【二六《そして始まる》】:二

 見上げる空には雲一つ無く、真っ青な空には、俺に何かの恨みがあるのではないかと思うくらい強い日差しを振り撒いているバカ野郎が浮かんでいる。


「そこのチョー格好いいお兄さん? 私とデートしませんか?」


 視界に入ってきた凛恋がちょっと腰を曲げて、小首を傾げながらそう言う。


「凛恋、それ絶対に俺以外にやるなよ」

「凡人以外にするわけ無いじゃん!」


 凛恋が隣に並んで俺の左手をギュッと握る。


 今日は栄次の家でのお泊まり会がある日で、一旦駅前で集合し、色々買い物をしてから栄次の家に行くことになっているため、俺と凛恋は駅前で栄次と赤城さんが来るのを待っている。

 その待っている間に、凛恋が暇潰しで俺をナンパするごっこをしたらしい。


「凡人、デートする時、毎回私を迎えに来てくれてありがと」

「いや、俺が勝手にやってるだけだから気にするな」


 凛恋とのすれ違いに決着が付いた日。待ち合わせ場所になかなか現れない凛恋を心配して俺は凛恋を探し回った。

 その時、嫌な想像ばかり浮かんで、凛恋を迎えに行かなかったことを後悔した。だから、あれからずっと凛恋を毎回迎えに行っている。


 凛恋はそれに気付いているのかいないのか分からない。出来れば気付いていない方がいい。気付いていたとしたら、凛恋にまた負い目を感じさせてしまう。


「凡人、大好き」

「俺も凛恋が大好きだ」

「私は凡人よりももっと大好きだし! チョー大好き!」


 今日の凛恋は随分好きの大安売りだな、なんて思っていると、視界の奥から栄次が歩いて来るのが見えた。栄次は俺と凛恋の姿を見て歩いていた足を速めて駆け寄って来た。


「おはよう二人とも。ごめん、早めに来たつもりだったんだけど」

「おはよう喜川くん。私と凡人は今来たところ」

「そうなんだ。一番乗りのつもりだったんだけどな」


 栄次が爽やかに微笑む。この、太陽の光がアホみたいに照り付けている日には眩し過ぎる笑顔だ。


「み、みんな! 遅れてごめん!」

「おはよー希。集合時間の一〇分前だから遅れてないわよ」


 慌てた様子で駆けて来た赤城さんに、凛恋が笑いながら声を掛ける。それを見て栄次が俺にコソッと耳打ちをする。


「カズと八戸さん、前より仲良くなったな」

「そうか?」

「ああ。特に、八戸さんが前よりもカズのこと好きになってる」


 スーパーマルチイケメンリア充の栄次がニッと笑って俺にそう言う。

 前より仲良くなれたという気はしているが、凛恋が前よりも俺を好きになってくれたのならそれはめちゃくちゃ嬉しい。


「八戸さん、刻雨の友達で集まった時、みんなに相談してたらしいんだ」

「みんなに相談?」

「どうやったら彼氏にもっと好きになってもらえるか聞いてたんだってさ。それで色々アドバイスをもらったらしい」

「そうか」


 栄次に話を聞かされたものの、正直どう反応していいやら分からない。嬉しいのは嬉しいのだが、凛恋の友達が面白がって変なことを言ってないか気になる。


 凛恋の友達と数回会っただけだが、凛恋は結構仲の良いグループでいじられる側に居ることが多い。

 それはいじめられているというわけではなく、反応が面白いからからかわれている程度の話だ。だから、からかって変なことを吹き込まれていないか心配になる。


「さて! 全員揃ったし最初は夜観るDVDを借りに行くわよ!」


 凛恋がリーダーシップを執って赤城さんと歩き出す。その二人の後ろを俺と栄次も歩き出した。


「親が旅行に行く前に、釘を刺された」

「釘?」

「羽を伸ばし過ぎるなって」

「そりゃそうだろ」

「流石に俺もカズと八戸さんが居るのにそんなことはしないけどさ。改めて言われると、なんか意識しちゃうんだよなー」


 まあ、彼女と一つ屋根の下で一晩泊まるのだから、栄次の気持ちは分からなくはない。そして、そういうつもりが無くてもあえて言われると意識してしまう気持ちは分かる。


 それにしても、つい最近まで、断られて嫌われただのと言っていたのに、喉元過ぎればなんとやららしい。しかし、詳細については追及してやらないのが思い遣りというものだ。

 前を歩く凛恋と赤城さんは楽しそうに話をしている。


 凛恋の先導で最初に向かったのはレンタルビデオショップ。ビデオと言っても、昔みたいに、VHSはもう置いておらず全てDVDやBDに変わっている。

 ちなみにVHSはビデオ・ホーム・システムの略で、DVDはデジタル・ヴァーサタイル・ディスク、BDはブルーレイ・ディスクの略になる。略称が無ければ、絶対に俺は覚えられそうにない単語だ。


 栄次の家はDVDもBDも観られるらしく、借りる時に注意する必要はない。

 店内に入ると、曲名は分からないがノリの良い曲が流れていて、店員さんが店内放送でレンタル情報を話している音声も聞こえる。


「とりあえずホラーは無しね」

「なんで?」

「だって怖いじゃん!」

「真っ暗な部屋で観たら盛り上がるのに」

「ムリムリッ! 絶対にムリだからっ!」


 何だか楽しそうに話している凛恋と赤城さんに付いて行き、レンタルDVDとBDのコーナーに入る。

 アニメや洋画、邦画に日本海外のドラマコーナーと棚の数もそこに並べられているDVDとBDの種類も豊富だ。

 俺は日頃レンタルビデオショップに来ることはない。家ではゲームをしていることが多いから、あまりDVDとかを観ないからだ。


 俺が前を歩く二人に付いて行こうとすると、栄次が急に立ち止まる。俺は危うく栄次の背中にぶつかりそうになってすんでのところで栄次の背中を躱した。


「おい、急に立ち止まるなよ」


 栄次に思い切り不満を込めた声を掛けると、栄次はジーッと陳列棚の間に立ち、奥の方に視線を向けていた。

 その栄次の視線を辿ると、その先には『一八歳未満立ち入り禁止』と書かれたカーテンがあった。


「栄次、俺達は一六だからな」

「わ、分かってるって。でも、二人がDVD見てる間にちょっと覗くだけだって」

「借りられもしないものを覗いてどうするんだよ」


 栄次も男であるから仕方がないが、どうやら赤城さんとのお泊まり会で若干頭のネジが飛び掛けているようだ。

 この辺で俺が締め直しとかなければいけない。


「栄次。男としては栄次の気持ちも分からなくはない。だけど赤城さんのこともちゃんと考えてやれ」

「すまん」

「俺に謝ってどうするんだ。まあ確かに、あの一八禁コーナーに興味をそそられ――」

「一八禁コーナーがなんだって?」


 俺が栄次の飛び欠けたネジを真面目に締め直していると、俺の真横に凛恋が立っていた。

 凛恋は俺と栄次を見た後、俺が指さしているカーテンの方向を見る。そして、俺に視線を戻した。何とも冷たい目だった。


「凡人、中学生の男子じゃないんだから」

「……いや、俺じゃなくて栄次が――」

「喜川くんがそんなことするはずないでしょ」


 俺がサッと栄次の方を向くと、苦笑いを浮かべて俺の方を黙って見ていた。……こいつ、裏切りやがった。


「ちょっと来て」


 俺は凛恋に手を引かれて更に奥へ入る。

 一八禁コーナーの件で怒られているはずなのに、どんどん一八禁コーナーに近付いてしまっている。


「あのね。私だって凡人とお泊まり会で凄くドキドキするわよ? でも、希も喜川くんも居るんだから今日くらいは我慢して」

「いや、だから俺じゃなくて……」

「そ、そりゃあ、凡人も男だし、そういうビデオを観たいって気持ちがあるのは分かるわよ。そういうのは男だから仕方のないことだってのも分かる。みんな男だったらそうだってのも、友達から聞いて知ってる。でも、嫌なの。わがままだってのは分かるけど、凡人にそういうの観てほしくない。あんなのよりも私のこと見てドキドキしてほしい」


 凛恋は体の前でモジモジと両手の指をいじりながら、真っ赤な顔を俯かせて言う。その姿はめちゃくちゃ可愛い。しかし、そもそも俺が一八禁コーナーに入りたがってたわけじゃない。


「お願い……」


 凛恋が若干涙目になっていて、俺は凛恋の頭を撫でた。


「分かった」

「じゃあ、スマホとパソコンのお気に入りも消してくれる?」


 凛恋がパッと明るく笑ってそう言う。俺はその笑顔に思わず固まった。


 ……お気に、入り?


 凛恋は両手を体の前で組んで、相変わらずモジモジと体を動かしながら言う。


「凡人がそういうの観るの嫌だって友達に相談したら、男は誰でもスマホとパソコンにエッチなサイトのお気に入りを登録してて、それを見てドキドキしてる。それは普通のことで男なら当たり前だって言われて。でもやっぱり嫌で、それも出来れば消してほしいなって」


 世の男性からしたらどうなんだろう。とても惨いことだと思われるのだろうか。まあ、惨いのは惨いのだが、可愛い彼女に涙目でお願いされて拒否出来る男が居るのだろうか。

 少なくとも、俺は拒否なんて出来ない。


「そ、その代わり……私ね、その……頑張る、から」

「よし、今すぐ消す」


 俺はスマートフォンを取り出し、ブラウザソフトのお気に入りをすぐに消す。そして、スマートフォンの画面を凛恋に見せて、まっさらなお気に入り画面を見せた。


 凛恋にお気に入り全消去の代わりに頑張るなんて、真っ赤な顔して言われたら、そりゃあお気に入り全消去の方が安い。いや、俺には損失どころか相当な利益がある。


「ありがとう、ど、どうしよう」

「どうした?」

「めちゃくちゃギュッてしたい」


 凛恋は俺の左手を両手で握って言う。流石にレンタルビデオショップの店内で抱き締め合うわけにはいかない。


「じゃあ、気を取り直してDVDを選ぼう」

「うん!」


 怒ったり悲しんだりコロコロ変わる凛恋の表情は、何とか嬉しそうな表情で落ち着いた。それにしても栄次の奴め、簡単に俺を見捨てやがって。いったい何処に逃げやがったんだ。

 凛恋と手を繋いで栄次と赤城さんを探していると、邦画のコーナーでDVDを手に取って眺めている赤城さんを見付けた。


「赤城さん、なんかいいのあった?」

「えっ!? あっ、うん……」


 声を掛けた赤城さんは、そう言ってニッコリ笑う。しかし明らかに歯切れが悪い返事で、上の空という感じである。そして、多分それは栄次が居ないことに関係しているのだろう。


「凛恋、赤城さんを頼む」

「うん」


 凛恋も察したのか、赤城さんの隣に並び俯く赤城さんから話を聞き始めた。

 それを見届け、俺は歩き慣れないレンタルビデオショップの中を歩き回って栄次を探す。すると、栄次はレンタルCDのコーナーに居た。そして、俺は栄次の前に居る人物を見て両腕を組む。


 派手でケバい。そんな感想しか浮かばないギャル系ファッションの女子。

 服装は制服ではないものの、学校でよく栄次に引っ付いているブルドーザー女子だ。名前は知らん。


 ブルドーザー女子は、栄次に赤城さんという彼女が出来る前からも、昼休みに俺のところに来て昼飯を食べる栄次に付いて来ていた。そして、赤城さんという彼女が出来ても厚顔無恥に付いて来ている、まさにブルドーザーのような女子だ。


 そのブルドーザー女子がたまたまここに居て、栄次を見付けて話し掛けて来たのだろう。

 絶対に栄次と赤城さんは一緒に居たはずだから、彼女連れの男に話し掛けた上に彼女の赤城さんを追っ払ったのだろう。ブルドーザー女子は実に楽しそうに話しているが、見ている俺は胸糞悪い。

 そして、その正面で愛想笑いを浮かべている栄次は、もっと胸糞悪かった。


「栄次」

「カズ!」


 栄次は俺の顔を見て心底助かった、という顔をしている。助かったじゃないだろ。と、怒鳴りたくもなるが、店内で大声を上げるのは迷惑だ。


「ボンジンじゃん。今、喜川くんと話してるから邪魔しないでく――」

「栄次は今、栄次の彼女と一緒に来てるんだ」

「ああ、あの大人しそうな子、喜川くんの彼女なんだ」


 さも「初めて知りました!」という風に驚いて見せるブルドーザー女子。しかし、そんなのは演技に決まっている。


「ああ、目の前に居るケバいだけの女と比べるのが失礼なくらい良い人だ。で? 栄次はそんな良い人を一人にして何やってるんだよ」

「ケッ、ケバい!?」


 目の前で目を見開いて面食らうケバい系ブルドーザー女子を無視し、とりあえず自分を落ち着かせるために、ゆっくり息を吐きながら慎重に声を絞り出す。

 下手したら思いっきり怒鳴り付けそうで自分が怖い。


「そ、それは、巻(まき)さんとばったり会ったから……」


 栄次の声に明るさが無くなる。しかし、栄次の気分はどうでもいい。

 俺は視線をブルドーザー女子に戻すと、明らかに怒りを露わにして俺を睨んでいた。

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