【三三《干渉》】:二
風呂から上がってすぐに出前が来て、俺は今の座卓で鶏天定食を食べる。
向かい側では、ハンバーグ定食を食べる田丸先輩が居て、田丸先輩は黙ってハンバーグ定食を食べている。
田丸先輩に洗濯機を使うことを勧めた時は「ありがとう」とお礼を言われたが、それっきり返事はない。
それにしても、高校生の男女を一つ屋根の下に残して泊まりとは、爺ちゃんと婆ちゃんは何を考えてるんだ。
間違いを起こす気なんてさらさら無いが、常識的に考えてどうかしている。
「あの、凡人くん」
「はい?」
「……さっきのことは忘れて」
「さっきの? ……あっ、えっと、分かりました」
廊下での落とし物の件に釘を刺され、俺はビクビクしながら返事をする。
「凡人くんと一緒に住んでるなんて、不思議な感じ」
「俺もですよ」
「友達に、こっちに残れるって話したら、泣いて喜んでくれたの。良かったねって言ってくれて、凄く嬉しかった」
「そうですか。良かったですね」
自分のために泣いてくれる友達。俺にとっての希さんや栄次みたいな友達が、田丸先輩にも居るんだろう。まあ、栄次は泣かないだろうけど。
「凡人くんと私が一緒に住んでること、もうみんな知ってるみたい」
「みたいですね」
どうやら、田丸先輩が連絡先や現住所の変更を学校にしたことで、どこからか話が広まったらしい。
連絡先とか住所が広まったわけではないが、一年の男子と二年の女子が一緒に住んでいるという話が広まり、そこからいつの間にか個人が特定されて尾ひれが付いていた。
「ごめんね、私のせいで迷惑掛けて」
「何だかんだ言われるのは慣れてるんで」
田丸先輩は箸を止めて俯く。人の噂なんて一々気にしていたら生きてはいけない。
ただ、女子の田丸先輩には辛い噂もあるから、そういう噂を広めている生徒は生徒指導部の指導が入っている。
「田丸先輩は大丈夫なんですか?」
「私も、施設で暮らしてる時から色々言われてたから大丈夫。私は、タバコとお酒と、後は援助交際してることになってるみたい」
「……酷いですね」
笑いながら話す田丸先輩は、表情を変えることなく首を横に振る。
「ううん。友達は私がそんなことしてないって分かってくれてるから。最近は、彼女の居る人に取り入って家に転がり込んだ悪女になってるけど、それもバカだよねって笑って話してるし」
田丸先輩は笑う。でも、その表情はとても楽しそうには見えない。
田丸先輩は噂で言われているような人ではない。しかし、田丸先輩に否定的な噂を流す奴等にどれだけ言っても意味はない。
悪い噂を流す奴等は、誰かを貶めることを楽しむ頭のイカれた輩だ。
そんな奴等に、道徳やら一般常識を説いても理解出来る訳がない。それを俺はよく知っている。
もしかしたら、田丸先輩もそれが分かっているのかも知れない。そして、それが分かっていると、答えは一つしかない。
ただ静観して、放っておくしかない。
「心配してくれてありがとう。さて、ご馳走さまでした」
田丸先輩はそう言うと、食器の載ったおぼんを持って台所に向かう。
俺はそれを見送って、視線をすっかり冷めた鶏天に下ろす。そして、冷めた鶏天を温くなった天つゆに沈めながら、流し台を打つ水の音を聞いていた。
次の日の放課後、学校が終わってすぐに刻雨高校に向かい、今は刻雨高校の校門前に立っている。
そして、スマートフォンを取り出して凛恋に電話を掛けた。数回の呼び出し音が鳴った後、電話が凛恋に繋がり、ガヤガヤという騒がしい人の声が聞こえる。
「もしもし、凛――」
『多野くん久しぶりー』
『ちょっ! 里奈ッ!』
『凛恋、ずーっとスマホ見て多野くんの電話を待ってたよー』
『里奈! 返してッ!』
『萌夏、パス!』
『もしもし多野くん? 久しぶり! 今から愛しの彼氏を迎えに凛恋が行くから待っててね』
『萌夏ッ!』
『はい、次は希ね!』
『もしも――』
『凡人? ちょっと待ってて、今行くから!』
「分かっ――…………」
色んな人が電話に出てきて、よく状況は分からない。だが、とりあえずここで待ってれば何とかなるだろう。
校門の外から敷地内を見ると、刻雨の生徒達が慌ただしく走り回っているのが見える。こっちも文化祭ムード一色だ。
「凡人!」
校舎の中から出てきた凛恋が走って来る。俺の目の前に来た凛恋は、俺に飛び付こうとして慌てて動きを止めた。
まあ、流石に学校の目の前で抱き合うのは俺も恥ずかしい。
「ヤバ、危うく抱き付いちゃうところだった。さっきはごめん、電話が掛かって来た瞬間にスマホを取られちゃって」
「そうか、でも相変わらず賑やかな人達だな」
「賑やか過ぎるっての! 全く!」
プリプリと怒っていた凛恋は、ハッとした表情をして俺の首に何かを掛ける。
俺は掛けられた物に視線を落とすと、ネックストラップに付いたパスケースの中に『入構許可証』という文字が見えた。
「行こ」
「行こって、中に入るのか?」
「そのための許可証よ」
パスケースをツンツンと指先で凛恋が突く。そして俺の右手に手を伸ばし、途中で手の動きを止めた後に手を引っ込めた。
学校で抱き付いたり手を繋いだりするのが恥ずかしいのは分かる。
分かるが、残念だ。
「帰るまで我慢してね。私もそれまで我慢するから」
小さな声で言う凛恋は、はにかんで顔を赤くしてる。
「分かった。それで、俺は何で呼ばれたんだ?」
「とりあえず付いて来て」
凛恋が歩いて行き、俺はその凛恋の隣を歩いて刻雨の敷地内に入る。
刻雨高校は刻季よりも校舎が綺麗で、どことなく高級感がある。
その校舎の入り口から入ると、凛恋が来客用のスリッパを持って来てくれた。
「靴は私の靴箱の上が空いてるから、ここに入れておいて」
「ああ、スリッパありがとう」
靴を靴箱に仕舞ってスリッパに履き替える。すると周囲の刻雨生から視線を集めていた。
まあ、文化祭の準備でごった返す中に他校の制服を着た奴が居れば嫌でも目に付くだろう。
居心地の悪い視線を受けながら凛恋に付いて行くと、教室の出入り口の前で凛恋が立ち止まる。
「凡人、里奈が変なこと言うと思うけど気にし――」
「多野くんいらっしゃい! 入って入って!」
凛恋の話の途中で教室のドアが開き、楽しそうな笑顔の溝辺さんに腕を引っ張られて教室の中に引き込まれた。
中に入ると、文化祭の準備をしている生徒達が居て、全員が俺を見ている。
「この人が八戸さんの彼氏? めちゃくちゃ身長高い!」
「ホントだ! うちのクラスの男子、全員負けてるじゃん!」
いきなり顔も名前も知らん女子が目の前に現れ、俺を見て感想を述べる。
否定的な感想ではないが、居心地が悪い。
教室に居る男子に視線を向けると何だか睨まれていて、もっと居心地の悪さを感じた。
「とりあえず多野くんこっちねー」
教室の奥にある女子の塊の方に腕を引っ張られる俺は、腕を引っ張る溝辺さんから後ろの凛恋に顔を向ける。
顔を向けた先に居る凛恋は、大きくため息を吐いていた。
「はいはい、多野くんはここに座って座って」
溝辺さんに案内されて席に座った俺は、周囲を囲む女子に苦笑いを浮かべる。
凛恋の友達の面々だが、知らない顔もちらほら見える。
俺は近くに居た希さんに視線を向けて、助けを求めた。
「希さん、俺はいったい何のために俺はここに?」
「えっと、それは――」
「ほらー、凛恋ー! 好きなだけイチャイチャしていいよー! 多野くんと会う時間減って寂しかったんでしょー?」
「里奈ッ!」
真っ赤な顔をして走ってきた凛恋が、溝辺さんの口を手で押さえる。しかし、溝辺さんは楽しそうに笑っている。
凛恋の手から逃れた溝辺さんは、俺の隣に凛恋を座らせて俺の右手と凛恋の左手を強引に握らせる。
俺と凛恋が手を握った瞬間に「ああっ……」という男子生徒の落胆の声が聞こえた。
「凛恋はモテるから、クラスの男子に狙われてるんだよー」
「ちょっと! 余計なこと言わないでよ! 凡人に変な心配掛け――ッ!?」
「「「キャー!」」」
「「「なッ!」」」
男子の視線が妙に気になり、とりあえず凛恋の肩を抱いて引き寄せてみる。
すると女子から黄色い声が上がり、男子から暗い声が上がる。凛恋に変な虫が付かないように俺が凛恋の彼氏であることを示さなくてはいけない。
「か、凡人! ちょっ、は、恥ずかしいって!」
「ごめん」
「いや! 嬉しいんだけど! その……みんな見てるし……」
肩を引き寄せていた手を離すと、凛恋は距離を変えないように椅子を俺に近付ける。
それを溝辺さんにからかわれそうになり、凛恋はまた溝辺さんの口を塞いでいた。
「……希さん、早く俺に状況を教えてくれ」
「今日は、凡人くんにモニターをお願いしたくて」
「モニター? ああなるほど、メイド喫茶のサービスについて感想を言えばいいんだな」
「うん」
「流石多野くん! 話が早くて助かる! まずはコレを見てほしいんだけど」
凛恋の手から逃れた溝辺さんがニコニコ笑いながら、一枚の紙を俺に差し出す。それは喫茶店のメニュー表らしく、飲み物と軽食のメニューが書かれていた。
「何か思うところない?」
「うーん……」
溝辺さんに尋ねられるが、正直あまり好き勝手に言うのもどうかと思う。
他校の文化祭だし、何より彼女の友達のやることだ。それに俺がとやかく言うと凛恋の評判を落としかねない。
「凡人、気にせず意見を出して。そのために凡人を呼んだんだから」
隣から手を握ったままの凛恋にそう言われ、俺は溝辺さんに向かっては言い辛かったこともあって、凛恋に向かって思ったことを言った。
「温かい飲み物、コーヒーだけは少なくないか? 最近寒くなって来たし、温かい飲み物はもう少しあった方がいいと思う」
「なるほど、確かにコーヒーだけじゃダメよね。でも温かい飲み物ってホットコーヒーにホットココアくらいしか思い浮かばないね」
腕を組んだ溝辺さんの話を聞いた後、俺はメニューの飲み物欄を指さす。
「この牛乳を温めればホットミルクとして出せるし、ホットコーヒーとホットミルクを合わせればホットカフェオレになると思うけど」
「おお! それなら別の飲み物用意しなくていいね!」
隣で希さんがノートにメモをとっている。どうやら書記の役割をしているらしい。
「凡人、他には何かない?」
「他にか……あと気になるのは、オムライスって大丈夫なのか? 結構作るの大変そうだけど」
「あー、大丈夫大丈夫。よく凡人に――……」
凛恋がニコニコしながら言葉を途中で止める。そして、一気に顔を真っ赤に染めて俯いた。
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