【四三《さやかに彼女は煌めき》】:三

 俺が純喫茶キリヤマに連れて行かれた理由は、前々からみんなでクリスマスパーティーをしようという計画が、凛恋の友達グループで持ち上がっていたらしい。

 それで、実家が料理もケーキも出している切山さんの家でパーティーをしようということになったそうだ。

 凛恋が俺にパーティーのことを話さなかったのは、サプライズ兼逃亡防止ということだったらしい。


 そのクリスマスパーティーだが、俺は甘く見ていた。

 普通、少人数でやるパーティーと言ったら二~三時間くらいで終わるものだと思うのだが、今の時間はもうすぐ二一時になるというところ。

 俺は、街のカラオケ店のソファーに座って、ワイワイとカラオケを楽しむみんなの端っこでうな垂れていた。


「カズ、大丈夫か?」

「栄次……あの人達、体力お化けか?」

「なんだよ体力お化けって」

「だって、一三時から喫茶店で一六時まで騒いで、そこからここに来て、今の今まで歌いっぱなしだぞ? どこにそんな体力があるんだよ……」

「女子はこんなものだぞ? 盛り上がると疲れを忘れてめちゃくちゃ騒ぐ」


 栄次は涼しい顔をしてコーラを一口飲み、爽やかな笑みを浮かべる。

 ダメだ……こいつも体力お化けだった……。


 もう時間も深くなってきた。だが、この盛り上がりで、コミュニケーション能力皆無の俺が帰りを切り出せるわけがない。


「あっ! もう二一時だし! 急がないと始まっちゃう!」

「ホントだっ!」


 スマートフォンを見て時間を確認した凛恋の言葉を聞いて、溝辺さんが慌てた様子で自分のスマートフォンを確認して驚いた声を上げる。なんと、この人達まだ何処かに行く気らしい。


「ほら! 凡人! シャキッとして!」

「次は何処に行く気だ~」

「内緒!」


 凛恋の可愛く明るい笑顔に若干の元気を取り戻しながら、俺は重たい体を持ち上げて撤収を始めるみんなに付いて行く。


 カラオケ店を出ると、街にはクリスマスソングが流れ、店の照明が街に施されたクリスマス装飾を照らしてキラキラと輝いている。

 ワラワラと歩いて行く集団の後ろを付いて行きながら周囲を見渡す。

 やはりクリスマスの夜ということもあって男女二人組の通行人が目立つ。それを見ていると、クリスマスは恋人と過ごすものなのかと改めて思う。


「はぁ~チョー幸せ~」

「いきなりどうしたんだ?」

「え? だって、クリスマスを凡人と一緒に過ごせるなんてチョー幸せじゃん!」

「そっか。俺も、凛恋とクリスマスを過ごせて幸せだ」


 手を繋いで歩きながら、はにかむ凛恋の横顔を見る。やっぱり、いつ見たって可愛い。


 少し前に高校へ進学したと思っていたのに、いつの間にかもうクリスマスになった。

 本当に楽しい時間というものはあっという間に過ぎていくものだ。でも、俺はそのあっという間に過ぎた時間で、一年分では足りない経験を沢山した。


 友達が出来て彼女が出来て、それから友達と彼女と楽しいことも悲しいことも沢山経験した。

 その経験量はたった一年で経験したことなのに、俺が中学までの一五年間全てをかき集めても経験量が足りない。

 それくらい色濃い一年だった。


 カラオケ店を出たみんなは駅の方へ揃って歩いて行く。そして、駅前にある広場まで着くと、駅前に凄い人集りが出来ていた。

 何にこんなに集まっているのかと周囲を見渡していると、沢山のクラッカーの音が鳴ったと思ったら、視界の端で光り瞬いた。


「……凄い」


 瞬いた光の方に視界を向けると、大きなクリスマスツリーが視界いっぱいに広がった。

 大きなそのツリーには白い電飾で隙間無く埋め尽くされ、まるで水晶で出来たツリーのようだった。

 白く明るく輝くツリーに、俺はしばらく視線を奪われる。


「二一時にライトアップされるから、それを見に行こうってみんなで話してたの」


 いつの間にか周囲に居たみんなは居なくなっていた。多分、それぞれの恋人と二人っきりになっているのかもしれない。


「凡人と見に来たかったから」

「ありがとう凛恋。めちゃくちゃ感動した」


 俺は景色を見て感動することなんてない。でも、凛恋の隣で、凛恋と一緒に見たツリーは心を揺さぶられるくらい綺麗だった。でも……隣に居る凛恋の笑顔の方が、ツリーが霞むくらい煌めいていた。


「凡人、はい」

「え?」

「え? って、クリスマスプレゼント!」


 凛恋が綺麗にラッピングされた包みを俺に差し出す。俺にそれは一瞬戸惑ったが、クスクス笑いながら言われた凛恋の言葉で我に返った。

 初めて貰うクリスマスプレゼント。


「いいのか?」

「いいのかって、凡人にあげるために買ってきたの! 開けて開けて!」


 凛恋にそう言われ、包装紙を破かないように丁寧に包みを開くと、中から黒と赤のタータンチェック柄をしたマフラーが出てきた。


「本当は手作りが良かったんだけど、ちょっと私にはハードル高かったし、それにほら」


 凛恋が自分の首に巻いたマフラーの端を持ち上げて微笑む。

 凛恋が巻いているマフラーは、白とベージュのタータンチェック柄のマフラー。色は違うものの、俺が貰ったマフラーと同じ柄に見える。


「私とお揃いにしたの。どう?」

「ありがとう! クリスマスプレゼントを貰えるなんて思ってなかったし、それに凛恋とお揃いなんて嬉しい!」

「これで、ペアリングに続いてお揃いは二つ目ね」


 ニコッと笑った凛恋が、凛恋がプレゼントしてくれたマフラーを俺の首に巻いてくれる。マフラーを巻いてくれた瞬間、体も心もふんわりと温かくなった。


「凛恋」

「ん?」

「これ」


 マフラーを巻いてもらった後に、俺は朝からずっと鞄の中に隠していた物を取り出す。

 可愛くデフォルメされたトナカイとサンタクロースの描かれた包装紙に包まれたそれを差し出すと、凛恋は目を丸くして固まる。


「俺も……クリスマスプレゼント、買ってみた」


 クリスマスプレゼントを人から貰うのは初めてだ。だからもちろん、誰かに贈るのも今日が初めてだ。


「誰かにクリスマスプレゼントを贈るのって初めてだから、気に入らなかったらごめん」

「そんなことない! 凡人がプレゼントしてくれる物ならなんだって嬉しい! ありがとう! 開けて良い?」

「あ、ああ」


 凛恋の反応を見て、物凄く凛恋の期待値が上がっているのではないかと心配になる。凛恋がプレゼントしてくれたマフラーのようにお揃いのものではないし、身に付けられるものでもない。それに、凛恋が気に入るかどうかも不安だ。


「か、可愛いっ!」


 凛恋が丁寧に開けた包装紙の中から、真っ白なモコモコが出てくる。ミニチュアサイズのシロクマをモチーフにしたテディベアだ。


「プレゼントを探してるときにそれを見付けて。それ持ってる凛恋を想像したらめちゃくちゃ可愛いだろうなって思ったら……買ってた」


 本当は大きいテディベアを抱き締める凛恋を想像したのだが、流石に大きいサイズのテディベアは置く場所に困るし持ち歩きも面倒だし、なにより鞄に隠せないからサプライズプレゼントが出来ない。

 でも、ミニチュアサイズの方が、却って凛恋の可愛らしさを引き立ててくれた。


「チョー可愛い! これ、ケースに入れて絶対机の一番見やすいところに飾る! 凡人!」

「おわっ!」


 テディベアを片手に凛恋が飛び付いて来てギュッと俺を抱き締める。


「ありがとー、凡人っ! めっちゃ大好きっ!」

「俺こそありがとう凛恋。俺もめちゃくちゃ大好きだ」


 俺は抱き締めてくれた凛恋を抱き締め返し、視線を横に見えるツリーに向ける。そして、気恥ずかしさを抑えながら、初めての言葉を口にする。


「メリークリスマス」

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