№98・追憶のキネマ・1
翌日は雨降りの一日だった。
けぶる雨粒のヴェールに覆い隠されるようにして、世界はただ静かだった。
今のところ、『緑の魔女』の結界が破られる気配はない。しかし、連中がここへたどり着くのも時間の問題だろう。
そんな差し迫った状況の中、南野はひとり、メルランスの部屋の前に座り込んで延々と彼女に語り掛けていた。
返事は一切なかった。が、南野はしゃべることをやめなかった。
「……それで、メルランスさんなんて言ったと思います? 『お金ある?』ですよ? あのときは唖然としましたね、なんて守銭奴なんだって」
旅の思い出や、自分の話、元の世界の話などとりとめもなく言葉が出てくる。
話が尽きることがこわかった。が、さいわいにも話すことは山ほどあった。今まで話してこなかったことがたくさんあった、と言った方がいいか。
「……それでね、メルランスさん、課長の湯飲みが割れたときに、取引先が倒産したんですよ。それ以来、課長の湯飲みで取引先を占うことになって……」
それでも返事はなく、すべては雨音に溶けていった。
雨は夜まで降り続き、雨が止むことがないように、南野は絶え間なくメルランスに語り掛け続けた。
やめてしまったら永遠に彼女が部屋から出てこないような気がした。
そんな強迫観念じみたものに突き動かされて言葉を紡いでいると、他の仲間たちが階段を上って南野のところまでやってくる。
「南野さん、メルランスさんは……?」
「……反応ナシです」
困ったように笑うが、実際は泣き出したかった。それを仲間たちも察したのだろう、それ以上はなにも言わなかった。
代わりに、キリトがなにかの機械を差し出してくる。
「……これを」
「なんですか、コレ?」
受け取って検めてみると、それは映写機のようなものだった。フィルムは真っ黒だが……
「勝手な行動してすいません。けど、私たちはせめて次のレアアイテムを探しに行こうって話になって……それが今回のレアアイテム、『追憶のキネマ』です」
「いえ、ありがたいです。それで、どんなレアアイテムなんですか?」
南野が頭を下げてから尋ねると、キーシャが説明してくれた。
「見たい過去の光景が映る装置らしいんですけど……どういう仕組みになってるのか、私たちじゃ全然わかんなくて」
「こいつでなんとかならんか?」
心配そうなキリトのすがるような声音に、メアの頼み込むような視線に、南野は『追憶のキネマ』を小脇に抱えて立ち上がった。
「なんとかしてみます。とりあえず、ふたりきりにしてください」
「わかりました。お願いしますね」
南野に『追憶のキネマ』を託した仲間たちは、各々自分のねぐらへと帰っていった。
「……さて」
こほん、と咳払いをした南野は、部屋の扉をノックした。
「メルランスさん、過去を知りたくありませんか?」
問いかけるが、扉の向こうはしんと静まり返っていた。
「なぜ自分が生まれてきたのか、自分のルーツを見たくありませんか? ここにその答えがあります」
相変わらず返事はない。が、南野は静寂の中、根気強く答えを待った。
どれくらいの時間がすぎただろうか。
ゆっくりとドアが開いて、その向こうからメルランスが顔をのぞかせた。
「……ほんとに?」
泣き腫らした目元にはクマも浮いていた。顔色は最悪で、見ているだけで痛々しかった。メルランスは怯えた小動物のような表情で南野を見上げる。
「ええ、本当です。いっしょに見ましょう。大丈夫、俺がついてます」
ようやく彼女に受け入れられたような気がして、南野は真剣な顔をしてうなずいた。
「どんな過去だろうと、いっしょにいますから」
微笑んで手を差し伸べると、メルランスはその手を思い切り引っ張って室内へといざなった。
南野は後ろ手に鍵を閉めると、真っ暗な部屋の中でメルランスと手をつないだまま、『追憶のキネマ』を机の上に設置する。映写機は扱ったことがあるが、レアアイテムとなるときちんと動くのか不明だった。
暗がりでスイッチを入れると、壁に真っ白な光が投じられた。だんだんと映像らしきものが浮かび上がってくる。
「ほら、始まりますよ。あなたの物語が」
つないだ手がぎゅっと握られた。ふたりはソファに座り、壁に映ったメルランスの過去を見詰める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます