№99・やり直しの鉱石・5

 まず取り出したのは『フェニックスの尾羽』だ。『オーバーシンクロ』の金粉がきらりと舞う。


 それをキリトと思しき血のシミの上に置くと、光が集まってひとの形になった。


「……う……」


「キリトさん!!」


「……俺は……?」


「寝ぼけているヒマはありませんよ!」


 今度は『生命の指輪』を取り出すと、メアだと思われる遺体の上に安置した。『オーバーシンクロ』の光がこぼれる。


 血のシミや辺りに吹き飛んだ肉片や装備品が寄り集まり、やがてメアの形を取り戻した。


「……けほっ……あれ、ワシくたばったんじゃ……?」


「メアさんも! とりあえず、キーシャさんをお願いします!」


 まだよくわかっていないキリトとメアに気絶したキーシャを託すと、南野は次なるレアアイテムを『道具箱』から取り出した。


 『千本刀』を握る手に金の鱗粉が舞う。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 高らかに吠え、『千本刀』をまっすぐに巨大な瞳めがけて投げる。赤い光をまとった妖刀は、まっすぐに空を裂いて遥か上空の瞳に突き刺さる。


 ほんの少しだが、白目の部分に赤い点が出来た。しかし、それだけだった。


「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 今度は『ヤードラの槍』を取り出し、『オーバーシンクロ』のちからを借りてまた投げつける。炎の矢となった『ヤードラの槍』は、またしても『終末の赤子』の眼球にほんの少しだけの傷をつける。


 微々たるものだが、ダメージを与えられている。たとえそれが全体の0,00000000000001%でも構わない。


 ダメージを与えられるということは、殺せるということだ。生き物は必ず死ぬ。


「そうだ……!」


 南野は『直死のモノクル』を取り出し、それをつけて『終末の赤子』に視線を合わせた。


 かすかにだが、へその緒付近が光っているように見えた。


 だが『直死のモノクル』は次の瞬間には粉々に割れてしまった。


「……ぐっ……!」


 破片が南野の眼球に傷をつけ、目から血がこぼれる。


 それに構わず、次は『修羅のマンゴーシュ』を手に取って『オーバーシンクロ』をかけ、また空の眼球に向けて投擲した。


 まだ足りないか。


 ならば、もっと別のレアアイテムを……!


「南野さん! コレクションが……!!」


 目を覚ましたキーシャが目を見開いて止めようとするが、南野はやめなかった。


「いいんです!!」


「そんな……だって、あんなに一生懸命に集めて……!」


「構いません!! 俺はもっと大切なものを集めましたから!!」


 はっきりと言い放ち、南野は引き続きレアアイテムに『オーバーシンクロ』をかけて次々と使い倒していった。


「……南野……!」


「ワシらもここらで心意気見せんといけんのぅ!」


「防御は任せてください!」


 南野の姿に、復活した仲間たちも奮起した。


 キリトが魔法を放ち、メアは岩石をハンマーで打ち上げる。


 ほんの爪の欠片程度でもいい、少しでもダメージを与えなければ。


 そこに活路があるはずだ。


「『直死のモノクル』でへその緒が光って見えました! 根元の魔法陣のところまで行きましょう!」


『応!!』


 ちから強く答えた仲間たちは、南野といっしょに広場のあったところまで駆け出していった。


 


 一方、そのころ魔界では、魔王指揮下のもと多くの魔人が空に向かって防御結界を張っていた。魔王をはじめとした魔人たちは魔界から出られない。今できることといえばこれくらいだった。


 今ごろ向こう側では惨劇が繰り広げられているのだろう。


 南野たちにすべてを託した魔王は、魔王城の屋上に立ち、赤く染まった空を見上げた。


「……頼んだぞ……!」


「魔王様、準備が整いました」


「うむ。早速飛ばせ」


「かしこまりました」


 部下の魔人が、空に向けてスカベンジャーを放つ。その怪鳥の足には『フェニックスの尾羽』がくくりつけられていた。


 何かの役に立てばと魔王が命じて南野たちの元へ送ったのだ。


 今できることといったらこれくらいしかない。


 魔王の身でありながら祈るような心地で南野たちを思った。


 


「国王陛下! お下がりください!!」


 『終末の赤子』は王都付近にも顕現していた。王城のテラスからは赤子のわき腹が見える。


 臣下にそう言われても、国王は下がろうとしなかった。


 もともとは日和見主義の国王が招いた事態だ。今この瞬間の国民の安全がすべて。


 その国民の安全が、今危機に瀕している。


 今更ながら、あまりに重すぎるものを南野たちに背負わせてしまったと後悔していた。


 しかし、国王たるもの、すべての国民を守る義務がある。


「全兵力を民間人の救助に投入せよ」


「しかし、もうこの世界は……!」


 こんな最悪の事態になってもなお、国王は鷹揚に笑った。


「本当に世界が終わるその瞬間まで、私は国王なのだよ。それまでは最善を尽くさねばならない。兵たちに強制はしない。逃げ出すものは捨て置いて構わない。ただ、国民を守る志のあるものは手を貸してほしい」


「……陛下……!」


 臣下は国王に敬礼をして、すぐさま兵の調整へと向かった。


「……すまぬな、南野よ……」


 ただひとりの男にすべてを託して、国王は世界の終末の光景を見詰めていた。


 


「フラウ、ここももう危ないです!」


「そんなこと言ったって、安全な場所なんてあるわけないじゃん!」


「せやで! なんや知らんけどこれが南野はんたちの言うとった世界の危機や!」


「私たちのちからじゃどうにもできない!」


 口々に言う仲間たちの声を聞きながら、小さな勇者は空一杯に広がる巨大なくるぶしを見上げていた。


「これが、おにいちゃんたちが言ってた……?」


「そうです! きっと世界が終ろうとしているに違いないです!」


 だとすれば、世界を救う旅をしている自分たちはなにをすべきか?


 勇者は背中から弓を取り出すと、矢をつがえてちからいっぱい弦を引き絞った。放たれた矢は当然ながら空には届かずどこかへ落ちていく。


 それでも、勇者は矢を放ち続けた。


「フラウ、なにを……?」


「僕は勇者だ! なのになにもしないなんて、そんなことできないよ!!」


「フラウ……!」


 勇者のちからはちっぽけだ。しかし、少しでもなにかしたかった。


 それが、世界を救う勇者のさだめだと、あの男は言っていた。


 勇者は届かない矢を放つことをやめず、こころの中で願った。


 どうか、世界の終焉を救ってください……!

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