№97・精霊王の名簿・2

「これでお前の『禁呪』は我らのものだ。だが、行使の方法はお前しか知らない。吐いてもらうぞ」


 ちからを失っている『緑の魔女』ににじり寄る黒ローブ。その前に、南野が立ちはだかった。


「待ってください! あなたたちは『禁呪』がどういうものか知っているんですか!?」


 拷問師の情報では、まだ『ギロチン・オーケストラ』は『禁呪』についてなにも知らないはずだが……


 黒いローブたちが一斉に笑う。


「知っているとも。『終末の赤子』をこの世界に召喚する術式……そこのメルランス、ホムンクルスを器にしてな」


 ……しばらくの間、黒いローブの言葉が理解できなかった。


「…………は?」


 出てきたのは間の抜けた声だ。今、聞き間違いでなければ、黒いローブはメルランスがホムンクルスだと言った。


 ホムンクルスと言えば、瓶の中の小人……錬金術によって生み出される、人造人間のことだ。普通の人間とは違う。


 今まで、笑ったり泣いたりしてきたメルランスの顔を思い浮かべた。そのメルランスが、ホムンクルス……?


「で、デタラメを言わないでください! メルランスさんがホムンクルスだなんて、そんな……!」


 出てきたのは否定の言葉だった。認めたくなかった。彼女がただの空っぽの肉の入れ物だったなんて。


 黒いローブたちは笑ったまま、


「そうだろう、■■■■■?」


 改めて真名で呼ぶと、『緑の魔女』は顔だけをゆっくりと上げた。顔色が土気色の彼女は、その言葉を肯定も否定もしなかった。


「……そん、な……」


 一番ショックを受けているのはもちろんメルランス本人だ。からだをがくがくと震わせ、青ざめて目を見開いている。自分が人造人間だと知れた彼女の心境を考えると胸が痛んだ。


「……あたしは、人間じゃなかった……ただの、入れ物だった……?」


 たましいが抜けていくような声がただただ悲痛だった。


 唖然とした一同を見て、黒いローブたちの笑みが深まったように見えた。


 しばらくの間、驚愕のあまり何も言えないでいたメルランスだったが、突然火がついたように支えていた『緑の魔女』の胸倉をつかんで揺さぶり始める。


「ねえ、そうなの!? 本当にあたしは空っぽの入れ物なの!? 今までさんざん母親面して、あたしは作り物だったの!?!?」


「…………」


 『緑の魔女』もまた何も言わず、ただただメルランスから非難するような声を浴びせられていた。


 どれだけの罵詈雑言が発せられただろう。到底母親に向けるべきではない言葉をいくつも投げかけて、『緑の魔女』からなんの反応も得られなかったメルランスは、急に『緑の魔女』から手を離して、むなしい笑い声を上げた。


「……はは……そっか……ニセモノ、だったんだね……」


 ははは、と空っぽの笑みを浮かべて、メルランスはその場に膝を突いた。


 こんなとき、どんな言葉をかければ彼女は救われるだろう?


 きっと、どんな言葉も空々しく聞こえるだけだ。


 そもそも、救おうとすることすら傲慢なのかもしれない。


 突き付けられた衝撃の事実に、だれもがなにもできなかった。


 そういえば、魔女のエレニシアが『緑の魔女』はホムンクルスを作った罪で追われていると言っていた。まさかそのホムンクルスがメルランスのことだったとは。


 言われてみれば、なるほど『禁呪』の鍵だ。メルランスという空の器がなければ『終末の赤子』はこの世界に顕現することはできない。そして、ホムンクルスとはそうやすやすと作れるものではないらしく、なおさらメルランスが『禁呪』の完成には必須ということになる。


 ばらばらだったパズルのピースがすべてはまったような気がして、南野はなんとも言えない気分になった。


 こんなパズルの完成図なんて、見たくなかった。


「取り込み中のようだが、こちらの要件を先に済ませてもらおうか」


 黒いローブがこのやるせない空気をかき分けるように言った。


「■■■■■、『禁呪』の行使方法を教えてもらおうか。そしてメルランスは我々とともに来てもらう。ネクロマンサーは失敗したようだが、この精鋭相手にはなすすべもあるまい」


 ずらりと居並ぶ黒いローブたちは、一筋縄ではいかない相手らしかった。よく見れば、角のあるものや耳の長いものもいる。オーガにエルフ、たしかに精鋭だった。


 無言を貫く『緑の魔女』を前にして、黒いローブは冷徹な声音を放つ。


「家を漁れ」


 背後にいた他の黒いローブたちが『緑の魔女』のねぐらに足を踏み入れようとした。


「やめろ!!」


 その前に立ちふさがった南野たち。敵が圧倒的であろうとも、ここから先に進ませるわけにはいかない。


 ただ、『緑の魔女』は魔法を奪われて無力だ。そしてメルランスもまた、ショックから脱せず呆然自失状態だった。とても戦力には数えられない。


 今いるメンバーで、なんとかして黒いローブたちを食い止めなければ。


 踏ん張るべき場面だ。皆それをわかっているらしく、各々の瞳には気力がみなぎっていた。得物を構え、襲い来る黒いローブたちを迎え撃つ。


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