№99・やり直しの鉱石・6
どうにかへその緒の根元までたどり着くことができた。ここへ来るまでに散発的に攻撃はしたが、眼球に点のようなシミを作るだけで成果はなかった。
赤子は沈黙を保ったままで、さいわいにもこれ以上の打撃を受けることもなかった。
へその緒が生えている更地周辺には巨大な赤い魔法陣が輝いており、『直死のモノクル』で見た通りここが攻略のポイントであることは間違いない。
しかし、来てみたところでなにか策があるわけでもなかった。
「……なんでなにも思いつかないんだ……!!」
南野は自分の至らなさを心底悔いた。自分がこんな状態だからこそ、仲間は死ぬ。メルランスも助けられない。想像を絶するような自責の念が押し寄せてきた。
そんな南野の肩を、キーシャがぽんと叩いた。
「そんなに自分を責めないでください。ひとりで考えて答えが出ないなら、みんなで考える。そうやって補いあうのが仲間でしょ?」
「キーシャさん……」
こんな局面でさえ、彼女は周りのみんなのことを気遣っていた。それに比べて自分は……と負のスパイラルに陥る前に、ひと呼吸置く。
「……なにか、可能性はありませんか? ほんのわずかでもいいんです、あの赤子を消し去る可能性は?」
南野の問いかけに、キーシャはうなずいて見せた。
「可能性はあります。南野さんが『直死のモノクル』で見たのがこのへその緒ですよね。これはおそらく、メルランスさんのたましいの尾でもあると思うんです」
「……メルランスさんの……?」
「はい。受肉の要因となっているメルランスさんのたましいごと尾を切れば、あるいは」
これは危険な賭けだった。もう復活のためのレアアイテムはない。メルランスを見捨てなければならないのだ。
それに、このへその緒がメルランスのたましいとはまったく関係ないこともあり得る。
それよりもっと案じていることを南野は口にした。
「ホムンクルスにたましいはあるんですか?」
そこを間違えると大前提から覆ることになる。キーシャは慎重に言葉を選び、
「基本的には空の肉体だとされています。けど、生育の過程でわずかに形成されたたましいもあると思うんです。そのわずかなたましいが『終末の赤子』を肉体に繋ぎ止めている接着剤のような役割を果たしていると考えられます」
「……つまり、メルランスさんのたましいごと尾を切るのが正解だと」
「あくまでたましいがあればの話なんですけど……すいません、仮定と憶測ばかりの作戦ですね」
謝るキーシャに、南野は首を横に振って見せた。
「充分です。その賭けに乗りましょう」
もう蘇生のためのレアアイテムはない。メルランスのたましいがどうなるのかはわからない。
だが、メルランスがここにいたらここで食い止めろと言うだろう。
たとえ、自分のたましいを犠牲にしても。
南野は『死神の鎌』を取り出した。大きな鎌からはすらりと曲線を描く刃が伸びている。これでたましいの尾を切るのだ。
鎌を構えながら、南野は言った。
「こころならきっとあります! それは俺たちが一番よく知ってるはずでしょう!」
あんなに笑って、泣いて、怒っていた彼女。いとしい彼女。そんな彼女にこころがないというなら、一体他の誰の中にこころがあると言うのだろうか?
上空の赤子の瞳が、ふと空の高くを見上げた。巨大な手を振りかぶると、宙に膨大なエネルギーを叩きつける。
耐え切れず時空の裂け目ができ、魔界へのルートが開かれようとしていた。
『終末の赤子』があの空を崩して魔界に向かってしまう前になんとかしなければならない。
南野は『死神の鎌』を振りかぶり、途方もなく太いへその緒に刃を叩きつけた。
「でぇぇぇぇぇぇぇい!!」
叫びと共に刃がへその緒を切り裂き、断ち切る。
これでメルランスのたましいの尾も切れてしまった。
あの死神が言っていた『いずれ愛するもののたましいの尾を切ることになる』というのはこういうことだったのか、とふと思い出す。
魔法陣から切り離された『終末の赤子』は、完全にその動きを止めた。無風の静寂が世界を包む。
さらさらとなにかが落ちてきた。灰のような、砂のようなそれは『終末の赤子』が崩れ去っていく残骸のようだった。
時間をかけてゆっくりと崩壊していく『終末の赤子』は、世界中に灰色の雨を降らしながら、やがて完全に消失してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます