【三《御役御免は許されない》】:一
【御役御免は許されない】
春はあけぼのなんて言うが、俺は丁度昼頃が好きだ。
ほどよい太陽の日差しが暖かく、風も穏やかで天気も良い。そういう春の昼が俺は好きだ。
他の高校では立ち入り禁止の所が多いようだが、刻季高校の屋上は自由に出入り出来る。しかし、屋上は人気スポットで、俺のようなスクールカースト下位の人間が立ち入れる場所じゃない。
でもその代わり、教室はもぬけの殻になって静かな空間に様変わりする。
だから、大抵俺はその教室で静かに昼食を食べる。
本日のメニューはパンだ。購買で手っ取り早く買えるし、何よりその日の好みに合わせて選べるから失敗がない。
しかし、そんな俺が教室で静かに昼食を食べられていたのは遠い昔のことで、今は周囲を、いや……目の前で弁当を食べている栄次の周囲がうるさい。
「喜川くんって部活とかやらないの?」
栄次の近くに座る女子が栄次にそう話し掛ける。近くに座っていると言っても、栄次の皿に残った唐揚げ状態は今も健在で、男子を一人挟んだ距離である。
そんな女子に栄次は誰にでも向ける朗らかな笑顔を浮かべる。
「運動とか苦手だし、絵とか楽器もダメなんだよ。それに帰宅部も楽しいからさ」
「そうなんだ。うち、テニス部なんだけど緩い感じでやってるし、興味あったら見学に来てみてよ」
部活の勧誘。繋がりを得るためのベターな方法だろう。部活というのは集団活動に見せ掛けて閉鎖的な活動である。その空間に引き込んでしまえば、部活の話をするからという盾を使って並み居るライバル達をシャットアウト出来る。
しかしまあ、そういう策略をもろともしないブルドーザーみたいな女子も居る。
「栄次くん、今週末っていうか、明日か明後日空いてる?」
「ごめん、今週は他校の友達と遊びに行く予定があるんだ」
「えー、先週もそうだったじゃん。来週は予定、空けといてよ~」
栄次が俺の教室で昼飯を食べるようになってすぐ、取り巻き女子を引き連れて来たのが、このブルドーザー女子だ。
反対側で男子を挟んで座る女子を牽制するためか、ただの知り合いにしては、栄次との距離が近い。それに甘い香水の匂いと甘ったるい猫撫で声で、気持ち悪くなってきた。
本来だったら、教室は閑散としていてゆっくりパンを食べられる空間のはずなのだ。しかし、それを栄次という存在が人を集めてしまっている。
さながら、テーマパークのマスコットキャラクター……いや、どちらかと言えば男性アイドルと言うべきか。
栄次には人が集まる。女子はもちろん男子も。
そして、俺の方には規制線でも張られているのか、人っ子一人居ない。
しかしこんなの、閑静な住宅街と聞いて新築住宅を買ったのに、真横で連日連夜、カンコンカンコンとマンション建設工事の騒音が聞こえてくるようなものだ。
落ち着いて昼飯も食べられやしない。
俺はそっと立ち上がる。
ここで音を立ててしまったら「はあ? 何でぼんじん如きが騒音立ててんのよ」とブルドーザー女子に睨まれかねない。
「カズ、何処か行くのか?」
「ちょっと図書室に」
「待ってくれ、俺も行く」
栄次が「俺を見捨てるな」という目で俺を見てくる。
見捨てるなと言われても、お前を連れ出そうとしたら、俺は栄次親衛隊に問答無用で斬り捨てられるんだけども。
「栄次くん図書室とか行くんだ。格好良い」
ブルドーザー女子の取り巻きからそんな声が上がる。いや、なんだよそのフワッとしたコメントは。
そもそも図書室に行くって言い出したの俺だし。
ああいう女子は絶対、何も考えてないから、栄次がトイレに行く時も「栄次くんトイレ行くんだ。格好良い」とか言っちゃう女子だぞ。
そもそも、栄次が図書室に行けるわけがない。こんなピィーキャーピィーキャーうるさい奴らが付いてきたんじゃ、教室に居ようが図書室に居ようが同じだ。
それに図書室で真面目に読書をする人達のいい迷惑だ。
「俺は一人で行くから栄次はここに居ろ」
「待てってカズ!」
教室から出ると、後ろを付いてきた栄次に肩を拳で軽く殴られる。
「見捨てるなんて酷いな」
「見捨てるもなにも、栄次が連れてきたんだろ」
「付いて来ちゃうんだよ、なんでか……」
大きなため息を吐く栄次に、俺は深く同情した。
栄次は良い意味でも悪い意味でもリア充らしいリア充だ。無下に断ったり突き放したりすれば、雰囲気が険悪になる。それを懸念してはっきりとした態度を取れないでいる。
それは栄次の性格上仕方ないのかもしれない。思いやりのある優しい性格と言えるのかもしれない。
でも、今だけは、全く長所として機能してはいない。
「なあカズ」
「なんだ」
「八戸さんと何かあったの?」
「八戸と? いや、何もないが、なんでだ?」
「急に誘い断るようになっただろ。赤城さん達と遊びに行こうって言うと」
「赤城さんの名前が出なくても等しく断ってるだろう。それに赤城さんと仲良くなりたかったら、二人きりで出掛けろ」
「ここ最近は二人きりだよ」
「おお、そうか。頑張れよ」
校舎の渡り廊下は人通りが少なく、適度に風も吹いて心地良い。騒がしい屋上なんかよりよっぽど過ごしやすい。
「なあカズ」
「ん?」
「俺、明日赤城さんに告白する」
渡り廊下の中程で立ち止まり、手すりに両手を載せた栄次が呟く。それを聞いて、俺はしばらく黙ってから口を開いた。
「正直、勝手にしろというのが俺の意見だ。赤城さんのことを本気で好きならしてもいいんじゃないか? ただ、あのブルドーザー女子達を遠ざけるためなら絶対にするな」
赤城さんは良い人だ。だから栄次と付き合っても上手くいく。でも、栄次が心から赤城さんのことが好きで、赤城さんと心の底から付き合いたいと思っていないなら、告白するべきじゃない。
それは栄次のためではなく、赤城さんのためだ。
俺は恋愛経験がない。だから恋愛に夢を見過ぎているのかもしれない。だけど夢を見ているからこそ、綺麗なものが穢されるのは許せない。
何かの言い訳にされるために告白されたなんて、栄次が言わなければ赤城さんは分からないだろう。それに栄次は赤城さんのことが本当に好きなんだと思う。
だからきっかけが何であれ上手くいくと思う。だけど、分からなければ何をしても良いとは限らない。
中途半端な告白をされれば赤城さんは傷付くのだ。しかもたちが悪いのは、赤城さん自身が、自分が傷付けられたことを分からないまま傷付く。
俺はそんな告白を栄次にさせたくない。
「違う。赤城さんのことが好きなんだ。ずっと前から考えてた」
「そうか、なら頑張れよ」
「…………カズが八戸さんのことを避けてる理由って、それじゃないよな?」
「それってどれだよ。それに俺は避けてないんだが」
漠然とした栄次の指摘に眉をひそめる。それが何を指しているのか分からないし、俺は八戸からメールが来ればメールするし電話が掛かってくれば出る。だから避けてはいない。
「カズって、昔から周りの人に良さを理解してもらえない人間だよな」
「理解してもらえないんじゃない。そもそも俺に良さがないから理解しようがないんだ」
「俺はカズの良さ知ってるぞ。赤城さんも、それに八戸さんだって」
「で? その話が何で栄次の告白話の途中で出てくるんだよ」
話の腰骨を折って空間まで断絶された話を仕方なしに戻してやると、栄次は真剣な顔で俺を睨み付けた。その顔は、怒っているようにも見えた。
「カズが仲良くしても誰も傷付かないぞ」
「俺には誰かを傷付けられる特殊能力なんてないぞ」
「じゃあ何で誘いを断るんだよ」
「毎週毎週連れ出される俺の身にもなってくれ。気疲れするんだよ」
「ごめん」
何かに付けて赤城さんと遊ぶから俺も一緒に来いと、色んな所に連れ回された。
それが栄次と二人きりなら気を遣わないが、赤城さんが来れば必ず八戸も来るわけで、邪魔にならないように立ち回る俺の精神は擦り減っている。
日頃、俺は人の顔色を窺うこととは無縁の学校生活を送っている。それは学校で話すのが栄次だけなんだから仕方ない。そんな生活を送っているから、急に女子二人と男二人という難しい状況に放り込まれたら疲れるのだ。
それにやっぱり、三人と俺は違う。
栄次は気なんて遣わなくてもいいが、赤城さんと八戸にはそうはいかない。赤城さんは栄次の好きな人だし、八戸は赤城さんの友達だ。俺が粗相をすれば間接的に栄次の印象を損ねかねない。
「カズ、昔から無理し過ぎなんだよ」
「俺は無理なんてしてない。一人で自由奔放にやってる」
「カズは一人で自由奔放にやろうと無理してるんだよ」
「意味が分からん」
「カズは小一からずっと、俺は一人で大丈夫だって強がって、そんで苦しいこととか悲しいこととか、全部自分の中に詰め込んで来ただろ。高校で久しぶりに会ったけど、よくそんなこと続けて心パンクしなかったな」
「俺はそんなことしてないんだけどな」
俺は好き好んで一人で居る。そして好き好んで栄次とつるんでいる。全て無理なんてしていない自然体の俺だ。
栄次が何を理由に俺が無理してるなんて考えたのかは分からない。でも栄次が栄次なりに、俺のことを気に掛けてくれているのは分かる。
「なんか心配してくれてるのはありがたいけど、栄次は俺の心配よりも自分の告白について考えろよ。適当なふわふわした告白したら絶対に許さん」
「…………本当、カズはなんで人の気持ち考えられるのに――」
栄次は途中で言葉を止めて、ポケットからスマートフォンを取り出す。多分、赤城さんからメールでも来たのだろう。
「こっちも八戸からか」
ポケットの中で俺のスマートフォンが震える。俺には八戸からしかメールは来ないから、確認する前に誰から来るかなんて分かる。
『多野お疲れ。今日の放課後、空いてる? 希が喜川くんと遊びに行くらしいんだけど、私も呼ばれて。多野も喜川くんから声が掛かると思うけど、一緒に行かない?』
メールを流し見した後に返信画面を呼び出し、返信の文面を考え始める。さてと、どう断ろうか。家の用事は使い古してきたし、そろそろ使えなくなって来た。
「カズ、今日の放課後――」
「パス」
「…………」
「カズってあまり人付き合い得意じゃない奴だから、無理させちゃってたみたい。とでも言っといてくれ」
八戸の方は「今日も家の用事がある」と断ろう。間接的に栄次から、俺が人付き合いが苦手なことが伝われば、八戸も無理に誘いはしないだろう。
もう、栄次は赤城さんに告白すると決めている。そもそも俺と八戸が呼ばれるのも、俺と八戸が連絡先を交換したのも、全ては二人が仲良くなるためだ。
おそらく栄次の告白は成功して、二人は付き合うことになるだろう。そうすれば、友達を交えることなく、二人きりで仲を深める。
そうなれば、俺が呼ばれる理由も無くなる。だから、もうこれで俺の役割は終わりだ。
正直、何もしていないが肩の荷が下りた気がしている。
メールを打っている時、そういえば今日は家で一人だったと言うことを思い出し『今日は家に一人だから外出出来ない。すまんな』と送信する。
栄次も赤城さんと付き合えば、休みに俺を引っ張り回すこともなくなる。
それは気が楽だし、ホッとする。
でもなんだろう。何となく、ぽっかりと心に穴が空いたような、そんな感じがした。
放課後、俺は謎ポーズの石膏像を通り過ぎて校門を出た瞬間、隣に居た栄次に視線を向けた。俺と視線を合わせた栄次が不思議そうに首を傾げるが、それが演技だというのはすぐに分かる。
地味な制服を着て下校する集団の中で、異彩を放つベージュのブレザーに赤チェック柄のプリーツスカートという制服の女子二人。その制服は刻雨高校の制服で、その女子は赤城さんと八戸だった。
「喜川くん、多野くん、お疲れ様」
「お疲れ様、赤城さん」
「お疲れ」
ニッコリ笑って挨拶をする赤城さんに返事を返しながら、俺は心の中で栄次に毒づく。この野郎、何考えてんだこのアホは。
「すまんが今日は――」
「いやさ、最近遊びに行き過ぎて金欠なんだよ」
「そうか。じゃあまっすぐ家に帰って――」
「だから今日はカズの家で遊ぼう」
「………………栄次、ちょっと来い」
俺は栄次の腕を掴んで引っ張り、とりあえず校門の壁に追い込んで詰め寄る。
「栄次、何考えてんだ」
「今週末、カズの爺ちゃんと婆ちゃん、家に居ないんだろ?」
俺は爺ちゃんと婆ちゃんの三人暮らしだ。そして、俺の爺ちゃん婆ちゃんは週末によく温泉に行く。
元々爺ちゃんは警察官一筋でずっと働いていて、警察官時代は旅行にも滅多に行けなかったらしい。
その反動でなのか、定年を迎えてから随分経っている今でも、週末にはよく温泉旅行に行くのだ。しかし、とんでもなく遠い温泉地に行くわけではなく、日帰りで行ける距離をあえて二泊三日にするのだ。
真面目に働いていて金もいっぱいあって、そして何より体が元気なのだから、俺は別に温泉旅行を無駄なんて思わない。むしろもうちょっと遠出とか贅沢をしても良いと思っている。
そんな爺ちゃん婆ちゃんの事情を、よく遊びに来る栄次も知っている。
「好きな女子と遊ぶ場所が、なんで友達の家なんだよ」
「カズの家は広いから問題ないだろ」
「敷地面積だけで判断するな! 栄次は無駄に広い家を建てたがる金持ちか!」
「広い家に一人は寂しいだろ?」
さも当然のように言う。俺は寂しいと死んじゃうウサギ扱いなのか。
いや、実際ウサギは寂しいくらいじゃ死なんけども。
「大丈夫、ほら」
そう言うと栄次が自分のスマートフォンを取り出して画面を向ける。そこには『多野の爺ちゃん』と言う差出人からのメールが表示されていた。
多野の爺ちゃんというのは、俺の爺ちゃんのことだ。
昔から警察で携帯やらパソコンやらを使いこなしていた爺ちゃんは、スマートフォンも使いこなして、栄次ともメールをする。
栄次に送られたメールには『凡人のことは栄次に任せた』という力強い文面が書かれていた。俺のことは任せたって、どんだけ栄次に全幅の信頼を寄せてるんだよ、爺ちゃん。
「爺ちゃんの許可はもらってる」
「俺の許可は?」
「聞いたら断るだろ?」
「断るに決まってるだろ」
栄次は俺の横をすり抜けて行く。そして、俺の肩に手を置いてニッと笑った。
「もう連れてきちゃったんだ。追い返すなんて出来ない。頼むよ」
そう言う栄次は分かっている。俺がそう頼まれたら断れないことを。
相手があのブルドーザー女子だったら無視して帰ったが、赤城さんと八戸は良い人だ。そう無下に扱うわけにもいかない。
「決まりだな!」
そう言って栄次は赤城さんの元に走って行き、赤城さんと並んで俺の家の方向へ歩き出してしまう。
仕方なく、栄次達の数歩後ろを歩き出すと、隣に八戸が並んで来た。隣に並んだ八戸は、俺の方を見て笑顔を見せる。
「多野、久しぶり」
「ああ、久しぶりだな」
メールは度々する。それこそ栄次の誘いを断った後には必ず『また今度遊ぼう』とメールが来る。それに俺も無難な返信をする。だけど、顔を合わせるのは久しぶりだ。
周囲を歩く人の視線が辛い。何が辛いのかと言うと、栄次はもちろん赤城さんも八戸も人目を引くからだ。
二人共、系統は違うが整った顔立ちでモテそうな、男子の目を惹きつける容姿をしている。だから男子の視線を集めている。
更に、他校生であることも注目を集める要因の一つだ。
地味な制服を着た刻季生の中に、目立つお洒落な制服の女子。それだけ目立つ要素が集まれば、人目を集めないわけがない。だから、俺は居心地が悪かった。
栄次、赤城さん、八戸、そしてもう一人。そのもう一人は確実に俺であってはいけない。もっとこう、リアルが充実してそうで、髪型もなんかワックスかムースか何かで固めて、そんで意味もなくニコニコ笑えるイケメンでなくてはいけないのだ。
それなのに、そのもう一人は不幸にも俺なのだ。
人には分相応というものがある。その分相応に、俺は合っていない。
「あれ刻雨の制服じゃん」
「可愛い子達だな」
「喜川は分かるけど、なんであいつ一緒なんだよ」
「ただのぼんじんのクセして生意気」
「いや、でもどうせ喜川の金魚のフンだからだろ」
「喜川もなんであんなのとつるんでんだろ」
「金でも払ってるんじゃね?」
「イケメンにすり寄って可愛い子と遊ぶとか気持ち悪」
「絶対あのポジション、アイツじゃないだろ」
「マジなんか腹立ってきた」
「アイツって居るだけでイライラする」
「視界から消えてくんないかなー」
「視界どころか学校から消えてほしいわ」
「いや、消えてほしいのはこの世からでしょ」
楽しそうな笑い声に混じってそんな言葉が聞こえてくる。
バカ野郎、陰口って言うのは相手が居ない所で言うものなんだぞ。いや、聞こえるように言ってるんだろうから、ただの悪口か。
「栄次、変なことするなよ」
いつの間にか追い付いていた栄次の背中にそう声を掛けて釘を刺す。
栄次は振り返ろうとせずに、黙って右手の拳を握り締めていた。
悪口なんて言わせておけばいい。周りの奴らの俺に対する印象なんてどうでもいい。それに、他人に意見を押し付ける程、俺は傲慢な人間じゃない。
人の好き嫌いなんてその人個人の自由だ。ただ、それを口に出して相手へ聞かせる行為はモラルが欠如していると言える。
しかし、モラルが欠如した人間にモラルを説いても全く持って意味がない。モラルという概念自体が無いのだから、理解されるわけがないのだ。
「多野! この前の映画、楽しかったね!」
「んあ? ああ」
八戸の声に反応して間抜けな返事を返す。
いきなり何を言い出したのかと思ったが、最後に会った日に観た映画の話だろうと判断して頷く。それにしても何を今更映画の話をし始めたのだろう。
しかも、いつもより何割か大きな声で話している。
「あの時カラオケ行く約束したよね? ちゃんと予定立てて四人で行こうよ!」
「いや、俺にも用事があってだな……」
「私はすごく楽しみにしてるんだけど?」
正直、そんな約束した覚えはない。確か、あれは赤城さんと栄次の間で盛り上がっていただけだ。
それにしても、俺がいつも以上に声を落としているのに、八戸の方は声が大きい。
俺と歩いてるだけでも良くないのに、遊びに行くとかそういう話が出るのは八戸としてはマズいだろうに。
「そ、その……とっ! 友達なんだからさっ! その……あんまり会えないと、寂しい……し?」
「…………はっ?」
急にどもり出し、俺の様子を恐る恐る窺い首を傾げながら言う。急に言い出したその八戸の言葉に、俺の頭は混乱する。
あれ? 俺と八戸って友達だっけ?
俺と八戸は栄次と赤城さんの仲を深めるための協力関係にあるだけで、それ以外の繋がりはない。
今日も八戸は、赤城さんに誘われて、赤城さんのために付いてきたのだ。そして、俺は男一人女子二人という不自然な組み合わせにならないための人数合わせだ。
栄次と八戸は友達かもしれないが、俺と八戸は――。
「だから……友達と遊べないの寂しいから、たまには遊んでほしいかな? って思うんだけど……どう?」
「いや、なんで聞くんだ。そもそも何を尋ねられてるのか分からん」
なんだか、はっきりしているようではっきりしていない。そんな意味が不明瞭な言葉。
でも八戸の声は、はっきりと、そしてしっかりと響いていた。
友達。その存在は長らく、栄次以外出来ていない。もはや正しい作り方なんて覚えてさえもいない。
それに友達という関係を確かめる術も、知らないうちに過去の何処かに置き忘れて……いや、捨てて来た。
だから俺には八戸と俺が友達かを確かめる術はない。
「カズ、何してるんだ? 行くぞ」
前から栄次の促す声が聞こえる。確かに栄次の言う通りだ。
こんな悪意の吹き溜まりみたいな空間に、赤城さんと八戸を長居させるわけにいかない。
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