第11話 試合開始 選抜vs光陵
試合が始まる。
先攻は選抜メンバーで、後攻は光陵だ。
そしてその光陵のスタメンは、
一番セカンド六道咲良
二番ショート乙倉奏
三番ファースト羽津流
四番センター立花琥珀
五番レフト森本恭子
六番ライト佐野明菜
七番キャッチャー三船魁
八番サード柳瀬実里
九番ピッチャー速水輝花
となっている。
主にピッチャーをしている選手の中で、輝花は一番打力が低い。とは言っても、アベレージヒッタータイプで十分に打てる選手のため、あくまでも他の選手……琥珀や土屋護と比較してだが。
そのため、打線に厚みを持たせるためにもレギュラーではないが実里を起用したのだろう。実里は十分に打てる選手で、もし明鈴にいれば三年生引退前でも五番や六番を打たせたいと思うような選手だ。
そんな実里が控えに甘んじているのは、実里よりも打撃の良い恭子が五番サードを定位置としているためで、実里を起用するのは、今回のスタメンのように打撃重視で組む場合なのだろう。
そして、打撃重視の打線を組むということは、とにかく序盤からリードしたいという意思が強いということ。
選抜メンバーのピッチャーは水色の元エースの秀で簡単に打ち崩されるとは思わないが、優位に立っておくに越したことはない。
そのためにまずは、先制のチャンスを作ることだ。
「大星さん。まずは大きい一発よりも繋いでいきましょう」
「はい」
佐伯先生の指示を受けて夜空は打席に入る。大きい当たりは攻撃側のチームに流れを引き寄せ、守備側としても崩れるきっかけになりうる。
それでも、序盤の一発であれば割り切ることもでき、そうなってしまえば攻撃側の優位はあまりない。
コツコツとヒットを積み重ね、塁上からピッチャーにプレッシャーをかけられる方がメリットは大きいのだ。
夜空は打席に入り、マウンド上の輝花と対峙する。
輝花は独特な投法のピッチャーのため、球筋を見極めるためにもまずは夜空に粘って欲しいところだ。
まずは初球、輝花が捻るようにして繰り出した球を、夜空は見送った。
「ストライク!」
主審の司がコールとともに手を挙げた。
審判は試合見学をしている中から出されているが、司は試合を一番間近で見られるということで、自ら主審を買って出た。
そして輝花の投球は、まずはストレートからだ。
この球は見られるとわかっていたのだろうが、外角高めの甘い球だった。いくらなんでも不用心にも程がある。
二球目、今度は対極とも言える内角低め……しかしそれも甘めへの球だ。
その球に対して夜空はバットを出すが、夜空のバットは空を切った。
「ストライクッ!」
主審の司の手が挙がる。
夜空のバットの出る位置は完璧に球を捉えにいこうとしていた。しかし、輝花が放つ球はそのバットを避けた。
外角低めいっぱいへのスライダー。甘く入ったように見える球は、夜空のバットを避けながらもコーナーを突いてきた。
この球が恐らく輝花の最大の武器だ。
滑るように鋭く曲がるスライダー。芯で捉えようと振ったバットを完璧に避けるほどスライダーは変化する。バットに当てるだけでファウルにして凌ぐというのは容易ではない。
スライダーを狙うよりも、他の球種を狙った方が確実だ。
ただ、何故追い込んでから使わなかったのかは意図がわからない。
予想するのであれば、他に武器があるのだろう。その点を用心しなくてはならない。
そして三球目。一度外すのか、決めにくるのか。
輝花・魁バッテリーが選択したのは……内角ストライクゾーンへの球だ。
その球に反応した夜空はバットを振り抜く。
しかし、球は手元で変化する。
内角の球がさらに内角……ボールゾーンへと食い込むシュートだ。
夜空のバットに当たったその球は、鈍い音を立てながらファースト後方へとフラフラっと上がった。
「ファースト!」
ファーストの流が打球を追いかける。平凡な打ち取ったフライ。
しかし、流が伸ばしたミットは、ギリギリその打球に触れずに落ちた。
「フェア!」
夜空は守備の様子を見ながらオーバーランする。ただ、ライトの明菜はすかさず捕球して内野に返すと、夜空は一塁へと戻った。
「……ふぅ」
一塁ベース上の夜空は胸を撫で下ろす。
完璧に打ち取られた当たりではあったが、ライト前ヒットになった。
当たりは打ち取っていたため、結果はどうあれ輝花の勝ちにも見えるが、内角の難しいボール球にもしっかりとバットを振り切ったからこそヒットとなった。
ボール球だからといって中途半端にバットを止めず、力で勝ち取ったヒットだと言えよう。
球数は見れなかったが、ノーアウトでランナーは一塁。思惑通りに出塁ができた。
そして続くバッターは、巧は初めてプレーを見る琉華だ。
「琉華さん、良いところ頼みます」
巧はベンチからそう声をかける。
琉華は「ちょっと緊張するなー」と言いながら打席へと向かった。
こうやって選手としてベンチにいることは、巧にとっては久しぶりだ。
以前の合宿での試合では選手兼任監督としてグラウンドに立っていたが、今回の采配は佐伯先生だ。ただ試合で戦うことだけを考えるということに、巧は選手としての気持ちが再燃しており、自分の打席が待ち遠しくて仕方なかった。
そして琉華の打席。
琉華は独立リーグで野球をしてたと言っていたため、直近まで選手だったこともあり期待ができる。
緊張しているのは恐らく、去年に甲子園に行ったチームでプレーしていた上に、高校野球よりもさらに上のステージで野球をしていたからこそのプレッシャーもあるのだろう。
ただ、そんな緊張もよそに、しっかりと役目を果たしている。
最高はヒット、最低限は進塁打だが、夜空が球数を稼げなかったからこそ、琉華は輝花に六球を投げさせてカウントはツーボールツーストライクだ。
しかし七球目、ど真ん中付近から外角のボールゾーンへと逃げるスライダーを前に空振り三振に終わった。何度かスライダーは凌いでいたが、ギアを上げてさらにキレが増したのかもしれない。
琉華がベンチに下がると、巧はネクストバッターズサークルへと向かう。
「多分ボール四個分……下手すると五個分くらい。四個半くらいから照準合わせた方がいいと思うよ」
「……そんなにですか」
外から見ていればわかるとはいえ、実際に打席で体感している人の話を聞くと、巧も驚かざるを得ない。輝花のスライダーはボール四個半分ほど曲がっているのだ。
内角から外角まで……つまりホームベースが大体ボールの六個分くらいの大きさだ。
約四個半ということは、内角に来たと思ったボールが外角にまで到達するということだ。
しかし、それほどの変化は伊澄を見ているため慣れている。
ただ、慣れているからと言って打てるとは限らない。
それでも、打席を控える巧へと情報を提供するためにしっかりと球筋を見た琉華を、巧は『やはり強豪出身なだけあるな』と感じた。
続いて迎えるのは珠姫の打席だ。
外から十球とはいえ、球筋を見た珠姫がどのような対応をするのか、注目の打席だ。
その初球、高めのストレートを珠姫は見送った。
「ボール」
球は外れてボールの判定だ。
ただ、内角高めは一番飛距離の出るコースとなる。それは内角であれば引っ張り方向に飛ばしやすいことと、高めは低めよりも球の回転数が少ない上にバッターの力が伝わりやすいからだ。
もちろん差し込んで打ち取りやすく、打ちづらいコースというメリットはあるが、その分デメリットも大きい。そんなコースに躊躇なく投げ込んで来た。
珠姫のような強打者だろうと、一発を打たれる危険性を承知した上で勝負に来ている。
流石に二球連続は高めには来ないだろう、と予想した二球目。
やはり今度は低めの球だ。
珠姫はその球にポイントを合わせ、バットを振り抜いた。
軽快な金属音が響く。
しかし、打球はサード横への強いゴロだった。
実里は打球を華麗に捌くと、二塁へと送球し、受け取ったセカンドの咲良は左投げのため反転して一塁へと送る。
「アウト!」
どちらも余裕のアウト。淀みのなく華麗なゲッツーは見ていて気持ちが良い。
ただ、チャンスを作れたかもしれなかったこの場面、しかもバッターは珠姫という状況で、二つのアウトを奪われた。
打球は良かった。強くほぼ真芯で捉えていたはずだ。
それでも打球は上がらなかった。珠姫の打球を上げて長打を狙うスタイルからはまず考えられないことだ。
アウトを三つ奪われたため、攻守交代する。
打席に入る準備をしていた巧はバットとヘルメット、バッター用のプロテクターを外して守備の準備をする。
ベンチに戻ってきた珠姫も守備の準備をする間、巧に言った。
「ツーシーム。しかもボールの下を叩く私に、ボールの上を打たせるくらい鋭く曲がるの」
次の攻撃は巧からだ。そのために何故ゴロとなったのか、珠姫は話した。
確かに輝花のスライダーは元々良かった。以前の合宿でも狙って打ったり、まぐれ当たりもあった。
ただ、あくまでもスライダーを中心に、カーブやシュートで打ち取る『良いピッチャー』だった。
しかし、この短期間で明らかに変わっている。
さらに進化したスライダーもそうだが、恐らく未完成だったツーシームを、県大会を経て仕上げてきたのだ。
変則な投球フォームに加えて、スライダーやツーシーム、カーブやシュートもある。
ストレートの球威自体はまだまだかもしれないが、さらに改良を加えればストレートだって厄介な武器となる。
すでに『強豪のエース』と呼ばれてもおかしくないほどの輝花は、光陵では控えのピッチャーだ。
厄介なこと、この上ない。
巧はますます対戦が楽しみとなり、高揚する気持ちが抑えきれなかった。
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