№99・やり直しの鉱石・3
「南野さん! ぼろぼろじゃないですか! キリトさんが終わったらすぐ治癒魔法を!」
街の広場があった場所には、すでに他の仲間たちが集まっていた。あの衝撃で皆大打撃を食らったらしく、今はキリトがキーシャの治癒魔法を受けている。
キリトの治癒が終わり、今度は南野だ。折れて痛んでいた場所がすぐさまラクになっていく。
「こんデカブツ、どげんすっと……?」
メアが途方に暮れたように空を見上げた。今もまばたきで風が巻き起こっている。ちょっとやそっとのことではどうにもならないだろう。
「……すまぬ。解呪の方法までは研究が及ばなんだ……」
『緑の魔女』がそう言うからには、生半可な解呪魔法は使えないだろう。
「ひと泣きしただけで街が吹っ飛ぶんだぞ!? 冗談じゃない!!」
「これが魔界に向かい始めたら、もう終わりですね……」
今は空に留まっているが、次元を裂いて魔界へ入ってしまったら世界が終わる。何もかもを巻き込んで、『ギロチン・オーケストラ』の積年の恨みが解き放たれてしまう。
そうなる前に、なんとかしなければならないのだが……
「……すみません、なにも思い浮かばなくて……」
南野がちからなくうなだれる。パーティのブレーンである南野がそんな状態では、誰も解決策を打ち出すことはできなかった。
「このへその緒、切ってみればいいのではないか?」
キリトが安直な案を出すが、それはすぐさまキーシャに否定された。
「へその緒がなくなってしまえば、それこそ魔界へ飛んでいってしまいます。今この世界と『終末の赤子』を唯一繋ぎ止めているのがこのへその緒ですからね」
「……そうか……」
「やっぱ物理的にどつかんといけんようじゃの!」
「それも無理があります」
ふたり続けてキーシャに論破され、そろってうつむくキリトとメア。
「大丈夫です! 受肉した以上、必ず肉体を切り離してもとの世界に還す方法があるはずです! 生物は必ず死ぬんですから!」
「じゃあどうすればいいのだ!?」
「……えーと……」
キーシャが二の句を継げずに口ごもる。
そうしているうちに、赤子の巨大な眼球がまっすぐにへその緒付近を見た。ちょうど南野たちが集まっているところだ。
ぐあ、と空を割って何かが現れた。それが指の一本だと気付くまで時間がかかった。
赤子の指はごうごうと空を裂き、へその緒を切ろうと南野たちに迫る。
「みなさん、集まってください!!」
緊迫した声で叫ぶキーシャの言う通り、ひと固まりになるパーティ。
「『第八十六楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、空を突きそびえる光の城壁の旋律を解き放て!』」
防御用の光の障壁がドーム状に南野たちを覆い、赤子の指を止めようとした。
が、先ほど以上の衝撃波が押し寄せ、防御障壁ごと吹っ飛んでしまう。
止めるどころかただ砕け散る地面を遠目に見ながら、シェイカーの中のカクテルのような状態で障壁の中を転げまわるメンバー。
さいわいにも地面に叩きつけられることと、仲間がばらばらになることは避けられたが、もしあの指が直撃していればキーシャの防御障壁など一瞬で粉々になっていただろう。
再び街の外まで飛ばされて、目を回しながら立ち上がる南野たち。
「……これは……もう……」
「バカ者!! 貴様があきらめてどうする!?!?」
匙を投げようとした南野の胸倉をつかんだのは、キリトだった。いつもの格好をつけた面構えをかなぐり捨て、半ば泣きながら南野に詰め寄る。
「この程度の災厄、いくつも乗り越えてきただろうが!! いつだって貴様がなんとかしてくれた!! その貴様があきらめてどうするのだ!?!?」
「……キリトさん……」
「貴様の作戦ならば、俺たちはよろこんで手となり足となる!! たとえその結果死のうともな!! それだけ貴様を信頼しているのだ!! 男として、その信頼に応えないでどうするのだ!?!?」
がくがく揺さぶられながら、南野は苦しげに首を横に振った。
「ダメなんです。なにも思い浮かばない……俺は、みなさんが思ってるほどの人間ではないです……」
「……!……もういい!!」
激高して胸を突き飛ばされた南野を置いて、キリトが上空の赤い瞳に向き直った。
「おい!! そこの赤子!! 勝負しろ!!」
言うなり、呪文を唱え始める。
「『第二百五楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、空を裂き仇成すものを穿つ光の旋律を解き放て!』」
悲痛な叫びのように魔法を完成させ、大きな光の弓矢を携えるキリト。弦を引けば、光の矢がつがえられた。キリトの手で解き放たれたその矢は、紫電をまといながらまっすぐに赤子の眼球へと向かっていく。
ぱちり、眼球の表面で小さな雷光が爆ぜる。
……それだけだった。
赤子は想像を絶して強大であり、キリトの全力の魔法など蚊に刺された程度のものだった。
あまりに無力だ。かなしいくらいに無力すぎる。
「……クソっ……!!」
奥歯を噛みしめながら、キリトは地面を殴りつけた。
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