№97・精霊王の名簿・3

「『第百七十七楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、怒れるサラマンドラの怒声のごとき旋律を解き放て!』」


 キーシャの呪文の結句が戦いの火ぶたを切って落とす。巨大な火球が黒いローブたちのど真ん中へ飛んでいった。きちんと狙えるようになったとは聞いていたが、たしかにまっすぐ向かっている。


 火球が着弾し、すべてを巻き込む爆炎を上げる。これでだいぶ削れたか……?


 その考えは甘かった。爆炎の向こうに見えたのは、幾重にも張り巡らされた強固な光の壁。敵の防御魔法だ。キーシャの魔法は完封された。


「すいません、私のちからが足りないばかりに……!」


「案ずるな小娘! 今度は俺が……! 「『第百五十六楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我がつるぎに神の鉄槌の重みを与える旋律を解き放て!』……『神槌重撃剣』!!」


 呪文を唱えると、キリトの剣に重力バフの赤い光がともった。両の手に双剣を引っ提げて敵陣に踏み入るキリトだったが、その初撃はオーガの黒いローブの斧で受け止められてしまった。


「くっ……このっ!!」


 もう片方の剣を叩きつけようとする前に、キリトの胴にオーガの拳が叩き込まれる。


「……かはっ……!」


 その一撃をモロに食らったキリトが軽々と吹っ飛ばされてしまう。


 それでももう一度立ち上がり、また呪文を唱えるキリト。


「これなら……! 『第九十八楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我が両の足に風を切る翼を与える旋律を解き放て!』……『瞬歩斬』!!」


 今度は加速バフをかけたキリトの剣が、飛ぶようにオーガの黒いローブに迫る。ちからで優る相手にはスピードが効くと睨んでのことだった。


 しかし、砲弾のように突っ込んでいくキリトの足を、光の鎖が絡め取った。敵からのスローデバフ魔法だ。失速したキリトは、またしてもオーガの黒いローブに吹っ飛ばされてしまう。


「アホタレエルフ! ワシがなんとかしちゃる!!」


 ハンマーをひるがえし、メアがパワーにものを言わせて押し切ろうとする。


 そんなメアの突撃に、真正面から敵の攻撃魔法が降り注いだ。魔法耐性の低いメアは、被弾するとなすすべもなく大ダメージを受け、南野たちのところまで弾き飛ばされてしまった。


 敵は圧倒的物量で次から次へとわいてくる。質、量ともに過去最高に手ごわい軍勢だ。


 しかもそれぞれの相性が悪い相手が次の手を打ってくる。手の内は完全に読まれていた。


 このままでは全滅してしまう。


 そう悟った南野は、パーティに声をかけた。


「みなさん! ばらばらに戦わないでください! 連係プレーで足りないところを補いあって、退路を作りましょう!」


『応!!』


 その声に応じたメンバーは戦い方を変えた。ひと固まりになって、一個の運命共同体として黒いローブたちに挑む。


「でぇぇぇぇぇい!!」


 メアが傷ついたからだでハンマーを引っ提げ、敵陣に切り込んだ。そのハンマーが届く前に敵の攻撃魔法が放たれる。


「『『第八十六楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、空を突きそびえる光の城壁の旋律を解き放て!』」


 その攻撃魔法をキーシャの光の障壁が防ぐ。魔法の一撃をかいくぐったメアはこころおきなくハンマーを振るい、敵の一角をなぎ倒していく。


 オーガの黒いローブとちから比べをして、圧倒的な膂力でその斧を振り払い、更に次の敵を探す。降り注ぐ魔法はキーシャがぎりぎりのところで何とかしてくれた。


 一方、キリトは多重詠唱を使い、重力と加速のバフをまとった双剣で戦っていた。


 次々と敵を切り伏せていくキリトの前にオーガの黒いローブが立ちふさがる。その剛腕を振り上げて、キリトを叩きのめそうとしたときだった。


「どっせぇぇぇぇい!!」


 キリトの代わりに、メアのハンマーがその拳を受け止める。


「幼女!」


 ぎりぎりとちから比べをして、その膂力で押し切ったメアがハンマーを振り払い敵をなぎ払った。


 そのメアを止めようと降り注ぐ魔法はキーシャの障壁によって防がれる。


 互いの弱点を補いあう三人は、破竹の勢いで道を開いていった。一点突破で退路を開こうとする。


 が、どうしても物量で優る相手には不足だった。人海戦術で攻めてくる敵に徐々にダメージを与えられ、それが蓄積していく。


 これ以上進むにはより戦力を増強しなければならない。


「メルランスさん!……メルランスさん!!」


 なんとか戦線復帰してもらおうとメルランスの肩を揺さぶるが、彼女はただ壊れたように笑っているだけだった。


「しっかりしてください! この状況をなんとかするにはあなたのちからが必要なんです! 目を覚ましてください!!」


 必死に強く呼びかけるが、その言葉はメルランスに届かず消えてしまった。


 完全にこころを閉ざしてしまっている。


 そうしている間にも仲間たちのダメージは積み重なり、ところどころでミスが目立つようになった。そしてそのミスが次のダメージを招くという悪循環に陥っている。


 このままではマズい。


 どうにかして突破口を見つけなければ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る