№100・×××××・下

「……これを持っていれば、この時点まで時間をさかのぼることができる。ただし、使ったもののみじゃが」


 目を開けると、見たことのある景色が広がっていた。


 いつもの酒場、いつものメンバー、そして『緑の魔女』。


 本当にタイムリープしてしまった……


「どうしたんですか、メルランスさん?」


 『やり直しの鉱石』を受け取りながら、目を丸くしているメルランスに南野がいぶかしげな声をかける。


 よかった、まだ生きている。


「……南野……!」


 思わず涙があふれてきた。いきなり泣き出したメルランスを前に、南野はあたふたと慌て始める。


「な、なにかありましたか!?」


「なんでもない!!」


 『緑の魔女』は歴史を変えるな、と言っていた。今ここで真実を話してしまえば、歴史は大幅に改変されることとなる。


 この先に用意されている惨劇も、何もかもをもう一度繰り返さなくてはならないのだ。正直歯がゆかった。幾人もの死を、悲劇を見過ごすことになるのだから。


 しかし、ここで情に流されてしまえばすべてがめちゃくちゃになる。ぐっとこらえて、メルランスはすべてを知っているのに知らないフリをして、惨劇に挑んだ。


 街が焼かれ、ひとが死に、暗殺者が裏切られ、メルランスが『ギロチン・オーケストラ』の虜囚となる。


 そしてもう一度『終末の赤子』として顕現すると、あとは『フェニックスの尾羽』でたましいの尾を繋がれるまで意識がなかった。


「……あれ? あたしは……?」


 自分の手を見下ろしてぼんやりつぶやく。


「メルランs」


「メルランスさぁぁぁぁぁぁん!!」


 キーシャが飛びついてきた。ここまで同じ、ということは、『終末の赤子』の件も同じように片がついたのだろう。


 こっそりとひと安心して、メルランスは知らないフリをし続け、その後の自分を演じ続けた。


 『ギロチン・オーケストラ』の壮絶な最期、拷問師がたましいの尾を切られ、すべてが終決する。できるだけ歴史の流れを変えないように、メルランスは『赤の魔女』の登場を待った。


 やがて眼前に赤い女が現れ、


「あら、お仲間のみなさんは初めましてね。そう、私が『赤の魔女』よ」


 同じ流れだ。今のところ何も変わっていない。


 赤い大爆笑が弾け、そして『緑の魔女』が乗っ取られそうになるところまでやってきた。


 南野が『死神の鎌』を取り出したところで、


「ちょっと待って!!」


 ここでようやく流れが変わる。


 メルランスに引き留められた南野は『死神の鎌』を握りしめながら、


「どうしたんですか、こんなときに!?」


「いいから!!」


 メルランスは『道具箱』を漁り、『ゲムネント』……真っ黒な石板を取り出した。


 これは目の前のもののたましいの名前と残り時間が記されているもので、現在は南野の名前と秒読みの時間が刻まれている。


 メルランスは『緑の魔女』謹製の短剣を振りかぶり、


「これで……全部取り戻す!!」


 特殊な刃先で刻まれた残り時間の部分に振り下ろした。


 黒い石が削れ、カウントダウンが止まる。


「よし! 南野、行って!!」


「わ、わかりました!!」


 どういうことかわかっていない南野が『死神の鎌』を構え、『緑の魔女』を乗っ取ろうとしている『赤の魔女』のたましいに刃を振り下ろす。


「こンのぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 じぎん!と音がして、『死神の鎌』が『赤の魔女』のたましいの表面を切り裂いた。ぐ、ぐ、とそのまま核に迫る。


 そのとき、『死神の鎌』に亀裂が走った。


 ダメだったか……!?とメルランスがくちびるをかみしめた、そのとき。


「なんの、これしきぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 南野が吠える。『オーバーシンクロ』の金色の鱗粉が、まるで花火のように弾け、『死神の鎌』を黄金の光が包み込んだ。


「……ま、まさか……!」


 『赤の魔女』が初めて狼狽した。鋭さを増した『死神の鎌』は折れることなく核へと進んでいく。


「なぜ!? どうして斬れるのよ!?!?」


 混乱している間に、『赤の魔女』のたましいの核はついに一刀両断されてしまった。


 南野はすかさず『道具箱』のふたを開ける。


「お前が最後のレアアイテムだ、×××××!!」


「……南野ォ、アキラぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そうだ、この声を聞きたかった。


 切断された『赤の魔女』のたましいは『道具箱』の最後の升目に吸い込まれていく。やがてすべての赤が消え去り……


「……やった、ようじゃの……」


 息を荒らげる『緑の魔女』がつぶやいた。


 まだ実感がわかずぼんやりしている南野の肩を、メルランスが叩く。


「やったじゃん! これでコンプリートだよ、南野!」


「…………コンプリート…………」


 最後の升目は埋まった。


 南野はとうとう100のレアアイテムを集め切ったのだ。


 その事実は徐々に実感に変わり、よろこびがマグマのように込み上げてくる。


 南野は泣きそうな笑みを浮かべて、ただちから強く拳を蒼天へと掲げるのだった。

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