第3話 カワサキ

「あ、さっきのしょぼくれた男だ」

「しょ、しょぼくれた?」

「うん、そんな感じの顔してるじゃないの」

いきなり、ズカズカと人の外見について言ってくるな。

「余計なお世話だよ。北極姫が」

「今何と言った!」

すごい形相でこっちを見てきた。

「私そのあだ名大嫌いなんだよね。虫酸が走るの。だから、その名前で呼んだあなた大嫌いよ」

「はぁ、そうですか、だからっていきなり人の顔見ていきなり『しょぼくれた』とか言うのもどうかと思うけどな」

「本当のことを言って何が悪いの?あなた自分の顔を鏡で見たことあるの?」

「そこまで言うか!」

「私は、とことん言うわよ!」

だめだ、このままだと口論に夢中になって、食堂で待たせている翼を待たせてしまう。ここは、俺が一歩引いてさっさと立ち去ろう。

「分かったよ。俺の顔は、しょぼくれているかもしれない。だからもう行くぞ」

「すぐ認めるなんて、芯のない男ね」

「お前は、めんどくさいな」

「私はね、芯のある人は好きよ。だけど、何も芯のないようなあなたのような人は、嫌いよ」

「今の会話のどこの部分を切り取れば、俺が芯のない人間だとわかるんだよ!」

少し大きな声を荒げて言ったが北極姫は、自分の思っていることを言うのを止めなかった。それどころかマシンガンのように口のスピードを上げてきた。

「顔を見ればわかるわよ。俯いていて目が死んでいる。そして何より気だるそうなその姿勢。知ってた?外見って内面の一番外側なのよ。だから、外見がパッとしないあなたは、しょぼくれた人間なのよ。そんな貴方には、どうせ趣味も何もないんでしょ。可哀想ね、本当に」

俺は、何で今日初めて会った女にここまで言われなきゃいけないんだ。大体なんだ、こいつにそこまで言う権限が与えられているのだろうか。だったら、ふざけるなと声を荒げて言いたい。

「おい、人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。クソアバズレがよ」

「はぁ、誰がアバズレよ!」

「お前だよ!散々人のこと言ってくれたな!お前何様のつもりだよ!人に優しくされたことがないのかよ!友達いないだろお前!」

「ギクっ!よ余計なお世話よ!」

「俺に趣味がないとか、俺の顔がしょぼくれているとか、お前俺に会ったの今日が初めてだろ!そんな奴に自分の事をボロカスに言われても大して悲しくないけど、普通にムカつくわ!大体なんだよ!それ以上勝手に人のこと言ったら顔面に牛糞ぶん投げてやろうかこの野郎!」

「う、う、じゃあ、あなたには、何かあるわけ?人に自慢できるような何かが?」

「そ、それは‥」

正直言うと何もない。小さい頃からこれといって自慢できる事は、何もなかった。強いて言えば、小学生の時から身体が丈夫だったぐらいだ。だけど、そんな事は、本人からしてもしょうもないと思う。ならば、どうする。

脳みそは、刹那の間に三千回転ぐらいして思考を巡らした。その結果一つの答えを出した。

よし、嘘をつこう。

「趣味は、あ、あるぞ。すっごいロマンあふれるような趣味がな!」

「へー、貴方には、何もないと思ってたわ。それで、一体なんなのそれは?」

考えろ、この冷徹無慈悲な北極姫が納得するような趣味を考えろ。それは、何でも良いわけではない。自分で言った手前にロマンあふれる趣味でないといけない。いや、実際考えるこの世の中に存在する、あらゆる趣味と言われるものには、少なからずロマンはどれにも含まれている。ここで大事になってくるのは、「どの趣味で北極姫が納得するのか」と言う事だ。

この女のことだ、生半可な内容では、ダメだ。ここは、北極姫に寄った趣味を言うのが正解だろう。だけど、この女の趣味とか好きなものって何だ。今日、知り合ったばかりの俺がそれを知っていたら気持ち悪いな。だから偶然に趣味が被ったことを装うようにすることが必要だ。

北極姫をもう一度観察してみると一つ気づいたことがあった。

それは、北極姫はバイクに乗っているということだ。

理由は、ライダーズジャケットを着ていて、隣にあるニンジャとローマ字で筆記体のような字で書いてあるバイクがあった。多分このバイクに北極姫は、乗っていると考えられる。だとしたら、北極姫カッコ良すぎるだろ。女子大生がこんなバイクに乗っているものなのか。疑問が残るが多分そうだろう。

まだ憶測でしかないが、今はこの頭の中のコンピューターで考えた結果を信じるしかない。北極姫の好きなものは、バイクだ。

「ずっと、黙ってないで何か言いなさいよ」

「俺の趣味は、まだ持ってないけどバイクだよ」

口からでまかせを言ってしまった。

「へー、あなたバイクが好きなのね。良いんじゃないの」

「マジで!」

「何で驚くのよ」

「いや、褒めることなんて、あったのだなって」

これは、思う壺ではないのかと内心ガッツポーズをした。

「勘違いしないでよ、バイクに罪はないわ。でもあなたは、好きって言っているだけでしょ」

個人的には、バイクは、好きではないのだが、嘘を貫き通すしかないな。それしか今は、ないと背水の陣で臨もう。

「お前こそ勘違いするなよ」

「はあ?」

「俺は、バイクを心の底から愛している。お前よりはるかに深い愛で。それは、まるでマリアナ海溝よりも深く、エレベストよりも高いんだよ」

例え話の常套句のようなことを言いながら、情熱的になったふりをして続けた。

「そこにあるのは、北極姫のバイクだろ」

「そうだけど、北極姫って呼ぶな!」

「いかにも、スポーツバイクって感じで、慌ただしい雰囲気だな。このバイクは確かにかっこいいよ、だけど‥」

「はぁ?このニンジャに欠点なんてないわ!怒るわよ!」

ニンジャ?このバイクの名前か?よしありがとう。

「そう、怒るなよ。俺は、このバイクがカッコ悪いと言っている訳じゃないのだよ」

「じゃあ、どう言うことよ?」

「このバイクは、素材を生かしきっていないってことだよ」

「はぁ?ますます、訳が分からないんですけど。料理みたいに例えないで」

「いや、バイクも料理も一緒だよ」

俺は、何を言っているんだ?バカなのか?俺は、バカだったのか?いや俺は、天才だ.

ここから巻き返すぞ。頭の回転を最大にして考えた。

「いいか、料理もバイクも自分の好みによって変えられるところがよく似ている」

「それだけで一緒にするんじゃないわよ!」

「まてまて、まだ話は終わってないぞ。例えば、普通の街中でどんよりしながらバイクに乗っている時があるとする。またある時は、アメリカの荒野を楽しい気分で旅している時があるとする」

「それが何だって言うのよ!」

「まだわかんないのかよ!シチュエーションと気分だよ!シチュエーションだよ!料理もバイクもその時のシチュエーションと気分によって全然違うものに変わっていくんだよ!」

「はぁー」

まだ、腑に落ちてないみたいだけど、だいぶ良いところまできた感じがする。ここで畳み掛けるか。

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