第10話 金座名右衛門2世

「痛い、痛い、痛いってもう少し優しくして」

「我慢しなさい、あなた男の子でしょ!大丈夫だよ、すぐ治るよ」

そう言って、北極姫は俺が教習中に立ちコケしてできた足の傷に消毒液をつけてくれている。これが、すっごく傷に染みる。ジュワーて感じに染み渡る。

「全く、バイクでこけるなんてダサいわね。私はコケたことないわよ」

「お前みたいに、俺は要領がいいタイプじゃないんでね」

「大丈夫よ、バイクは感覚よ!すぐ慣れるわよ!全身でバイクと鼓動を合わせると簡単に心を合わせられるわ!」

こいつ、さては脳筋で全部感覚でやったら上手行く秀才だな。羨ましいぞ、この野郎!

「そういえば、昨日教習所にいたあの小鳥遊だっけ?」

「そうだな」

「あの子もこの大学だったの?」

「どうだろう、そんな話してないからな」

「そうなんだ」というと北極姫は、少し怪訝そうな表情をした。

「どうしたんだ?」

「別に、少し気になっただけよ。よし、これで治療終わりよ。お疲れ様!」

そう言いながら絆創膏をピッたと足の傷口に貼ってくれた。

「ふーありがとう。この後授業あるのか?」

「いや、今日はもう授業ないわよ」

「じゃあ、一緒に昼飯でも食べるか?治療のお礼に奢るよ」

「本当に!じゃあ、一緒に行く!」と食い気味に反応した。

そして、俺も絆創膏の貼ってある足で立ち。少しだけ重い足取りの中、北極姫と一緒に食堂に向かった。


―食堂―

うちの学校の食堂は食券制とバイキング形式で自分の好きな物を取った後に支払うシンプルな仕組みだ。今俺たちがいるのは、バイキング形式の方の食堂だ。なぜ、そっちの方に行く理由は簡単だ。食券よりも値段が安く済むから。自分が取りたい分だけ取り、その分の値段を払うのがバイキング形式の値段の払い方だ。

値段の差は、大体五十円ぐらいしか変わらないが、お金がない大学生にとってその差は大きい。俺みたいに、お金がない萎びた大学生がだいたいここに集まる。

いつも、一人だか、今日は連れが一人いる。しかも、女のだ。

「ここが、食堂ね。初めて来たわ」

「そうなのか、いつもどこで昼食食べてるんだ?」

「うーん、食べないかな」

「食べないの!?」

「私、朝ごはんいっぱい食べたら夜ご飯まで全然お腹が減らないのよね。食べたくないて訳じゃないけど、食べなくてもいいかなて、毎回過ごしているの。だから、昼飯食べに食堂に来るなんて初めてで少しドキドキする。でも、夜はガッツリとお米三合ぐらい食べるんだよね」

胃袋が小さいのか、大きいのかよくわからない話だな。

「そうなんだ。前から思っていたけどお前て、やっぱり少し変わっているよな」

「そうかしら、少し人と違うだけよ。個性のない人なんてつまんないでしょ」

「確かに」

「人と少し変わっている方が人生楽しく過ごせると私は思うわよ」

「なるほど、そんな考え方もあるのか」

そんな感じの会話を重ねながら二人でバイキングの列に並んだ。少し人が並んでいるがこれぐらいの人数なら直ぐに料理までに辿り着けそうだ。

「並んでいるわね」

「そうだな。まぁ、直ぐ行けるでしょ」

「ふーん、見て今日のデザートは、杏仁豆腐だって絶対1キロ食べるわよ」

「いや、取りすぎでしょ。ん、何事だ?」

こいつの食欲と胃袋が気になりながらも列の前の方を見ていると、何やらざわざわと騒がしくなっている。何か問題でも起きたのか。

俺は、少し気になり前を覗いてみた。

前にいたのは、全身を黒のロングコートで包み、黒のサングラスをかけて、ワックスで髪をオールバックにガチガチに固めた、小太りの男が何を取ろうと足を止めて悩んでいた。

「うーん、迷うな」と呟きながら一向に動こうとしない。うん、迷惑だ。

「おい、前進みなさいよ!おっさん!」

痺れを切らした北極姫が前にいき、男に対して文句を言い始めた。

「なんだい、怒ったガールよ、何かミーにようかい?」

独特の喋り方をするこの男は、北極姫の覇気に負けずに話しかけていた。

「はぁ、気持ち悪い話し方してんじゃないわよ!あんたに用事なんてひとつもないわよ!ただ、後ろが詰まってるから早く行くか、それか避けろって言いたいの!大体、こんなバイキングで何を迷うって言うんだよ!分かったか黒ずくめ豚野郎が!」

相変わらずの口の聞き方で周りの目などは、お構いなしで話す北極姫は、堂々と腕を組みながら臆せずに毒を吐いた。

「ふーん、なるほど、私は周りの迷惑になっていたのか、分かった。仕方ないが後ろの人に前を譲ろう」

意外と話が通じるタイプでよかった。言い合いになったら、俺は、どうしようかと肝を冷やしていたところだった。

「随分と潔いじゃない!じゃあ、おっさんは、どきなさいよ」

「こう見えて私は、紳士なんでね。しかし、おっさんじゃない!まだ21歳だそこを間違えるな!そして、おっさんと呼ばずに、キャナ座右衛門(ざえもん)2世と呼びたまえ!」

おっさんにしか見えない老け顔だから、北極姫がおっさんと呼ぶのも分かるが今は、まぁいいや。それより先に突っ込む所がある。

「おい、キャナ座右衛門2世てなんだ!その見た目とキャラ付けのせいで色々と渋滞してるぞ!」

思わず口を開けてしまい、思ってたことが口から転び落ちてきた。周りの空気がシラーとなったので俺は、バノ流れを動かすために発言を仕方なく続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る