№99・やり直しの鉱石・1
「これを持て」
着々と結界が破られていく中、酒場の外で待機していた南野たちに、『緑の魔女』がこぶし大の石を差し出した。緑に輝くクリスタルのようなものである。
「なんですか、これ?」
「バカもの、本分を忘れたか? 次のレアアイテムじゃ。『やり直しの鉱石』……これを持っていれば、この時点まで時間をさかのぼることができる。ただし、使ったもののみじゃが」
要はセーブポイントか。レアアイテム蒐集どころではないのですっかり忘れていたが、次のレアアイテムはコレらしい。
「なにごともなければよいのじゃが、なにかあったときのために」
南野たちにすべてを託すしかない無力な自分を悔いているのだろう、『緑の魔女』がこころ苦しそうに告げる。
「ありがとうございます」
その後悔といっしょに『やり直しの鉱石』を受け取った南野は頭を下げ、きたるときを待った。
そして、『緑の魔女』が予測していた昼過ぎ。
「……来るぞ」
ぽつりとこぼす魔女の言葉通り、騒ぎの声が城門の方から聞こえてきた。それはだんだんと南野たちの方へと近づいてきて、とうとう黒いフードの姿が見えてくる。
それは阿鼻であり叫喚だった。
黒いフードたちは波濤のように際限なく押し寄せ、その通った道には血の海が出来上がっている。殺して、殺して、殺している。
今もまた子供が剣で斬り倒され、血を吹き出しながら息絶えた。
『ギロチン・オーケストラ』は全員でやって来た。
そして、一般人をも巻き込んで殺戮の惨劇を繰り広げている。
なりふり構わぬ総力戦。恐れていた事態が現実となった。
しばらく唖然としていた南野たちだったが、我に返り、
「みなさん! 助けられるひとは助けて、とにかく無理をしないようにメルランスさんを守りましょう!」
南野の掛け声で、パーティが一斉に黒いフードたちにかかっていった。
他の冒険者たちも善戦しているが、逃げ出すものの方が多い。市民のために戦っているものはごくわずかだ。
「『第百五楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、巨人の鉄槌を大地に振り下ろすがごとき旋律を解き放て!』」
キーシャの重力波が『ギロチン・オーケストラ』たちを地面に叩き伏せる。
「『第九十八楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我が両の足に風を切る翼を与える旋律を解き放て!』……『瞬歩斬』!」
加速バフで敵陣に突っ込んだキリトが四方から襲い来る敵と切り結んでいる。
「おっどりゃああああああああ!!」
メアのハンマーがうなり、ばたばたと敵をなぎ倒していく。
南野たちの周囲の黒いローブたちはほとんど倒れ、空白地帯が出来上がっていた。それでも、次々とわいて出てくる黒いローブはその空白地帯をすぐに埋めてしまう。これでは消耗戦でこちらの負けだ。
キーシャがだんだんと防御障壁を張ることに集中し始めた。
キリトの剣が明らかに遅くなり、バフの効果も短くなっている。
魔法の集中砲火を受けたメアがぼろぼろになりながらハンマーを振るっている。
「あたしたちも……!」
劣勢を見かねてメルランスも戦線に加わろうとしたときだった。
「あなたの相手は私です」
静かな声と共に、屋根から降ってきた人影がメルランスに刃を向ける。
黒いローブの中の白いローブ。暗殺者だ。
「僕もいますよー」
いっしょに降りてきたのは拷問師で、いつも通りのへらへらした笑みを浮かべている。
このふたりにタッグを組まれてはマズい。南野の中に緊張が走った。
「……と、その前に。お仕事をしましょう」
「そうでしたね。私たちには任務が与えられています」
くるり、南野たちに背を向けた暗殺者と拷問師。
助けを求めて泣きながら這いずる中年女性の背中に、暗殺者は容赦なく刃を突き刺した。貫かれた女性は悲鳴を上げて息絶える。
「……な……!?」
「驚くことはありませんよ。僕らは可能な限り殺してこいと言われてここへ送り込まれたんですから」
にっこりと微笑んだ拷問師が、邪法の呪文を唱える。
邪法が発動すると、辺り一面の一般人がばたばたと倒れていった。おそらく例の即死邪法だろう。こうなるともう助からない。
暗殺者は目につく動くものを迷わず殺傷し続け、拷問師も立て続けに邪法を唱える。
これは連中の作戦だ。
メルランスの性格を考えると、自分のせいで他の人間が殺されることは我慢ならないに違いない。そうやって、自分から出てくるのを待っているのだ。
案の定、メルランスは一歩歩み出て、
「やめて!! 殺すんならあたしを殺しな!!」
暗殺者にそう呼びかけた。
返り血で真っ赤に染まった暗殺者はメルランスを振り返り、
「では、あなたのお望み通り私はあなたを殺します」
「待て! それでは『鍵』が死んでしまう!」
周りの黒いローブたちが止めるが、暗殺者は素早くからだをひるがえすと、一閃で四人んの黒いローブたちの喉笛を切り裂いてしまった。
「邪魔をしないでください」
「貴様、裏切る気か!」
「それは冗談が過ぎます。私は裏切りません。が、彼女とは決着をつけなくてはなりません」
暗殺者を止めようとした黒いローブたちが続々と惨殺されていく。完全な内輪揉めだ。
もう止めるものがいなくなったころ、暗殺者は刀子の刃をメルランスに向け、
「さあ、私と殺し合いをしましょう」
「そう来なくっちゃね……!」
短剣を抜いたメルランスはその誘いに乗った。
これが最後の戦いだ。
「あなたと私はいずれこうなる運命だったのでしょう。すべてを終わらせましょう」
暗殺者が構え、メルランスに牙をむこうとしたそのときだった。
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