【二七《特別な普通。普通になった特別》】:一

【特別な普通。普通になった特別】


 栄次の部屋は、全体的にモノクロな家具で統一されている、大人な雰囲気の部屋だ。そして、部屋の中央にあるモノクロのガラステーブルの上に、スーパーマーケットで買い込んで来たお菓子が広がっている。


「これ美味しい!」

「凛恋さん初めて食べるの?」

「栄次はこのお菓子好きだよね」


 ワイワイとお菓子を食べながら談笑する三人。俺はその三人を客観的に見て思う。実に普通の光景だと。

 いや、普通なのがガッカリというわけではない。普通だから普通に楽しいのだが、やっぱり普通だ。

「凡人くん、はい」

「ありがとう」


 希さんがクッキー缶を差し出してくれて、俺は一枚手に取ってクッキーを口に運ぶ。オーソドックスなバタークッキーでほどよい甘みにサクサクとした食感が普通に美味しい。


「はい、凡人」

「ありがとう凛恋」


 凛恋がジュースを入れてくれて、俺はコップを傾けて中のオレンジジュースを飲む。しかし、和みたくなるくらい普通だ。


「栄次くんの部屋って大人っぽいね」

「母親が俺にはモノクロが合うって言って勝手に揃えちゃったんだ。もうちょっと明るい雰囲気が良かったんだけど」

「そんなことないって、凄く良い部屋だよ。ね、凡人」

「ああ、俺はこのくらいの方が丁度良いな」

「でも、凡人の部屋は凄く落ち着くから好き!」

「それは凛恋が毎日行ってるからでしょ?」


 希さんが凛恋の脇腹を突きながらからかう。普通だ。

 俺はお泊まり会という行事がどんなものか全く知らない。お泊まり会の話が出た時にチラッと聞いたが、お泊まり会というのはこんな普通な感じで始まるのだろうか?


 いや、まだ特別を感じるのは早過ぎるのだ。

 この後は凛恋の気合いの入った手料理も待っているし、夜にはDVDの鑑賞会もある。ちょっと明かりを落とした部屋で見れば雰囲気も出て楽しそうだ。


「それにしても、さっきは本当にビックリしちゃった。凡人くん、本当に帰っちゃうと思った」

「カズは日頃怒ったり泣いたりしないからな。急に感情を露わにされると本気なのか冗談か分からない」


 希さんと栄次が苦笑いを浮かべて俺を見る。それに凛恋がクスクス笑いながら希さんに視線を返した。


「ちょっと希に似てるかもね。怒ると怖いところは」

「あれは栄次が悪かったんだからな」


 凛恋の言葉に続いて栄次に視線を向けると、栄次は希さんに視線を合わせて小さく頭を下げた。


「本当にごめん。これからはちゃんとする」

「そうしてくれ。怒り慣れてない人間には疲れる」


 両手をお尻の後ろに突いて体重を後ろに掛けると、凛恋がギュウっと俺の体を抱き締める。


「希。どーよ、うちの彼氏は? チョー格好良かったでしょ?」

「うん! あのブルドーザー女子に色々言ってくれた凡人くんの背中、凄く格好良かったね! 凛恋が羨ましい」

「あげないからね!」

「私には栄次が居るから」


 ニコッとはにかむ希さんに栄次は爽やかな笑みを返す。二人とも僅かに頬を赤らめて見詰め合っていた。

 栄次は八方美人の気がある。しかし、人に好かれようという感じではなく、どちらかと言えば人に嫌われないようしている感じだ。でも、栄次の立ち位置を考えれば仕方ない。


 常に人の中心に居る栄次は、常に良い人であることを強いられている。

 それも誰か一人に良い人ではない。みんなにとって良い人でなければならないのだ。


 俺はそんな立ち位置に立ったことがない。だから正確には分からない。でも、みんなの良い人であるために、大切な人の良い人になれないのはおかしいと思っている。

 だから、俺はあの時怒ったのだ。でも、やっぱりそれは俺の横暴だったのだろう。


 あれで、俺は確かに栄次の友人関係に亀裂を入れた。でも、俺にはそんな権利はなかったのだ。

 友達だとしても、栄次の友人関係に口出しする権利は俺にはなかったのだ。それなのに、自分のわがままを突き通してしまった。


 それはとっても、残酷なことだったのだと思う。

 その時、凛恋の左手が俺の左手に重なる。そして、カチッとペアリングが触れ合った。


 視線を凛恋に向けたが、凛恋は笑って希さんと話をしている。でも凛恋の左手は俺の左手を確かに包み込んでいた。



 夕食はハンバーグということで、凛恋と希さんが調理をする間、俺と栄次は隣り合って、テレビ画面を睨み付ける。


「カズ」

「何だよ」

「カズは下の部屋を凛恋さんと使ってくれ」

「分かった分かった。俺だって凛恋と一緒がいいからな。それに今の家主は栄次だ」

「流石、俺の親友だ」


 いつもは爽やかな好青年なのに、今日は普通の高校生男子みたいだ。まあ、普通の高校生男子なのだから当たり前なんだが。


「希の手料理かー。どんな味なんだろう」

「凛恋が付いてるから味は心配ない」

「カズはしょっちゅう凛恋さんに手料理を作ってもらってるもんな。彼女の手料理しょっちゅう食べられるなんて羨ましいよ」

「俺は無理するなって言うんだけど、無理してないからって笑顔でいつも返される」

「そうか……カズ、寝た後は絶対に不干渉な」

「ああ、もう勝手にしろ」


 そう言いながら手に握ったコントローラーを操作して栄次の操作するキャラクターを倒す。自分のキャラクターが倒された瞬間、栄次はバタンと横に倒れた。


「話をして気を逸らしたのに……」

「自分も気が逸れてるから意味無いだろ」

「ゲームじゃカズには敵わないな」


 凛恋と希さんが料理を手伝わせてくれないから、俺と栄次は俺の持って来たゲーム機でひたすら対戦をしている。ちなみにゲームのチョイスは凛恋だ。


「クソー、カズに復讐しようと思ってたのにな」

「物騒だな。それにそもそも俺は恨まれるようなことは――」

「希がカズに抱き付いてた」

「あれは勘違いの結果だ」

「まあ、俺が悪かったのが原因なんだけどなー。目の前で自分の彼女が他の男に抱きつくのはムッとした」

「ムッとするなら希さんを大切にしろ、このアホが」


 脇腹に拳を軽くぶつけると、栄次がニコッと笑ってそしてニヤッとした。……めちゃくちゃ気持ち悪い。


「無言でニヤけるな。怖い」

「いや、カズと凛恋さんが戻った後、希に抱き締められてキスされて、栄次は私の彼氏だからって言われた」


 どうやら、仲直りした時のことを話してて惚気る気らしい。まあ、俺にも雰囲気を悪くした罪悪感があるから、文句は言わず黙って聞く。


「束縛ってわけじゃないんだけどさ。希に独占欲を見せられるのって、結構嬉しい。自分のことを本当に好きでいてくれてるんだって実感出来るし、俺が希の一番で居られるんだって思えて嬉しい」

「そっか。良かったな。あんな良い人が栄次のことを好きになってくれて」


 希さんは友達思いだし優しいし、それでもの凄く真面目で一生懸命だ。友達のことにも、彼氏である栄次のことにも。


「今日さ……希から誘われたんだ」

「お泊まり会か?」

「いや、エッチ」

「…………栄次、そう言うのは俺に言うなよ。俺はこの後どうやって希さんと顔を合わせればいいんだ」

「何だよ今更だろ? 希とエッチ出来るようになったのはカズと凛恋さんのおかげなんだし」

「そこは仲を取り持ったとかにしてくれ」


 確かに栄次と希さんがすれ違ったのは、栄次が初めてエッチに誘った時に拒まれたという話だった。

 それで、すれ違った二人を引き合わせたのは確かに俺と凛恋だったのだから、栄次の話は間違いではない。しかし、言い方というものがある。


「名前で呼び合う仲になったんだ。腹を割って話そうぜ、カズ」

「俺達は元々名前だっただろうが」


 しかしまあ、何処の馬の骨とも知れない男ではない。栄次はそういうことは言わないだろう。


「それで、カズと凛恋さんは最近――」

「栄次?」

「…………の、希!?」


 俺は希さんが部屋に入ってきたのは気付いていたが、あえて言わなかった。

 俺のお気に入りの代償を少しは払ってもらおう。


「いや! 違うんだ! その、世間話で! その……何処から聞いてた?」

「……栄次が凡人くんから何かを聞き出そうとしてるところから」


 ニコニコ微笑む希さんを見て、栄次は苦笑いを浮かべながらフッと息を吐く。まあ、最も肝心なところを聞かれてなかったことに安心したのだろう。


「そういえば凛恋から聞いた。ごめんね、栄次のせいで」

「え?」


 栄次の隣に座った希さんが申し訳なさそうな表情をする。そして、スッと視線を逸らして呟いた。


「スマホのお気に入り、全部消したって」

「あ、ああ。あれか」

「凛恋と凡人くんがその話をしてる時に、栄次が凡人くんに悪いことをしたって言ってたから全部聞き出したの」


 俺は栄次に視線を向ける。栄次は苦笑いを浮かべて両手を合わせていた。悪いと思っているならもっと早くフォローしてほしかった。


「友達とそういう話をしてる時も、凛恋ちょっと嫌そうで。私はあまり気にしないんだけど、凡人くんを他の人に取られたみたいで嫌なんだって」

「彼女は彼女、それはそれ、なんだけどな」

「栄次は凡人くんに謝る」

「本当にごめん」


 希さんに怒られる栄次は深々と頭を下げてそう言った。


「それで? 栄次は何か余計なこと言わなかった?」


 希さんがそう言った瞬間、場の空気が張り詰める。そして、その空気感の行方は俺に委ねられている。……めちゃくちゃ胃が重い。

 ニッコリしているが、逸らそうものなら問答無用で斬りつけられそうな、そんな鋭い視線を希さんに向けられる。

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