第30話 対戦と再燃 選抜vs光陵
七回表、打席に入るのはこの試合でホームラン放っており、二打数二安打一四球の巧だ。一人でも得点する力を持っており、巧は当然それを狙っている。
これは、旧友同士、そして理解者同士の戦いでもあった。
巧と琥珀は対戦することは何度もあったが、あまり多くはない。都道府県も違うため試合で対峙するのは全国大会の時くらいで、日本代表の合宿も男女の違いがあるため対戦できるのは練習での一打席勝負くらいだ。
何度目かの勝負だが、今のところ巧が勝ち越している。それは巧が投打両方での話だが、記憶が正しければ巧がピッチャーの時は大きく勝ち越しており、バッターの時はほぼ半々くらいだったはずだ。詳細にカウントをしているわけではないが、同い年のお互いに男女のナンバーワンの実力同士のため、それだけの実力差があったということでもあった。
ライバルというほどバチバチしている関係ではない。巧としてはライバルというならば伊澄の方が近い関係だ。……もっとも、特に意識しているのは伊澄の方だが。
切磋琢磨し合う関係というわけでもないが、お互いに高め合っていた巧と琥珀。それでも負けたくないという気持ちは変わりない。
マウンドと打席。お互いが睨み合っていた。
二人の戦いの開幕。琥珀は振りかぶり、初球を投じた。
初球は内角。しかし高めと言う打たれれば痛打となるコースへの速い球だ。その球に巧は意表を突かれ、見送った。
「ストライク!」
判定はストライク。内角高めにやや余裕を持ったストレートが決まる。
高めはない、もしくは見せ球だと鷹を括っていたため咄嗟に手を出すことを巧は拒んだ。考えてなかった球に手を出して凡打となることを恐れたからだ。
油断ということもあるが、ホームランを打てる上に実際前の打席でホームランを打っている巧に対してリスクの高い高めを投げてくると考えなかった。可能性の低い球を警戒するよりも、可能性の高い低めの球の特に際どいコースへの球を警戒した方が打てる確率は高い。そのため、巧はあえて高めの選択肢を捨てていた。
ただ、琥珀はリスクを承知で高めに投げ込んできた。巧は僅かながら、高めへも意識を向ける。
そして二球目。今度も速い球だが、先ほどとは対極の外角低めへと琥珀は投じた。
巧はピクリと反応しながらも、その球には手を出さない。
「……ボール」
僅かに外れたボール球。これは巧はわかった上で見送った。
外角低めへの高速シンカー。際どいコースへの球だが、変化したことによって完全に外れた。恐らくこれは巧が初球を見逃したことによって焦って凡打となることを狙ったのだろう。空振りしたとしても淡々と追い込まれたことによって三球目で巧が無理をするという可能性もあった。
巧は見送りボールとなったが、それは想定内のことだろう。あわよくば打ち取るか次に繋がるストライクカウントを増やせ、見送ってボール球となったとしても際どいコースを警戒することは変わらない。それでいてボール球への変化球ということでヒットにすることは難しい。
どう転んでも琥珀が有利となる投球だった。
ワンボールワンストライク。それでも巧は精神的に追い込まれた気分に陥っている。
際どいコースへ球を出し入れできる琥珀が対峙しているのだ。様々な可能性への警戒を怠ってはいけない。
三球目、今度も低めの球だ。ただ、真ん中低めの球は、当然素直に向かってくる球ではない。
巧は変化も加味してバットを振り抜いた。
「ファウルボール!」
内角を抉るように横に滑り変化する高速スライダーに、巧はかろうじてバットに当てる。この球は予想の範疇ではあったが、先ほどホームランにされた未完成の球をここで使ってくるということに驚きを隠せない。
僅か程度だった高速スライダーという選択肢も、堂々と投じた琥珀によって選択肢を増やされた。
琥珀の球種はストレートに加え、変化球はカーブ、フォーク、シュート、スプリット、高速シンカー、そして高速スライダーだ。
全ての球を出し尽くしており、どの球種が来る可能性もある。フォークとシュートに関してはあまり多投していないが、使えるからこそ残してあるという可能性は高い。現に珠姫を打ち取ったシュートは、珠姫のスイングでさえも打ち取ったほど球威があったのだ。
巧は考えた。しかし、考えすぎで答えはわからない。その答えは琥珀の指先から放たれた瞬間に確定するのだから。
四球目、琥珀は投球動作に入る。ワインドアップの大きな動作から足を踏み込み、一気に球が放たれる。
その球は外角低め……というには外角にやや余裕を持たせ、不自然に高い球。そして何より緩めだが、明らかに軌道はカーブではない球だ。
そうなれば答えは一つ、フォークだ。
ただ、琥珀のフォークの鋭く落ちる。この高さは空振りを期待した高さだ。
そう思い、巧は見送った。
「ストライク! バッターアウト!」
そのコールに、巧は思わず後ろを向き、主審の司に目を向けた。
司と目が合う。その司は判定に悩みが一切ない、自信に満ちた目をしていた。
そして目線を落とし、キャッチャーの魁のミットに収まる白球を見た。白球は確かに低いが、落ちる球ということを考えるとさほど低くない位置で収まっていた。
……考えすぎた時点ですでに負けている。そんなことはわかっている。悩んだ末に絞り出した答えは、相手の手のひらに踊らされて自分がそうだと信じ込んだ結果だからだ。
しかし、その答えは合っていた。確かに今の球はフォークだった。
ただ、予想よりも落ちなかったというだけで。
そして巧は気がついた。好調で温存していたシュートとは違い、フォークは不調だからこそ温存していたということに。
そして、琥珀の変化球を知っているからこそ、今のフォークが外れると巧は考え、見送った。それを琥珀はわかっていた。
完全にしてやられた。
悔しい。
それでも、巧は今まで女子選手と対峙して、ほとんど負けることがなかった。中学時代は数が多いためあったにしても、直近で完敗したというのは巧の入部が決まった対決の時くらいだ。
負けるという悔しさを再び味わいながらも、だからこそ巧の心は再び、選手として、燃え上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます