第10話 強化と練習 選抜vs光陵

「光陵対選抜メンバーで試合をします」


 神代先生の口から出た言葉に、巧は驚きのあまり、「えっ!?」と声を上げた。

 幸い小さな声だったため注目は浴びなかったが、隣にいた佐伯先生に「聞いていなかったのですか?」と問われ、「……はい」と返答する。


 その会話が聞こえていたのか、


「ああ……、巧には言ってなかった」


 と神代先生はシレっと言った。


「巧も試合に入ってもらうつもりだけど、調子整えられたら女子選手じゃ手も足も出ないし、ちょっと調子悪いくらいでも一番上手いでしょ」


「は、はあ……」


 試合に出ないため実戦の感覚は鈍っているだろうが、確かにプレー自体は自信がある。ピッチャーとして投げれば当然打たれるだろうが、バッターとして打席に入ればある程度打てるだろう。

 純粋な力もそうだが、体格に恵まれていたわけではなく巧は技術で飛ばすため、その培った技術がたった一年で衰えるはずもない。練習している上に前回の合宿で試合もしたこともあり、実戦経験が減ったということ以外は状態として十分だ。


 女子選手よりも自分が確実に勝っていると言うほど慢心はないが、混ざって戦える自信はあった。


 恐らく神代先生は現時点でも光陵の選手たちより巧が勝っていると考えており、恐らく全国レベルでもいない相手と戦いたいとも考えているのだろう。

 そのため、調子が良い状態では相手にすらならないとも考えているのだろう。


「選抜メンバーの指揮は佐伯先生にお願いしてある。特に三年生たちは思う存分暴れてくれ」


 三年生が呼ばれたのは、光陵の練習相手という目的もあったのだろう。合宿メンバーとはいえ、その中で選りすぐりの選手たちを集めているメンバーとなればレベルも高く、近隣の県の強豪校となれば新チームになっていて三年生がいなかったり、試合で試すことがあったりと甲子園に向けての練習とは少し違った試合となってしまう。

 夏の大会を終えて、ただ光陵を叩き潰すためだけのチームというのは、甲子園に向けた恰好の練習相手ということだ。


「見学になる選手たちは、試合を見て参考にできるところを吸収するのが、この試合での練習だ。しっかりと自分の力になるように、全体を見ながら自分の武器になりそうな選手を見るように」


 神代先生が選手たちに向かってそう言うと、選手は一斉に「はい!」と返事をした。


 展開についていけていないのは、巧だけだった。




「では、オーダーを発表しますね」


 佐伯先生がそう言い、選抜メンバーのオーダーを発表する。


 一番セカンド大星夜空

 二番サード久世琉華

 三番ファースト本田珠姫

 四番センター藤崎巧

 五番ショート天野晴

 六番レフト仲村智佳

 七番ライト佐久間由真

 八番ピッチャー平河秀


 ここまでは良かった。

 巧が入るくらいなのだから、鳳凰の監督の琉華が入ることも不思議ではない。

 ただ、九番に入る人は、巧は当然、夜空でさえも驚いていた。


「なんで姉ちゃんがおんねん!」


 ベンチの外で陽依が叫ぶ。そんな声を無視して、『姉ちゃん』と呼ばれた人……姉崎榛名は選抜メンバーのベンチでニコニコとしていた。


「夜空と珠ちゃん久しぶり〜。藤崎くん……巧くんも会うの二回目やね〜」


 明鈴のOGである榛名さんが光陵にいる。

 夜空、珠姫、巧は「お久しぶりです」と言うが、三人とも驚いていた。

 事情のわからない他のメンバーは不思議そうな顔をして見ているため、佐伯先生だけが事前に聞かされていたのだろう。

 陽依は「なんでや! なんでや!」とベンチの外からずっと言っている。


「うっさいな! うちやってあいつに呼ばれて渋々来たんや! 夜行バスに揺られて、明日の早朝帰ったら仕事っちゅうハードスケジュールやぞ!」


 榛名さんは涙目になりながらそう言う。その『あいつ』と呼ばれた神代先生は、ニコニコと榛名さんに手を振っていた。

 それを聞いた陽依は、「お、おう、お疲れ様……」と気圧されていた。


「高い肉と酒奢られるって言われたら勝てやんやろ……」


 と榛名さんは呟いている。どうやら釣られて来たようだ。


「夜に出てったんは知ってたけど、朝まで帰って来やんから彼氏かなんかなと……」


「実家の店で働いて出会いのないうちに彼氏がおるとでも?」


 榛名さんはそう言いながら陽依を睨みつけ、睨まれた陽依はそそくさと身を隠した。


「榛名さんが明鈴のOGっていうのは巧くんも知ってると思うけど、明鈴が甲子園に行った時のキャッチャーで、神代先生のいたチームを倒して甲子園優勝したんだ。……まさか今も関わりがあるとは知らなかったけど」


 事情がわからない巧に、夜空が耳打ちして教えてくれる。

 陽依の家……『はるや』で勉強会をした際に、司が興奮してそのようなことを言っていたことを思い出し、納得した。

 まさかそこに繋がりがあるとは思わなかったが、言われてみれば納得する。


「はい。そろそろ話は終わりにして、アップをとりましょう。終わってからゆっくり話をすればいいので」


 佐伯先生の言葉によってこの場はまとめられ、言われた通りに各々アップをとった。




「巧。琉華」


 アップをとり終えてベンチに戻る途中、神代先生に呼び止められる。


「佐伯先生と美雪先生、桜井先生には説明してあったんだけど、二人には榛名の話してなかったから一応しておこうと思って」


 神代先生はそう切り出し、話し始めた。

 内容は夜空から聞いたように、まずは二人の関係のことだったが、神代先生は続けて言った。


「選抜メンバーって元々三年生と巧と琉華で考えてたけど、キャッチャーだけ足りないから榛名を呼んだんだ。それで前々から声はかけてたけど、了承もらったのが二日前なんだよね。……巧には、さっきも言った通りで調整されたら練習にならないくらいボコられるから、元々黙っているつもりだったけど、琉華に関しては私としても監督というより選手として見てしまっているところがあったから、正直子供扱いしていた。申し訳ない」


 試合のことを意図的に隠されていたことは、巧としては不本意ではあるが、神代先生の意図もわかっている。

 琉華はやや不服そうな表情ではあったが、すぐに表情は戻る。そして、「いえ、私も神代さんや佐伯先生のことは自分じゃ敵わない大人として見てしまうので、自分もまだ子供ってことです」と言い、納得しているようだ。


 榛名さんが来ることになったのは、本当にギリギリに決まったことで、神代先生も琉華に伝えることに迷いがあったのだろう。


 神代先生は大人ではあるが、以前の合宿で居酒屋に行った時のように、子供な一面もある。

 それはどれだけ歳を取ったとしてもあることだろう。巧の親だってたまにしょうもないことで喧嘩することもあった。

 神代先生は決して完璧な人間とは言えないが、正直に話して年下だろうと謝れるところは、巧にとってはやはり大人に見えた。


 そして神代先生は話を続ける。


「もし断られてたら各校からキャッチャー借りようかって悩んでたんだよ。一応三校のキャッチャーにはあらかじめ声はかけてあって、三人とも了承してくれたけど、明日の練習試合が本命になってくるわけだし、今日の試合は光陵のための試合だから消耗させたくなくて……」


「光陵は消耗した状態で明日の試合は良いんですか?」


 神代先生の話の途中、巧は疑問に思ったことを口にした。

 光陵としては今日の試合も明日の試合も貴重な試合だろう。ただ、それは消耗した状態で明日を迎えることとなる。


「光陵と他の三校はこの合宿の意味が違うからね。三校とも新チームの強化が目的だと思うし、もちろん光陵も甲子園が終われば新チームになってくる。ただ、抜ける三年生は実里だけだから、新チームの体制は整いやすい」


 確かに光陵はほとんどが一、二年生だ。

 そして唯一の三年生の実里はレギュラーではないため、全くではないとはいえ、ほとんど変わらない。


「だから今の光陵としては、甲子園に向けて連戦したいから今日に試合なんだよ。……光陵は移動の疲れとかもないし、選抜メンバーは移動の疲れがあっても明日は休める。光陵ばっかり得をするだけの合宿じゃないから、多少負担になったとしてもこの方が都合が良いと思ったんだよ」


「……なるほど」


 確かに今日は移動の疲れを考えて、軽めの練習というのは元々納得がいっていた。

 そして二日目に試合を行ったとして、三日目に今から行う試合をしてしまえば、三日目で三校が休んで光陵は休めず、四日目以降も疲労が溜まった状態で光陵は合宿を続けることとなる。

 そうなってしまえば、怪我に繋がる恐れもあるため、四日目に光陵の休みを入れるとなるとそれもまた三校との練習がチグハグになってしまう。


 三校の強化と光陵の甲子園に向けての練習を考えると、今回のように一日目に光陵だけが試合をし、二日目に四校とも試合をしてから三日目に調整を入れるのが四校ともにとって都合が良いのだ。


「やっぱり神代さんってすごいですね」


 巧がつい思ったことを口から溢すと、神代先生は「なっ!?」と照れた表情を浮かべた。


「あれ、神代さん照れてます?」


 琉華がからかうように神代先生に言うと、「大人だって褒められたら照れるんだよ」と言って顔を仰ぎながら、「じゃあ、そういうことだから」と言って光陵側のベンチに戻っていった。


「……藤崎くんって天然タラシ?」


「……なんのことですか」


「あっ、なんか天然タラシって魚みたいだよね」


 琉華は訳の分からないことを言い、ベンチに向かって試合の準備を進めようとし始めた。


「えぇ……」


 自由な琉華の言動に呆気に取られながらも、巧も試合に向けて準備を進めていった。

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