【四四《ファーストキス》】:一

【ファーストキス】


「もー、なんでいつも凡人の家に来ると見失うんだろ~」

「そうは言われてもな……」


 ベッドの上で布団に潜り込んでもぞもぞとしている凛恋を、俺は床の上に立って眺めている。


「凡人も一緒に探してよ~。別に今更恥ずかしくないでしょ?」


 そうやって捜索の協力を頼まれた俺は、視線を横に向けて枕を見る。

 その枕の上には、真っ白の女性物のパンツが載っかっている。一体、どうやったらあそこにパンツが載るのだろう。


「凛恋、枕の上に載っかってる」

「マジ? あっ! 良かった~。見付からなかったらノーパンで家に帰る所だったし」

「バカッ! 向こうを向いてから穿いてくれ!」


 凛恋から視線を逸らしてそう言うと、ベッドの方からクスクスと笑う声が聞こえる。多分凛恋は


「何を今更」と言いたいのだろうが、たとえ今更だとしても恥ずかしいものは恥ずかしい。

「にしても、大晦日までエッチするなんて、凡人ってやっぱりエッチね~」

「先に誘ってきたのは凛恋の方だろ」

「私、何もしてないし」

「嘘吐くな。あんなキスして胸も押し付けて来ただろ」

「私、そんなことしないし~」


 パンツを穿き終えた凛恋がニコニコしながらそう言う。その余裕な表情に小さくため息を吐く。まあ、凛恋にからかわれたら、俺が勝てるわけ無いから仕方ない。

 今日は大晦日、一年最後の日。

 その日をいつも通り凛恋と過ごしていた俺は、大晦日くらいは我慢しようと決めていた。

 しかし、凛恋の甘い誘惑にあえなく陥落してしまった。


「でも、結構寝られたから却って良かったわね。夜は初詣に行かないといけないし」


 俺と凛恋はついさっきまで二人して爆睡していた。

 そして、スッキリ目が覚めた今は一七時半。そろそろ凛恋を家に送らないといけない時間だ。

 正直もっと早く家に帰らせた方が良いのだが、早めに返そうとしても凛恋が断固として拒否するから、結局いつもこれくらいの時間になってしまう。


「クリスマスも一緒だったし、冬休みも一緒、それに大晦日も一緒だし! でも、三が日は一緒に居られないのめっちゃ嫌……」


 そう言って凛恋がシュンとして視線を落とす。

 三が日は凛恋は親戚の集まり等があって大忙しらしい。でも年始めの三が日は仕方がない。


「でも、その後はずっと一緒だから三日間は我慢するっ!」


 凛恋がヒシッと俺の体を抱き締める。

 その後はずっと一緒。その言葉の意味は正にその通りだ。


 俺は、冬休み明けから刻雨高校に通うことになる。

 俺は、刻雨高校の転入試験に合格することが出来たのだ。


 合格発表があったのは試験を受けてから二日後で、合格を知らせる電話が丁度凛恋が家に来ている時に掛かってきた。

 そして、その電話を受けてからすぐに知らせると、凛恋は大泣きしならが喜んでくれた。


「凡人と同じ学校に通えるなんて、新年早々良いことあり過ぎだし!」

「まだ年を越してないぞ」


 笑いながら凛恋の頬を突くと、凛恋が俺の頬を突き返す。

 凛恋の柔らかくスベスベした頬は俺の指を押し返すような弾力がある。


「凡人、刻雨でいっぱい楽しいこと一緒にしよーねっ!」

「なんかそれ――イテテッ!」


 俺の頬を突いていた凛恋の手が、突然俺の頬を摘んで横に引っ張る。


「一緒にお昼食べたり学校行事を楽しんだりしようってことよ。もー、凡人の頭にはそれしかないの?」

「仕方な――」


 凛恋が頬に優しくキスをしてベッドに押し倒される。


「凡人」

「ん?」

「かーずとっ!」


 ベッドの上で横になり、正面から抱き付く凛恋が俺の名前をニコニコ笑って呼ぶ。そして、俺の胸に顔を埋めた。

 今年も、もう終わりか。俺は、凛恋の頭を撫でながらそう思った。

 でも、その今年最後の日まで凛恋と一緒に居られるのが嬉しい。それに今夜は凛恋の言った通り初詣に行く。いや、正確に言えば明日だが。


 初詣はクリスマスと違って、毎年、爺ちゃん婆ちゃんと一緒に、年が明けて三が日のうちに必ず行く。

 でも今回は、今日の夜に行き、年越しに合わせて参拝するのだ。

 今日と明日に跨がる初詣には、八戸家全員と、栄次と希さんも一緒に来ることになっている。


「凛恋、寝るなよ?」


 目の前で目を瞑り喋らなくなった凛恋に声を掛ける。すると、凛恋は真っ赤な顔をして俺の顔を見上げる。どうやら、本当に寝かけていたらしい。


「ありがと凡人。マジで寝ちゃいそうだった」

「もう帰る時間だろ。ほら、ベッドから出るぞ」


 ベッドの上に座って凛恋の手を引くと、凛恋は欠伸を手で覆い隠しながらベッドに座る。

 凛恋の穿いているミニ丈のフレアスカートの裾が捲れ、凛恋の太ももが露わになってる。俺は慌てて捲れた凛恋のスカートを直すと、凛恋がクスクス笑う。


「何で笑うんだ」

「だって凄く慌ててたから」

「そりゃあ慌てるだろ。凛恋の太ももを他の男に見せたくない」

「プッ!」


 俺の言葉を聞いて、凛恋は笑いを堪えきれずに吹き出した。その反応に俺が眉をひそめると、俺の目を見た凛恋がニコッと笑う。


「この部屋には私と凡人しか居ないでしょ?」


 その言葉を聞いてハッとし、急に決まりが悪くなって視線を凛恋から逸らす。すると、正面から凛恋の優しい声が聞こえた。


「守ってくれてありがとう」



 年越しに合わせて行く初詣はかなり混む。というのは、凛恋のお父さんから出発前に聞いていた。しかし、それにしても道が混んでいる。

 目的の神社まで向かう幹線道路は大渋滞。

 さっきから車の流れが、亀が歩くより遅いんじゃないかと思えるくらいゆっくりとしている。


「優愛、あんまり凡人にくっつかないで」

「別に普通に座ってるだけだし!」

「こんなことなら、凡人を一番端に座らせれば良かった」


 俺は凛恋と優愛ちゃんに挟まれて、一番後ろの座席に座っている。

 正面からは、後ろを振り返ってクスクス笑う希さんの顔が見えた。


「相変わらず、凡人くんはモテモテだね」

「優愛ちゃんは凛恋さんの妹さんだから、好みが似てるのかもね」


 笑いながらからかう栄次の声も聞こえて、俺はため息を吐く。


「凡人さんは、私のお兄ちゃんみたいな感じだから彼氏とは違いますよー」

「当たり前よ! 彼氏なんて言ったらただじゃ置かないし!」

「凡人くんが優愛ちゃんのお義兄ちゃんになるってことは、凛恋は凡人くんのお嫁さんだね」

「ちょっ! 希っ! お嫁さんって!」


 凛恋が真っ赤な顔をして、希さんの発言にそう言葉を返しているのを聞きながら俺は見逃さなかった。

 ルームミラーを介して凛恋のお父さんに微笑まれたことを……。あれはどういう意味なんだろう。

 多分、凛恋はまだお前にはやらん! とか、凛恋は嫁に出すものか! とか、そんな感じの微笑みだ。


 右隣に座る凛恋が、車内でさり気なく俺の右手を取り指を組む。


「か、凡人! ののの、希は、きっ、気が早いわよね!」


 真っ赤な顔で言葉を噛む凛恋の手を握り返しながら、俺は落ち着かせるように言葉を掛ける。


「俺は凛恋がお嫁さんだったら嬉しいな。料理も美味しい優しいし、それに可愛いし」

「ヒューヒュー、お熱いですねー、お二人さん」

「こ、こら! 優愛! からかわないの!」

「ぷぎゃ!」


 俺を挟んでじゃれ合う凛恋と優愛ちゃん。

 二人の間に挟まれる俺は、前でクスクス笑い合う栄次と希さんから視線を外して窓の外を見る。


 車外に見える空は当然真っ暗。でも、幹線道路上の照明や他車のヘッドライトの明かりで道路上は暗さを感じない。

 それに、車が列をなしている光景は賑やかさがあった。


 俺達が向かっている神社は海端にある神社で、陸地と橋続きになっている小さな島の上にある。

 冬の海、しかも夜は風が冷たい。

 そんなところにある神社だからさぞかし人は少ないのだろう。と普通は思うのだが、この辺では初詣の場所として人気の神社らしい。


 俺としては、こんな寒い冬の夜にわざわざ寒いところにある神社に行かなくてもいいのに、と思う。

 ただ、そう思いながらも、俺は寒い冬の夜にわざわざ寒いところにある神社に向かっているのだが。


 凛恋が一緒じゃなければ来ていない。それに栄次や希さん、優愛ちゃんに凛恋の両親も居る。

 この人達は、絶対に俺を否定しない。そう信じられるからこそ、この場で気を抜いて座っていられる。

 いや……凛恋の両親の前だから完全に気が抜けるわけではない。


 昼間と違い、凛恋は白いスキニーパンツに白いチュニックを着て、上着には黒のダウンジャケットを羽織っている。

 足のラインがくっきりと出るスキニーパンツを穿いていると、凛恋の足の細さが際立つ。


 ジーッと凛恋の足を見ていた俺は、凛恋と指を組んだ右手の中指を伸ばして指の背で凛恋の太ももにちょんっと触れる。


「――ッ!?」

「お姉ちゃん?」

「何でもない」


 ビクッと体を跳ね上げた凛恋に、反対側から優愛ちゃんが首を傾げて尋ねる。それに、凛恋は冷静な表情で答えると、スマートフォンを取り出し操作する。


 凛恋のスマートフォンから目を離そうとした時、俺のズボンのポケットに入っているスマートフォンがブルブルと震えた。

 そのスマートフォンを取り出して画面を確認すると、凛恋からメールが来ていた。


『昼間あんなにしたのにまた?』

『いや、そんなことはない』


 そう返信をすると、すぐにまた凛恋からメールが返ってきた。


『私の太もも指で撫でたでしょーが!』

『凛恋の足を見てたら、細くて綺麗だなーって思って』


 メールだから凛恋にしか読まれないし、俺は素直に自分の思ったことを返信する。すると、自分のスマートフォンの画面を確認した凛恋が赤くした顔で俺を見て、素早くスマートフォンの画面をタッチする。


『凡人のエッチ~』


 その短い文の最後には、ニコニコ笑顔をした絵文字があった。


 俺が凛恋の方にまた視線を向けると、スマートフォンを仕舞った凛恋が少し腰を浮かせて座り直す。

 その座り直した後の凛恋が、さっきより近くなったような気がした。

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