№98・追憶のキネマ・2
あるとき、あるところに、ひとりの魔女がいた。
今、彼女の目の前には白衣を着た医師らしき人物が座っている。
『残念ですが、あなたのからだでは子供を作ることは難しいでしょう。あきらめてください』
冷静に告げる医師の言葉に、さっと魔女の顔が青ざめる。その青さを、ひとは絶望と呼ぶのだろう。
ふらふらとひとり街をさまよい歩く魔女の目に、子供を連れた夫婦の姿が映る。
しあわせを絵にかいたような、しかしごくありふれた家族の姿。
そのありふれたしあわせすら、魔女は手にすることができなかった。
楽しそうに笑う子供の笑顔を見ると、涙があふれて止まらなくなる。魔女はたまらずその場を走り去った。
血のつながりのある家族が欲しかった。
魔女は何百年も天涯孤独で、家族と呼べるものはなかった。
ひたすらに憧れ、渇望していた。
家族、と呼べる唯一無二の存在を。
夜、魔女は泣きながら眠っていた。
そのとき、ふと思いつく。
そうだ、ホムンクルスを作ろう。
自分の血液を媒体にすれば血がつながっていることになる。
その子を自分の子供にすればいい。
禁じられた行為だとはわかっていた。頭ではわかっていたが、感情がその鎖を引きちぎった。
追われる身となってもかまわない。ただただ、家族が欲しかった。
同じ魔女である友人にも止められたが、魔女はホムンクルスの研究に寝食を忘れて没頭していった。
そうして長年の研究の末、ようやくホムンクルスを作ることに成功する。
赤子の姿をしたホムンクルスを初めて抱いたとき、湧き上がる感情に何と名前をつければよかったのだろう。まるで花がほころび開くような、砂漠で慈雨に遭ったかのような、虹の根元をみつけたかのような、そんな名状しがたい感情だ。
しばらくの間、魔女は星の女神ミルルーシュから取った、メルランスと名付けた赤子といっしょに満ち足りた生活を送っていた。
メルランスはよく泣く子で、あやしているうちに夜が明けることもあった。乳が出ないので、街でミルクを買ってきて与えた。癇癪を起したときは手を焼いた。
そうやって難しい子育てをしてきたが、一度たりとも苦に思ったことはなかった。むしろ、そんな手のかかるメルランスがいとしくて仕方がなかった。
メルランスが笑えば、魔女も自然と笑顔になった。
これが家族だ。
求めてやまなかったきずな。
しかし、ホムンクルスの研究の副産物でできた『禁呪』の存在が日に日にこころをむしばんでいった。
世界を滅亡させる可能性の高い、危険な魔法である。メルランスが鍵となって発現する、禁じられた魔法。
そんな『禁呪』、存在自体が許されざるものだ。
魔女は自分の手の中にトリガーがあることに耐えられなかった。
そうして、とうとう世界の平和のためにメルランスを捨てる決意をする。
寒い日のことだった。
魔女はバスケットの中に何枚もの毛布でくるんだメルランスを置いて、手紙と短剣をいっしょにそえて孤児院の前に立った。
しかし一度置いたメルランスを何度も抱き直した。
これでいいのか。
本当にこの子をひとりにしてもいいのか。
考えているうちにぽろぽろと熱いものが頬を伝った。
『……すまぬ、すまぬ……妾のミルルーシュ……!!』
泣きながら幼子をきつく抱きしめ、それでも置いていく決心をした。
孤児院からひとりで去るときも、何度も何度も名残惜しげに振り返り、孤児院からひとが出てくるのを影に隠れて見届けるまでに、肩にはいつのまにか降り出した雪が積もっていた。
もう二度と家族など欲するまい。
こんなかなしいことがあるのなら、罰として自分は生涯ひとりっきりでいた方がいい。
魔女は孤独を背負い生きていく決意をした。
雪の降る夜には街へ出て、孤児院を見に行ったりもしたが、一度たりとも母親だと名乗り出ることはなかった。
そんな日の夜は孤独にさいなまれて発狂しそうになった。
しかし、それが己が背負った宿業だ。
魔女はそれっきり、森深くの結界の中にこもって生活をすることになる。
時折聞こえる赤子の泣き声のような鳥の声にうなされ、家の中に残った赤子の痕跡を見つけて唐突に涙が止まらなくなり、雪の降る日は街に出、それでも魔女は孤独に生きることを選んだのだった。
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