№73・ソードブレイカー・上

 無事レアアイテムを回収し終えた南野たちが、光と共に酒場に転移してきた。唐突に現れたことをもはや店主も普通だと思っている。


「ふぅ、今回は骨が折れましたね」


 ため息をこぼす南野の手には、ナイフのようなものが握られていた。今回の獲物、『ソードブレイカー』だ。


「そうそう、あのオカネモチ、あんな無理難題突き付けてくるなんてね」


「キリトさんが犠牲にならなかったら手に入らなかったですよ!」


「…………俺はもう、いやだ…………」


 わいのわいのと騒ぐ面々の中で、メアだけがぽつんとたたずんでいた。


 そういえば、最近ワシ、なんか空気じゃなかと?


 メアさんじゃなくてエアさんじゃなかと??


 そんなことを考えて、アイデンティティクライシスに陥りかけていたのだ。


 南野はリーダーで交渉役、頭を使った作戦を組み立てることもできる。


 メルランスは実質ダンジョン探索のリーダーで、万能タイプで何でもできる。


 キーシャは豊富な知識で解説役をしており、貴重な治癒担当でもある。


 キリトはキリトという唯一無二の芸を持つ芸人である。


 そんな濃いメンバーに比べて、メアは単なる物理特化のロリィタハーフオーガである。実はこれでも充分に濃いのだが、本人はいまひとつ物足りないと思っているらしい。


 いかんせん、出番がない。物理のごり押しでなんとなかる場面ならメアが先頭に立つのだが、そんな機会はなかなかない。


 果たして、自分がこのパーティにいる意味はあるのだろうか?


 自分とはなんだろうか?


 人生の袋小路に初めて迷い込んだ幼いメアは、引き続きあれこれ話している面々を見やって、少し考え込んだ。


 答えなどない。それが悲しくなってきて、メアはふらりとその場を後にした。


 ばたん、と酒場のドアが閉まる音がする。


「……あれ? メアさん?」


 いなくなって初めて気づいた南野は、小さな物理担当の姿を探して酒場を見渡した。だが、どこにもいない。


「トイレだろう」


「あんたまたデリカシーのない発言を……」


「どうしちゃったんでしょうね?」


 心配する仲間たちに、南野は首を傾げた。


「さあ……とにかく、俺が探してきますよ。もう遅いですから、みなさんは解散してください」


 それだけ言い残して、南野もまた酒場を出た。


 


「あべし!!」


「ひでぶ!!」


 意味不明な叫びを上げて、ゴロツキどもが路上に叩きつけられる。こんな夜の路地裏ではありふれた光景だ。


 が、それを作り出しているのはロリィタ姿の幼女だった。


「……手ごたえなか」


 十人ほどを相手にしていたのだが、片っ端から殴ったり蹴ったりして転がしてしまった。中にはナイフを持った相手もいたが、メアの敵ではない。


 さっきから路地裏を徘徊し、見つけたチンピラたちを片っ端から殴り倒しているのである。サーチアンドデストロイだ。


 そうやって憂さ晴らしでもしていないと、鬱々としたままのような気がしたのだ。チンピラたちには悪いが、どうせなにもしなければしないで声をかけてきて、ロクでもないことを言い出すに違ないので、先制攻撃だ。正当防衛だ。


 チンピラの集団を倒して、また路地裏を徘徊する。ハンマーは置いてきたが、ステゴロでただの人間に負ける気がしない。


 またチンピラ集団を見つけて、無言で歩み寄る。


 話に夢中になっているゴロツキの背後に忍び寄り、腰に腕を回すと軽々と持ち上げた。そしてジャーマンスープレックス。どすん!と路上に叩きつけられたチンピラが泡を吹く。


 にわかに騒がしくなったチンピラ集団は、さっきのを含めて十五人。殺気立つ集団を前にして、メアはちょいちょいと挑発の手招きをした。


 ……終わるまでは早かった。


 あとには十五人の男たちが死屍累々と投げ捨てられている。


 殴られたところでダメージは負わないし、こちらはこちらでワンパンで仕留められるのだ、無双状態とはこのことだった。


 ぱんぱんと手を払いながら、なにしてんだろ……などという虚無感が訪れたが、見なかったことにする。


 次の獲物を探してうろついていると、不意に細い路地から男の声がかかった。


「……はぁはぁ……お嬢ちゃん、どうしてこんなところに来たのかな……?」


「おっ、俺たちが、元来た道、あ、案内してあげるよぅ」


 見れば、山高帽に喪服姿の男二人が頬を染めてはぁはぁしながらメアに近づいてくる。


 ロリコンか……メアはこっそりその場に唾を吐き捨てた。


 齢は二十だが、メアは見た目人間の十歳ほどの子供だ。オマケに整った容姿で、かわいい服を着ている。今までもこういうことは多々あったので、慣れたものだ。


 そういう輩は死なない程度にグーで殴るに限る。


 ……だが、ふと思った。


 待てよ? このロリコンたちなら、メアのアイデンティティを再確認するのに役立つのではないか? そう、自分はなんたってロリィタなのだ。


 たまには普通のカワイイ女の子のフリをしてもいいかもしれない。


 メアは握りしめていた拳を解いて、


「ほんまかぁ? ワシ、ここまで来るのにこわい思いして……はよおうち帰りたい……」


「はぁはぁ、ああっ、かわいいなあ! そうだよ、俺たちについてくればなにもこわくないからね!」


「あ、兄貴、アジトで少し、お、お茶でもするってのは、どうですか?」


「いいな兄弟! ちょっと俺たちと深夜のティータイムといこうね、お姫様?」


 お姫様。その一言でこころときめいた。このロリコンたちがちからづくでメアをなんとかしようとしたら、この茶番は終わりだ。大暴れして帰ってきてやる。


 どうやら兄弟らしいギャングたちに連れられて、メアは彼らのアジトへと向かった。

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