№80・千里の義眼・5
地下へと続く階段を見つけた南野たちは、まっすぐに最下層まで降りていった。『ギロチン・オーケストラ』にとっての重要人物であるメルランスは、おそらく最奥に幽閉されているだろうと踏んでのことだった。
メアはとにかく突き進んだ。途中散発的な攻撃はあったものの、怒り狂ったメアの前では単なるマトだ。次々と吹き飛ばされていった。
結局、南野たちは大した障害もなく最下層までたどり着いてしまった。
どうやら倉庫や牢屋が並んでいるらしい最下層は、すえたにおいとほこりのにおいが充満していて、ガス灯に照らされた石造りの廊下はしんしんと冷えている。
南野になだめられて、ふたりは慎重にメルランスの姿を探して歩いた。途中、鎖につながれたまま骸骨になっている虜囚や、なにかのキメラらしき動物がいたが、今はなにも見なかったことにして先に進む。
構造的にもうそろそろ最奥部にたどり着くころだった。
最後の牢屋を改める。
「……南野! メア!」
そこには、裸同然の姿で拘束されているメルランスの姿があった。
「メルランスさん!」
「メルランス!」
急いで牢の格子にすがりつくふたりの前に、メルランスの回りを固める黒いローブたちが立ちふさがる。
「来ちゃダメ!」
悲痛な叫びを上げるメルランスのそばには、あの拷問師もいた。にこにこしながら黒いローブたちといっしょに南野たちを眺めている。
「……お前……やっぱり……!」
奥歯を食い締めながらにらみつける。が、拷問師は素知らぬ顔だ。
「我々を裏切っていないのならば、殺せるな?」
黒いローブのひとりに問いかけられて、拷問師はすぐに首を縦に振った。
「ええ、もちろんです」
「この裏切り者!!」
ここまで来て、か。南野は思いつく限りの言葉で拷問師を口汚く罵った。
「さぁて、なんのことだか」
底の知れぬ笑みですっとぼける拷問師にしてみれば、どれだけ罵倒されようとも暖簾に腕押しのようだ。
「……『なぐま・えぐるどぅ・ろろどら・えぐりでぃ・ばるわるか・えるらるか・ぎるるぎ・くくるく』……」
聞き覚えのある不気味な呪文と、印を切る指先。そうだ、こいつは不死の邪法使いだった。この邪法は魔法とは原理が違い、防ぐことも魔法で攻撃することもできないとキーシャに聞いている。
そして、その邪法で心臓を止められたメアは一度死にぞこなっている。今度は南野がその邪法の標的となっているらしい。
「……『いぎるだ・べるるが・くしゃるる・おおべんでぃ・るるかふ・ざいんつ……へるか』!」
指をピストルのように南野に突きつけ、呪文の結句を叫ぶ拷問師。
やってくる耐えがたい苦痛を覚悟して、それでも裏切り者からは決して視線を外さないようにとこころに決めてからだをこわばらせる南野。
…………だが、なにも起こらない。
「……おや?」
不思議そうに自分の人差し指の先を眺める拷問師。南野にも、なにが起こったかわからなかった。
「おかしいですね……たしかに殺したはずなのに……?」
首をかしげる拷問師。だが、南野にはひとつこころ当たりがあった。
南野のたましいは、以前レアアイテムのひとつである『死神の鎌』に移されていた。今の南野の肉体はたましいを持たない器でしかない。
そこに邪法をかけても、たましいには作用せずに不発に終わるはずだ。だから南野は即死邪法では死ななかった。
拷問師が本気で南野を殺そうとしたのはその場にいた全員がわかっていた。もちろん黒いローブたちもだ。なんとか拷問師の疑いは晴れたらしい。
「ならば我々が始末するのみ!」
「おう! やったらんかい! 望むところじゃあ!!」
メアがハンマーの一撃で鉄格子を歪ませる。その隙間から黒いローブたちがなだれ込んできた。
ここにいるということは、この黒いローブたちは少数精鋭ということになる。用心してかからねばならない。
案の定、何人かが魔法を放ってきた。マズい、ハーフオーガであるメアは魔法に弱い。直撃すればかなりのダメージを負うだろう。
光の鎖がメアを拘束し、動けなくなったところに電撃がやって来る。
「ぐあぁっ……!!」
膨大な青いいなずまの直撃を受けて、メアは焼け焦げながらびくびくとからだを震わせた。過ぎ去ってなおスパークがいくつも散っている。
光の鎖は消えず、今度はいくつもの火球が飛んでくる。すべてがメアに着弾し、盛大な土ぼこりが上がった。
視界が開けたあと、そこに立っていたのはハンマーを杖にして何とか立っているだけの、ぼろぼろになったメアの姿だった。
光の鎖が消えると、がくりとその場に膝を突く。絢爛豪華な衣装はあちこち破れ、リボンもフリルもぼろぼろになっている。メア自身も肌にいくつもの火傷を負い、爆発の衝撃で骨もいくつかやられたようだ。
「メアさん!」
駆け寄ろうとした南野の前に黒いローブたちが立ちはだかる。どこからわいてくるのか、際限がない。
ここまでか……敵は完全に南野の予測の範疇を越えていた。すべては南野の采配ミスだ。
みなさん、すみません……と胸中でつぶやき、がっくりと肩を落としてすべてをあきらめようとした、その瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます