【二六《そして始まる》】:三
「あんた、ボンジンのクセしてそんな口利いて――」
「別にあんたが俺を下に見ようとどうでもいい。とりあえず今は、俺の友達を下に見たことを許せない。栄次の彼女は、赤城さんはあんたじゃ逆立ちしても勝てない。それに……人を悲しませる奴が、自分だけ幸せになろうなんて笑わせるな。今の今まで付きまとっても栄次はあんたを選んでない。それで察して帰れ」
「はあ!? 黙って聞いてれば好き勝手言いやが――」
「私の彼氏にちょっかい出さないで下さい」
俺がブルドーザー女子に言い返す前に、隣に並んだ赤城さんが両手の拳を握って、キッとブルドーザー女子を睨み上げて言い放つ。
「私と栄次は付き合ってるんです。二人の時間を邪魔されて迷惑です」
「は、はあ? べ、別にクラスメイトと話してただけだし。あー勘違いされてめっちゃ迷惑」
ブルドーザー女子はそう言って後ろを振り返り歩いて行く。その歩きは明らかに早歩きでだった。
俺が深く息を吐くと、隣で赤城さんが同じく深く息を吐く音が聞こえた。
「やっぱ赤城さんが怒ると怖いな。あのブルドーザー女子、ビビって逃げて行ってた」
「ブルドーザー女子?」
「ブルドーザーみたいにズカズカ入り込んで来るからブルドーザー女子」
俺がそう説明すると、赤城さんはプッと吹き出す。そして、ニコニコ笑いながらブルドーザー女子の歩いて行った方向を見る。
「私、多野くんが居なかったらブルドーザー女子をビンタしてたかも」
「まあ、流石に店の中はマズイな。でも惜しいことしたなー。外で会ってたらあのブルドーザー女子は赤城さんのビンタもらってたのか。正直ビンタの一発や二発もらってるところ見てスッキリしたかったんだが」
「多野くんって結構遠慮なく言う人だったんだね」
「俺は良い人振ったことはない。嫌いな奴は嫌いだ」
お互いに顔を見合わせて笑い合う。そして、俺は赤城さんから目を離して、隣に立つ栄次に向けた。
栄次はすっかり落ち込んだ様子で視線を床に向けていた。しかし、ちょっとやそっと落ち込むだけじゃ足りない。
「ごめん、俺帰るわ」
「「えっ!?」」
栄次は顔を上げてそう声を漏らす。そして、赤城さんも予想外だったのか俺の方を見て目を見開く。
俺は後ろを振り返って歩き出し、店の出入り口まで歩いて行く。その途中、凛恋の隣を通り過ぎながら、俺は凛恋の肩に手を置いてニッコリ笑う。
「ちょっと栄次と話してくるから赤城さんをよろしく」
それを聞いた凛恋は、表情を変えずに一言だけ返してくれた。
「りょーかい」
レンタルビデオショップを出て、俺は店の裏側に歩いて行く。とりあえず、人目に付かないところに行かないといけない。
「カズッ!」
後ろから栄次の声が聞こえて肩を掴まれる。俺はその場で立ち止まって振り返った。
振り返った先に居る栄次は、あまり見せない動揺した表情をしている。
「悪かっ――」
「とりあえず謝ればいいと思ってるだろ」
「そんなことは――」
「そんなことあんだよッ!」
店の中で必死に堪えていた怒りをやっと爆発させる。俺は栄次の胸倉を掴んで吊り上げた。
「謝る相手は俺じゃないだろッ! 赤城さんがどんな顔してたか知ってんのかッ! 大好きな彼氏が知らん女子と楽しそうに話してて、不安そうで寂しそうで!」
掴んでいた栄次の胸倉から手を放す。
「俺は、俺の大切な友達にあんな顔させてヘラヘラ笑ってた栄次が一番胸糞悪い。あの厚顔無恥のクソケバブルドーザー女子よりも」
「…………」
とりあえず、出来る限り凹ませてみたが、もうちょっと凹ませた方がいいのか、この辺で止めといた方がいいのか分からない。
しかし、あの栄次が言い返す言葉もないということは、それなりに効果はあったようだ。
「さて、栄次も凹んだみたいだし戻るか」
「えっ?」
「えっ? じゃないだろ。DVD選ぶんだろ? もう俺はよく分からんから凛恋と赤城さんと栄次に任せる」
「いや……帰るって……」
「こっちは家とは逆方向だ」
俺は自分の歩いていた方向を指さして言う。すると、栄次は実に情けない顔で口を開いた。
「じゃあ……」
「誰が帰るか。俺だって友達と四人でお泊まり会ってのを楽しみにしてたんだ」
「カズッ!」
「うわっ! 気持ち悪いッ! 抱きつくなっ!」
いきなり俺の名前を呼んで栄次が抱きついてきた。凛恋に抱きつかれるなら大歓迎だが、栄次に抱きつかれるのは気持ち悪くて仕方ない。
「はッ、離れろッ!」
思いっ切り手を突っ張って栄次の体を押し離す。これは後で凛恋に抱き締めてもらわないと気持ち悪くて仕方がない。
「……本当に……カズが帰るかと思った……」
「だから帰らないって」
「俺のせいで……楽しみにしてたお泊まり会、台無しにしたと思った……」
「それはもう手遅れだ。台無しも台無しだろ。赤城さんにあんな悲しそうな顔させやがって。でも、この後盛り返せば良いだろ。赤城さんのフォローに全力を尽くせ。一番辛かったのは赤城さんだ」
「分かってる。まずは、ちゃんと謝らないと」
目をゴシゴシ擦った後にそう言った栄次を眺めていると、俺は後ろからドスっという衝撃を受けた。
「多野くん帰っちゃダメッ!」
「……えっ?」
顔を後ろに向けると、赤城さんが俺の腰に手を回して抱きついていた。
…………いやいや、いやいやいや、どういう状況だ、これは?
冷静に状況を整理すると、俺は怒って帰る振りをして栄次を連れ出し、凛恋に赤城さんを任せた。それで、全てを察してくれた凛恋が、赤城さんに説明してくれてたんじゃなかったのか?
「私がしっかりしてなかったせいでごめんなさいッ! 私がちゃんとあの人に栄次は私の彼氏だって言えなかったのがいけなかったのッ! だから、だから帰らないでッ! 私、ずっとみんなでお泊まり会するの楽しみだったのッ! それに凛恋はずっとずっと楽しみにしてて! だからお願い!」
「……えーっと、俺、帰らないけど」
「…………へっ?」
顔を上げた赤城さんが、涙目で俺を見上げながら首を傾げる。
「ちょっ! 希! 待ってって――えッ!? ちょっ! なんで希が凡人に抱きついてんのよッ!」
「り、凛恋っ! 違うのッ! これは多野くんを止めようとして!」
「とりあえず私の凡人から離れる! いくら希でもダメッ!」
「ご、ごめんなさい」
パッと赤城さんが離れ、代わりに凛恋が俺の腕に抱きつく。
「とりあえず二人はここで話をする! その間、私と凡人は中に居るから。いい?」
「「……はい」」
いつの間にか二人ともしょげてしまい同時に元気のない返事をした。そして凛恋は俺の腕を引っ張って行く。
赤城さんと栄次が見えないところに行くと、凛恋は俺に両手を合わせて頭を下げた。
「ごめん凡人! 希を止めるの、私には荷が重かったわ」
その凛恋の言葉に、俺は両手を組んでため息を吐く。
「あの、自信たっぷりの『りょーかい』は何だったんだよ」
「いや……希、隣で一緒に怒ってたから、てっきり分かってると思ってて……」
「……」
「そ、それに! もの凄い勢いで希が走って行っちゃって……」
凛恋がだんだんと落ち込み始めて、俺は凛恋の頭を撫でて落ち着かせる。
「まあ、とりあえずあとは二人でどうにかするだろ」
「そうね。二人ならきっと大丈夫」
俺と凛恋は店内に戻り、手を繋いで洋画のコーナーへ向かう。
「普段凡人って怒らないじゃん? それで、怒った振りでも怒ったように見えたみたい。私も希をよろしくって言われなかったら本当に怒ったかと思ったし」
「怒ってたのは怒ってた。でも、帰る気は全くなかった」
適当にDVDを引っ張り出して眺めながら答えると、凛恋が腕を抱いて体を寄せてきた。
「凡人、チョー格好良かった」
「褒められるとは思わなかったな」
「だからさ、希が凡人に抱き付いてるの見た時、希が凡人のことを好きになっちゃったのかと思った」
「どんな超展開だ」
「だって凡人が格好良かったから、希が凡人のことを好きになっても当然だったし」
「……凛恋の頭も超展開だな。赤城さんが俺のことを好きになるわけないだろ。凛恋も見てただろ? 私の彼氏にちょっかい出さないでって言ってる赤城さん」
あんなにきっぱり言い放ち、栄次を守ろうとした赤城さんが他の男を好きになるわけがない。
「でも、これで希も心配しなくて済むかもね。喜川くんがあんなに落ち込んでるの初めて見たから、きっと希以外の女子とは関わらなくなると思うし」
「まあ、話はしても距離は取るだろうな。そうじゃなかったら今度こそぶん殴る」
「ありがと凡人。また凡人に助けてもらっちゃった」
「いや……帰る振りをしただけだぞ」
「ううん、凡人が怒ってくれたから、喜川くんがもっと希のことを大切にしてくれるようになったから」
単に、友達である赤城さんを悲しませてる張本人の栄次にお灸をすえるつもりなだけだったのだが、まあ……凛恋に褒められるのは嬉しい。
「やっぱ、私の凡人は格好良い! 大好き」
「凛恋、店の中なの忘れるなよ。バカップルだと思われるぞ」
俺はとりあえず手に取ったDVDを戻して視線を左に流す。すると、俺は一本のDVDに目が留まった。
「「あっ、これ」」
俺と凛恋は、同時に同じDVDを手に取る。そのDVDは、凛恋達と初めて映画に行った時に観た映画だった。
「これ絶対に借りる!」
「一回観たやつだぞ?」
「だって、私達の思い出の映画だし!」
「そうだな」
凛恋がそのDVDの外箱を見てニコニコ笑うのを横で見ながら、俺は凛恋の笑顔を見て口元が緩んだ。
レンタルビデオショップからスーパーに買い物に行ってから、栄次の家に到着した。そして荷物を置いて栄次の部屋に入った瞬間、栄次と赤城さんが並んで俺に頭を下げた。
「「本当にありがとう」」
「怒って雰囲気を悪くしてすまなかった」
頭を下げる二人に、俺はそう言って頭を下げる。あそこで俺が上手くやれず雰囲気を悪くしてしまったことは俺が悪い。それは俺が謝らなければいけないことだ。
「い、いや! カズは悪くない!」
「そ、そうだよ! 多野くんは私達のために怒ってくれたんだから!」
「じゃあどっちも悪いってことでもうこの話は終わりだ。さて、お泊まり会って最初は何をすればいいんだ?」
「その前に多野くんと凛恋にお願いがあるの!」
「えっ? 私?」
赤城さんの言葉に、自分の鞄を漁っていた凛恋が顔を上げて首を傾げる。俺も赤城さんのお願いというやつに首を傾げた。
「あの……私達、下の名前で呼び合わない? まだ、名字で呼んでる人も居るでしょ? だから、もっと友達らしく名前で呼び合いたいなって。呼び捨ては私も呼び辛いけど、名前にくんとかさんとか付ければ!」
赤城さんの言いたいことは何となく分かる。確かに、名字に敬称が付いていると仲の良い友達っぽくはない。
「分かった。じゃあよろしくね、栄次くん」
「よろしく、凛恋さん」
凛恋はニコッと笑って自然に栄次を名前呼びする。そして対する栄次も実に自然だ。流石、社交的な二人だ。
「えっと……よろしく、希さん」
「うん! よろしく凡人くん!」
希さんは嬉しそうに笑って深く頷いてそう言う。
名前で呼び合った後、四人で顔を見合わせ笑い合う。そして、俺達の新しい友達関係と、お泊まり会が始まった。
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