば、凛恋も距離を取ってくるし二人で出掛けようなんて誘いは二度としてこなくなる。
「ごめん。俺と凛恋はもうそんな関係じゃない」
俺は一気に口から言葉を吐き出す。そして、俺は視線を凛恋の顔からすぐに逸らした。
「そっか、そうだよね……。迷惑だったよね……ごめん」
声のトーンを落とし、俯いて横をすり抜けていった凛恋と肩がぶつかる。でも、その凛恋の後ろ姿は見られなかった。
吐き気がした。とてつもない罪悪感に苛まれた。
でも吐き気がした自分に、罪悪感に苛まれた自分に苛立つ。でも、これでもう終わりだ。これで、凛恋との関わりはなくなる。
「…………凡人くん」
「…………希さん」
「体育の時、なんで凛恋を庇ったの?」
「…………ボールが当たりそうだったからだ」
「それだけじゃないでしょ!?」
「それだけだ」
「凡人くん、本当は凛恋のことまだ好きなんでしょ!? 凛恋も凡人くんのことが好きなの! それは凡人くんも分かってるでしょ? 凡人くんがまた凛恋と付き合ってくれたら、私は嬉――」
「俺と凛恋は別れたんだ」
俺は、希さんと俺自身に現実を突き付ける。俺は凛恋と別れた。俺から別れると言って別れた。もう凛恋と俺は何でもない。
「凛恋、凡人くんに庇ってもらえて凄く嬉しそうだった。あんな風に自然に笑ってる凛恋を見たのは久しぶり……。私も凛恋のそんな笑顔を見られて嬉しかった。凡人くんなら凛恋をもっと笑顔にしてくれる。ううん、凡人くんじゃないと凛恋を笑顔に出来ない。だから――」
「ごめん。もう、帰る時間なんだ」
俺は希さんの言葉をそれ以上聞かないように、背を向けて教室を早歩きで離れる。
色んな人の言葉を聞けば聞くほど考えてしまい、考えれば考えるほど心と頭の中がグチャグチャになって混乱する。
だから、考えなければ良くて、考えないためには言葉を聞かなければいい。だから俺は、何もかもから目を背けるしかない。
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