№80・千里の義眼・7
酒場に着いた途端、どっと疲れが出てきた。皆くたくただ。やっと安堵したメンバーはそれぞれ椅子に腰を落ち着かせた。
「……まずは、謝らせてください」
誰も何も言わない中、南野だけが静かにそう告げた。
「今回の件、すべては俺の判断ミスが招いたことです。メルランスさん、みなさん、本当に申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる南野に、当然ながら非難の声は上がらなかった。
「まあ、これでいろいろわかったこともあるし、結果オーライってやつじゃない?」
「そうですよ! 南野さんひとりが悪いわけじゃありません!」
「その潔い謝罪、さすが俺が惚れこんだ男だ」
「終わったこつじゃ、そげん深刻に考えんでええ」
口々に慰めの言葉をかけてくれる始末だ。こんな情けないリーダーにはもったいないパーティだと南野は頭を下げたまま涙腺を緩めた。
その後も何度も謝り、仲間たちがもういいと強めに言うまで南野は己のふがいなさを謝罪し続けた。
「……みなさん、すみません……どうも今回は感情的になりすぎて……」
「あの拷問師が相手でしたからね、しかたないです!」
おそらくそれだけが理由ではないのだが、あえて口に出さないでおく。
「では、メルランスさん。あなたが見聞きしてきた組織の内情を教えてください」
「わかった」
口を開いたメルランスが内部に入り込んで探ったことを説明する。
言葉を重ねるたびに、南野の顔色は悪くなっていった。
「……ラスボスがいない、ですか……」
「うん、直接民主主義だってさ。つまり、終わりがないってこと」
それは厄介だ。わかりやすい黒幕がいたらそいつを倒しておしまいなのだが、そういった目標がないと一体どうすれば組織を打倒できるかがわからなくなってしまう。
考え込んだ南野はぶつぶつとつぶやいた。
「……『禁呪』を徹底的に潰せば、あるいはこころを折られてくれるかもしれませんね……連中にとっても一大事業ですから、それが水泡に帰すればなんとか……」
「ともかく、『禁呪』の阻止が第一目標ということだな!」
「今までとあんま変わらんのぅ」
メアの言う通り、これまで通りレアアイテムを集めるしか方法はない。他の方法を取れば、娯楽を失った『赤の魔女』による介入がありうるからだ。
「拷問師……あいつも危険な手札だってわかったしね」
「……思い出しただけではらわたが煮えくり返ります」
結局彼はどっちつかずのコウモリらしい。今後は切り方を変える必要がある手札だ。
「でも、『千里の義眼』でのぞき見されることはもうないね」
「ですね。今後もこちらの動向が筒抜けだと動きづらいですから。その点は連中から一本取った、というところでしょうか」
今や『ギロチン・オーケストラ』のメンバーはてんやわんやだろう。せっかく手に入れた南野たちを監視するレアアイテムが奪い取られたのだから。
「ですが、安心はできません。メルランスさんのご報告通り、しびれを切らして皆殺し覚悟の総力戦で挑んでくるのは時間の問題です。『ギロチン・オーケストラ』は国の中枢にも国教の中枢にもいます。そんな連中に全力で来られたら、いくら俺たちでもひとたまりもありません」
今回はたまたま切り抜けただけで、権力者たちや精鋭たちが本気になってかかれば、いつでも南野たちを潰せるのだ。それをやらないのはメルランスごと殺してしまう可能性を考慮してか、はたまた南野たちをメルランス奪取のための材料として使おうとしているのか。
どちらにせよ、総攻撃で来られたら今のところ万に一つの勝ち目もない。
「重要なのは早急な対応です。連中が総力戦に打って出る前に、なんとしてでもレアアイテムを集め切らないと……!」
時間との勝負なのだ。今、南野の尻には火がついている。世界の命運と、仲間たちのいのちがかかっているのだ。今回のようなヘマは許されない。
一刻も早くレアアイテムを集め切り、『禁呪』を阻止する。たった一時間でも早く、だ。
正直、南野は焦っていた。重い荷物を双肩に乗せられ、時間には追われ、正常な思考能力を失いつつあった。
ただただ早く、すべてを集め切る。そのためにはなにをしてもかまわない。あまりに大きなプレッシャーが、南野をじわじわと追いつめようとしていた。
「とにかく、みなさん……特にメルランスさん、今日のところはゆっくり休んでください。明日からまた過酷な日程ですから」
南野の言葉に全員がうなずき、特に何も言わずに解散となった。
夜を徹しての大作戦、さすがに南野も疲れた。伸びをしながら自室の物置へと向かおうとしていると、背後から声がかかった。
「……南野」
「どうしたんですか、メルランスさん?」
振り返ると、メルランスが肩にかけてやったジャケットを差し出しながら言った。
「……あのさ……あのとき言ってたじゃん、『大切なひと』って……それって、どういう意味で……?」
もじもじしながら何かを期待するような声で問いかけるメルランス。
ぐっと言いよどんだ南野は、必死に言葉を探して当たり障りのない返事をする。
「言った通りですよ。大切な仲間です」
「……ふぅん、そっか……ならいいや。朝だけどオヤスミ、南野」
明らかに落胆したような表情を見せたメルランスは、そのまま二階の自室に上がって行ってしまった。
南野の中に、なにか言語化できないもやもやがわだかまる。本当は別の言葉で応じたかったのに、自分の中の理性がそれに待ったをかけた。
そして、ここにもまた、不穏の種が生じてしまったのである。
「……眠らなきゃ」
集めるために眠る。それだけだ。南野は改めて自室の物置へと去っていく。
いろいろと消化不良のまま、レアアイテム蒐集行は続くのだった。
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