第6話 新たな試み
キャプテンや副キャプテンが決まり、チームは動き出す。
新キャプテン月島光はぎこちなさこそあるが、練習自体は問題もなく進行していた。
夜空がキャプテンだった時の『一人でチームを引っ張る』のとはまた違い、『全員でチームを作る』という新しい形でまたチームが成り立っている。
珠姫とは、告白されてから数日は気まずさがあったものの、しばらくすると普通に話せるようになった。意識することはあるものの、練習中は今まで通り何も変わらない。
そして、週末には急遽練習試合を行った。
相手は巧が入部する前、初めて監督として指揮を取り戦った相手、北陽高校だ。
新チームで行う初めての試合。
二試合行い、一試合目は途中交代はしたものの、ベストメンバーで臨んだ。
二試合目は攻撃型かつポジションでは新たな試みを行った。
一番センター月島光
二番ショート姉崎陽依
三番セカンド藤峰七海
四番サード諏訪亜澄
五番キャッチャー神崎司
六番レフト佐々木梨々香
七番ファースト椎名瑞歩
八番ピッチャー豊川黒絵
九番ライト瀬川伊澄
スタメンで言えば、セカンド七海というのをあまりしないだけではあるが、途中交代によってセカンド光やセカンドとライトで白雪を起用するという、今までしたことのない挑戦をした。
ただ、光は元々守備は不安定ではあるが内野……主にセカンドやショートを守ることはでき、白雪もゴールデンウィークの合宿ではセンターを守ることもあったため、全く新しいものではない。
そしてその守備は大きな問題もなく、一つの可能性としての手応えを感じた。
しかし、打撃は手放しに喜べるほど良いものでもない。
試合自体、一試合目は引き分け、二試合目は勝利と、それだけを考えれば勝ち越しているため悪くない。ただ、夏の大会の疲れからか、調子を落としている選手がいた。
まずは七海、八打席あってヒットは一本、三振は二つだ。
そして亜澄は七打席あってヒットは一本、三振は二つ。犠牲フライによる打点はあったものの、六打数一安打と決して良いとは言えない結果だ。
しかし、調子を上げている選手もいる。
梨々香は一試合目の代打で結果を残すと、二試合目は三打数二安打と上々。総合的に四打数三安打三打点だ。
瑞歩は一試合目に二打数一安打と悪くなかったが、二試合目は三打数無安打と乗れなかった。ただ、長打をしっかりと打てていた。
そして、特に調子が良かったのが光、陽依、司だ。
光は一試合目に四打席に立つと、二つの四球を選び、二打数一安打。二試合目は三打数一安打ながらも、セーフティバント崩れではあるが送りバントも決めた。光自身が打点をあげたわけではないが、得点に絡んでいる。
陽依は一試合目は五打席立って三打数無安打だったものの、二つの四球を選び、二試合目は四打席に立って一つの四球、三打数二安打二打点と当たっていた。
司は一試合目に四打数二安打を放ち一打点、二試合目には三打席に立ちながら二つの四球を選び、一打数一安打だ。
黒絵に限っては投打ともに活躍し、一試合目は光の代打として登場すると一打数一安打一打点。二試合目は先発として四回を無失点。打っては三打数一安打だ。
ただ、想定外に崩れたのは伊澄だった。
抑えた黒絵の他に、一試合目の後半三イニングは棗が一失点、二試合目の後半三イニングは陽依が二失点とそれなりにまとめていた。
しかし伊澄は、コントロールが乱れてフォアボールが六個と、コントロールの良い伊澄とは思えない投球だった。ヒットこそは四本と多くは打たれなかったものの、フォアボールでランナーを溜めて打たれるという状況が多く、四回を投げて四失点だ。
やや不安を残しながらも夏はもう七月は終わり、合宿を迎えようとしていた。
「じゃあ、水曜日から始まる合宿の詳細を改めて説明するぞー」
月曜日、本来なら休日としているが、水曜日の合宿は早朝に出発するため、準備のことも考えて火曜日を休みにしてある。
つまり、月曜日が合宿までの最後の練習となるため、最終確認として練習終了後にミーティングを行っていた。
「場所は徳島……光陵高校だ。向こうの負担を考えて、今回はこっちが移動する。それで参加校はゴールデンウィークと同じ、明鈴、水色、光陵、鳳凰だな。鳳凰は部の体制も整って来ているみたいだから、全員参加になる」
光陵高校は二年連続、二回目の甲子園出場を決めた。お互いに高めるための合宿ではあるが、同じ合宿を共にする光陵を応援したくなるのも事実。
合宿を行う学校の中で甲子園に出場したのは光陵だけということと、練習場所の確保ができたため、今回は移動なしで練習に集中してもらうために光陵での合宿となった。
また鳳凰寺院学園は、前回は白夜楓と三好夜狐の二人だけの参加だったが、今回は白坂伊奈梨を含む一、二年の復帰によりチームとしての参加となった。
「うちは全員参加だけど、水色は一部の参加だな。三年生も本来なら引退しているし、参加できるだけでもありがたいことだ」
この遠征は一、二年生が中心となる。光陵は甲子園に出場するため、三年生の柳瀬実里は引退していないが、それでも現役で残っている三年生は柳瀬だけとなる。
三年生一人という状況を作らないためと、二年生にとって良い見本になるためということもあり、まだ引退しても部に残っている三年生……明鈴では夜空、珠姫、由真と、水色の天野晴、仲村智佳、平河秀は神代先生によって合宿に参加することとなった。
今回の遠征での旅費は部費で賄っているが、引退しているはずの三年生の遠征費に関しては部では出せない。
そのため、神代先生のポケットマネーとのことらしい。もっとも、今回はの移動はバスのため、かかってくるのは食費くらいで、その普段を神代先生がしてくれるようだ。……以前の合宿で鳳凰の二人が参加したのも、旅費は神代先生が出していたようだ。交通費はもちろん、支給する弁当やバーベキュー代などの食費もだ。
ただ、それだけ負担するのも神代先生に考えがあり、メリットがあるからこそのことのようで、むしろ参加して欲しいとまで言われた。そのため三年生も遠慮なく参加させてもらうこととなった。
「夏が終わって悔しいのは当然だが、夏休みが終われば秋の大会がある。負けた悔しさを忘れろっていうわけじゃないけど、この合宿で他校の良いところを盗んで、秋でリベンジするぞ」
巧は声高らかにそう言った。
負けたことはまだ引きずっている。悔やんでも悔やみ切れないほどミスをした。
それでも、二度と同じ気持ちにならないためにも、九月に迎える秋季大会では何としても勝ち続けたい。
戦力的に考えれば夜空、珠姫、由真といった主軸がいなくなるため下がるのは事実だが、それは他校も同じことだ。
皇桜でさえも早瀬、的場、鳩羽、吉高、柳生のように、中核を担う選手がいなくなる。控えに一、二年生は多かったが、やはりレギュラー格はほとんどいない。
どのチームも手探りでしていくしかない。
その点、人数が少ないとはいえ、明鈴は元々レギュラーを担っていた選手が多い。
光は順調に成長しているため、全く同じではないが由真と似たような役割ができる選手になりつつある。守備力で言えば煌は元々由真とやや劣るか遜色ないほどの力を持っていた。
珠姫ほどの選手はいないが、梨々香や瑞歩だって成長の兆しが見えており、夜空と同等の守備力を持っている鈴里がいる。
選手層が薄いことや、大会を勝ち抜ける投手陣が揃っていないという大きな問題は抱えているが、一試合だけで見れば十分戦える戦力は揃っているのだ。
秋季大会。
どこまで戦えるかはわからないが、合宿で成長すれば上位は狙えると巧は考えている。
不安はあるものの、楽しみで仕方なかった。
一通り確認をしてミーティングを終え、帰宅する。
ここ最近は珠姫と帰っているが、五分にも満たない時間だ、特に何も会話をすることもなくただ歩いていた。そんな時間も居心地の悪いものではなかった。
そして、巧は帰宅してから軽めに妹のまつりと練習をする。
普段、まつりは土日だけシニアで練習をしており、平日は休みとなっているのだが、夏休みに入っている練習はやや多めだ。基本的に週三日か五日程度なのだが、グラウンドの都合で今週は平日休みとなっている。
ただ、そうなれば物足りないようで、巧が合宿に行く前の今日は巧の練習後、明日の火曜日は一日練習をすることとなっている。しかもそれはまつりの友達のつばめちゃんと三人で、だ。
今までつばめちゃんとも練習することもあったこともあり、巧は承諾した。
明鈴は明日は完全休養日だが、監督の巧はその限りではない。普段から体を動かす時間は長くなく、一度怪我をしている巧は無理な練習は避けているため、問題はなかった。
明日はみっちりと練習することを考えて今日の練習は軽めのものだ。
暗くなり始めている時間にキャッチボールするわけにもいかず、ランニングや素振り程度だ。
軽く汗を流し、風呂でその汗を流すと、まだ時刻は九時頃。
風呂上がりにアイスを齧りながら部屋に戻ると、一件のメッセージが入っていた。
「……だいたいこういう時は誰かの相談事とかなんだよなぁ」
夏の大会中は明音と連絡を取ることも多く、琥珀や夜狐と電話をすることもあった。
そして、合宿直前というこのタイミングとなれば、誰かしらからの相談事ということに慣れてしまった。
そんなことを考えながらもメッセージを確信すると、それは神代先生からだった。
『今時間ある?』
とだけ書かれており、用件は書かれていない。
お世話になっている先生ということもあり、特に疑問も持たずに『遅くなりましたが、今は時間ありますよ』とだけ連絡を入れる。
すると、一分待たずして着信が入った。
「お疲れ様です」
『お、巧。お疲れ』
電話の先からは、やや陽気な神代先生の声が聞こえる。恐らく酒でも入っているのだろう。
「飲んでます?」
『飲んでるよー。明日飲んで明後日に残すわけにはいかないし』
笑いながらそう言う神代先生に、巧は正直めんどくさいと思った。気が付かないフリをしてスルーしておけば良かったとやや後悔していた。
以前の合宿でわかったことなのだが、神代先生は酒が好きな割には弱く、酔うとめんどくさいのだ。
ただ、その陽気な声とは違い、いきなり真剣そうな口調で話し始めた。
『三年、全員来てくれることに改めて礼を言おうと思ってね』
突然だったものだから、神代先生が酒に酔っていることも忘れて真剣に返す。
「こちらこそ、わざわざ呼んでくださってありがとうございます。……旅費まで出してもらって」
『いやいや、いいの。私も私で目的があるからさ』
三年生を呼んでもらった際にも言っていたが、神代先生が三年生を呼んだことには目的があるらしい。
一、二年生の見本になるからということは教えてもらったが、それ以外にも目的があるらしく、そのことについては教えてもらえない。
気になった巧は改めてそれを尋ねた。
「その目的って、なんですか?」
『ないしょー』
理由を尋ねたところで、神代先生は結局答えない。
『まあ、またそのうちわかるから』
神代先生はそれを言うだけで、結局真意はわからない。
ただ、メリットがあるからこそ三年生を呼んでいるわけなので、その厚意は素直に受け取っておく。
『時に巧よ』
「何でしょう?」
いきなりよくわからない口調になった神代先生は、口調と似合わずに真面目な話を続ける。
『準々決勝、勝ててたら甲子園で会えたのにな』
神代先生の言葉に、巧は突然殴りつけられたような感覚に襲われた。
皇桜が勝てば甲子園……そう言えるのは、今年の三重県大会で優勝して甲子園への切符を手にしたのが皇桜だからだ。
皇桜は準々決勝で明鈴を破った後、準決勝で快晴高校、決勝で邦白高校を破り甲子園出場を決めた。
もし準々決勝で勝てていれば或いは……と考えてしまうだろう。
ただ……、
「俺はそう思いません」
巧は言い切った。
もし皇桜に勝ててたとしても、甲子園に行けるかどうかはわからないと考えていた。
「もし明鈴が皇桜に勝てたとしても、それが快晴や邦白に勝てたと断言できる根拠になりません。相性だって……」
そこまで巧は言って気がついた。
神代先生がそんな初歩的なことを言うはずがないのだから。
『そうだな、結局は相性だよ』
巧が言葉を止めると、神代先生はそう言った。
神代先生はわかった上で、『皇桜にもし勝てていれば』ということを言ったのだ。
『正直、失礼なことを言ったと思ってる』
それは皇桜に勝てていれば甲子園に行けたかもしれないと言ったことだろう。
神代先生は続けた。
『そんな失礼なことをシラフで言えない。それでもちゃんと確認しておきたかったんだよ。……現実を受け止めているのか、慢心しているのかを』
勝てていたとしても快晴や邦白に負けていたかもしれない、という事実を巧は認識している。
皇桜が甲子園に行ったのだから、その皇桜に勝っていれば甲子園に行けた。だから負けた明鈴は実質二位だ。
……なんて慢心をしていないか、ということを神代先生は確かめたかったのだ。
『巧がそんな単純に考えてるとは思ってなかったけどさ。気を悪くしたらすまない』
「大丈夫ですよ」
神代先生の言いたいことはわかっている。
県内でもベスト8は十分立派な成績だ。ただ、それに慢心し、現状に満足してしまえば周りに置いていかれる。
巧が夏の大会の結果をどう受け止めているのか、それを神代先生は試すように聞いたのだろう。
『あ、そうそう、本題これじゃないんだけど』
神代先生は唐突に声色を変えて話し始めた。
『琥珀と仲良くしてくれてありがと。前に相談乗ってもらったって聞いたから』
「いえいえ、友達だから仲良くしてるだけなんで」
相談というよりも話を聞いただけだ。
それに光陵や神代先生のために仲良くしているわけでも話を聞くわけでもなく、友達だからこそ巧自身のために、琥珀のためにしているだけだ。
『なんか急に琥珀の雰囲気が変わったからどうしたのか聞いたら、巧のおかげだって。もちろん良い方向に』
「それなら良かったです」
神代先生は本当にそれが伝えたかっただけのようで、『また合宿で』と言うと電話を切った。
明日はまつりたちと練習だ。そのために巧は今のうちに合宿の準備をしようと、荷物をまとめた。
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