№99・やり直しの鉱石・4

 頭上の赤子の瞳が地面に近づいた気がした。


 気のせいではない、地上に降りてこようとしているのだ。


 雲を割って、また巨大な指が出てきた。今度は指だけではない、手のひら全体が降りてこようとしている。


「だ、『第八十六楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、空を突きそびえる光の城壁の旋律を解き放て!』」


 とっさにキーシャが防壁を張り、ぎりぎりで南野をそのドームの内側に引きずり込む。キリトとメアは間に合わなかった。『緑の魔女』は自力で結界を張れるだろうが……


 強烈な風をまといながら、『終末の赤子』の手のひらが遠く離れた山に降ろされる。


 その瞬間山は爆砕し、砕けた岩や木々が衝撃波と共に飛んできた。


 当然南野とキーシャはまたしても防壁ごと吹き飛ばされ、きりもみしながらさらに遠くの地面へ叩きつけられる。


 落下の衝撃でキーシャは気を失っていた。頭を打っていなければいいのだが。


 障壁が解け、辺りは瓦礫が散らばるばかりの更地になっていた。周辺の山々が砕け散り、遠くまで地平線が続いているのが見える。


「……みんなは……!?」


 キーシャの障壁に入れなかったキリトとメア。ふたりはどうなっているのだろう?


 胸騒ぎがして、南野はキーシャを担いでもとの地点へと走った。


 何度も足がもつれ、転びそうになった。元の地点というのも目印が消え失せているのでよくわからない。


 しかし、南野はちからを振り絞って飛んできた方向へと走った。もう息は上がり、満身創痍だ。


 更地になったおかげで探しやすくなったせいか、南野はほどなくして見つけた。


 赤い果実のように潰れたふたりの遺体を。


「……っ……!」


 込み上げてくる吐き気をなんとかこらえる。キリトもメアも、飛んできた山の岩に押しつぶされて、原型もとどめず血のシミになっていた。本人だという確証すらない、凄惨な遺体。


 これが今までいっしょに笑いあい、ときに喧嘩をしながら旅をしてきた仲間だとは到底思えなかった。


 あまりにもあっけなさすぎる。赤子はただはいはいの一歩を踏み出しただけだ。それだけで、こんな惨状になるなんて。


 落涙することも忘れて、南野はふたり分の血だまりを前にして呆然としていた。


 ひとり、またひとりと仲間が死んでいく。


 ここは紛れもない地獄だ。


 今まさに世界が終ろうとしている。


 大切な仲間たちも、愛するひとも守れず、南野はただそれを眺めていることしかできない。圧倒的に無力だった。


 ……待て。


 いや、待て。それはおかしい。


 無力だからといってすべてをあきらめるのか? 仲間たちを失い、立ち尽くしているヒマはあるのか?


 みんな、自分が無力だということはいやというほどわかってたはずだ。


 しかし、全力を尽くした。


 絶望してなにもかもを投げ出すのは、そんな仲間たちに対して恥ずべきことではないのか?


 今までもそうだった。


 絶体絶命のピンチだとしても、必ず活路を開いてきた。


 この世界の崩壊を止める? そんなことはどうでもいい。


 ただ、仲間たちに、縁を繋いできたひとたちに、胸を張れるような自分でありたい。


 ひとりだけ折れているヒマはない。


 自分だけができることがきっとあるはずだ。


 必ず打つ手はある。いつだってゲームの盤をひっくり返してきたじゃないか。


 南野は完全にこころが折れる寸前で持ち直した。その瞳には覚悟と意志の光が宿り、頭上の赤い瞳を睨みつける。


「……絶対に、あきらめないぞ……!!」


 なにをしてでも止める。すべてを取り戻す。


 そうこころに決めて、南野は『道具箱』を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る