第29話 迫り来る後ろ 選抜vs光陵

 一発を浴びて一点を失い崩れかけたものの、晴は見事に持ち直して一失点でマウンドを降りた。

 ただ、ジワジワと背中を掴みかける光陵打線。お互いにあと一回ずつの攻撃を残しており、三点差となるとやや不安は残る点差だ。

 そのためにもさらなる追加点を加えてリードを広げたい状況で、選抜メンバーの打順は二番の琉華から始まる好打順だ。

 琉華はこの試合で当たっているため期待ができる。しかし、ピッチャーの琥珀も調子を上げていた。


 そして光陵は代打と代走を送ったため、守備の交代も行った。

 恭子の代走として送られた美鶴に代わりレフトに二年生の永野未奈胡が入り、美鳥の代打として送られた雫に代わりサードに一年生の高坂沙織が入る。

 五番レフト永野未奈胡

 六番サード高坂沙織

 となった。

 レフトの未奈胡は光陵でも珍しく、バランスの取れた選手だ。守備が安定している巧打者タイプ。どちらかと言えば守備が持ち味であり長打を狙う選手ではないため恐らく今回のスタメンから外れたが、実際に去年も今年もレフトのレギュラーは未奈胡だった。

 そしてサードの沙織は長打が持ち味の選手だが、ポジションの兼ね合いでの出場だろう。代打として登 出場してそのまま守備に就く方が選手の無駄な出場はないが、そうしなかったのは次の回の攻撃は八番からであり、レギュラーの春海、強打の護と続くため、出し惜しみする理由がないからだろう。そして代打としての序列が雫の方が上だからという理由もありそうだ。

 唯一、一年生の冴島琴乃だけは出場はないが、怪我人が出た時のために残しておくのだろう。


 ほぼ全員が出場し、完全に終盤の追い上げ態勢に入った光陵。これ以上、点差を広げられたくない光陵の守備は、今まで以上に気迫が感じられた。


 そして琥珀の投じた初球、琉華の内角を抉る球だ。


「ストライク!」


 初球から内角低めいっぱいのストレート。初球だからと言ってカウントを取りに行くわけでもなく、それでいてしっかりとカウントと取った妥協のない球だ。

 続く二球目。今度も内角への球だが、僅かに沈む高速シンカーに琉華のバットは捉えきれない。


「ファースト!」


 打ち損ねた打球はファースト正面への弱いゴロ。ただ、打球が弱いあまりに捕球するファーストの流の横を琉華は通過している。

 流は捕球するとすぐさまベースカバーに入る琥珀に送球した。


「アウト!」


 タイミングは明らかなアウト。しかし、あと一歩早ければセーフにもなるタイミングだった。際どいタイミングのようで遠いあと一歩に、琉華は悔しそうにベンチに戻ってきた。


 これでワンアウト。ただ、続くバッターは三番に入る珠姫だ。

 珠姫はバッティングフォームを改良し、まだ固まっていないため県大会と同じような期待はできない。しかし、そのフォームがハマれば、県大会の時以上に期待ができた。

 そんな珠姫の打席での構えは、まるでメジャーで活躍する日本人メジャーリーガーを彷彿させる構えだ。


 珠姫への初球、琥珀が投じたのは力強いストレートだ。

 外角低めの際どいコース。その球に対して珠姫は一振り、バットでボールを叩き斬った。


「……ふぁ、ファウルボール!」


 珠姫のバットによって繰り出された打球は、レフト線を割るファウルとなった。しかし、その打球はスタンドを越え、場外への打球だった。

 ただ、このグラウンドは防球ネットが張られており、打球はネットに阻まれている。

 あと三メートルほど。僅かというには遠すぎる距離だが、それだけのズレで特大ホームランはただのファウルとなった。

 しかし、マウンド上の琥珀は動揺していない。恐らく先ほどの球はボール球で、ファウルを打たせるために投げたのだろう。


 二球目、今度も同じコースへと、今度は緩い球を琥珀は投じた。ただ、ホームベース付近でワンバウンドし、その球を珠姫は見送った。


「ボール」


 今の球、カーブは琥珀が球をコントロールし切れずに外れた球だ。キャッチャーの魁が構えたコースは低めいっぱいかギリギリボール球のコースだったが、その構えた位置よりも低いコースで琥珀の球をミットに収めていた。


 三球目は内角の球。その球に珠姫は反応する。

 快音が響き、打球は高々と上がる。右中間への大きな打球だ。打球はグングンと伸び、右中間の深いところへと向かっていく。スタンドを越えるかどうか、そんな打球はライトの護が伸ばしたグラブに収まった。


「アウト!」


 大きい打球はフェンス際へのレフトフライとなる。早めのカウントに出した珠姫だが、それはランナーもいないため自分のことを考えてバッティングをできるからだろう。それに加えて、追い込まれてからの不利な状況を避けるためという理由もあるだろう。

 また、この試合は光陵の甲子園に向けた試合でもあるが、珠姫を含めた引退した三年生にとっても貴重な実戦となるため、この機会に自分の課題を確かめたかったという気持ちもありそうだ。

 ただ、それも琥珀の一球によって封じられた。

 珠姫は単打を狙うバッティングではなく、ホームランないし長打を狙うバッティングをしており、広い範囲で捌くというよりも一点に集中して力を込めているバッティングだった。そのため、芯を外させて完璧には捉えきれなかった。

 そうさせたのは紛れもなく琥珀の球だ。僅かに変化するシュートによって、珠姫は狙ったポイントを僅かに外されたのだ。

 それでも芯を外されてもなお、少しでも状況が違えば長打となり得る打球を珠姫は放った。改良したものの、まだ完全には身につけられていない珠姫のバッティングフォームだが、芯を外されても外野の深いところまで運んでいる。完成すればとんでもない打者に成長すると、巧は直感していた。


 しかし、結果はライトフライ。それによってツーアウトとなり、続く四番の巧が打席を迎えた。

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