№101・『思い出』・中
南野と真正面から対峙したメルランスは、うつむいたまま手を突き出した。握手でもしようというのだろうか。
南野がその手を握ろうとしたとき、彼女は、きっ、と涙交じりの目で南野を睨みつけ、
「金貨209億2082万枚!!」
「…………はい?」
言ってる意味を理解しかねた。なぜこんなときにお金の話を?
呆気に取られている南野を睨みつけながら、メルランスはさらにぐいっと手を突き出した。
「あんたに貸したお金! トゴの利息が約一年間積もり積もってその額なんだよ! 払って!!」
「そ、そんな法外な……! 国家予算じゃないですか!!」
「……ちなみに、国家予算は金貨97億枚ほどです……」
あちゃー、と言わんばかりの顔でキーシャが解説してくれる。
「これ、無理を言うでない、メルランス」
『緑の魔女』がいさめてくれるが、彼女は頑として譲らなかった。
「やだ!! 返してもらうまで帰さないから!!」
ついにメルランスは駄々っ子のように泣き出してしまった。彼女らしいといえばらしいが、困ったことになった。
まあ、解決策はひとつあるのだが。
南野はわんわん泣きわめくメルランスの口をくちびるでふさいだ。
「……っ!」
触れただけの口づけに顔を真っ赤にして、メルランスが黙り込む。その隙に、南野はメルランスの目を見て言葉を紡いだ。
「大丈夫です。きっとまた、会えますから」
笑顔でメルランスの頭をぽんぽんと撫でてから涙をぬぐう。
すると彼女は腰につけていた短剣を外すと、ずいっと南野に押し付けた。
「……じゃあ、これ預ける」
「え!? こんな大切なもの……!」
「大切だから預けるんじゃん、バカ!! 絶対お金といっしょに返してもらうからね!!」
なにかを振り切るような大声で叫んで、それっきりメルランスは口をつぐんでしまった。
「皆、別れは済ませたか?」
「ええ、お願いします」
『緑の魔女』の問いかけに、すがすがしい表情で南野が応じた。
森の中にはすでに魔法陣が描かれている。その中心に立つと、『緑の魔女』が長い詠唱を始めた。印を切り、輝く魔法陣が複雑に動き、魔法を構築するにつれて、『緑の魔女』の顔はどんどん老婆へと近づいていき、鮮やかな緑の髪が白髪に変わっていく。
「『緑の魔女』……!」
「……言ったじゃろ、『めちゃくちゃ疲れる』、とな……」
しわがれた声で笑うと、『緑の魔女』は引き続き呪文を唱えた。
やがてすべての魔法陣がひとつになり、緑の光の柱が南野を包み込む。
南野はメルランスから託された短剣を握りしめ、精いっぱい手を振った。
「それではみなさん、お元気で!」
「南野さんも!」
「がんばれよ!」
「さよならは言わんけんの!」
手を振り返してくる仲間たち。南野が時空の彼方へ消え去る直前、メルランスが涙目で叫んだ。
「絶対、絶対に取り立てに行くからね!!」
その言葉に答えるヒマもなく、南野は世界から消失してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます