【六《友達のための身の振り方》】:二
飲み物が来た後から、賑やかなカラオケが始まった。
八戸と赤城さんが流行りの女性アイドルの歌を歌い。栄次が男性歌手のアップテンポな曲で盛り上げる。
赤城さんは恥ずかしがり屋で、歌に照れがあるものの女の子らしい。
八戸は恥ずかしさなんて微塵も感じないほどノリノリで歌っていた。二人とも歌が上手く、聞いていて心地良い歌声だった。
「前の時も思ったけど、喜川くんってホント歌上手いわねー」
「そう?」
「うん、栄次格好良い」
「希、ありがとう」
「うわーん、多野ー。希達がノロけるぅー」
二人の反応を冷やかすように俺に迫って来た八戸が、ニコッと笑ってマイクを差し出す。
「ほれ、そろそろ観念しなさい」
「……いや、俺は」
「よし、俺がカズの十八番(おはこ)を入れてやるよ」
リモコンを手に取った栄次がニヤニヤしながら曲の予約を始める。
多分、一目惚れの件を暴露したことに対する仕返しなのだろう。結果的に良い雰囲気になったのだから、仕返しの必要はないはずだ。
だが、いらん恥を掻かされたという恨みも若干あるのだろう。
「あら? これ知らない曲」
「私も」
「まあ、聞いてなよ。ビックリするから」
仕方無しにマイクを取る。耳にたこが出来るほど聴いた曲。もう一〇年くらい前の曲だ。
「身上げる夜空は切なくて、煌めく星は儚くて。もう君が居ないということを、僕は空に教えられる」
出だしは落ち着いた曲で、無駄な音が無い。でもそのせいか、歌詞と相まって切なさを感じる。
「これで最後だと笑う君の顔が、胸に焦げ付いて剥がれない」
この曲は、一〇年以上前に発売されたゲームの主題歌。この曲は、ゲーム終盤、ほぼラストに近いシーンで流れる。
俺はそのゲームが、初めて泣いたゲームだった。
「忘れてと泣いた君を、忘れられるはずがない。君と旅した日々を、消し去るなんて出来るはずがない。届け届けと叫ぼう。君達の冒険譚を」
悲しさを叫ぶように曲が盛り上がり、一〇年前に涙した記憶が蘇る。
「絶対にもう一度会おう。絶対にまた手を取り合おう。英雄は君さ。他の誰でもない。世界が知らない君。君を知るのは私だけ。だから伝えなきゃいけないんだ。声が嗄れるまでずっと。私達の冒険譚を」
俺が歌い終えてフッと息を吐く。しかしこの曲、歌詞も曲調も切ない。恐ろしいくらい切ない。だからこんなに盛り上がっているカラオケで歌う曲ではない。
せっかく盛り上がった雰囲気を盛り下げてしまうからだ。
「どうするんだよ、この空気」
シンとした部屋の雰囲気を察し、首謀者である栄次に視線を向ける。
すると栄次はニコニコと笑い、視線を赤城さんに向けた。
「なかなか上手いと思わない?」
「うん! 凄い! 知らない曲だけど凄く良い曲だし、多野くんの声も凄く穏やかで。ちょっと鳥肌立っちゃった! 多野くん、凄く上手かったよ!」
「あ、ありがとう」
人前で歌った気恥ずかしさと、褒められた照れ臭さでコメントに困る。俺は聞いたままに歌っているだけだし、特に感情を込めたつもりもない。
だから赤城さんのように褒められると、どう反応していいやら分からなかった。
「八戸さんはどうだった?」
「…………」
八戸には酷評されるだろうと身構えていたが、栄次に尋ねられた八戸は一向に話し出そうとしない。
不思議に思って八戸の方に視線を向けると、ポカーンと口を開けた八戸が座っていた。
「ほら凛恋。何か感想言ってあげないと」
「えっ? あっ……えっと、その……上手かった、わね」
「お、おう。ありがとう」
酷評どころかおふざけさえない答えに、赤城さんの時以上にどうすればいいのか分からない。てっきり「下手くそ」とか「暗い」とか、そういうことを言われると思っていた。
カラオケが終わって、もう日も落ちた一九時。街に軒を連ねる店の明かりが通りを明るく照らしている。
「歌ったぁー!」
「歌い過ぎだろ……」
俺より遥かに歌った八戸だが、俺より元気だ。対する俺は、そんなに歌ってないのに疲れた。
「俺は希と帰るから」
「多野くん、またね。凛恋はまた来週」
「ああ、気を付けて帰れよ」
「うん! 喜川くん、希のことよろしくね」
八戸と赤城さんが手を振り合って別れる。そしてしばらく歩いた栄次と赤城さんは、そっと手を繋いだ。
「初々しいわねー」
「そのコメントは年寄りっぽいな」
「誰が年寄りかッ!」
「さーて帰るぞ」
「あっ! 逃げんな!」
適当に八戸をからかって歩き出す。今日の八戸はいつにも増して楽しそうだった。やっぱり、赤城さんと遊ぶのが楽しいのだろう。
「それにしても、あんなに上手いならこの前歌えば良かったのに」
「上手くなんてない」
「でも、あの歌を聴いたら、絶対にモ――」
「ん? 絶対にも?」
「ぜ、絶対に持ち芸にされて、引っ張りだこね! だからあんまり披露するのは止めといた方が良いわよ。多野は人前で歌うの苦手みたいだし」
「アドバイスありがとう。だが、俺も歌う気はない。そもそも八戸達以外とカラオケに行く機会なんて無いしな」
あの栄次に無理矢理連れて行かれた時が稀だったのだ。
あんな胃に悪い機会が何度もあったら堪ったものではない。
「ね、あの最初に歌った曲って何の曲?」
「あー、あれは一〇年くらい前のゲームに使われてた曲なんだ」
「そうなんだ。今度さ、そのゲームやらない?」
「良いけど、あれはロールプレイングゲームってジャンルのゲームで一人用だけど」
内容的には魔法のあるファンタジーの世界で主人公達が世界を救うために冒険するという、まさに王道ファンタジーな内容だ。
そしてロールプレイングゲームというゲームのほとんどが一人用のゲームになる。
「じゃあ、多野がやってるの横で見てる」
「せっかくだから八戸がやれよ」
「じゃあ、隣で教えてくれる?」
「いいぞ。俺も久しぶりにやり直してみたくなったからな」
思い出に残っているゲームというものは、ふとした時にやりたくなるものだ。今回は主題歌を歌ってその思いが湧き上がってきた。
「多野」
「なんだ?」
「喜川くんの一目惚れの話。話してくれてありがと。ホント、希ったら嬉しそうにしちゃってさ。私も嬉しくなった」
「まあ、俺は知ってることをただ話しただけだ」
手を繋いで歩いて行った二人の後ろ姿を思い出す。
八戸も言っていたが、初々しいという言葉ももちろんだが、とても綺麗で透き通って見えた。
何もやましいことなんてない、清廉潔白な二人。
「羨ましいな……」
そう呟いた八戸の言葉を聞いて、俺は八戸に顔を向けず答える。
「八戸も頑張れよ」
八戸には好きな人が居る。それは俺は知らないことになっているが、そうなのだろう。
八戸は居ないことにしてと言っていたし。まあ、男の俺には言い辛い。
いや、そもそも俺に相談しても何のアドバイスも出来ないのだから、却って話されなくて良いのかもしれない。
「私はまだ無理だわ」
「なんでだよ。八戸は良い奴だからきっと好きになってもらえると思うぞ?」
「ダメね、私は多分そいつの好みじゃない。多分、もうちょっと地味で、それこそ希みたいな子が好みだと思う」
「何? 栄次にライバル出現か? ちょっと警戒するように釘を刺しとくか」
「あー、違うみたい」
「どっちだよ!」
全くややこしい。でも、栄次もモテるが赤城さんも可愛らしい人だしモテる要素は多分にある。ライバルが居ても居なくても、釘は一応刺しておいた方が良さそうだ。
「おっ! そういえば、やっと好きな人が居るって認めたな」
ハッとして、そして嬉しくなる。
好きな人の話というのは、あまり人に話したがらない話のはずだ。
八戸が今まで話さなかった理由もそれのはず。でもそれを話してくれるようになったということは、友達としてより仲良くなれたということだ。それは嬉しい。
しかし、何のアドバイスも出来ないから申し訳なくもなる。
「もう、どうすればいいのか分かんないのよね」
「もしかして、彼女が居る奴なのか?」
「いや、あの感じだと居ないと思う。それに居ないって言ってたし」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
八戸の方を向いて、首を傾げ尋ねる。すると、八戸は前を向いたまま大きくため息を吐いて口を開いた。
「とんでもなく鈍感なのよ」
その疲れたような、諦めたような、八戸らしくない元気の無い声を聞いて、とてつもない深刻さを感じる。
これは下手なアドバイスは出来ない。
「赤城さんには相談したのか?」
「してるわよ」
「そっか」
「ちなみに喜川くんにも」
「栄次にも? ってことは、知らなかったのは俺だけか……」
「あっ! でも、別に多野のことを信じてなかったんじゃないのよ! 希が喜川くんに話しちゃったの。その……男の子だし」
「まあ、栄次は男代表としては適任かもな」
ちょっと疎外感を受けて寂しさを感じたが、まあ仕方が無い。どう考えたって、俺に言ってもどうにもならないし。
「ちょっ、拗ねないでよ」
「拗ねてない」
「拗ねてるっての」
「拗ねてないって。ちょっとだけ、寂しくなっただけだ」
俺がボソッとそう言うと、目の前に八戸が俺の前に立って焦った表情をする。
「信じて! 多野のことを仲間外れにしたわけじゃないの! お願い、ホントに私、多野のこと友達だと思ってるから!」
その必死な表情と言葉に、俺は寂しさを表してしまったことを後悔した。俺は寂しさと一緒に、八戸に対する不信感も表してしまったのだ。
友達を、八戸のことを信頼してないと、八戸に表してしまった。
「いや、俺の方こそ悪かった。八戸のことは信頼してるよ。言いにくいものだろうしな、好きな人の話って」
「ホントに、疑ってない?」
「ああ」
「ホントにホント?」
「大丈夫だ」
「良かった」
ホッと息を吐いて胸を撫で下ろす八戸は、再び俺の隣に並ぶ。
「鈍感で、察しが悪くて。そいつの友達も、あいつは多分自分が人に好かれるわけないって思ってるから、気付かせるのは手強いぞって言われた」
「そうか。でもそいつの友達も知ってるなら、結構強力な援護射撃が期待出来るな」
「そう思うでしょ? そいつ、その友達の援護射撃をぜーんぶ躱したらしいわ」
「…………むぅ、それは手強いな」
どうやら、折り紙付きのド鈍感らしい。
「他には何かないのか?」
「他に、他にねぇー。あっ……」
「ん? 何かあるのか?」
八戸は思い出したような声を出して、そして顔を真っ赤に染める。どうやら何かまだあるらしい。
「…………パンツ、見られた」
「パ、パンツ!? 大丈夫か!? そいつ変態じゃないのか!?」
思いもよらない言葉に、一気にそいつへの不審感が高まる。
女子のパンツを見るような奴って、危ない奴ではないのだろうか?
いや、危ないもそうだが、軽薄過ぎる。
そんな奴と八戸が付き合って本当に幸せになれるのか心配になってきた。
「プッ! アハッ、アハハハハッ!」
「えっ?」
俺の中で緊張が高まって居ると、隣に居る八戸が思いっきり笑い出した。
そのせいで、ついさっきまであった緊張感が一気に吹き飛ぶ。
「変態か、確かに変態かもね。プククッ!」
「わっ、笑い事じゃないだろ。好きな人のことなんだぞ」
「大丈夫よ、パンツを見られたのはたまたまで、事故みたいなものだったから」
「そ、そうか。それを聞いてちょっと安心した」
八戸の言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
俺も八戸の恋を応援してやりたいとは思う。しかし、話を聞く限り、かなり手強い相手のようだ。
そんな相手を俺の知恵でどうにか出来るとは思えない。
「なあ」
「何よ」
「気付かないなら、告白すればいいんじゃないか?」
俺はふと考えてハッとした。相手に自分の好意を気付かせる方法として、一番分かり易い方法がある。
それは告白だ。
相手に自分が相手のことを好きだと伝えれば、まどろっこしい裏工作も必要ない。それに鈍感ならストレートに言ってしまわないと分からないかもしれない。
「……無理」
「なんでだよ」
「私には、ダメ元で告白する勇気は無いわ」
「まあ、それは俺も分からなくはない。じゃあ、距離を縮めて良い所を知ってもらうしかないな」
俺は人に話し掛けるこもさえも出来ない。だから誰かに告白なんてもっと出来るわけがない。だから、尻込みする八戸の気持ちも分かる。
俺は心の中で大きなため息を吐いた。
せっかく八戸が打ち明けてくれたのに、俺は八戸のために何もしてやれない。
友達に幸せになってほしいという思いしか持てず、その背中を押すことも、八戸の歩く道を均してやることも出来ない。
八戸は俺のために傷付いてくれたのに、俺のために泣いてくれたのに、俺は……八戸のために何もしてやれない。
拳をグッと握って、拳に悔しさを集める。表情に出したらまた八戸に気を遣われる。今苦しいのは八戸の方だ。友達の俺が気を遣わせるわけにはいかない。
心の中で自分の不甲斐なさを責めている間に、八戸の家の前に着いてしまった。
俺は話を聞いただけで、結局何の力にもなれなかった。
「じゃ、明日は昼過ぎに行くわね」
「……えっ?」
「えっ、じゃないわよ。あの歌のゲームをやるのよ」
「いや、好きな人と仲良くな――」
「いーのいーの。ゆっくりやるって決めたから」
ニコッと笑った八戸は、もしかしたら俺に気を遣ってくれたのかもしれない。
だから、俺もそうやって元気を見せてくれた八戸に、元気を返さなくてはいけない。
「分かった。じゃあまた明日だな」
「うん。じゃあ、また明日ね」
「ああ」
いつも通り小さく手を振る八戸を見送って、俺は玄関の扉が閉まるのを見届け背を向ける。
「よし! 俺も俺なりに八戸を応援しよう」
俺には恋の駆け引きなんて分からない。そもそも恋の経験なんて無いんだから仕方無い。でも、八戸は俺と遊ぶのを楽しみにしてくれる。
なら、目一杯それを楽しんで楽しませることくらいしか俺には出来ない。
情けないけど、それが俺に出来る唯一のことだ。
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