№101・『思い出』・上
「……結局、お主が呼び寄せられたのは『オーバーシンクロ』という不確定要素が一番の理由じゃったな」
ようやく無事な村にたどり着き、数日間逗留した。
そののちの、満月の下の森。南野たちは明かりもともさずそこに集っていた。
「くじ引きのような感覚で『禁呪』を完成させる可能性のあるレアアイテムを回収させるという余興じゃった。そこに『ギロチン・オーケストラ』をぶつけての。妾は、その賭けに乗ることにしたのじゃ」
述懐する『緑の魔女』の言う通り、突き詰めて言えばこれは『赤の魔女』の箱庭世界だったということだ。好きなものを好きに配置して、その経過を観察する。ただそれが世界の存亡だっただけだ。
悪趣味極まりなかったが、その箱庭も崩壊してしまった。『赤の魔女』自身の死によって。
「高みの見物と決め込んでおればよかったものを、最後の最後にわざわざ出てきたのが間違いじゃったな」
『赤の魔女』がこの世界に現れたのは、南野にとってまたとない好機だった。そして南野はそのチャンスをつかみ、『赤の魔女』を打倒した。
そしてすべては丸く収まったのだ。
「南野よ、こんなことに付き合わせて悪かったの。せっかくのコレクションもパァじゃし」
すまなさそうに言う『緑の魔女』だったが、南野は静かに首を横に振って言った。
「いいんです。俺はもっと大切なものを集めましたから」
「ほう、大切なもの、とな?」
興味深そうに尋ねる『緑の魔女』に、南野はうなずき返した。
「『思い出』です。この旅を通じて、俺はたくさんの『思い出』を集めてきました。仲間たち、縁を繋いだひとたち……つらいことやかなしいこともたくさんありました。けど、それだって大切な『思い出』です。すべてがかけがえのない経験でした」
ひと呼吸置いて、南野は自分の胸に手を当てて目をつむった。
「以前の俺なら、形のないものなんて取るに足らないと思っていたでしょう。けど、いろいろなことを経験する内に、俺の中に知らなかった感情が生まれたんです。大切なものは形がない。だからこそいとしく、とうとい。これまでのすべての『思い出』は、俺の宝物です」
南野はにっこりと笑って目を開けた。
「それに、コンプリートできないコレクションなんて、夢があるじゃないですか」
「……ふふっ、お主らしいわい」
小さく笑みをこぼした『緑の魔女』が、南野に向き直った。
「この際100のレアアイテムがそろっていようといまいと関係はあるまい。約束通り、お主を元の世界に送り返そう」
そのためにここへ集まったのだ。仲間たちと別れの言葉を交わすために。
「南野さん! 向こうへ帰っても私のこと、忘れないでくださいね!」
「ええ、忘れませんよ」
「南野さんのために作ったカレーの味も……」
「それは一刻も早く忘れ去りたいです」
「南野よ! よもやこの俺のことは忘れはしないだろうな!? 強大な邪神に憑りつかれ修羅の道をたどる、かなしくも勇ましいひとりの剣士がいたことを……!!」
「ああ、そういう設定(笑)もときどきは思い出しますから」
「……くっ、貴様、ここぞというときにまた()芸を……!!」
「南野、世話になったの。ワシはワレどもがおらんかったら一生外の世界ば知らんかった。クソ親父のこともあったし、ほんに感謝しちょる」
「メアさん、きっと素敵なレディになってくださいね」
「おん!!」
それぞれが別れを済ませる中、メルランスだけが少し離れた位置でうつむいて立っていた。『緑の魔女』に背を押され、一歩踏み出る。
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