第5話 懐の温暖化は中々進まない
「入校料は、八万三千円になります」
「これでお願いします」
財布の中から八人の諭吉と三人の野口が姿を消した。世間では、地球規模の温暖化が問題になっているが俺の懐事情は、いつになったら温暖になるのだろうか。冷たい氷河期がまだまだ続きそうだ。
「では、入校日は、今週の土曜日になりますのでお忘れ物のないようにお願いします。今日は、ご利用ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます」
俺は、そう言って教習所のカウンターを去った。そして、外で待っている、あいつの元に向かった。
「遅かったわね。この時期は混んでるのかしら?」
「ちょっとね。まぁ、こんなもんでしょ」
「よし、これであなたも入校したから、次はバイク屋にいきましょう。私の行きつけの店を紹介してあげるから今からいきましょう!」
「ちょっと、待って今から?」
この子は、ほんとにぐいぐい来るな。ひょっとして俺のこと好きなのかな?と勘違いするぐらいだな。
「今から行くわよ。だって、良いバイクは早い者勝ちだもの。先手必勝だから今すぐ行くわよ」
そう北極姫が言うと俺の掌にヘルメットを渡してきた。ここにきた時もそうだった。北極姫の背中に掴まりながら大学から教習所までやってきた。女の背中に掴まるのも案外悪くなかった。
北極姫は、俺にヘルメットを渡してから愛車の「ニンジャ」に跨り、ジェスチャーで後ろに乗れと合図をしてきた。俺は、その合図に従って北極姫の後ろに乗り、年季の入ったライダーズジャッケットにしがみついた。
「さ!行くわよ!しっかりしがみついてなさいよ!」
心の中で「はい!姉貴!」と情けなく返事をした。
十五分ぐらい乗っていると北極姫が左にウインカーを出した。どうやらここが目的地らしく、「バイクショップ・金剛力士」と書いてある看板があった。
何故だろうこの怪しい看板は?運慶と快慶を馬鹿にするつもりはないが「金剛力士」て文字にバイクショップって先頭に付くとクソダサく感じるな。
北極姫は、店の横の駐輪スペースにバイクを止めるらしく、先に店の前で俺だけ降ろされた。
「ここがバイク屋か‥」
人生で初めてきたバイク屋には、正直言って戸惑いしかない。それでも、店に並んでいる様々なモデルのバイクを見ると初心者の自分でも少し興味が出てくるのを実感した。バイクを見ていて悪い物ではないとわかった。
「いらっしゃいませ!」
「うわわ!」
「初めてのお客様ですよね!いらっしゃいませ!バイクショップ・金剛力士にようこそ!」
いきなり鼓膜がキーンとなるぐらいの大きな声で喋りかけられたので情けない声を出してしまった。目の前に現れたのは、まだ肌寒い時期なのにタンクトップ一枚姿の軍隊で総指揮官ぐらいの立場にいて、映画だったら『バズーカ敵にお見舞いしてやるぜ!』とか言ってそうなぐらいゴツくて、ヒゲモジャの白人の男性が陽気にこっちに向かって歩いてきた。
俺は、呆気に取られ5秒間ぐらい、目の前のもっこりとした上腕二頭筋を眺め、トウモロコシの三倍ぐらい多いヒゲを見ていた。
「お待たせ!あ、店長おひさしぶりです!」
「やーいらっしゃい!クノイチの友達だったんだね!よくきたね!」
二人は、久しぶりに会うと握手を交わしながら挨拶をお互いにしていた。
「紹介するわ。この人は、ボム・ゴンザレスさんこの店の店長よ」
「こ、こ、コンニチワ」
緊張してわずか五文字の言葉もカタコトになってしまった。落ち着け俺!と言い聞かせている。
そんな俺のことを気にすることなく北極姫は、話を進めていく。
「ゴンザレス紹介するわ。この人は、バイクをこれから買おうとしている篤士くんよ!」
「よろしくな!アンミカくん」
そんな深夜のテレビショッピングに毎日出ているババアみたいな名前になった覚えはない。てか、性別変わってるじゃねえか!
「篤士です。よろしくお願いします」
「ふーん、ふむふむ」
なぜかゴンザレスは、俺の全身を隈なく見てきた。そしてため息をつきこう言った。
「はぁー、さては、お前チェリーボーイだな」
「な、な何ですか!急に」
この人には、少しモラルがないみたいだなと確信を持った。
「君の見た目からしてそう見えるのだよ!チェリミカくん」
「誰がチェリミカだ!」
声を荒げていってしまった。これだから、デリカシーのない外国人は嫌いだ!
「ハハハ、冗談だよ!半分アメリカンジョークさ」
「じゃあ、半分は本当に思っている、て事ですよね」
「そうだよ。特にチェリーボーイのところ」
「やっぱり、ばかにしてるじゃねぇか!」
「ふ、それは、さておきバイクを買いに来たんだろ。俺がどんなバイクが良いか案内してやるよ。ついでに女の子の口説き方&接し方についてもな」
「いや、教えてやるよ。手だけで実行できる人のしめ方も」
「さっきと変わってるよ!てか、そんな物騒なハウトゥー嫌だよ。バイクについては教えてください。でも、後半のは要らないです」
少しピリついた雰囲気になったから、慌てて北極姫が俺とゴンザレスの間に入り、場を落ち着かせようとしてきた。
「まぁ、この人こう見えても有名なバイクのエンジニアで、プロのモータースポーツ選手の愛車の点検とかしているのよ。少し胡散臭いかも知れないけど、ここは私を信じて欲しい」
北極姫にそこまで言わせると仕方ない、半信半疑ではあるが、しばらくこの山のような筋肉ゴリラアメリカ人に俺のバイク選びを任せてみようと思う。
「わかったよ」
「少し待っとてね。奥からバイク出してくるから」
そう言うと、ゴンザレスは店の奥に入っていった。
「本当に大丈夫だから、良いバイク紹介してもらえるからもう少し待っててね」
「まぁ、もう少し待つよ。せっかく来たんだから」
「ありがとう、篤士!」と北極姫は、大きな声で言った。
かわいいな、おい。なんだこいつ、はじめと今のギャップ激しすぎてこっちの頭の処理に間に合わないんですけど。俺の顔は、少し赤くなっていたと思う。
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