№81・小人薬・上
小さくてかわいいやつ。
それはいつの時代も愛される存在だ。
特に女性は嫌いなひとはなかなかいないだろう。
手乗りサイズの生物が泣いたり笑ったりして一生懸命に生きていく姿にきゅんとするものは多いと思われる。
では、もし自分がそういった生物になれるとしたら?
その問いかけにはほとんどのひとがうなるだろう。
小さくてかわいくて愛される存在。
しかし、小さくてかわいいとは無力なものだ。
自分よりも大きな生物と共存し、ときに戦わなければならない。
そういった様々なリスクを考慮して、自分から小さくてかわいいものになるのをためらうひとが大半だろう。
愛されるためには、大小の危険はつきものなのだから。
「『小人薬』……? なんですか!? 魔法薬の一種ですか!?」
南野が『レアアイテム図鑑』を開くと、早速キーシャが食いついてくる。
落ち着くよう言ってから、南野は説明書きを読み上げた。
「『これを飲んだものはからだが縮み、小人になってしまう』……これだけですね」
「小人……なんだか小さくてかわいいですね!」
キーシャがはしゃぐ傍らで、南野は『それってちいかわじゃ……』と胸中で有名な漫画を思い浮かべた。
「へえ、面白そうじゃん」
ブランチを食べ終え、口の周りをナフキンでぬぐうメルランスが話の輪に入ってくる。キリトとメアも飲み物を持って集まってきて、
「ほう、これはまた小癪な薬だな……」
「ワシ、小さくてかわいいもん大好きじゃ! ワシもなってみたいのぅ!」
今回の蒐集行は穏やかな道行きになりそうだ。危ない気配もないし、持っているのもせいぜいがオカネモチだろう。
こちらでの長い生活で身に着いた勘でそう判断すると、南野は『レアアイテム図鑑』をテーブルの上に置いた。
「とにかく行ってみましょう。可能なら即座に回収です」
「……なんかあんた、いつもより判断早くない?」
「? 普通ですけど??」
不思議そうな顔をする南野は、自分ですら気付いていなかった。前回の一件で芽生えた焦燥感に。
「ま、いいけど。そんじゃ行きますか」
全員で『レアアイテム図鑑』の上に手を置いて、目を閉じる。
目を開いたその先にあったのは、どこかのアパートメントの一室のドアだった。決して高級そうなつくりではない、むしろ安アパートメントの類だ。どうやらオカネモチ案件ですらないらしい。
それぞれが目で合図をすると、南野が代表してドアをノックする。
しばらくすると、中でごそごそと音がして、やがて扉が開かれた。
「……はい、どなたさま?」
出てきたのは、伸びきった茶色い髪をひっつめにして、目の下にクマを浮かべた青白い顔の男だった。無精ひげが生えている。いわゆるヒキコモリというやつだろうか。
「突然失礼します。わたくし、こういうものでして……」
そんな相手にも南野は笑顔で腰も低く名刺を手渡した。男はしげしげと名刺を眺め、
「その南野さんがどういう要件?」
「申し遅れました。わたくしども、各地の珍品を蒐集する旅をしておりまして、この度こちらにある『小人薬』なるものを探してやってまいりました。詳しいお話を伺いたいので、部屋に入れていただけないでしょうか?」
『小人薬』の一言を聞いた男は、ひどく下卑た表情で、にやぁ、と笑った。
「ああ、おたくさんもアレ、探しに来たの……いいよ、上がりなよ」
謎の反応に若干動揺した南野だったが、家に上げてもらえるのはありがたい。早速一礼して全員でアパートメントの一室に足を踏み入れる。
中はやはり質素なつくりで、薄暗い室内には締め切ったカーテンの隙間から日が差しているだけだった。あちこちに空き瓶や惣菜の空箱が転がっていて、ベッドが置いてある。
特筆すべき異様な点は、たったひとつだった。
部屋の半分以上を占める、ラックの群れ。その上にはそれぞれ水槽が並んでいて、そこにはミニチュアハウスやミニチュアの花畑など、さまざまなジオラマが再現されている。
それだけなら趣味なんだな、で片付く話だったが、問題は他にあった。
その水槽の中には、少女たちが入っていた。年頃はメアと同じくらいだろうか、明らかに生きている人間のミニチュアだ。様々な服を着せられ、のんびりと水槽の中でくつろいでいる。
彼女たちは、南野たちに気付くと慌ててミニチュアハウスやミニチュアの木の陰に隠れてしまった。
「……ふ、ふ、この子たち、シャイでね……ひとに見せるのは初めてなんだ……」
どこか自慢げに語る男の言葉で、南野は確信した。
間違いない、この男は『小人薬』で小さくした人間の少女たちを、水槽の中で飼っているのだ。
「……うっわ、変態……」
メルランスが思わずつぶやいてしまう。その言葉にも動じず、男は小さく笑った。
「……なんとでも言ってくれ……僕の大切な癒しなんだ……僕の小さくてかわいい小人さんたち……」
「……この子たちは、どこから連れてきたんですか?」
剣呑な話になりそうだったので南野が聞くと、男はくつくつと笑い、
「……なんにも悪いことはしてないよ……孤児だった子や、お金をあげたらついてきた子や……その証拠に、見てごらん、彼女たちを……みんなここを気に入って、リラックスしてる……」
たしかに、外に出たがっている少女はいないようだ。閉ざされた小さな水槽の中での生活に満足している。
それはひどく不気味な光景だった。吐き気すら覚えるような。
だが立ちすくんでいる暇はない。南野はビジネスライクに徹しようと決めた。
「それで、『小人薬』ですが……ここにありますね?」
「……ふ、ふ……あるよ、もちろん……」
「それを少しばかり譲っていただくことはできませんか?」
南野が下手に出て頼み込むと、男は急にじろじろと女性陣を見定め始めた。そして、最後に視線がたどり着いたメアを見て、
「……そうだね……そこのお嬢ちゃん……小さくなって僕の水槽に入ってくれるなら……」
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