【二一《顧みれば》】:一
【顧みれば】
海水浴の後、施設にあるシャワーを浴びると、溝辺さんの両親が準備してくれていたバーベキューを始めることになった。
肉も野菜も沢山あり、遊んでお腹が減ったみんなはガツガツと食べる。しかし、俺は寝惚けて頭がボーッとし、欠伸を手で覆い隠した。
「凡人、さっきまで寝てたのにまだ眠いの? 私が来た途端にすぐ寝ちゃうし!」
「フゴッ!」
隣に座っていた凛恋に、バーベキューソースの絡んだキャベツを口へ突っこまれる。俺はそれを寝惚けながらモグモグと噛み砕く。
「本当に多野くんと凛恋ってラブラブだよね。あーんを人前で平気に出来るなんて」
溝辺さんの声が聞こえた後、凛恋の焦ったような声が聞こえる。
「あーんとか可愛いものじゃないわよ! これはちゃんとご飯食べとかないと後でお腹が減るからよ! ほら! ちゃんと食べる!」
今度は肉を突っこまれ、俺はまた同じようにモグモグと噛み砕く。
俺は、ビーチパラソルの所に凛恋が駆け付けてから、すぐに凛恋の膝の上で眠ってしまった。そして、ついさっき起こされて寝惚けながらシャワーを浴びてここに座っているのだ。
「そういえば、夜はどうする?」
「肝試しとかどーよ」
「いや、肝試し出来るところ無いだろ」
ワイワイと盛り上がるみんなの話を聞きながら、俺は隣に座る凛恋に目を向けた。凛恋は肉をモグモグと食べ、ニコニコ笑いながら話を聞いている。
昼もあんだけ遊んでいたのに、夜も遊ぶ気らしい。夜くらいはゆっくりしようという気にならないのだろうか。
「ダメよー。夜は女子会するんだから」
「そーそー、男共は男子会でもしてなさい」
女子にたしなめられ、チェーっと声を上げて男子の一人が不満そうな声を上げる。そして、俺は適当に眠いと言って先に寝ることに決めた。
男子会なんて参加したくもない。
ハッキリ言うと、俺が当初懸念していたことはほぼその通りだったのだ。
女子には絶対に見せないが、俺は凛恋の友達の彼氏からはよく思われていない。もちろんだからと言ってハブろうとしたりはしない。でもやっぱり雰囲気で分かるのだ。
なんとなくではなく、ハッキリと。
まあ、昼も個人行動で協調性の欠片もなかったのだから、よく思われなくて当然だ。
「カズ、カズ?」
「んあ?」
「今晩、男子会するらしいけど――」
「喜川くん、ごめんね。私と凡人、ちょっと夜に用事があるから」
「「「なっ! 二人で夜デート?」」」
男子も女子も関係なく、驚きの声を上げる。その反応に凛恋は俺の腕を抱き締めて唇を尖らせる。
「凡人は私の彼氏なんだし、別にいーでしょ?」
「はいはい、アツアツカップルは違いますねー」
ニコッと笑う溝辺さんの言葉で、その話はそれ以降されなかった。
バーベキューも終わり凛恋以外の女子が固まって歩いて行く。そして男子も、俺以外の男子達が集まって話を始めていた。
「凡人、行こ」
「ああ」
凛恋に手を引かれ歩き出す。
キャンプ場にはポツポツと街灯が立っているが、その街灯の近くを離れれば真っ暗だ。
空には雲一つ無く、街中よりも圧倒的に多くの星が見える。光度の違う様々な星は、思い思いの場所に散らばって煌めいている。
星に詳しくない俺も、その星を眺めていたら何となく心が穏やかになる気がした。
手を引かれてついた場所は、砂浜とキャンプ場を隔てる防波堤。
その防波堤の縁に腰掛けた凛恋が、自分の隣をペシペシと叩く。その凛恋が叩いた場所に腰を下ろすと、凛恋が空を見上げた。
「私さ、星とか見て素敵とか思う女子ってどうなの? って思ってたの。でもさ、チョー綺麗」
「そうだな。ここは無駄な明かりが無いせいか、よく星が見える」
「せっかくだし、私らしくないこと、言ってみようかな」
俺の手を握る凛恋の手に力が入る。そして、俺の腕を抱いてフワリと凛恋の甘い香りと体を包み込むような温かさが伝わる。
「星って、凡人みたいだと思うの」
「星が俺みたい?」
「めちゃくちゃ綺麗で素敵に輝いてるのに、昼間は全然見えなくて周りに余計な光りがあっても見えない。でもそれって周りが悪いわけじゃなくて、星が悪いと思うの」
「……お、おう」
最初は素敵だけどなかなか周りに気付いてもらえない。というような話だろうかと思ったら、話の雲行きが怪しくなっている。
「星が隠れてるのよ。自分はちょっとしか光らないって限界決めて、自分は夜にしか居場所が無いって勝手に決めつけて。凡人だってそう……昼間、全然みんなと遊ぼうとしなかった」
「ごめん……凛恋に肩身の狭い思いをさせたな」
みんなから離れて一人で行動していれば変な目で見られるのは当然だ。そして、そんな奴を連れてきた凛恋に対して良くない印象が付いてしまったのかもしれない。
やっぱりそもそも俺は来ない方が――。
「バーカ。今、凡人が考えてること、絶対あり得ないから。凡人が一人で居たからって私は何にも言われてない。男子達にも言われなかったし、女子の友達には逆に心配されたくらいよ。多野くん一人にしてて大丈夫って」
「すまん、凛恋の友達に気を遣――」
「それも違うって。私は凡人に自分を低く見ないでほしいの」
凛恋が俺の顔を覗き込む。暗い闇に包まれた海辺でも、凛恋の綺麗に整った可愛らしい顔と真っ直ぐな目はハッキリと見えた。
「凡人は、凡人が思ってるような人じゃ無い」
「俺が俺のことをどう思ってるって?」
「自分が人に嫌われる人間で、嫌われることが当然だって思ってる」
「凛恋の言ってることは間違ってない。でも、凛恋は俺がどんな人生を歩いてきたか知らない」
「……そうよ、私は知らない。私に時間を巻き戻せる力があるなら、凡人とずっと一緒に凡人の人生を歩きたい」
凛恋は手の甲で目元を拭う。その行動で凛恋が泣いていることが分かり、俺はサッと背筋に寒気が走る。凛恋を泣かせてしまった。
凛恋が楽しむために来たのに、悲しい思いをさせてしまった。
「ごめん……凛恋を泣かせるつもりなんてなかった」
「私こそごめん。私も泣くつもりなかった。でもさ、悔しいのよ……」
凛恋の手がギュッと俺の腕を掴む。
「もっと早く凡人と出会ってたら、もっと早く凡人のことを知ってたら、凡人にこんな悲しいことさせずに済んだのに、こんな辛い人生の歩き方をさせずに済んだかもしれないのにって思うと……凄く悔しくて……」
「それは凛恋が悔しがることじゃ無い。選んだのは俺だ」
「凡人のやってるのは選んでなんか無い! 全部、選択肢を捨てて残った一つを手に取ってるだけじゃん! 周りに気を遣って、周りを傷付けない優しさで、自分を傷付ける方法しか手に取ってない! それを凡人は自然にやってる。そんなことを自然に出来るようになってるのが悔しいのよッ! ……自己犠牲って格好良いとは思うよ。誰かのために自分が傷付くことも躊躇わないって凄く格好良いと思う。でも、凡人のは度が過ぎてる。自分を傷付けなくても解決出来ることまで自分を傷付ける方法しか手に取らない。まるで、他の選択肢は最初からないみたいにさ。今回だって、みんなと話してみれば――」
「八戸さんごめん。それ、俺のせいなんだ」
突然後ろからその声が聞こえる。そこには、栄次と赤城さんが立っていた。
「立ち聞きしたみたいでごめん。でも、希が二人が心配だって言うから」
栄次の隣に立っていた赤城さんは、俯いて小さく口を開いた。
「凛恋の顔が何か思い詰めてた顔してて、何か具体的に分かったわけじゃないんだけど、それで不安で」
凛恋の隣に赤城さんが座り、赤城さんの隣に栄次が座る。俺は栄次が話し始める前に、口を開いた。
「凛恋の言いたいことは分かった」
「カズ、そういう話のはぐらかし方はダメだ。八戸さんの話をちゃんと飲み込まずに分かったなんて、カズは言うような人間じゃ無いだろ。そんな不誠実なやり方はお前が一番嫌いなやり方だ。カズが俺を庇ってくれるのは嬉しいけど、二人には話しても問題ない」
「……栄次?」
栄次の言い方に、赤城さんが不安そうな言葉を発する。そして、栄次は口を開いた。
「小一の頃、カズのいじめを始めたのは俺なんだ」
過去のことを、特に小学校の遠い記憶を覚えていない俺も、そのことだけは覚えている。
覚えているから、余計隠さなきゃいけない。黙っているべきだと思った。
それに、改めて言うような話じゃない。俺が、栄次にいじめられていたなんて話は。
「赤城さん、勘違いしないでくれ。俺は今の栄次のことを親友だと思ってるし、今は一番仲の良い奴で、学校で唯一信頼出来るやつだ。それに、もう随分昔のことだ。だから、今の栄次は人をいじめるような人間じゃない」
言葉を失っている赤城さんに、俺はすぐ俺の口から否定する。すぐに否定しないと、二人の関係に修復不可能な溝を作るのは明らかだ。
「多野くん……その……」
「ほら、どうすんだよ。赤城さんが驚いてるじゃないか」
「ごめん、希。希がショックを受けるかもしれないとは思ってた。でも、やっぱり希は俺の大切な彼女で、八戸さんは大切な友達だ。だから、俺達の関係もちゃんと話しておいた方がいいと思ったんだ」
「関係っていう言葉は使うな。なんだか背筋が凍るような寒気を感じるぞ」
「慣れない冗談言って気を遣うな。俺がいいって言うまでカズは黙ってろ」
せっかく慣れないことして場の空気を暖めようとしたのに、なんとも酷い扱いだ。でも、栄次が自分から赤城さんと凛恋に話すと言ったのなら、仕方がない。
「俺は昔から親の仕事で引っ越しすることが多くってさ。小学校も全然知らない人達ばかりで、かなり不安だったんだ。それで、どうやったらみんなと馴染めるだろうって思ったときにさ。カズのことが目に留まったんだ」
栄次は何時も通りの穏やかな声で話し始める。
小学校一年の頃の俺は、もうそりゃあ今みたいにねじり曲がった性格じゃ無かった。純粋無垢とまでは言わないが、もうちょっと喜怒哀楽のある人間だったと思う。
まあ、体の良い言葉を使えば素直な子どもだった。
「カズは大人しい性格でさ。やんちゃばっかりやるようなクラスの男子とは違った。だから目立って、バカだった小一の頃の俺の目に留まってしまったんだ。それで俺は最初にカズを話題にして、なんか女みたいな奴が居るなってクラスメイトに話したんだ。言い方は柔らかいけど内容は全然。要するに、あいつ変わった奴だ、変な奴だって話だった」
小一の俺を思い返しても、女みたいなという連想は抱かない。大人しくはあったと思うが。
「そしたらさ、周りもそうだよなって話して、それで、それがきっかけで俺はクラスメイトと話が出来るようになった。……本当は、その程度で止めておくべきだったんだ。でも……小一の俺はそんな簡単なことも分からないくらい、バカで、最低な奴だった」
栄次は手を握り締め拳を作って、拳の横でドスッと鈍い音を立ててセメント製の防波堤を叩く。
「最初は仲間内でちょっと話すだけだった。また端っこで一人だとか、ずーっと暗そうに本を読んでるとか。一人で居るのも本を読むのもカズの勝手だ。そんなことも考えずに話してて、そしたら面白がった奴がカズをからかい始めたんだ。最初はカズも止めてよって笑いながら答えてた。内心、もの凄く嫌だったと思う。でも表情しか見えてなかった、心の中まで見ようとしなかった俺達は、笑ってるカズの顔を見て、からかっていいんだって最悪な勘違いをしたんだ。それから、毎日毎日カズのことをからかって、気付いたら……カズはクラスメイトのみんなからからかわれてた。女子も男子も関係なく。それでいつの間にか、俺も知らない他のクラスの奴も、カズのことを指さして笑ってた」
俺は栄次の顔から視線を逸らした。
栄次は唇を噛み締めて、目から涙を流していた。それを男の俺が見るわけにはいかない。
「その時に初めて……初めて自分のやってしまったことに気付いた。遅過ぎるよ、本当に。それで、俺はカズをからかうのを止めさせようとした。からかうのを始めたのは俺なのにさ。でも、止めたら女子に言われたんだ。あんな奴のことを庇うなんて、栄次くんは優しいねって」
栄次はそりゃあ今と変わらず小学校時代からモテていた。だから、みんなから嫌われている俺を庇う姿は、女子から見たら優しくて格好良く見えて当然だ。
「俺は違うって言ったんだ。でも、誰も信じなかった。あんな奴のことを栄次くんが庇わなくていいんだよ、あいつはいじめられて当然なんだからって。誰も俺を責めてくれなかった。俺は悪いことをしているのに、罰を受けられなかったんだ。それで、俺はせめて、せめてカズに責められたくて、お前のせいだって言われたくて。そういう自分が楽になりたいだけの気持ちでカズに謝ったんだ。そしたら……カズはさ――」
「自分が悪いって言ったんでしょ?」
栄次の言葉を遮るように、凛恋が落ち着いた声で言った。それに、栄次は一度だけ頷いた。
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