№80・千里の義眼・6

『『第百七十七楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、怒れるサラマンドラの怒声のごとき旋律を解き放て!』』


 重なったふたつの声が戦場の嚆矢のように地下を駆け抜け、巨大な火球が黒いローブたちのど真ん中で爆裂した。


「キーシャさん! キリトさん!」


 ふたりの名前を呼びながら駆け寄ると、


「ふっ、絶好のタイミングだったな! 決まった!」


「やっと治りました! もう、キリトさん! 病み上がりなんですから無理しないでください!」


「……ハイ……」


 きつく言い含めるキーシャに、せっかくカッコよくキメたキリトがしょぼんとする。


「おふたりとも……大丈夫でしたか!?」


「無論」


「っていうか、だいたいの敵はメアさんがやっつけてくれましたしね……そうだ! メアさん! 今すぐ治しますからね!」


「……おん……ちょいとぎばりすぎたけぇ……」


 援軍に安心したのか、ぎりぎりで膝立ちになっていたメアが崩れ落ちる。慌てて駆け寄るキーシャの目の前に、剣を持った黒いローブが立ちふさがった。


「……はひぃ……!」


 振り下ろされたその剣は、駆け込んだキリトの双剣によって防がれる。


「邪魔を……するな!!」


 剣を振り払い、呪文を唱え印を切るキリト。


「『第百五十六楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、我がつるぎに神の鉄槌の重みを与える旋律を解き放て!』……『神槌重撃剣』!!」


 重力バフのかけられた双剣が赤く光る。重みを増した双剣は軽々と黒いローブたちの剣をはじき返し、次々と斬り倒していく。


 メアのもとにたどり着いたキーシャは治癒魔法を使い、満身創痍の彼女を癒した。


 戦力が増強した今、あきらめようとしていた好機が訪れようとしている。絶望に淀んでいた南野の瞳が一縷の望みの光をとらえた。


「キリトさんはそのまま敵陣に斬り込んでください! キーシャさんはメアさんが回復次第、無差別でいいのでとにかく派手に魔法を使ってください! メアさん、もう少しで暴れられますから!」


『応!!』


 全員が返事をして、一丸となってメルランス奪還の戦いに身を投じていった。


 ハーフオーガ特有の回復力ですぐさま戦線に復帰したメアがハンマーで敵を一掃する。


 戦場を駆け抜けるキリトの双剣がひとり、またひとりと敵を斬り倒していく。


 キーシャの魔法は相変わらずまっすぐに飛ばなかったが、敵の陣地を切り崩し、確実にその場を混乱させていく。


 しかし敵も負けてはいない。どこからともなくわいてくる黒いローブたちが魔法を放ち、それをキーシャの防壁が受け止めた。斧を持った黒いローブに斬りかかられたキリトが歯を食いしばって耐える。再び魔法を食らったメアの足が止まりかける。


 総力戦だった。両者拮抗している状態だ。


 戦況を見守る南野の視界の端に、そろそろとその場から離れようとしている黒いローブ三人の姿が映った。メルランスを連れて逃げ出そうとしている。


「待て!」


 その三人の前に立ちふさがり、南野は声を張り上げた。


「……南野……!」


 メルランスが案じるような表情になり、それを察した三人が嘲笑う。


「貴様ひとりでなにができる?」


 南野は完全に戦力外だと思われている。腹立たしかったが、それをにやりとした笑みに変えてリュックを探った。


「なんでもできるさ! 大切なひとを守るためならな!!」


 メルランスが目を丸くして南野を見詰めた。


 南野は『道具箱』を展開して、『芭蕉扇』を取り出す。アイテムを手にすれば、『オーバーシンクロ』の金のきらめきが辺りに漂った。


「でぇぇぇぇい!!」


 思い切り『芭蕉扇』を振るうと、その場にひとを吹き飛ばすほどの暴風が吹き荒れた。黒いローブたちはたちまち将棋倒しになり、そこに隙ができる。


 その隙に、南野は次のレアアイテムを取り出す。『魔女エレニシアのマント』をかぶってその姿を透明にした南野は素早く黒いローブたちに迫り、立ち上がったばかりのひとりの首筋に『眠り針』を刺した。


 糸が切れたようにくずおれる黒いローブ。あとふたりは南野の姿を探して右往左往するが、『魔女エレニシアのマント』のおかげで見えないはずだ。


 二人目の腕に『眠り針』を刺したところで、さすがに最後のひとりに居場所を悟られてしまった。


「そこか!」


大柄な黒いローブが手を伸ばすが、それは『魔女エレニシアのマント』をかすめ取るだけに終わった。


 姿を現した南野に襲いかかる黒いローブ。しかし、南野はレアアイテム『剛力の腕輪』をつけている。


 南野を捕まえようと伸ばされた腕をぐいっと引っ張ると、面白いくらい簡単に黒いローブが宙を舞った。


 倒れ伏す黒いローブに馬乗りになって、南野は無意識につぶやく。


「……なんでもできるんだよ、なんでも」


 そして最後の黒いローブの首に『眠り針』を刺すと、敵は完全に沈黙した。


「南野!」


 手錠をつけられたままのメルランスが駆け寄ってくる。その裸同然の肩にスーツのジャケットをかけてやって、南野はようやく微笑んだ。


「メルランスさん、よかった、無事で……」


「そうじゃなくて! ああもう、なんて無茶すんの……! レアアイテム壊れちゃたらどうすんのさ!」


「……そこまでは考えていませんでした」


 その言葉に、メルランスは呆れた顔をした。次に、ふっ、と吹き出す。


「らしくないじゃん、蒐集狂」


「……ですよね、頭に血が上りました」


「そんなあんたに、ほいっ!」


 メルランスが笑いながら何かを投げてよこす。それはまさしく、『レアアイテム図鑑』に載っていた『千里の義眼』だった。


「い、いつの間に……!?」


「へへ、ドサクサに紛れてスったの」


「あなたってひとは……」


 今度は南野が呆れた顔をする番だった。


「さ、目的のブツも手に入れたし、こんなところとっととオサラバしなきゃ」


「ですね」


 メルランス救出は叶った。ならばいつまでも拮抗状態の戦闘を続ける意味はあるまい。


 南野は甲高い指笛を吹いて仲間たちに救出成功を告げた。


 戦っていたメンバーは逃走の方向に戦い方を切り替える。


 牢があった地下最奥部から全員で離れ、散発的に襲い来る追手をいなしながら地上を目指して駆け抜けた。


 息が上がってくるころ、ようやく外の空気に触れる。すでに夜は明けており、東から朝日が顔をのぞかせていた。


「……なんとかなりましたね……」


 息を整えながら南野が言うと、他のメンバーは言葉少なにうなずいた。


 全員で無事帰ってきて、同じ朝日を見ることができた。


 それ以上の僥倖はない。


 しばらく戦いの余韻にふけりながら、南野たちはいつもの酒場に戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る