【二《下位の劣等感》】:一

【下位の劣等感】


 週末とは金曜から日曜にかけてを言うらしい。しかし、それはとてもおかしい。


 まず末というのは終わりという意味がある。そして、そう考えると、週の終わりである週末は土曜だ。

 金曜は週の終わりではないから違うし、日曜に至っては終わりどころか週の初めだ。だから日曜である今日は週末ではなく週始めであり、栄次に空けておけと指示された日ではない。


 いや、そんなキノコなのかタケノコなのかみたいな、不毛な論争はとりあえず置いておくことにする。何しろ今日は、親友が気になる相手と遊ぶ日なのだから。


 栄次の話をちゃんと、遊びに行くまでの経緯を整理して考えれば、いきなり二人きりで遊ぶのは抵抗がある。という答えに行き着く。

 意外と積極的であることが判定した赤城さんだとしても、流石に初っ端から二人きりはキツかったのだろう。

 それに誘う赤城さんもそうだが、誘われる方の栄次の印象を赤城さんが気にしたと考えれば、いきなり二人きりになろうとする選択肢は選ばないだろう。


 そこで、栄次が親友として名前を挙げた俺がご指名を受けたわけだが、男二人に赤城さん一人なわけがない。赤城さんの方にも人数合わせが居る。


 視線の先で並んで楽しそうに歩く赤城さんと栄次。そして、その二人から数歩後ろを歩く俺の隣には、知らん女子が居た。


 キラキラとしたラメ装飾のシャツにジーンズ生地のミニスカート、そして足元には茶色のブーツ。更には綺麗に金色に染められたセミロングの髪が、若干ふわふわと波打っている。いわゆるウェービーヘアというやつだろう。


 その知らん女子を一言で表現するなら、派手。それしか思い浮かばない。赤城さんと彼女に関わりがあるようには見えないが、赤城さんが連れてきたのだから仲は良いのだろう。


 前では楽しそうに会話が盛り上がっているが、後ろに居る俺と彼女は対照的に無言だ。

 ここは男の俺が会話を盛り上げるべきなのだろうが、俺には会話を盛り上げる技術はない。出来ないことはやらない方が吉だ。下手に動いて状況を悪化させるよりはマシだろう。


「あのさ、ごめんね。付き合ってもらって」

「ああ、別に構わないですけど」

「敬語は止めて、話し辛いから」

「そうか。分かった」


 唐突に彼女の方から謝られる。まあ彼女の方も同じような立場だろうから、俺に謝る必要も無いだろう。

 お互い、友達の恋を応援する身だ。まあ人数合わせにされた身という、前の二人には意地悪なたとえも使えるが。


「私、八戸凛恋(やとりこ)って言うの。よろしく」

「俺は多野凡人だ」

「さっきも謝ったけど、休みに付き合ってもらってごめん。希が喜川くんと仲良くなりたいって言うけど一人じゃ心細いって」

「謝らなくていいだろう。お互い同じような立場なんだし」


 相変わらず楽しそうな二人を後ろから眺めながら、二人で無難な会話を交わす。どうだ、俺だって本気を出せば女子と無難な会話くらい出来る。


「いや、私はフリーだけどさ。その……多野は、彼女とか居たんじゃないかなって」


 俺は遠回しに馬鹿にされているのだろうか? 俺を何処からどの角度でどんなフィルターを掛けて見たら彼女持ちに見えるのだろうか。さては彼女、コンタクトを忘れているのかもしれない。


「彼女は居ない。ちなみに栄次もだ」

「ホント!?」

「ああ、本人じゃないから言うが、栄次は赤城さんのことが気になるみたいだ」

「そ、そっか。でも意外、喜川くんってモテそうなのに」


 彼女の感想はもっともだ。誰が見てもイケメンと評せる顔立ちをしているのに彼女が居ないと言うのは不審感を抱くのに十分だ。


「栄次は皿に残った唐揚げだからな。手を付け辛いんだろ」

「皿に残った唐揚げ? ……ププッ、その例えってどうなの? いや、でも分かり易い」


 笑う彼女も二人の背中を見詰めて穏やかに微笑む。そして、彼女は小さく「上手く行けばいいな」と呟いた。

 彼女は良い人なのだろう。見た目は、俺にとって近寄りがたい人だが話してみれば案外普通の人だ。


 彼女のようなスクールカースト上位の人と、俺のように下位の人間には壁がある。

 それは上位の人間が「下位の人間が気安く接するな」という壁を築いていることもある。でも、俺達のような下位の人間も「上位の人間は下位の人間を見下す奴らだ」と壁を築いていることもあるのだ。


 お互いに壁を築き合っているから、通常なら互いが接する機会も意思もない。でもこうやってひょんなことから、接せざるを得ない状況になれば、互いの意思が壁無しでぶつかる。

 それで本当にいけ好かない相手なら衝突して反発し合うだろうが、彼女はそうはならなかった。それは彼女か良い人だからだろう。


「そういえば、多野ってカラオケ苦手なの?」

「人前で歌うのは苦手だな」

「だからこの前は歌ってなかったのね」

「気配は消してたんだけど、気付かれてたのか」


 空気を読めない代わりに空気に徹していたつもりだったが、どうやらバレていたらしい。


「歌うの、待ってたんだけど」

「カズ、意外と歌上手いよ」

「えっ?」


 いつの間にか俺達の近くに来ていた栄次がニッと笑って八戸さんに話し掛けた。意外と、という部

分に引っ掛かりは覚えるが、まあ褒められて怒るというのも変な話だ。


「学校でボソッと歌うんだけど音程が合っててさ。J‐POPのバラード系をよく歌ってるかな。この前のカラオケで歌えばよかったのに」

「俺はあんな大人数の前で歌うなんて嫌だ。それに人に披露するなんて恥ずかしい真似出来るか」

「じゃあ、今度カラオケに四人で行こうよ。四人なら少ないし」

「良いね」


 栄次の隣を歩く赤城さんの提案に栄次が乗る。いや、もうあんたら両想いなんだから、さっさとくっ付いて二人で勝手に行けよ。


 今日の外出の目的は映画。まあ、ベタと言えばベタな選択だ。


 映画なら会話を盛り上げる必要もないし、映画終わりも映画の感想等で話題はある。まあ栄次と赤城さんはずっと二人で楽しそうに話していたから、話題は心配なさそうだが。


「あの、多野くん、この前はありがとう。気を遣ってくれて」

「ん? 何のことだ?」

「凛恋が、多野くんが喜川くんに目配せしてくれてたよって。よく見てるね、多野くんも凛恋も」

「ちょっ! 希、余計なこと言わないっ!」


 ニッコリとはにかむ赤城さんの後ろで、何故か焦った様子の八戸さん。その八戸さんがチラリと向けた視線と俺の視線がぶつかる。すると、八戸さんはサッと視線を俺から逸らした。


「凛恋って意外と真面目なんだよ。見た目は遊んでそうに見えるかもしれないけど」

「ああ、友達思いの良い人だな」

「そっか、良かった。結構凛恋って誤解されやすいから、ちょっと心配してたの」

「赤城さんも友達思いの良い人だな。類は友を呼ぶって言うが、良い友達同士だ」

「えへへ、ありがとう」


 嬉しそうに笑う赤城さんを見た後、視線を栄次に向けると、何故かニヤーっと気持ち悪い笑みを俺に向けている。

 栄次と八戸さんの位置が入れ替わり、俺の隣に並んだ栄次がニコニコと嬉しそうに前を見ている。


「赤城さん良い子だった」

「良かったな」

「マジで好きかも」

「かもで告白とかするなよ。赤城さんに失礼だ」

「分かってるって」


 栄次は赤城さんの背中を輝いた目で見ている。

 カーディガンにふわりとしたフレアスカート、そして足元は女の子らしいパンプス。確かに女の子らしく大人しい印象の赤城さんに似合うファッションだ。気になる女の子だったら目を奪われる気持ちも分かる。


 俺は自分の服装はどうでも良いと思っている。が、服装が大切だというのもちゃんと分かっているつもりだ。服装だけで、相手に与える印象を大きく左右出来る。だから身に着ける物にこだわりを持つ人の気持ちも理解出来る。

 ただ、俺には気合いを入れて見せたい相手も居ないし、そこまで服に興味関心がないから仕方が無い。

 確かに恋人が欲しいとか、誰かによく思われたいなら気を付けるべきだろう。でもそういう欲求が無ければ気を付ける必要もない。


「八戸さんはどうだ?」


 隣を歩く栄次がふと話題を振る。俺は視線を八戸さんの背中に向けた後に口を開いた。


「良い人だ」

「それだけか?」

「あとは友達思いだ」

「他には?」

「…………他には何も無いな」


 八戸さんと話したのは今日が初めてだし、数分くらいしか話していない。その中で得られる印象なんて限られている。

 栄次は腕を組んで、うーんと唸った後にポンっと手を叩く。


「八戸さんと連絡先交換してみたらどうだ?」

「…………何でそうなる」


 栄次の提案に、俺は意味が分からず聞き返す。

 確かに相手のことをよく知るためにはコミュニケーションを取る必要がある。だから連絡先を交換するというのは、コミュニケーションを取るという目的の上では必須だろう。

 だが、どうせ赤城さんと栄次の間に二人きりで会うことに抵抗が無くなれば、俺も八戸さんもお役御免だ。

 時々、二人関連で顔を合わせることもあるだろうが、それくらいしか繋がりはない。連絡先を交換する必要性が無い。


「せっかくだし交換しなよ」

「何がせっかくなんだ」

「ほら、一緒に遊びに行った仲だし」

「まあな、友達に付き合わされた同士ではある」

「なんかトゲがあるぞ」

「俺はトゲじゃなくて刃をつけたつもりだったが? あんだけ二人きりで盛り上がってたなら俺はいらなかっただろ」


 赤城さんと八戸さんと合流してから、今の今まで赤城さんと栄次はずっと二人で楽しそうに話していた。

 あの様子なら、付添人としての俺は必要なかった。正直、見ず知らずの女子と歩かされるのは胃に悪い。


「赤城さんからの提案だったんだよ。親友の恋に協力してくれてもいいだろ?」

「そもそも協力する気がないなら来てない」

「サンキュ」


 栄次は前に視線を向けて俺の方を向かずに、俺に向かって話し掛ける。


「八戸さんって家事全般出来るんだってさ。掃除も料理も洗濯も、全部完璧なんだって。家庭科の時間に料理作った時はめちゃくちゃ美味かったらしいぞ」


 まあ内容から考えるに、赤城さんから聞いた話なのだろう。見た目に似合わず家庭的な女子らしい。


「んで、刻雨の男子からもモテるんだってさ。でも、今まで彼氏居たことないって言ってた。なんか、この人って人が今まで居なかったらしい」

「赤城さんと随分仲良くなったんだな。その調子で頑張れよ。ほれ、自分を売り込んでこい」


 俺は栄次の背中を突き飛ばして前へ押し出す。全く、俺との会話を盛り上げようとして、何がしたいんだ、あいつは。

 二人の後ろに付いた栄次が話し掛け、赤城さんはクスクスと笑い八戸さんは両手を振って真っ赤な顔をしている。多分、さっきの料理が上手いという話でもしてるんだろう。


 少し離れた後ろから見える三人を見て、俺は実感する。やっぱり、俺は下位で三人は上位なのだと。


 いくらあの二人が壁を無くして接してくれても、俺の方が壁を完全に崩して接することなんて出来る訳が無い。多少印象が良くて、二人が見える高さまで壁が崩れたとしても、乗り越えられる高さまでは崩れない。


 俺はこの前のカラオケで、栄次以外の人間と話さなかった。それが、現実なのだ。あの集まりの中で、スクールカースト下位の人間は俺だけだった。

 あの時あの場所で、たった一人だけ、俺だけが場違いだった。そしてそれは今も同じだ。


 その場違いであることに関して、二人はもちろんだが、栄次も悪くない。悪いのは場違いだという疎外感を持っている俺自身だ。でも、それはどうしようもないのだ。


 俺が物心付いた時から受けているいじめは、俺の心に染み付いている。その経験と教訓が嫌でも分からせるのだ。

 上位の人間と下位の人間は、相容れない。でもそれは上位の優等感が問題ではない。


 問題なのは、下位の劣等感だ。



 映画はあまり観る方ではない。しかし、たまに観ると新鮮で良いものだ。


 映画のチョイスが良かった、という点もあるかもしれない。SFアクションの映画で、CGによるド派手な演出は、何も考えずに素直に驚くことが出来る。

 それに悪い敵をヒーローが倒すという分かり易い構図は、万人にも受け入れられるものだ。まあ平たく言えば楽しかった、ということだ。


「あの怪物出て来た時は焦った焦った」

「私も、映画館で思わず悲鳴を上げちゃいそうだった」


 何故か向かいの席に隣同士で座る赤城さんと栄次。いや、お互い気になる同士だし、二人の距離が縮まるのは良いことだ。良いことではあるのだが、こっち側に座らされている俺と八戸さんはどうすればいいのだ。


 映画を見終わった後、近くのファミレスに入って昼食を食べながら談笑をしている。もちろん話題はさっき観た映画の話なのだが、座席の配置がおかしい。普通は俺の隣は栄次だろう。


「多野は、映画楽しかった?」

「ん? ああ、芸術性とか分からない俺でも分かり易くて面白かったな。ただ、何で怪物から助けただけでヒロインが惚れるのかは意味が分からなかったが」

「そう? ピンチの時に助けてくれる人って格好良くない?」

「まあ俺は男だから女子の気持ちは分からないからな。でも、笑いそうになったぞ。ヒロインが怪物の返り血浴びた主人公見て、まあ素敵って言った場面では」

「アハハ、私も流石にあれはどうかなって思った。ありがとうはあり得るけど、あの姿見て素敵はちょっと無いわね」


 ケタケタ笑う八戸さんは、食事を終えた後からずっと右手にスマートフォンを持っている。

 その行動は明らかに、スマートフォンに連絡が入るのを待っているという行動だろう。きっとこと後に何か用事でもあるのだ。


 もう映画を観るという目的も果たしたし、ここらで俺も空気を読むべきだろう。俺が帰ると言い出せば、その流れに乗って八戸さんは次の用事に行けるだろうし。それに赤城さんと栄次を自然に二人きりに出来る。


「じゃあ、俺はこの辺で帰るわ」

「えっ……もう帰るの?」


 俺が帰ると切り出した時、意外な人物から聞き返された。それは俺の隣でスマートフォンを握り締めている八戸さんだった。

 驚いた表情で俺の方を見ている八戸さんは、何やら鞄の中をガサゴソと漁って何かを取り出す。机に置かれたそれは、さっき観た映画のパンフレットだった。


「ほ、ほら! さっき話してた場面ってこれよね?」


 慌てた様子でパンフレットを捲り俺に映画のワンシーンが印刷されたページを見せる。その行動に疑問はあるものの、とりあえず返事をしないわけにもいかない。


「ああ、確かにその場面だな」

「そうそう、この後にもっと大きいやつが出て来て二人で逃げて、凄くハラハラしたよね! それで――」

「凛恋。多野くんも用事あるだろうし」

「えっ? あっ、うん……」


 赤城さんが八戸さんを宥めるように言うと、八戸さんはパンフレットを閉じて頷き、そして視線をパンフレットの裏表紙に落とした。

 流石に空気の読めない俺でも分かる。明らかに雰囲気が重くなった。そしてそれは俺が帰ると言い出した直後からだ。


 俺は何かマズいことでも言ったのだろうか? 言い方がマズかったのか? しかし「この辺でお暇させて頂きます」はおかしいし「この辺で帰るわ」という言い方の方がさらりとしているし良い気がする。

 だったら言い出すタイミングだろうか?

 でも赤城さんと栄次の会話が落ち着いた時を見計らったし、八戸さんもスマートフォンを気にしていた。別にタイミングも悪くないはずだ。


「カズには今日の予定空けとけよって言っといたから、用事はないだろ?」


 栄次が向かいから首を傾げる。この野郎、人がせっかく赤城さんと二人きりにしてやろうって言うのに、なんてことを言い出しやがる。人の分厚く手厚い厚意も気付かないアホだとは思わなかった。


「それにこの後は赤城さんと八戸さんの買い物だ」

「えっ? でも私達の用事だから喜川くんと多野くんに付き合ってもらうなんて」

「大丈夫大丈夫。俺とカズ暇だから。カズ、なんで帰ろうとしたんだよ」


 話を振られて困る。ここで八戸さんがスマートフォンを気にしていたことを言う訳にはいかない。

 それは雰囲気を悪くしてしまった責任を転嫁することだからだ。


「すまん、映画だけって聞いてたからもう帰った方がいいのかと思った」

「そ、そんなことないよ! 私も希もどうせこの後二人だし!」

「そうか。じゃあまあ、その買い物にも付き合わせてもらうよ」


 自分で言っていて意味が分からん。女子の買い物に付き合うという状況をどう合理的に説明する。

 そりゃあ栄次は赤城さんと少しでも話していたいのかもしれないが、それにも誰がどう聞いても納得出来る理由が必要だ。

 しかも、二度しか会ったことのない女子の買い物に付いて回ってもおかしくない理由。


「そうだ。何を買うかは分からないが、荷物持ちをしよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る