かがやき

numyums

かがやき

訪れた街の通りには日が射し、沈黙と平穏が同居していた。

石畳の真っすぐに伸びた道を、脇の左右それぞれで軒先が彩る。

今日も私はここに来た。本を探しに。

時はただいま2159年8月11日。地球滞在日数、50日目通過。

指定文化保護地区"神保町"での紙媒体電子アーカイブ計画は、滞りなく進行中。


人口の減退は、その後の爆発的な増加の下準備に過ぎない。

今でいうところの配信動画、昔ならかつて誰もが無料で視聴できたテレビ番組で、過去の科学者は予言した。

予言はその通りになった。

人口が激減する現象が前触れもなく起こり、その解決に人々がひた走り、

長い時間をかけて解決した後は、恐ろしいまで人類は数を増やしていた。

増え続けることが平和の証とでもいうように。死は避けるべき事態であるように。


そうした意識が人々の根底に根付いていたからか、

かつて奇異とされたごく一部の人々が主張していた声が、数を増して意味を持ち始めた。

我々が生み出し、人々の間で流通してきたあらゆる文化を、のちの世に残す為に保存すべきだという声が。

人類が生存するか否かの事態においては蔑まれた要求が、

当面の課題が解決し人類全体が未来へ歩んでいく為のテーマが失せたそのタイミングで、拾い上げられた。

結局は政治ゲームの一つの戦略に過ぎないのだ。……かつて誰かがそう書いた本も、今では保存されている。


最初は身の回りのものを人々は保存した。

すでに電子媒体として存在を持っていたものは当然として、そのような状態になっていない、いわば旧世代のメディアで作られたものも。

誰かの写真、誰かの音楽、誰かの映像、誰かの手紙。

その中に根付く人の感情も含めて保存することは出来ないか。そのような研究も並行して続けられながら、

人類は徐々に保存する対象の範囲を拡げていった。

写真はアート、音楽はアーティストの楽曲、映像はドラマや映画、手紙は国のリーダーのスピーチへと。


その文化計画は、増えすぎた人口の居住場所を手に入れる研究と関係し始める。

地球から人々が出て行った後、その地球に残った文化はどうするのか。

一緒に持っていくには荷物はあまりにも多くなり、それを運び出す為の時間も掛かる。

人々は変化を求めている。停滞をすれば、またかつての悲劇が起こるのではないか。その可能性への恐れを、腹の底で抱えている。

そして世界中の政府は決定した。

自主的に地球に残ることを希望した一部の人々の様子を確認すると共に、文化を回収する任務を実行する部隊の創設を。

だから私は今日もここに来た。これでもう17回目。今度は100日滞在予定。


この神保町にはもう人がいない。

私が初めてここに訪れた時には、まだ僅かに人が生活していた。

といっても、地球から宇宙への長距離移動に耐えられそうにない、老齢の人々が大多数ではあったが。

しかしその人達は、日本の種子島の着陸施設からこの街へ仰々しいバスの移動でやってきた私(それにその他の部隊メンバー)に対して、

決して敵意を見せるようなことはしなかった。

むしろ近づいてきては話しかけ、移住した人々の様子を尋ね、政府から地球生活者用に配られた動画閲覧ツールの操作方法を質問してきたり、

空腹ならばと食事に誘ってくれた。極めて親切に接してくれていた。

なぜそのようにするのかといえば、もちろん心から歓迎する面も一つにはあったと思うが、何より求めてきたことが人々にはあった。


それは、本の保存だった。

神保町で生活する人々は、大抵本屋を経営していた。それも新しい本を売るのではなく、昔売られていたものを扱う本屋。

この本はすでに保存したか、この前整理していたら見つけたのだがこれは保存したか、この本は後世の為に保存すべきだが、どうなったか。

一冊(時には十冊、いや、それ以上)を私や他のメンバーの元に持ってきては、保存を依頼する。

その度に私はチェッカーを取り出し、内蔵カメラのレンズを本のタイトルに向ける。

通信によりアーカイブネットワーク経由でデータベースへアクセスし、既にその本が保存されたかどうかを確認するのだ。

大抵の本は保存されているのだが(後で調べると広く人々の手に渡ったような、架空のストーリーが載った本)、

いつ誰が書いたのか分からないようなものは、保存されていない。そうした時は「まだなので、お借りします」と一言伝える。

そうすると、それを持ってきた相手は安堵した、嬉しそうな顔をする。

本を持ってきて、それがまだ保存されていないものだからといって、報酬が貰える訳ではない。これは無償の協力だ。

にも拘わらず、人々は絶えず持ってきて、嬉しそうな顔をした。

もっと変なのは、既に保存されていることを伝えても、安心した顔を見せることだった。

そういった人々はもういない。同じく地球に残った家族と共に神保町から姿を消すか、永遠の眠りについた。

そうした営みの繰り返しと共に私の仕事は続き、いまでは神保町に私一人しかいない。


移住する際は可能な限り本を持って行っても良いが、その前には必ず私たちに見せることを求めていた。

しかし全てを運び出すことは不可能だ。その場合には捨てずに、置いていくように伝えた。

そのような本は私の予想以上に存在した。本は柱を形成するようにうずたかく積まれている。

他のメンバーは別地域へ移動し、別の文化保存に明け暮れている。地域だけは決まっているが、何を対象とするかは任せられるからだ。

飽きもせずに私が本ばかり保存しようとする理由を周りは知らない。

ただ、この本は保存したかと尋ねてくる人々の顔が、いまも浮かんでしまうのだ。


最近足を運ぶ本屋に今日もまた訪れる。

部屋中の壁を隠すほどの高い木製の棚に、一つ一つ並べられた本はまだまだ終わりを知らない。

店主は数年前に亡くなったことを、地域情報と住民データベースの紐付検索で確認した。

もうこの本に触れる人は、私以外誰もいない。


日の光が入り込む戸口に一番近い棚で、チェックしていない本を一冊取り出す。

外見に傷一つなく、新品のようだった。裏を見ると価格のシールが貼ってある。……安い。価格の基準は分からないが。

私はチェッカーのレンズをその本に向ける。なんとなく察しがついたが、既に保存されていた。

元の場所に戻そうとしたが、不意に、本の上から何かが少し出ていることに気付いた。

いわゆる栞、というものだろうか。どこまで読んだかを物理的にセーブする為のツール。

それはそれで保存の必要がある。必須ではないが、しないよりマシ。それが任務のモットー。

私は手慣れた作業で本を開いた。


「人と人との繋がりに目を向けた物語としては、敬意に値する内容だと私は思います。お楽しみください。」

栞と同じように長方形の紙媒体だったが、そこに記載した文章は手書きのもので、栞とはいえなかった。

その内容は、誰かが誰かへ贈ったものという推察は、私の中ですぐに浮かんだ。


……でも、売ったのか、これを。

なぜそうしたのか私には理解できなかった。

本がつまらなかったからか。とはいえ、これも一緒に売る気持ちは到底理解できなかった。

文章を形成する文字は一つ一つの線が鋭く、読みやすいように適度な間隔を開けて書かれていた。

フォントデザインが統一された文章を読み慣れている私には、新鮮なものに見えた。

手で書かれたものは、これまでも保存対象として扱ってきたが、このように寄り添うように書かれた文字の集合体は、初めてだった。


……これもまた、手紙の一つか。

保存計画が始まった当初、すぐにアーカイブ対象として保存されていった手紙。

しかしその数は大きく増えることは無く、全世界を分母としても、僅かばかりだった。

私もこの任務についてから、手紙を扱うことは無かった。


チェッカーを取り出して、その手紙にレンズを向ける。当然保存はされていない。

不意に、チェッカーのモニターに表示された手紙が、赤とオレンジの彩色を帯び始める。

光の加減が自然と付加し、グラデーションが起こった。

モニター越しに紙の上を、色が自意識を持ったように駆け巡る。

かつて保存媒体群の映像で目にした、海の波、北極地域の空に発生するオーロラを、私に思い起こさせた。


ようやく実現化し最近アップデートで追加された、手書き文字から筆記者の感情を分析し読み取る機能が作動したようだった。

まだ機能の説明を読んでいなかったので、この色の意味を、私は知らない。

しかしその色を見ていると、なぜか脳裏に浮かんだのは、本を私の元に持ってきた人々の顔だった。


もうしばらく、この場所での仕事は続きそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かがやき numyums @numyums

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ