【一《真反対》】:二
俺は端の席に座り、頼んだアイスコーヒーをストローでチビチビ飲む。なんだこのアイスコーヒーは、明らかに水で薄めました、と言うような味だ。
カラオケ屋のパーティルームはだだっ広く、歌う場所も一段高くなったステージっぽい作りになっている。そして、妙に薄暗い。
チャラ男は女子の方にすぐさま座り、意中の女の子の隣で会話を盛り上げている。そして栄次は……。
「赤城(あかぎ)さんおかわりいる?」
「えっ、えっと……ミルクティーを」
「アイス? ホット?」
「ア、アイスをお願いします」
栄次も栄次で完全にさっきの黒髪さんに狙いを定めたらしく、隣でニコニコと話している。幸いなのは、他の女子達が栄次にあまり興味を示していないことだ。
俺は女子達の反応を見て、少し疑問に思う。
俺達と同じ七人だが半数以上の四人がスマートフォンを弄っている。チャラ男が話している女子と黒髪さんと、黒髪さんの隣に居る、派手な女子以外の四人だ。
しかし、すぐにその四人はスマートフォンを仕舞い、女子同士で談笑を始めた。
俺は女子達から視線を外して男子側を見ると、チャラ男と栄次と俺以外の四人は互いに顔を突き合わせて何か会議をしている。
これまた露骨なターゲット確認会議だ。しかし、さっきの女子達の反応を見ると、選り好み出来る状況では無さそうだ。
これは俺の深読みかもしれない。しかし、おそらくさっきの女子四人の行動は一つだと推測される。
それは『今、友達の付き添いで他校の人とカラオケ行ってるの。手早く終わらせるからその後会おうね。大好き』的なメールを”彼氏”に送信する作業だったのだろう。
そして、すぐにニコニコ笑って雰囲気を崩すようなことはしない。彼女達は、いわゆる合コンの人間合わせに適した人達なのだ。
そうなると、さっき俺をただのぼんじん扱いした女子はチャラ男がアタック中。
そして黒髪さんには栄次が付いている。
男子のメンツを見れば栄次に敵う奴は居ないだろうから、男子四人でチャラ男のターゲットか残りの一人を巡る争いが起こることになる。
まあ、四人の女子が彼氏持ちだと察している奴が何人居るか分からんが。
チャラ男が歌を歌い始め、他の男子も良い所を見せるためか、思い思いの持ち歌を披露して盛り上がっている。女子も来たなら楽しまないと、と思ってくれているのか盛り上げを兼ねて明るい曲を歌ってくれている。
俺の感想としては、チャラ男のターゲット以外は良い人だと言える。それは俺に特に関心を持たないからだ。悪意も、善意も、どちらも。
放置されることは楽だ。相手に合わせる必要もなく自由気ままに出来る。だから、関心の外に居る俺は、こうやってソファの端でボケッとしていても何の問題にもならない。そう考えると、栄次はやっぱり大変だ。
ステージの上で歌を披露する栄次は、良い意味で目立つ。それはもちろんイケメンだからだ。でもそれは人と接する時に落ち着けないということでもある。
何かあれば話題の中心に持っていかれ、俺のように関心の外で羽を伸ばすことなんて出来ない。それは、もの凄く窮屈だ。
栄次は凄い。そんな窮屈な世界でも、ちゃんと生きて行けている。俺には到底真似出来ないことだ。
「喜川くん、歌上手い!」
「ありがとう。いやー、人前で歌うの緊張するよ」
歌い終えて座席に戻る栄次に、黒髪さんが声を掛ける。にこやかに返答をした栄次は黒髪さんの隣に座って黒髪さんと話を始めた。
俺がその光景をボーッと見つめていると、黒髪さんの前に置かれたミルクティーのグラスが目に入った。
彼女はもう四回くらいおかわりしていたはずだ。まあ、ドリンクは定額で飲み放題だから金額は問題ないが、問題なのは量だ。
ちょっと大きめのグラスで運ばれてくるソフトドリンクは、四杯も飲めばそこそこの量になる。そんな量を飲めばトイレに行きたくなるのでは無いだろうか? なのに、黒髪さんはカラオケが始まってから一度も席を立っていない。
談笑する二人を見て考える。
例えば、黒髪さんの方がトイレに行きたいとする。そして、いかにも大人しそうな黒髪さんに話し掛けているのは、男子の俺からでもイケメンだと断言出来る栄次。
…………いや、この状況でトイレに行きたいですなんて、口が裂けても言えないだろう。特に黒髪さんは女子だ。恥じらいというものがあるだろう。
「栄次、トイレの場所分かるか? 場所が分からん」
「トイレ? 俺もここは初めてだから――」
俺はアホの栄次に向かって、視線を隣の黒髪さんに向けて目配せする。気付けよアホ。
「あっ、赤城さんちょっとトイレの場所教えてくれない? 俺も行きたいんだけど分からなくてさ」
「は、はい! こっちです」
俺の意図に気付いた栄次が黒髪さんにトイレへの案内を頼んだ。まあ伊達に幼馴染みをやっていなかっただけはある。多分、栄次以外だったら気付かなかっただろう。
黒髪さんの案内でトイレに行って出てくると、栄次に胸を軽く拳で叩かれた。
「ナイスフォロー。やっぱカズ呼んで良かった」
「お前が狙ってる子だろ。それくらいの気は遣えよ」
「すまん、つい話に熱が入って」
両手を合わせて俺を拝む栄次に背を向ける。
「俺は先に戻ってるから、黒髪さんと一緒に戻って来いよ。あと、連絡先の交換くらいしろ」
「ありがとう! カズ! 頑張るわ!」
嬉しそうに微笑む栄次に、俺は久方ぶり出来た笑顔で言葉を返す。
「友達のためだからな」
カラオケも終了し、刻雨の女子達と解散して男子も解散となった。俺と栄次はまだ空に日の高いコンクリートジャングルをダラダラと歩く。
「赤城希(あかぎのぞみ)さんって名前なんだってさ。それで特技はピアノ」
「特技はピアノか。まあ女の子らしい特技だな」
「さっき送ったメールもう返ってきた! 脈あるかな?」
「栄次で脈なかったら、多分どんな男でもあの子は脈ないと思うぞ」
「かなー。そうだといいなー」
信号待ちの間に栄次は黒髪さんこと、赤城さんにメールを返信している。顔はイケメンでもやはり栄次も男。気になる女の子とのメールで一喜一憂している姿はまさにそれだ。
その姿は無邪気で嬉しそうで、俺も他人のことながら嬉しくなった。
「カズってさ、昔からそうだったよな」
「何が」
「昔から、凄く気を遣う奴でさ。気を遣わないでいいことにも気を遣って。でもみんな気付かないんだよな、何でか分からないけど。小三の頃の担任の先生って怒ると怖い先生だっただろ? それで凄く厳しくて。そんな先生だって分かってるのに、日直が黒板を綺麗にし忘れて遊びに行って、そういう時にいつも黒板消してたのカズじゃん」
「そんな過去のことは覚えてない」
「給食でもアレルギー持ちの子が居たら逐一、先生に確認してたじゃないか。あの子はエビがダメだから気をつけてとかさ」
「そんなことあったか?」
小三の頃なんて今から六年も前の話だ。その頃は上履きを隠された記憶しか残ってない。
「えっ!? マジか! うおぉぉ!」
信号が青に変わった瞬間、驚いた声を上げた後に栄次は歓声を上げる。そして嬉しそうにニコニコ笑って俺の方にスマートフォンの画面を向ける。
俺はそれからすぐに目を逸し、栄次に顔は向けずに非難の声を向けた。
「他人のメールを見るのも見せるのもマナー違反だ。お前イケメンなのにそういう所ズボラだな」
「ごめん!」
「俺に謝ってどうする。それで? 嬉しいメールでも来たのか?」
歓声を上げるほどだから、よっぽど良い内容のメールだったのだろう。
「今度、一緒に遊びに行きませんかって誘われた」
「あの子、顔に似合わず意外と積極的なんだな」
女の子の方から誘うというのは、かなり積極的だ。これはもう脈有りどころの話ではない。きっかけさえあれば今すぐにでもくっ付きそうだ。
「カズ、今週末予定空けとけよ!」
「何で俺の予定なんか聞くんだよ」
人混みをすり抜けて歩く俺は、横で嬉しそうに歩く栄次に怪訝な視線を向ける。女子相手にあれだけ積極的に話し掛けられる栄次が、二人っきりで話が出来ないとは思えない。
また変な気を回そうとしているに決まってる。
「あのな、俺に気を遣ってくれるのは嬉しいが変な気は回すな」
「違う違う」
俺の言葉に首を振って否定する栄次は、特に驚いたり戸惑ったりはせず口にした。
「赤城さんが、カズも一緒にって」
俺も特に驚いたり戸惑ったりはしなかった。でも確かに俺の心には怪訝さが居座った。
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